数日後
淫魔の社 療養の間前 廊下
「････････････」
とある部屋の前で、カーマは壁にもたれかかり、目を閉じ腕を組んで何かを待っている。
見た印象は落ち着いて見えるが、その実組んだ右手の指は、メトロノームの様に、いや、その倍の速度でリズムを刻んでいた。
そこへ
（ガラ･･･）
療養の間の戸を開け、タオシーが中から出てくる。
「どうだ？ 様子は？」
亜衣が中に居る療養の間をチラリと見ながら、カーマはタオシーに訪ねた。
「順調です。もうすぐお産まれになりますよ」
タオシーは、笑みの表情で御子の順調を報告する。
「前に言っていた、礼の産婆役はどうした？」
「もうすぐ到着すると」
「そうか、下らん理由で遅れたら餓鬼どもの餌にしてやれ」
その言葉の内に、カーマは初めて、極めて僅かでありながら“焦り”という感情を見せた。
「･･･････は、御意」
タオシーはそれに内心驚きながらも、命令に従う。
「ひどいなぁ。餓鬼の餌だなんて」
そこに、一人の元気そうな女性の声。
廊下の端から姿を現わした金髪の女性は、赤いバンダナ、袖の破れたシャツと、穴つきジーンズという恰好に、片手には海外旅行でもするのかという大型のトランクを片手に持っているという、ラフ、という一言で片付けるには特徴的な姿だった。
「あなたが･･･？」
廊下の端から現れた金髪の女に、尋ねるタオシー。
「うん。ボクが松陀華蓮。 妖かし、半妖、半淫魔全般の助産を専門にしてる産婦人科医だよ」
独特の言い回しでそれを認めたのは、数日前に亜衣と偶然出会い会話をした、松陀華蓮である。
「それで･･･ 確認しますが、引き受けて下さるんですね？」
タオシーの質問に
「うん。そうだよ」
世界にこれ以上は無いであろう、軽い返事
「･･･随分簡単だな」
「ボクは、ボクが担当するべき“クランケ（おめでたさん）”だと思ったら誰でも見るよ。
それが例え淫魔の子だろうと、世界を滅ぼす魔王の子だろうと関係ない。生まれてくるからにはそれを全力で助けるし
その誕生を祝福する。･･･それが、ボクの産婦人科医としての信念だからね」
華蓮という女性は、見た目飄々としているようで、彼女なりの譲れないものがあるらしい。
「おめでたさんの亜衣ちゃんは、この中でいいんだよね？」
（ガラッ･･･）
そう言うや否や、華蓮は返事も聞かぬまま療養の間の扉を勝手に開け、入っていく。
「ああ、そうそう」
しかし、何か思い出すと、扉から頭だけ出して
「ボクの助産は基本男子禁制だから。そこのお嬢ちゃん以外は入って来ないでね」
と、今や鬼獣淫界の頂点であるカーマに対し、さらりとそう忠告した。
【そこのお嬢ちゃん】というのは、タオシーのことだろう。
亜衣達でも中々気付くことがなかったタオシーの性別を、華蓮は初見で見破っていたのだ。
「なに･･･？」
カーマはいきなり入室拒否を言い渡され、さすがに怒気を示す。
「当たり前だよ。昔から出産っていうのは女の子だけの神聖な儀式なんだから。
奥さんの出産、無事に終わって欲しいなら、そこで待機してて。
･･･ああでも、お嬢ちゃんの方でも5分以内には入ってこないようにね」
それだけ言うと、ピシャッ！ と気持ちいい音をさせて、扉を閉めた。
「（･･･生意気な女だ）」
カーマは、欠片も臆しない華蓮をそう評したが、
全く動かない所を見て、華蓮の言った言葉を破る気は無いらしい。
◇ ◇
一方
療養の間
カーマが主となった後の淫魔の社の部屋の分配は、その全てがタオシーに一任されていた。
タオシーはその性格上か、機能性や万が一の場合というものを考慮し、普段はおおよそ淫魔には関連無さそうな部屋まで在る。
「ハァ･･･ ハァ･･･ ハァ───ッ･･････ ハァ･･･ッ」
