淫魔の社  カーマの寝室

 

 

 

 

(チュクッ、チュ、チュ、クチュ、チュクッ・・・)

 

 

「はっ・・・! あっ・・・! あっ・・・」

 静寂なる部屋の中に響く、亜衣の妙なる嬌声と、小刻みに響く水音。

 

 広大な寝具のその中心で、その日も亜衣は、カーマに貫かれ、嬲られ続けていた。

 後ろから身体を密着させ、亜衣の体重をカーマの腰の部分から胸かけて寄り掛からせた体位。

 テクニックやバランス感覚、そして腹筋などの筋力を男性側に要される体位だが、この体位にする事によりカーマにとっては、ただ腰と逸物を小刻みに動かすだけで結合部から相手に快感を与える事が可能であり、手を使う必要がないのだ。

 

 空いた両手で大きく膨れた亜衣の腹を掴み、撫で擦る。

 それは、母の胎内で元気に育ち続けている、自分の愛の結晶に対する愛着と、

 亜衣自身に、その胎(はら)の中には俺達の子がいるのだという事実をより明確にわからせる意味もあった。

 

 そして何より、大きく密着することで、亜衣の体温を感じとれるというのもまた、カーマがこの体位を選んだ所以である。

 

 

「あううっ・・・! ひぐっ・・・! はっ、ぅ、あ・・・!!」

 

 以前までの亜衣と、今の亜衣での大きな違いの一つには、妊娠により大きく膨れたその腹だが

 もう一つは、【抵抗】と言うべきものを一切行わなくなったことも大きい。

 

 勿論それは、麻衣と木偶ノ坊の二人が捕まったからだ。

 カーマが必要最低限の言葉で、自分の抵抗により麻衣達に危害が及ぶかもしれないという事を教え

 それから、亜衣は抵抗を一切止めた。

 

 それでもさすがに、妊娠の危機を迎えた時は大きく抵抗しようとしていたが、それでも抵抗と言えるものを起こそうとしていたのはあの一回きりだ。

 

 今では、一切の拘束を付けられていない今でも、亜衣は腕を振り回して暴れることも、足を閉じようとすることもしない。

 だが、だからといってただ犯されるというのではなく、目を閉じ、犯されながらもひたすら快楽にだけ必死に耐えているのだ。

 

 純潔も、自由も奪われ、妊娠までさせられ、何もかもを失ってしまった亜衣にとって、それだけが唯一出来る、許された“抵抗”。

 そして勿論カーマもそれに気付いている上で、敢えてそれだけは自由にさせている。

 犯されながら快楽に必死に耐えようとする亜衣の姿は、見ていて実に悩ましく、興奮させるのだ。

 

 

「フフ・・・ どんどん大きくなっていくな、この胎は。

 この育ち様なら、思っていたよりも早く元気な双子を見ることが出来そうだ」

 

  と、カーマは腰の動きを止めぬまま、亜衣の耳元でそう囁く。

 

「いや・・・ぁっ。言わない、でっ・・・!」

 激しく突き入れられるストロークとはまた別の、ぐにぐにと動く腰の動きで、小刻みに膣内を蹂躙され、妊娠の証しである胎を掴まれ止められぬ喘ぎの声を上げながら、弱々しく亜衣はそう言った。

 

「これまでは入れようによっては子宮の中まで届いたんだがな・・・

 今では入り口が閉じてしまっていて・・・」

  そう言いながら、カーマはわざと閉じきった子宮の入り口を、こつんこつんと亀頭の先で突付いた。

 

 

「う、あああっ・・・!! やめ、止め・・・てぇっ・・・」

 カーマは様々な方法で、自分の意志云々を無視し、妊娠の事実を私にしつこく見せつけてくる。

 

 そうでなくとも

 

(どっ・・・ん)

 

「うっ・・・!」

 こうして時折、

 お腹の中の子供が、私の胎を蹴ってくるというのに。

 

 お腹の中の子供は、どんどんとその頻度を早くしていく。

 最初の一回からは、何時間も開きがあった。

 しかし今では、数十分に一回。いや・・・ それよりも早くなってきている。

 

「(もうすぐ・・・ もうすぐ、出てくるんだ・・・)」

 

 4日後か、5日後か。

 いずれにせよ、その日はもうすぐにやって来る。

 ・・・邪淫王の、仇の、私を蹂躙し、陵辱し続けた奴の子を、産む日が・・・

 

 それが、堪らなく私の心を蝕み、絶望の泥の底へと沈ませようとする。

 既に希望などどこにも存在しない陵辱地獄の中で、もうどこまで沈んでいったかも分からないまま

 それでも足掻き続けるしか、私には・・・ 私・・・

 

 

「ほう・・・ 今、蹴ったな」

 そう、胎を両手で掴んでいるカーマにも、亜衣の胎が蹴られたことが分かるのだ。

 

「う、ううっ・・・」

 亜衣の目尻から、また一筋の涙が流れる。

 

「・・・・・・・」

 その涙を、カーマはペロリと亜衣の頬ごと舐め

 

(ニヤリ)

 まるで、亜衣のものは涙の欠片一つでさえ自分のものだとでも言うかのように、悪辣に微笑んだ。

 

「まったく、こんなに深く愛し合っているというのに、涙とはな」

 と、カーマはそう合いに話しかける。

 

「・・・愛、ですって・・・!?」

 そんなカーマの売り言葉に、亜衣は憎しみを込めてカーマを見た。

 

「私、をっ・・・ さん、ざ、犯して・・・っ ああっ!!

 

 

(プシィッ───・・・)

 

 

 いきなりカーマは亜衣の乳房を強く掴み、、絞るように握ることで、

亜衣の乳首から、潮吹きのような勢いで母乳のシャワーを噴き出させる。

 

「・・・・・・・ こん、な・・・、身体に・・・ まで、して・・・っ」

 そう、望まぬ形で、取り返しのつかない体にされてしまった。

 そうして私の全てを奪っておいて、【愛】だって・・・!?