そんな様々な部屋の中の一つが、様々な医療具や、医療用の術式用具が収められた“療養の間”であり、その中央には、いよいよ出産を間近に控えた亜衣が座していた。
一子纏わぬ裸の姿で、限界にまで大きく膨らんだ、双子の実子を宿したお腹を抱え、
荒い息で、体中から玉のような汗を流し、脳はグルグルと回っているように錯覚を受けている。
「ハァ･･･ ハァ･･･ ウ゛ッ･･･！？」
ぐらりと視界が揺れ、そのまま木床に跪き
「うえっ！！ お゛うっ！ う、げ、ええっ────！！！！」
（ビシャッ！ ビシャビシャッ───！！！）
吐いた。
胃の中のものを残らず、胃液も、食物も。
涙を流しながら、全て吐いた。
「ハ───･･･っ ハ────･････っ ･･･････」
無意識に、亜衣はもう一度膨らみきったお腹を触る。
「そんなに･･･ 出たい･･･？」
そして、まるで独り言のように、そんな質問をお腹の中の子供に投げかけた。
そこに
「それは当たり前だよ。誕生を否定する命なんて存在しない」
すぐ側から聞こえる、聞き覚えのある声に、亜衣はゆっくり顔を上げた。
そこにいる、見覚えのある顔･･･
「･･････ 華蓮･･･さん･･･！！？」
思わぬ再会に、亜衣は驚いた。
「やあ」
対して、華蓮はまるで道端で会ったかのような軽い挨拶を返す。
「久しぶり。亜衣ちゃん」
「なんで･･･ ここに･･･？」
亜衣は、当然の質問をぶつけた。
「ボクが君の担当医だから」
「担当医･･･？」
「ボクは産婦人科医でね。“こういう関連”専門の。
今回は、君の旦那さんの依頼でやって来たってわけ」
「だん、な･･･？ それって、カーマ･･･の･･･ う゛っ･･･！」
カーマの事なのかと、それを尋ねきることも出来ず、激しい陣痛が亜衣を襲う。
「はっ･･･ ううっ･･･！！ あ、あ゛っ───･････！！！」
前のめりに屈みこみ、身を捻り切られるような苦痛に身を震わせる亜衣を
「ああ、ダメだよ。歯を食い縛っちゃ」
華蓮は、亜衣の両肩を掴んで引き上げ、真っ直ぐ目を見てそう言った。
「歯や顔の筋肉に悪い影響が出ちゃうからね。いきみを呼吸で逃がすのが大事なんだ。
ほら、ヒッヒッフー･･･ じゃなくてもいいから、歯を食い縛らずに、大きく口を開いて、息を吐いて」
華蓮は実に慣れた様子で、亜衣の背中を擦りながらそう語りかける。
「ハ────････ ハ────････ ヒュ───────･･･」
その言葉を受け、亜衣は息の吸い方、吐き方を変えた。
まるで、口から呼吸と共に苦しみを排斥するかのように。
「･･･････（どうやら、覚悟はしてるみたいだね）」
華蓮は、自分の患者には必ず聞いていることがある。
それはずばり、【母親として在る覚悟があるか】ということ。
華蓮の所には、担当が半妖や妖かし関連であるだけに、望まれた結果であるケースというのは絶望的に少ない。
だからこそ、ほぼ毎回それを訊いている。
そして、その答え如何によって、華蓮の家に新しい家族が加わるかどうかが決まるのだ。
しかし、目の前の女性、亜衣には、その必要は無いらしい。
全てを享受したわけでも、絶望したわけでもないが、
自分なりに、お腹の子供達の母になる事の覚悟だけは、なんとかついたようだ。
「（強いんだなぁ･･･ この子）」
華蓮は、すっかり亜衣のその精神力に感心し、
そしてその姿に、かつて、彼女ぐらいの年だった頃の自分を思い出す。
◇ ◇
療養の間 前 廊下
廊下の方は、全く以って静まり返っていた。
あまりに静か過ぎて、タオシーの手に持っている懐中時計が針を刻むカチカチという音、
それぞれの呼吸音。しまいにはカーマの指のメトロノーム音までがやけに大きく聞こえる。
「････････････」
壁にもたれかかり、黙りこくっているカーマ。
「･･････････････････」
そしてもう一人のタオシーは、懐中時計を何度も何度も見ながら、
カーマに気付かれないように注意しつつ、療養の間とカーマの顔色を伺っている。
タオシーはタオシーなりに、亜衣に対する心配心があるようだ。
カーマの妃（きさき）であるから、という理由もあるが、タオシーは【悪衣】の方に心なしか懐いているという理由が大きい。
本当は今すぐ手伝いに行きたい焦燥感に駆られているが、
主であるカーマが中に入らないのに、まさか自分が入るわけにも行かず
結果、タオシーは軍師役というより、まるで何かの小動物のようにオロオロしてしまっている。
「････････」
そんなタオシーの様子を見るカーマは
「何をしている、さっさと行って来い」
と、タオシーに命令を下した。
「え･･･！？ いいのですか？」
聞こえた言葉が、まるで空耳のようで
タオシーは、思わずそう聞き返してしまった。
「あの女を信用はしきれないからな。
愛しの妻の出産という大事だ。万が一の為に、見張りに行け」
目を閉じ腕を組んで壁にもたれかかった姿勢のままに述べられる、理由。
「････････････」
嬉しい言葉ではあった。
しかし、同時に強烈な驚きにも襲われる。
前の気まぐれによる買い物は、まだ【カーマ様】らしい行為だった。
しかし、今のカーマの内心の昂ぶりは、そして今回の命令は、タオシーのこれまで知るカーマ像に全く存在しない。
自分なりの悪を明確に持ち、省みる事無く己の欲望のまま突き進む。
それが、表だけは善人面をする人間と、カーマ様の決定的な違いであり、カリスマだった。
なのに、最近･･･ 今目の前にいるカーマ様は、自分がこれまでの8年に見た事の無い、知らない面を次々と見せてくる。
果たしていつからそうなったのか。
亜衣様がご懐妊なさってから？
亜衣様が、【亜衣様】と【悪衣様】に別れてから？
いや･･･ カーマ様が、亜衣様を初めてその目に見てから？
「どうした？ 早く行って来い」
いつまでも硬直したかのように立ち尽くしているタオシーに対し
カーマは眉をくねらせた表情を向ける。
「あ･･･はい。失礼します」
タオシーは慌てて、療養の間に向かった。
◇ ◇
療養の間
「ハ────ッ･･･ ハ────ッ･･･ ハァ─────･･･････」
療養の間を支配する、悪衣の苦しげな呼吸音。
破水が近いのであろう。全身からは滝のように汗が噴き出し、目は虚ろ。
もう既に激しい苦しみで、意識をまともに保っていない筈だと言う事を、華蓮はベテランの経験から知っていた。
「･･･実はね、今この状況だから言うけど、ボクも昔は亜衣ちゃんと同じ事を仕事にしてたんだ」
だからこそか、華蓮は亜衣を支え、手拭いを絞るなどの準備をしながら、
まるでついでのように、ゆっくりと自分の過去（ものがたり）を語り始める。
「今の亜衣ちゃんと同じ位の年だったかなぁ。ボク、けっこう強くてね。
才能も霊力もあったから、どんどん妖魔や淫魔を倒して･･･ 今思えば、調子に乗ってたねえ、あれは」
ハハハハ、と。他人事のように笑う華蓮。
「で、ある時、ボクは当時の先輩の忠告を無視して、鬼獣淫界に乗り込んだ。
理由は･･･ 退魔関係でも何でもない、親友が淫魔に殺されたから」
しかし、その事実を話す所になると、声のトーンは落ち、真面目な口調に変わった。
「怒りに身を任せて、淫魔を次から次へと殺していった。
でも途中で、上級淫魔の罠に掛かってね。ま、敵陣に一人で乗り込んだらそうなるのは当たり前なんだけど･･･
あの時は、そんな事さえわかってなかったね。
その後は、まあ誰でも予測するとおり･･･ 陵辱、調教･･･。
でも大体のパターンとボクの場合の違いは、敵のボスのタチの悪さだった。
ボクは呪術で【どんな種の妖と交わっても、絶対に妊娠する】体にされて、それから･･･ 虎の化け物に犯されてさ。