 

「それもこれも、全てオレのお前への想いの形だ。

 ・・・せっかく子供も出来たのだから、もう少し夫婦らしく在りたいものだな」

 

 

(チュクッ・・・!!)

 

 

「うっ・・・ ううぅっ・・・!!」

 そんな言葉を囁きながら、より深く膣内を突き、わざとらしく胎を触るカーマ。

 見た目はほとんど動いていないというのに、執拗且つ小刻みに長い間膣内を責められ続け、亜衣は限界に近かった。

 

「(ダメ・・・ イッちゃう・・・)」

 妊娠が始まってから、この身体はより快楽に弱くなっていた。

 ・・・それとも、弱くなったのは、私自身の心なのだろうか。

 

 否定できない。

 妊娠を告げられて、見せられてから、私の心は自分でも気付かない内に折れてしまったかもしれない。

 ・・・それとも、とっくに壊れているのかもしれない。

 犯されて、孕まされて、そしてまた犯されて・・・ 感じてしまっている。絶頂してしまう。

 

 私はまともなのだろうか?

 この淫に狂った世界の中で、自分がまともなのかどうかなんて、どうしてわかるというのか───

 

 

「さあ、イッてしまえ」

 カーマのその言葉と共に、グッとその肉棒が膣内を擦り上げ

 

 それが

 

「ふあ、あああ、あああぁぁっ!!!!?

 

(ビクンッ!! ビクッ!! ビクッ、ビク・・・)

 

(ブビュッ!! ドク、ドクドク・・・ ゴポ、ゴポ・・・)

 

 

 亜衣を、遂に絶頂に導いてしまった。

 

 強い電気に感電したかのように亜衣は叫びながら仰け反り

 カーマは、その飽くなき劣情の塊を、既に妊娠している亜衣の中へと注ぎ込んだ。

 

 

「うあ・・・ あ・・・ あ・・・」

 絶頂の余韻によって、亜衣は串挿しの状態のまま、ビク、ビクと カーマの上で肩を震わせていた。

 

「フフ・・・」

 常に征服されまいと強い精神力で振舞っている亜衣も、その瞬間ばかりは恍惚に支配された無垢な表情になる。

 勿論カーマは、それを知っている。

 初めて亜衣の中に挿入し、処女を奪い、絶頂に導いたその時から。

 

 いくら攻略しようとしても、波打ち際で粘るその健気さ。気高さ。

 そして、それを開かせ、無理矢理絶頂に導かせた時の一瞬の表情まで

 全てが、愛おしく、官能を刺激させ、堪らない。

 

「んっ・・・」

 カーマは、亜衣の唇を奪った。

 そして当然の如く、舌を侵入させ、亜衣の口内を冒し、犯していく。

 

 麻衣が捕らえられる前までは、口を犯すという行為はほとんど行われなかった。

 器具で固定でもしない限り、口を封じるということは難しく、亜衣の性格なら本気で噛み付いてくることも分かりきったこと。

 そして悪衣の方ならば、常に自分からキスを求めてきていたこともあり、

 だからカーマもそれほどキスの一点にこだわる事はなかった。

 

「・・・・・・・っ ・・・・・」

 しかし、今の亜衣は、カーマの舌の侵入に逆らうことはなかった。

 いや、逆らえない。

 

 麻衣達が人質になってからは、カーマはよくディープキスをしてくるようになり

 亜衣も、それを拒絶することは出来なくなった。

 

 ただ、どれだけカーマの舌に自分の下を絡みつかれても、“命令”をされない限りは、自分の舌は一切動かさない。

 きつく目を閉じて、嵐が過ぎるのを待つように、終わりを待つ。それだけは、亜衣は必死に守っていた。

 

「ん・・・ ふ、ぅっ・・・」

 

 亜衣には判断のしようがないが、カーマのキスは、上手かった。

 淫魔というものはただ犯すという事だけを考える者達が多く、キスなどというものは当然軽んじる者達ばかり。

 しかしカーマは、そんな他の醜悪な淫魔達とはまるで違うところが多すぎる。

 

 インディアの神、性を司るカーマスートラという、他の淫魔とは違うルーツがその理由だろうか。

 性感というものとはまったく別の部分で、女の脳を蕩(とろ)かしてしまう魔力が、キスにはある。

 

 そして実際、亜衣は恐怖していた。

カーマの舌の動き、そして吸引する力は、全てを奪いつくそうとするようで、自分の頭の中身を替えてしまいそうで、恐ろしい。

 

 だから、亜衣はカーマのディープキスを受けるたび、自分でも気付かない内に肩を震わせていた。

 その恐怖の理由が何なのか、わかることもないまま・・・

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

      数刻後

 

   淫魔の社  タオシーの部屋

 

 

 

 

「ええと・・・ 他には育児関係の本と・・・ オムツかな。哺乳瓶は術で作れるとして・・・

 ああ、そうだ。あの人も探さないと・・・ えー、と・・・ 場所は・・・」

 

  タオシーの部屋の中で、その主は、中身の入っていないリュックを置き、メモ用紙とにらめっこをしていた。

 

 そこへ

 

「熱心だな」

 背後から聞こえる、主の声。

 

「カ、カーマ様っ・・・」

 タオシーは、慌てながら立ち上がり、一礼する。

 

「ノックはしたんだが、返事がなくてな」

「い、いえ。滅相もありません」

 

 カーマは、置かれているメモに目を当てると、タオシーの横を通り、そのメモを拾った。

 

「ふむ・・・ なるほど、確かに必要であろうものは全部書かれているな」

 しげしげとメモを眺め、カーマはタオシーのマメな部分に感心する。

 

「あ、はい・・・ カーマ様のご命令通り、これから必要になるものを購入しておこうと・・・」

 そう、タオシーはカーマの命令で、いずれ必要になるであろう育児用の道具、雑貨を入手しておけと命令されていたのだ。

 

「早速明日、必要なものを購入してきま・・・」

「いや、いい」

 