それがボクの初めてだったんだけど･･･ 実はね、その時の子供が波夢と美茶亜なんだよ」
「･･･････！？」
何か、衝撃的な事を言われた気がするが
今の亜衣には、もはやそれを完全に聞き取る余裕は無かった。
「あの二人、本当はもうちょっと虎人間っぽい姿なんだけどね、あの二人は変化（へんげ）が上手いんだ。
･･･その分、他の皆の中にはまだ変化が上手く出来ない子も居るんだけどね」
（カチ、カチ、カチッ）
話を続けながら、華蓮は組み立て式の頑丈な器具に亜衣の両手両足をテキパキと固定させる。
表面のラバー加工により、固定された両手足は大きく暴れても怪我をしないように出来ている、考えられた作りだ。
「なんとか助かって、二人を産んで･･･ それからも、ボクは戦いをやめなかった。
なんとか闘える内は･･･ って、思ってたんだね。それ以外の生き方を知らなかったし、償い方も知らなかったから。
それで･･･ 最後には、遂に戦える身体じゃなくなっちゃってさ。今は、この仕事を選んだってわけ。
･･･ハハハハ。情け無いね」
かつて戦士だった女性は、笑った。
自嘲気味にではなく、過ぎ去った過去を、清濁併せ呑み、懐かしむ形で
「ゴメンね。ヒーローのマントを失くす前のボクだったら、亜衣ちゃんを助けてあげられたかもしれないんだけど･･･
今のボクは、医者としてしか君に何もしてあげられないや」
（ガララ･･･）
そこへ
扉を開け、タオシーが入ってきた。
「･･････ やぁ。いい所に来たね」
「何をお手伝いしたらいいですか？」
「そうだね、まずは･･･」
◇ ◇
十数分後
「あ───────っ！！！ ああ────────っ！！！！」
響いてくる、悪衣の絶叫。
その叫びは、大きく反響し、淫魔の社全体に響き渡っていた。
◇ ◇
淫魔の社 地下 座敷牢
淫魔の社の地下に存在する、常識よりもずっと広く間を取った座敷牢。
生活に必要なものは余分なまでに揃えられ、座敷牢特有の窮屈感はほとんど存在し得ないその場所。
「････････」
その中央に、麻衣はいた。
「お姉ちゃん･･･」
亜衣の絶叫は、遠く離れた座敷牢にさえ反響し響き渡り、
麻衣は、その声を聞くことにより、心が張り裂けそうな苦痛に苛まれ、しかし耳を閉じようとはしなかった。
姉が苦しんでいるのは、自分のせいなのだから。
この苦痛を甘んじて受けなければ、それこそ姉に申し訳が無いと、そう思ったから。
◇ ◇
そうして、数時間という時が経過し
亜衣の叫び声が途絶えた。
そして
（ガララ･･･ッ）
「ふう･･･」
疲れの溜息を吐きながら、療養の間から華蓮が出て来た。
その手には、柔らかな布に包まれた、生まれたばかりの赤ん坊が･･･ 一人。
「あ〜･･･ 疲れた」
と言いながら、華蓮はスタスタと歩き、カーマの目の前にまで歩くと
「はい。お父さん息子さんとご対面」
（ぽふ･･･）
あっさりと、布に包んだ赤ん坊をカーマに手渡した。
「む･･･」
手の上に赤ん坊を渡され、カーマはその赤ん坊の顔を覗き込む。
赤ん坊は、驚くほど小さく、脆く、まるで小柄な妖精の類かと思ってしまうほど。
今手の中で眠り続けている存在は、ほんの少し手に力を込めるだけでその生命が掻き消えるだろう。
自分よりは、亜衣の方に良く似た顔。
息子と言ったからにはこっちが男の方なのだろうが、赤子だからか、まるで女子に見える。
「さっきまで赤ん坊らしい泣き声を出してたけどね、疲れて寝ちゃったみたい」
「･･･ほう。 ････････････」
ほう、と一言相槌を打ったきり、カーマは赤子を凝視したまま、数十秒ほど沈黙が続いた。
「こっちが男の方か？」
そしてやっとカーマは、俄然赤ん坊を凝視したまま、華蓮に問う。
「そう。ああ心配しないで、女の子の方も無事に生まれたから。
今は部屋の中でタオシーちゃんが持ってるよ」