「・・・え?」

 カーマの言葉に、タオシーは一瞬耳を疑った。

 

「なに、必要無いというのではない。買い物はきちんとしてくる」

 

「・・・というと、カーマ様ご自身が・・・!?」

 タオシーは驚かざるを得なかった。

 

 自分が知る限り、カーマという人物は面倒臭がりなのだ。

 食べ物一つ自分で用意するのも億劫だという人が、買い物など好んで行こうとする筈が無い。

 

 

「勿論俺だけではない、亜衣も連れて行くつもりだ」

「亜衣様も・・・?」

 

「淫魔の社が広いとはいえ、いつまでも缶詰では気も滅入るだろう。

 いい機会だ、野外デートの一つでも、と思ってな」

 

  ニヤニヤと笑いながらそう語るカーマ。

 

「は、はあ・・・ (まあ、確かに今となっては逃亡の可能性もないでしょうが・・・)」

 何を企んでいるのか、それとも只の気まぐれか

 タオシーにさえ、図ることが出来なかった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     翌日

 

   東京  天神市の隣町

 

 

 

 

 そこは、天神市から少し離れた隣町。

 亜衣とカーマがいるのは、その商店街だった。

 

 

「さあ、行きましょうか、亜衣さん?」

 普段からは信じられないような、にこやかな笑顔で、亜衣の手を引く一人の男。

 全ての退魔を退けた邪淫王カーマではなく。大学生、藤門秀人(ふじかどひでと)としてそこにいた。

 

 恰好も、当然亜衣の見慣れた赤色の服と青色のズボンではない。

 ボタンを幾つかわざと外していることで、解放的な雰囲気を醸し出している白のYシャツと

 いつもの青色と比べ、ピッチリとした黒のズボンという、何の変哲も無い適当な服装。

 

 そこらの人間が着ていれば、平日の昼間にパチンコに興じる若者か何かに映る光景だったろう。

 しかしそれも、美形のカーマが着るとなると話が違った。

 

 いつものカーマが、邪淫王という言葉をそのまま現わすような悪辣な暴君であるなら

藤門秀人は、まるで絵本に出てくるかのような、そう・・・ 少女の時期があったなら誰でも一度は夢空想に描くであろうどこかの国の王子様が、城を抜け出し、知らぬ平民の恰好をしているかのよう。

 

その笑顔に邪鬼は欠片も無く、向けられるさわやかな笑顔は、自分に様々な陵辱を行ってきた人物と同一とは全く思えない。

 目の前にいる男は、本当にカーマなのだろうか?

 いつの間にか、自分は今までの世界とは違う世界に迷い込んでしまったのではないか、そう思ってしまうほどに。

 

 実際、カーマにこんな風に笑顔を向けられたことも、恋人のように優しく手を引かれた覚えなど一度もない。

 演じているのには違いないだろうが、これではまるで別人格だ。

 

 

「・・・・・・・・・」

 一方、亜衣の方は、久しぶりに淫魔ではなく、人間らしい服をその身に纏うことが出来た。

 

 とはいっても、お腹が膨れきった妊婦の状態である亜衣に、元の体型の服が着れる筈が無い。

 今亜衣が着ている服は、どういう方法かは知らないが、タオシーが今日の為に急遽用意した、妊婦用の服である。

 青色の妊婦服は、亜衣の大きく膨らんだお腹にさえ余裕がある、独特のゆるさがあった。

 

 ・・・まさか、こんな形で妊婦服を着る事になるなんて、誰が想像し得ただろう。

 ただでさえ男嫌いな上に、天津の巫女として、淫魔を倒すこと、平静なる世を守ることばかりに躍起になっていた亜衣には、麻衣の様に将来の幸せな家庭だとか、子供に囲まれてだとか、そんな理想はまともに頭に思い浮かべた記憶も無い。

 第一、そんなものは亜衣にとって遥か先の話で、まるで現実感がなかった。

 

 だからこそ

 憎き育ての親の仇であり、処女を奪い自分を犯し続けた男の、子を宿すという形で。

 そんな最も残酷な形で、こんなに早くこの服を着ている自分が、まるで信じられなかった。

 

 

 

 そこら辺には居る筈も無い美形の金髪青年と

 多少の化粧で誤魔化してはいるものの、妊婦であるにはあまりにも若すぎる少女。

 

 亜衣のせめてもの懇願で隣町を選んだことにより、顔見知りに出会う危険性こそ無いものの

 その奇妙な【恋人達】の姿は、街行く人々の目に止まるには充分すぎた。

 

「ええと・・・ まずは八百屋さん、ですね」

 タオシー自身が手に持っていた時よりも、倍に詳しく丁寧に描かれたタオシーのメモをポケットから取り出し、またしまう。

 そんな動作一つ一つに至るまで、亜衣が知る事の無い、藤門秀人だった。

 

「カーマ・・・ あなたは、いったい・・・」

 何を質問しようとしたわけでもなく、亜衣は手を振り解くことも忘れ、そう口にした

 

「やだなぁ亜衣さん。秀人って呼んで下さいよ」

 と、カーマ・・・ いや、秀人はそう言って、亜衣に微笑みかけた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    八百屋

 

 

 

 

「すいません」

 と、秀人はとある八百屋の中を覗きながら尋ねた。

 

「はいよーっ」

 その呼びかけに答え、店の奥の部屋から出て来たのは、いかにも八百屋という風貌の気前の良さそうな中年男。

 聞くまでも無く、この人物が八百屋の店主なのだろう。

 

「沖縄の野菜から南国の果物まで何でもござれの甘菜屋だよーっと・・・ お?」

 お決まりの文句なのだろうか、そんな台詞を言い終わり、お客である二人に視線を合わせると

 

「おや、おやおやぁ? お二人さん見ない顔だねえ。どうしたい?