「･･･そうか」
チラリと、カーマは療養の間を見る。
「奥さんはしばらくほっといてあげた方がいいよ。出産で疲れきって意識失って寝ちゃったから、休ませてあげた方がいい」
頭に巻いたバンダナを解きながら、華蓮は何の遠慮もなくカーマにそう言った。
「･･･とはいっても、君には充分わかってるみたいだね。言うだけ余計だったかな」
そして、返事を聞くよりも前に、自分からそう結論を付け、フフッ と微笑む。
「･････････？」
そんな華蓮に対し、カーマはただ疑問の感情を顔に出し、眉を寄せ、目を細めるだけ。
「子供の抱き方で分かるよ。歪な形だろうけど、奥さんも赤ちゃんも、すごく愛してるってこと」
「･･････なんだと？」
言われた覚えが全く無い単語と言葉に、カーマは豆鉄砲を喰らった鳩のような顔になる。
「･･･君って、不思議な淫魔だね。ボクが知る限り、淫魔って女を性欲の道具としか見ない筈なんだけどなぁ。
しっかり愛を持ってて、一人の女性にだけ執着する淫魔なんて、始めて見たよ。･･･悪い奴みたいだけどね」
ハハハハハ、と。華蓮は無邪気に笑い始めた。
「･･･何を笑う？」
対してカーマは、さすがに機嫌が悪くなってきているらしい。
「ああ、ゴメンゴメン。
実を言うとね、ボクが子供に読み聞かせてる本･･･ 【美女と野獣】になんだか似てるからさ。おかしくて」
「似ている･･･？」
「そう、昔美しかった王様は、魔女の魔法で野獣に姿を変えられる。そしてたまたま迷い込んだ美女の家族を幽閉し、そして家族の開放の代わりに、今度は美女をお城の中に幽閉する。野獣は本当は美女を愛しているんだけど、野獣は性格が捻じ曲がってしまっていて、素直に思いを打ち明けられずに意地悪しか出来ない･･･ そっくりでしょう？
･･･ああ、でも･･･ 敵役のガストンにも似てるかな。
自惚れ屋で無作法で乱暴で、好きな女性をモノにする為に手段を選ばない所なんか、そっくりだ」
「･･･････････」
「君の【呪い】は･･･ どうしたら解けるんだろうね。
その呪いさえ解けたら、奥さんだってもっと･･･」
「･･････」
カーマは、何も言わず、無言で華蓮を睨む。
その目には、それ以上の有無を言わさぬ圧があった。
「･･･おっと。ただの医者としては余計な藪蛇だったね。･･･それじゃ」
これ以上は自分が立ち入る藪ではないと悟った華蓮は、トランクを手に取ると、さっそうと歩きだし
淫魔の社から、帰って行った。
「･･･最後の最後まで、掴めん女だ」
そう呟きつつ、再び息子の顔を覗き込む。
「あー･･･ うー･･･」
赤ん坊は目を覚ましたらしく、ぱちくりとつぶらな目を開け、カーマを見つめている。
「フフ･･･」
いつもと同じ悪辣な笑顔で、自分に向かい合わせるようにして、高く掲げ
「お前が、鬼獣淫界の次世の王になるわけか。
･･･さて、このオレよりも強くなれるかどうか、見物だな。
フフ･･･ フフフフ、ハ───ッハハハハハハ！！！」
カーマは、この世の全てを手中に収めたかのような笑い声を上げ、辺りに響かせた。
◇ ◇
数刻後
淫魔の社 療養の間
「･･････ ぅ･･･」
出産という大事を終えた亜衣は、しばらく意識を失っていた。
それから数刻が経過し、ようやく目を覚ますと
「おはようございます。亜衣様」
数歩離れた位置に座している、タオシーの声と姿が最初に在った。
タオシーのその手には、柔布に包まれた･･･
「その･･･ 子が･･･？」
まどろみの残っていた亜衣の意識も、その時点ではっきりと覚醒する。
「はい。おめでとうございます。･･･双子の妹ですよ」
表情に疲れを見せながらも、笑顔で丁重に女児を、亜衣に手渡す。
「････････････」
震える手で、産み出でたばかりの我が子を手に取る亜衣。
「この子が･･･」