 ・・・って、八百屋だもんなぁ。野菜か果物買いに来たんだよなぁそりゃあ」

  と、自分で勝手に結論をつけて、勝手にケタケタと笑う八百屋。

 

「いや、すまねぇなぁ。俺の店、常連さんばっかしで、ここ何年も新顔のお客さん来てねえもんで、

・・・で、何が欲しいんだぃ?」

 

「これだけ」

 八百屋の問いに、秀人はメモの一つを渡す。

 

「はぁ、どれどれ・・・ タマネギに、トマトに・・・ ん? レモン15個??」

 一風変わった注文に、八百屋は眉をくねらせる。

 

「ええ。妻がこれなもので」

 そう言うと秀人は、後ろにいた亜衣の肩に手をやり、引き寄せる。

 そして亜衣の膨らんだお腹を、優しく撫でた。

 

「・・・・・・・・・」

 亜衣は、八百屋に目を合わせられず、顔を赤くして俯いている。

 

「すいません。妻は恥ずかしがりやなので」

 

「・・・は〜、なるほどねぇ」

 どう見ても十代にしか見えない妊婦の少女とその若い旦那を見て、八百屋は口を開け間抜けな顔で頷いた。

 親父さんなりに、若い二人にそれなりのドラマがあると解釈したのだろう。

 

「じゃあ、ちょっと待ってなよ」

 八百屋の親父さんは、渡されたメモを片手に、書いてある野菜をガサゴソと袋に詰め始める。

 

「・・・・・・・・」

 その間に秀人は、興味しんしんに他の珍しい野菜などを屈みこんで見ていた。

 そして

 

「八百屋さん。これは?」

 と、野菜の中の一つを取って、質問する。

 

「おや? 知らないかい? そりゃゴウヤだよ。最近有名なんだけどな」

「へえ・・・」

 始めて見るゴウヤという野菜を、しげしげと眺める秀人。

 

「キュウリとかと違って、デコボコの先が丸いんですね」

 

「まーねぇ。ゴウヤは美容や健康にもいいし、カツオ節と合わせると旨いよ。白和えなんてオススメだね。

 奥さん健康になるし更にキレイになって、お子さんも病気しないよぅ」

 

「ハハハハ・・・ じゃあ、これも一つ下さい」

「はい、まいどー」

 

 

「・・・・・・・・・」

 普通に聞いていれば、身重の妻の健康を気遣う夫の姿だが

 亜衣は、気付いてしまった。

 

 ゴウヤを手に取ったほんの一瞬。

 顔が秀人ではなく、カーマの悪辣な笑みに戻ったのを

 

 それに気付いたのか、亜衣に手に持ったゴウヤを翳して爽やかな笑顔を向ける秀人。

 

「・・・・・・っ////////

 亜衣は思わず、顔を赤くして目を逸らした。

 

「あ〜らら、本当に恥ずかしがりやなんだね」

 事情を知る由も無い八百屋は、そう感想を洩らし

 

「奥さんあんな様子じゃ、色々大変だろ?」

 と、ひそひそ秀人に耳打ちをする。

 純粋な心配なのだろうが、デリカシーという言葉においては欠ける所のある人のようだ。

 

「ええ、まあ。でも・・・」

 対して秀人は

 

「愛していますから」

 

「────っ!?」

 亜衣は、驚かざるを得なかった。

 【お前は俺のものだ】だの、【愛し合おう】だの

 皮肉の篭もった言葉攻めのようなものこそ山ほど聞かされたが

 

 あんな表情で、まともに【愛している】だなどと、そんな言葉は聞いた事が無かったから。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     隣町  商店街  路地裏

 

 

 

 

「(・・・それで、やっぱりこうなるのね・・・)」

 八百屋での買い物を終え、少し歩いたと思ったら、亜衣はいきなり秀人に手を引かれ、路地裏に連れ込まれた。

 

「フフ・・・」

 そして、着脱が比較的面倒な妊婦服を、カーマは器用にもあっという間に、部分的に脱がしている。

 

「・・・こんな所で、するの・・・?」

 亜衣は、ただ視線を逸らし、顔を赤くして俯きながら、それだけ呟く。

 確かに路地裏は人通りが無い。しかし、二人が今いる所は、あくまで商店街をほんのちょっと曲がった程度でしかなく、覗こうと思えば見えてしまうし、人の足音が普通に聞こえてくるぐらいなのだ。

 

「愛し合う夫婦生活に重要なのは、刺激だからな。

 時にはこういう場所で趣向を凝らすのもまたいいだろう」

 

「あなたを愛してなんか・・・ ふぁっ!?

 

(くちゅっ・・・)

 

 亜衣の言葉を遮るかのように、カーマの指が、亜衣の蜜壷の柔肉にゆっくりと埋没させていき、蹂躙を始めた。

 

(チュク、クチュッ、グチュ、チュグ・・・っ)

 

「あっ、ああっ、あ、あっ・・・!!」

 亜衣の弱点を知り尽くしたカーマの手による肉壁の抉り方は、気を抜けばすぐにでも達してしまいそうなほどに業高い。

 

 指の数を一本から二本へ、そして

 亜衣の耐えようとする意志とは無関係に、快楽の証しとして湧き出る愛液がカーマの手を濡らし始めるのを見ると

 

「濡れが早いな。・・・期待していたか?」

 いつもの笑みで、唇を噛んで耐えている亜衣に微笑みかける。

 

「そんなわけ、な、ぃっ・・・ あっ! はぁっ・・・!!」

 亜衣は必死に否定するが、それでも秘所からは、止め処なく淫らなる泉が溢れる。

 

 

「うっ・・・く、ふっ・・・ ひ、うぅっ・・・!」

「(そろそろ頃合か・・・)」

 

 

(ヌプッ・・・)

 

 

「あくっ・・・」

 亜衣の秘所から指を抜き放つカーマ。

 異物が抜き放たれ肉壁が収縮する感覚に、亜衣はビクンと体を震わせた。

 

 そして

 

「さて、と・・・」

 サディストと悪戯好きの少年の中間のような笑みで、先程の購入物であるゴウヤを取り出し、亜衣に見せ付ける。

 