その小さな顔は、とても安らかで、まるで･･･ 天使のようだった。
父親がカーマとは思えない程に、穢れなく、綺麗で、愛らしい。
その顔は、私に似ているというよりは、まるで麻衣のような･･･
「･･･うー？」
閉じていた瞼がゆっくりと上がる。
「････っ」
それに驚いた亜衣は、少しだけ肩を震わせるが
「あー･･･ うー･･･」
娘は、亜衣の顔をその瞳に映すなり、純真な笑顔を亜衣に魅せた。
何の説明がなくとも、生まれたばかりの娘は、亜衣が母親だということが分かるのだろう。
「あ･･･ あ･･･」
それと同時に、亜衣の中から、爆発するかのようにある感情が沸き上がった。
堰を切るかのように涙が溢れ、自然と両の腕で、ぎゅっとその娘を優しく、しかし強く抱きしめる。
そこへ
「よく頑張ったな。亜衣」
「！！」
その父親が、やってきた。
「実に愛らしいな、俺たちの愛の結晶は」
それが自分と亜衣の間の子であることを強調する言い方で、その手に抱える双子の兄を見せ付けるカーマ。
「･･････っ」
亜衣は、反射的に、手に抱える双子の妹を、隠すようにより深く抱え、キッとカーマを睨みつける。
それは、【私の子供を、好きなようにはさせない】という意思表示のようだった。
「ふふっ、やれやれ」
そんな亜衣の様子さえもカーマには微笑ましく思えるのだろう。
ニヤニヤと笑い、亜衣の方へ近づいていく。
「せっかく愛する我が子も産まれたんだ。もう少し仲良くやろうじゃないか。
なあ？ ･･･ママ」
亜衣の目の前にまで顔を近づけ、耳に息を吹きかけるように、そう呼ぶ。
「･･･････っ！」
まるで、【オレはもう、お前の全てを手に入れた】とでも言いたげな、その笑い顔。
無理矢理処女を奪い、犯し続け、孕ませて･･･
そうして私を母親にしたそれを、まるで愛し合った結果のように･･･
「あなただけは･･･ 一生、許さない･･････！」
ありったけの、怒りと憎しみを込めた。その言葉。
「それも良いな。しかし･･･ 俺の分身でもある。この子供達は憎めまい？」
涼しい顔で、カーマは双子ノ兄も、亜衣に手渡し
（チュッ･･･）
「うっ･･･！？」
亜衣の唇に、そっと己の唇を重ねる、キス。
「フフ･･･」
カーマは、たったそれだけで亜衣から顔を離すと、
踵を返し、扉から出て行った。
それは、カーマの余裕。
子が生まれた事により、カーマは、亜衣の【未来】までをも手中にした。
亜衣に刻まれた、何よりも重い枷。カーマとの、最早断ち切りようが無い鎖。
もはや全てが手中にあり、完全となった今、カーマが万が一にも思案を巡らすものは必要ない。
あとは、長い時をかけ、宝物を愛でていけば良いのだから･･･
◇ ◇
それから先
淫魔の社 亜衣の部屋
それから幾つかの日々が過ぎて行き、鬼獣淫界にも多少の季節の変化が過ぎ去っていったその先の事。
「･･･････（チク、チク、チク････）」
若き少女でありながら、邪淫王の妻となり、二児の淫魔の子の母となった亜衣が、静かに針作業をしていた。
何故亜衣が、裁縫をしているのか。
それはというと、ふとしたきっかけから、タオシーから少しずつ裁縫を習うようになったのである。
これまでそういった事をやったことすらなかったので、当然と言うべきか最初は雑巾のレベルだったが
今では服にボビンでちょっとしたアレンジを加えるぐらいにまで上達した。
数ヶ月を経て、今では何の躊躇いもなく子供達と接することが出来るようになった事もあって
篭の中の鳥である亜衣が生き甲斐と出来るのは、子に対する何かしらの行為しか無いのだ。
父が父でありながらも、そして望まぬ形でありながらも
やはりその身に宿し、産んだ子供達はやはり愛しいのだろう。
未だ少女と言える年齢でありながら、亜衣のその顔は、紛れもなく母親のものになっている。