 

「・・・・・・・っ!」

 間近で見る事での、その腕のような太さ大きさと、イボイボに覆われた形の曲々しさに、亜衣は戦慄した。

 ただの野菜の筈なのに、まるで今は、淫魔の持つ触手などの類に見える。

 

 そんな亜衣の表情の機微を知ってか知らずか、カーマはわざとらしく亜衣の胸にゴウヤを当てると

 

(スス・・・)

 

ゆっくりとそれを下降させ、ぴとりと、亜衣の秘所に当てた。

 

「ヒッ・・・ やっ・・・ イヤッ!」

 何度も犯された。道具を挿れられたこともあった。

 しかし、とんでもなく太い上に、本来はそういう用途ではない、いわゆる食べ物を挿れられるなんて・・・

 

 

「やめ・・・ 止めて! お願いっ!! そんな・・・ そんな大きいの、挿入るわけ・・・!!!」

 よほど動転しているのか、亜衣は今の自分の立場さえも忘れて、それを拒否する。

 

「大丈夫だ。まあ・・・ 子供を産む時の練習だと思えばいい」

 愛の必死の主張に対し、カーマはそう言って微笑みかけながら

 

(グリ・・・ ズ、ググ・・・ッ)

 

「あ゛、うぁっ・・・!?」

 亜衣の膣下に、縦に立てると、かき回しながら、その先端を膣内に侵入させていく。

 

「あぐっ・・・! うっ、うぅ・・・!!」

 まだほんの先端だというのに、既に強い圧迫感が亜衣を襲っていた。

 苦しさのあまり、両手でカーマの手を掴むが、カーマの腕力にはやはり勝てはしない。

 

(ズブ・・・ ズププ・・・ッ)

 

 

「っ・・・きゃ、あああっ!!」

その間にも、カーマは手を緩めることなく、緑色の異物を少しずつ亜衣の膣内に埋没させていった。

亜衣はその圧迫感に苦悶に塗れた叫びと顔を見せ、既に亜衣の膣上の柔肉は、侵入物の侵入の度合いをはっきりとわからせるぐらいに、円筒形に隆起を見せている。

 

その苦悶の表情に、カーマは初めて犯し貫いた時の亜衣の顔を思い返した。

処女膜を破られ、激痛に身を捻らせ、悲鳴を上げた時の、あの表情にとても近い。

そしてそれは、カーマにとってはこの上ない興奮の材料の一つである。

 

「はは、すごいな。さすが淫魔の身体だ。もう半分以上入ったぞ!」

「うそっ・・・ こんな、大っき・・・ ・・・」

 カーマがそう、嬉しそうにはしゃいだ声を出した所で

 

 こつん、こつん、と。

 

「あっ・・・!」

「・・・む」

 

 先端に、跳ね返るものを感じた。

 妊娠により固く閉じた、子宮口に当たったのだ。

 

「なるほど、この辺か」

 侵入の限界点を、その感触で確認したカーマ。

 そうすると、今度はじっくりとその成果を見つめる為に屈みこんだ。

 

 実に苦しげながら、亜衣の膣口は太いゴウヤを咥え込んで広がりきっており、イボイボの侵入物をぴっちりと包み込んでいた。

 

「これはこれは・・・ なんとも興奮する光景だな」

 そう言うと、カーマは限界まで広がった膣口の側の肉芽を、愛液に濡れたゴウヤごと、直接ペロリと舐めまわした。

 

「あぁあっ!!!」

 凄まじい苦しさと、強烈な快感に板ばさみにされ、亜衣は悲鳴を上げる。

 

「ハッ、は・・・ ・・・おね、がぃ・・・ もう・・・ ぬい、・・・」

 そして亜衣は、絶え絶えの息でカーマに懇願する。

 

「ふむ・・・ そうだな」

 珍しく素直に、亜衣の言葉のままに深く突き挿さったゴウヤを、ズルズルと抜きにかかる

 

「ひぐっ・・・ っ・・・・?」

 ゆっくりと抜かれていくゴウヤ、

 すると、挿入の時は感じていなかった、無数のイボの感触が亜衣を襲い始めた。

 膣内を余す所無く圧迫しているが故に、その丸いイボは膣内のほぼ全ての襞を刺激し、人間の逸物には無い快楽で亜衣の脳を攻撃していた。

 

「はっ・・・ ああっ・・・ あ、あ・・・!!」

 挿入時には苦悶だけであった声が、意志だけでは抑えきれない明らかな喘ぎを洩らしてしまう。

 そしてそれを、カーマは見逃さない。

 

「フフ、なんだ。気に入り始めたか?」

 と、わざとらしくそう言うと

 

「え・・・?」

「ならばそういってくれればいいものを」

 

(グッ──)

 

 カーマは再び、ゴウヤを持つ手に力を込め

 

「・・・っ!?」

 

(ズプ、ズプズプッ───!!)

 

 そして再びゴウヤは、亜衣の限界まで深く突き入れられ

 

「うああぁぁああっ────!!!」

 

 

(ズチュッ! ズチュッ! ズチュッ───!!)

 

 

「あっ! あっ! ひあっ!! ああっ!!!」

 生身の性交では成し得ない、おぞましいほどの剛直による陵辱。

 それは凄まじい苦しさを最初は与えていたが、いつの間にやらそれは薄らいでいき、今はその太さと、無数のイボによってもたらされる、望まぬ快感が全身を支配していく。

 しかも、そのイボが攻撃するのは膣内だけではなく、露出した亜衣の肉芽までをも擦り上げていくのだ。

 

 それもただ乱暴に突き入れられているのではなく、カーマは早くも、新しいオモチャの扱い方を把握したらしい。

 ぐりぐりと回転させたり、弱点を狙って斜めに力を入れたりと、的確に亜衣の弱い場所を突いてくる。

 

「ひうっ・・・!! あくっ、あ、あっ!!」

 まるで、亜衣の膣(なか)を蹂躙し続ける緑色の剛直が、そのままカーマの体の一部になったかのような、そんな錯覚を受けた。

 歯を食い縛っても、唇を咬んでも、もう耐え切れない。絶頂が迫ってきて、脳を白く霞ませていくのが分かる

 

 

 そして

 

「ほら、イッてしまえ」

 カーマはついに、亜衣に決定打とも言える一突きを与えた。

 

 

「あっ、あ・・・ ああああ────────────っっ!!!!

 

 

(ビクンッ!! ビク、ビクンッ!!)

 

 

 カーマの宣言どおりに、亜衣は望まぬ絶頂を与えられ、栓をされたまま吹いた潮が滝の様に流れ、ゴウヤを塗らす。

 

「ふふ・・・ 美味そうな蜜がかかったな」

 などと言いながら、カーマは亜衣の膣からゴウヤを抜き取り、ペロリと舐める。

 

「あ・・・ あ・・・」

 よほど激しい絶頂に晒されたのだろう。

 亜衣はカーマの声さえ耳に入っていないようで、紅潮しきった顔で、焦点の定まらぬ瞳のまま涙を流し、虚空を向いていた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 

「さあ、買い物の続きに行きましょうか、亜衣さん?」

 それから十数秒が経過し、カーマは、すっかり藤門秀人の爽やかな顔へと戻っていた。

 

「ハァ・・・ ハァ・・・ ハァ・・・ ・・・・」

 一方亜衣は、平常を取り戻しはしたものの、まだ絶頂の余韻のせいか、意気が整っていない。

 

「さあ、行きますよ」

 そんな亜衣を、秀人は肩を支え気遣う形でゆっくりと歩き始める。

 

「・・・・・・・・・」

 わからない。

 あんな風に自分を弄んだと思ったら、こうしてあっという間に妻を気遣う夫のような姿になる。

 最初は演技かと思っていたが、だんだんとそれは違うのではないかと思えてくる。

 

 あるいは、淫魔へと堕ちる前、インディアの神々の一人であった頃のカーマは、秀人のような性格だったのだろうか。

 どちらがカーマの本質なのか、それとも、どちらともカーマの本質ではないのか

 カーマという人物が、よくわからなくなっていた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    商店街  本屋前  広場

 

 

 

 

 その商店街の中央には、金属製の椅子とテーブル、そしてベンチが置かれており、街行く人々が腰を下ろし、休憩や或いはカップルの待ち合わせ場所として機能していた。

 

 そしてその場所に、亜衣と秀人の二人が到着する。

 

 

「ええと・・・ 野菜も育児用品も買ったし、あとは・・・ 【たまごラブ】と【ひよこラブ】だけですね」

 メモの内容を確認し、最後の買い物を確認する秀人。

 

「・・・・・・・・・」

 肩に抱かれ町を歩く亜衣は、疲労の色を見せていた。

 妊婦になってから、体力の消耗が早くなっている。その上に、先程の行為だ。

 亜衣でなかったら、とっくに歩けなくなっているだろう。

 

「疲れさせちゃったみたいですね。・・・すいません」

 あろうことか秀人は、その本人でありながらいけしゃあしゃあとそう言い放ち。

 そして、亜衣の腰に手を回し、そっとベンチに座らせた。

 

「な・・・?」

 そしてやはり、秀人のそういった行為に、亜衣は面食らう。

 

「本は僕が買ってきますから、亜衣さんは休んでいてください」

 そう言うと、秀人は踵を返し、本屋の中に入り・・・

 

「・・・・・・っ!?」

 一旦振り返り、笑顔でヒラヒラと手を振ってきた。

 まるで恋人相手に【行って来るよ】とでも表現するかのように。

 

「・・・・〜〜〜〜!!」

 それがどうにも苛立たざるを得ない。

 もし周りに手ごろな投げるものがあったら、そして投げるだけの体力があったら、自分の立場も忘れぶつけていただろう。

 

 

 そして秀人は本屋の中に消え、広場には、亜衣一人が残された。

 

 

「・・・・・・・・・・・ はぁ・・・」

 一人になると、どっと疲れや他の様々な感情が押し寄せてくる。

 今、亜衣は久しぶりに一人きりで、人間の世界にいる。

 それも、自分を拘束する物理的な枷はなく、逃げようと思えば逃げられる状況・・・

 

 いや・・・ それは叶わない。

 目に見えない枷なら、いくらでも受けてしまっている。

 人質にされてしまった、麻衣と木偶ノ坊さん。

 そして・・・

 

「・・・・・・・」

 亜衣は、自分の膨らみきったお腹を改めて見つめた。

 

 この事実がある限り、私は・・・ 永遠に、カーマから逃げることは・・・ 出来ない。

 

 

「・・・そこでベルは、お父さんのために身代わりとなり、野獣の城で永遠に暮らすことを決意したのです」

 

「・・・っ!?」

 その時聞こえてきた朗読らしき口調に、亜衣はハッと顔を上げる。

 

 声の方向を見てみると、そこには、一人の大人の女性が、娘であろう小さな少女にベンチで、絵本を読み聞かせていた。

 

 女性の年齢は、見たところ二十代の中間ぐらいだろうか、背は亜衣とあまり変わらないぐらいで、割と彼女の方が心なしか筋肉があるようだ。髪は金色の長髪で、赤色のバンダナ。恰好は袖の破れた白シャツに穴付きジーンズという、なんとなくアメリカンなトラックの運転手をイメージさせる服装。

 

 しかし、側にいるおとなしそうな娘に絵本の内容を読み聞かせる姿は母性に満ちており、まるでその光景自体が、何かの絵画から抜き出したかのようだった。

 

 

 そんな様子に、しばらく目を奪われていると

 

 

(ぴとっ)

 

 

「っ!!?」

 いきなりお腹を触られる感触に、亜衣は驚き正面を振り向いた。

 

 そこにいたのは

 

「・・・・・・(子供?)」

 金髪の、ツンツンとしたショートの髪型をした、青い瞳色の少年(ハーフなのだろうか?)

 それが、興味津々といった感じで、亜衣の膨れたお腹をぽむぽむと触っていたのだ。

 

「・・・・・・ な、なに?」

 お腹を始めて他人に触られ、亜衣は驚きながら少年に尋ねる。

 

「おねーちゃん。にんぷさん?」

 対して、少年は活発な声で、そんな質問をしてきた。

 

「え、あの・・・ ええ」

 と、亜衣はとりあえず返事をする。

 

「男の子? 女の子?」

「・・・どっちも。男の子と女の子の双子だって」

 

「へー。じゃあオレと同じだねっ」

 途端に、少年はにぱっと無邪気に笑った。

 

「・・・君も、双子なの?」

 亜衣がそう聞いたところで

 

 

コラぁッ!!  波夢(パム)!! 何やってるんだ───い!?」

 真横の方向から、大きな声が響く。

 

 

「わっ!!?」

 金髪の少年はその声に恐れ戦いた。

 

「まったくもう。どこかにいったかと思ったらそんなとこで」

 声の主、少年の母親とおぼしき人物は、先程娘に本を読んでいた女性だった。

 

「ごめんね奥さん。この子ったらわんぱくな上に礼儀知らずでさ。・・・変な事しなかった?」

「え、いいえ、特に何も・・・」

 

「そう? ならよかった」

 それを聞いて、女性は溜息を吐き安堵した。

 どうやら、この息子には色々と煮え湯を飲まされているようだ。

 

 

 

「ボクは華蓮。松陀 華蓮(まつだ かれん)。よろしく」

 右手を差し出し、笑顔で握手を求める華蓮。

 

「あ、はい。よろしく・・・」

 その唐突なほどのフレンドリーさにつられてか、亜衣も自然と右手を差し出し、がっちりと握手を交わした。

 

「キミの名前は?」

 亜衣の隣、同じベンチに腰を下ろしながら、華蓮はそう質問をする。

 

「私は、あま・・・」

 天津亜衣と答えようとして、口を噤む。

 

 双子の巫女の姉妹が居る天津神社自体は、それなりに有名なのだ。

いくら隣町でも、私の顔自体知らなくても、【天津】の苗字は知っているかもしれない。

 

今ここに居る身重の女が、その天津の亜衣だなんて、どうして告げられよう。

一般の人達の天津に対する認識はともかく、こんな情け無い自分を知られるよりは、【行方不明】である方がよっぽどいい。

 

 

「その・・・ ・・・・・・・・・ 藤門・・・ 亜衣です」

 自分でその名前を答えて、その瞬間、激しい自己嫌悪に襲われた。

 

 いくらそれ以外の苗字が咄嗟に思い付かなかったからといって、自分から藤門亜衣と名乗るなんて、まるで・・・

 まるで、自分からカーマの妻であることを認めてしまったようなものではないか。

 

「・・・ ふじかど あい、ね。なるほど・・・」

 

「かーさん。このおねーちゃんも、お腹の中、男の子と女の子の双子なんだって!」

 波夢という少年は、嬉しそうに母親にそう報告した。

 

「へえ・・・ 面白い偶然だね。ボクも最初に産んだのはこの二人なんだ。

 こっちの子が波夢。それでこっちが美茶亜(ミーティア)」

 そう言って、金髪の少年、波夢と、母の後ろに隠れていたもう一人の金髪の少女の頭をポンポンと触る。

 少女と少年は良く似ており、見た目は少年の方が何となく虎っぽく、少女の方が猫っぽい。

 

「それにね、正直言うと、この二人がボクのお腹にいた時は、亜衣ちゃんと同じ位の年だったし」

「・・・!? そうなんですか・・・?」

 亜衣は驚いた。

 

「何だか、お互い事情があるみたいだね」

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 亜衣と華蓮の間で、何気ない会話が続く中

 

 

「あれ? その服・・・」

 ふと、華蓮は亜衣の妊婦服に目をやり、何か心当たりがあるような声を出す。

 

「え・・・ 何・・・ ですか?」

「・・・・・・ いや、似合ってるよ」

しかし華蓮は、少しだけ何かを考えたかのようなそぶりを見せ、そう答えた。

 

 

「それにしても、浮かない顔してたね。何かあった?」

「え・・・」

 華蓮の急な質問に、亜衣は戸惑った。

 まさか、本当のことを話すわけにも行かない。

 

「何か不安とかあるのなら、相談に乗るよ? 妊婦の先輩として」

 太陽のような笑顔で、そう言ってくれる華蓮という女性。

 

「・・・・・・・・・」

亜衣は後ろめたい、申し訳ないような感覚だった。

本当の事を言うわけには行かないし、言ったところでこの人には解決できない。それに、頭がおかしいと思われるだろう。

 

 

「・・・わたし・・・ まさか、こんな年で妊娠する事になるなんて、思ってなくて・・・」

 だから、抽象的に語るしかない。

 

「うんうん。心の準備も全然出来て無いけど、降ろすとかいうのもしたくない。

 誰かに相談もなかなか出来ないし、世間の目は冷たいし・・・ 大変だよね」

 

「華蓮さんも・・・ ですか?」

 

「ウン。ボクもその当時は色々悩んだよ。それに・・・」

 華蓮は亜衣の耳元に顔を近づけ

 

実はさ・・・ 波夢と美茶亜は、無理矢理で出来た子でさ

 と、驚くべき事を打ち明けた。

 

「え・・・!? 本当ですか・・・!?」

 これには、驚かない方がどうかしている。

 

「うん。昔のことだからね。今はもうへっちゃら」

 その言葉どおり、華蓮はまったくの笑顔のまま。

 

「それじゃあ・・・」

 まるで自分とほとんど同じだ。

 

「そのあと父親もすぐ死んじゃったからね、本当に大変だったよ。

でも、ボクは元々親が小さい頃に死んで居なかったからさ、【絶対にボクが育ててやる】ってその時思ってね。

今は・・・ その時のボクの決断に感謝してるよ。おかげで・・・ 今は一人じゃないから」

 

「・・・・・・・・・」

 二人の子供の頭を撫でる華蓮さんの顔は、本当に【母】として幸せそうで・・・

 なんだか、羨ましささえ感じてしまった。

 

 

「・・・華蓮さんは、強いですね」

 

「そうでもないよ。逆に、この子達がいなかったらボクは・・・ ずっと罪の意識を抱えてたろうし、どこかでダメになってたと思う。

 ・・・どんな形でも、子供が居るっていうのは掛け替えの無いことなんだって、つい最近分かったしね。・・・よいしょっ」

 

  華蓮は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「そろそろ時間だからボクは行くよ」

 華蓮の後を、波夢と美茶亜が付いて来る。

 

「あ、あの・・・」

 まだ、華蓮から色々と話が聞きたかった亜衣は、つい華蓮を引き止めるような声のかけ方をしてしまう。

 

「亜衣ちゃんも色々あるみたいだね。・・・まあ、あえて聞かないでおくけどさ。

 ただ一つだけ・・・ お腹の中の子供を一番愛してあげられるのはお母さんなんだ。

だから、どんな理由があっても、この世界で一番愛してあげて欲しい。

 

 ・・・そうしたら、いつか、君の子供が、必ず君を助けてくれる」

 

  華蓮は亜衣の肩をぎゅっと掴み。まるで全てを見通しているみたいな透き通った瞳で、そう亜衣を元気付けた。

 

「華蓮・・・さん・・」

 

「ボクからはそれだけ、あとは・・・ 自分で考えて欲しい。

 ・・・あ、そうだ」

 

  華蓮は、バッグの中をゴソゴソと探り

 

「コレ、あげるよ」

 華蓮が取り出したのは、先程子供に読み聞かせていた、【美女と野獣】の絵本だった。

 

「・・・いいんですか?」

「ウン。実は2冊あるから」

 

「・・・ママ、時間、遅れる・・・」

 母の後ろで沈黙していた美茶亜が、初めて口を出してきた。

 

「え? もうそんな時間? わー、やっばいなぁ・・・ じゃあ! また!!」

 華蓮はビックリするほどの速さで、商店街を走り抜けていった。

 

 

 

 

「・・・もう、見えなくなっちゃった・・・」

 再び一人ぽつねんと残される、亜衣。

 

「・・・・・・(子供が、助けてくれる、か・・・)」

 こんな淫獄の日々から、本当に助けられる日など、来るだろうか。

 いや・・・ そんな期待は、しちゃいけない。

 

 でも・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 亜衣は、そっと・・・ 初めて自分から、子を宿しているお腹を触ってみた。

 

「そういえば・・・ 名前も考えてなかったな・・・」

 正直、今まではそれどころではなく、お腹の子供の事をこんなに深く考えたことはなかった。

 しかし、今は・・・

 

「ねえ。私の・・・ 味方で、居てくれる?」

 亜衣がそう呟くと

 

(トッ・・・ ン)

 

「・・・・・っ」

 まるで、それに返事をしてくれたかのように、お腹の子が、内側からお腹を・・・ 蹴った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「お待たせしました」

それからすぐに、秀人が戻ってきた。

 

「・・・遅かったのね」

「すいません。色々な本を物色していたら、つい・・・」

 秀人が手にしている袋を見ると、他にも数点買っていたらしい。

 

「さ、帰りましょうか」

 座っている亜衣に、手を伸ばす秀人。

 

「・・・・・・・」

 亜衣は、少し悩んだ挙句、手を伸ばし・・・

 

 

(パチンッ!!)

 

 

 その手を、はたいた。

 

「・・・・おや」

 目を丸くする秀人。

 

 

 ・・・今は、何もできない。

 しかし

 

「・・・いつまでも。あなたの思い通りじゃないわよ」

 亜衣は、いつもの勇敢な、天津の巫女の、戦士の顔つきに戻っていた。

 その強い意志を携えた瞳で、強くカーマを睨む。

 

「・・・・・・・・・ フフ」

 少しだけ目を丸くしていた秀人だったが、すぐに笑顔に戻る。

 

「ええ。それでこそ・・・ やはり亜衣さんは、その目の方が似合う」

 秀人は、それが何とも嬉しそうだった。

 

 いくら外からの穢れを以って穢しても、穢れきることが無い強い魂を持っているからこそ。亜衣は何より美しいのだと、

 藤門秀人は、カーマは、知っているから。

 

「では、改めて」

 秀人は、再び同じ様に、右手を差し出した。

 

「・・・・・・・・」

 そしてその手は、亜衣は掴んだ。

 

 ・・・今は、これだけでいい。

 従順ではないのだということ、それだけを示せれば。

 

 この心が折れることさえなければ、いつか・・・

 いつか、その時はやってくると信じて

 

 

 

天津亜衣は、再び・・・ 地上から、姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

友人A「・・・ゴーヤはないだろー」

ドミニア「・・・あ、やっぱり?」

 

 なんというか、煮詰まった結果変なのが生まれましたみたいな。

 このネタはゴーヤ置いてある八百屋さん見て思いつきましたー(ごめんなさい

 

 現実的な大きさはともかく、野菜や果物の類で責め具にはバナナやキュウリなんかより形状として向いてると思うんですが、どうもネーミングから来るマヌケさというかダサさが抜け切れなかったかなぁ・・・ 難しいですねこういうの。

 

 あと「痛いだろういくらなんでも」という意見もありましたが、・・・本編で木の枝が有りだからまあいいかな? と言い訳。

 

 

 今回出て来た松陀華蓮は、他の場所で描いていた僕のオリジナル話の主人公カレンが元です。

今の子持ちの姿っていうのは彼女の物語が終わった後の有り様なんですが、まあ華蓮は平行世界の別人ってことで。

 孕堕の姫以外では、多分本編の後日譚あたりでまた出てきます。

 



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