「ママ」
そこに、とても幼い、可愛らしい声。
「･･･アーミィ？」
亜衣は顔を上げ、その声の主の名を答えた。
亜衣の見つめる先には、一人の少女がいる。
見た目は、小学生の低学年ぐらいだろうか。
しかし実際には、まだ彼女が生まれ出でてからまだ一年にも至っていないのが真実だった。
タオシーが言うには、淫魔の子は成長が早く、特に生誕から少年、少女期に至るまでは駆け足のように早いという。
そしてそれは、目の前にいる我が子が、紛れも無い淫魔の子であるということを明らかにしていた。
白を基調とする長袖の裾の広い服と、長めのスカート。
どちらも全体的にふわりとした、軽快な印象を与える、まるで羽根のような服。
常ににこにこと笑っている少女は、亜衣、麻衣と全く瓜二つの顔であり、茶がかった艶ある黒髪は、おさげに結われている。
カーマの種を微塵にも感じさせないその少女は、亜衣というより、どちらかというと麻衣の小さい頃にそっくりだ。
「今日は白ママ？」
天使のような可愛らしい声で、そんな事を尋ねるアーミィ。
「･･･うん、そうよ」
白ママとは、亜衣の事。
子供達は、心が二つに別れている母、亜衣を特に不思議がることもなく
いつの間にやら、アーミィの方は、亜衣の方を白ママ。悪衣の方を黒ママと呼ぶようになっていた。
「どうしたの？ アーミィ」
「ご絵本、読んでほしいの」
そう言ってアーミィが両手に持って見せたのは
華蓮が亜衣にくれた、【美女と野獣】の絵本だった。
「･･･アーミィったら、その絵本好きね」
亜衣は苦笑しながらそう言い
「うんっ！」
満面の笑顔で、アーミィは大きく頷く。
◇ ◇
そして
「ガストンに刺された野獣は、今にも死んでしまいそうでした･･･」
正座の姿勢になった亜衣は、アーミィを膝の上に乗せ
前回読み終わった箇所の続きから、ゆっくりと読み聞かせていた。
「バラの最後の一枚が散る寸前、
そんな野獣を抱き抱え、ベルは泣きながら「愛している」と心の底から叫びました」
アーミィは、この絵本の話を何度も何度も聞いている。
なのに、何度目になろうとアーミィは全く飽きず、今回のようにいつも亜衣の読む物語を夢中になって聞いていた。
「その瞬間、野獣と、城はたちまち眩い光を放ちました。
そう、ベルの、そして野獣の真実の愛により、魔法が解ける時がやってきたのです。
光が収まると共に、野獣は、元の美しき王子へ戻り、家来たちもまた、動く物から人間へと戻りました。
そして･･･ 全てが終わったあと、ベルと王子様は互いに永遠の愛を誓い合い、父モーリスを始めとする多くの人の祝福を受け、結婚し、末永く幸せに暮らしたのだそうです･･･ めでたし、めでたし」
物語が終わると同時に、パタムと音をさせて亜衣は絵本を閉じた。
「どうだった？」
そして、膝の上にいる愛娘に、感想を聞く。
「うん。 ･･･すごく楽しかった！！」
アーミィは、真上の母の顔を見上げ、満面の笑みで答える。
「そう･･･ よかった」
その笑顔に、その純粋さに、亜衣は母としての至福に包まれる。
この時が永遠に続けば良いのに。そう思ってしまうほど。
「･･･ねえ、ママ」
くるりと振り返り、母に抱きつきながら、上目遣いに尋ねるような言い方をするアーミィ。
「怒らないで聞いてくれる？」
なんとなく聞きにくいことなのだろう。分かりやすいほどアーミィはもじもじしながら、おどおどしている。
「なに？」
「アーミィね。ベルって、ママのことかなって思ったの」
「･･････ え･･･？」
亜衣は、予期していなかった娘の言葉に軽く驚く。
「パパはやじゅーで、ママがベルで･･･ 麻衣おねーさまが、モーリスおとうさんかなぁ？」
う〜〜ん、と、頭をうにうに動かしながら悩み、子供ながらの結論を出していく、アーミィ。
「ど･･･ どうして、そう思ったの？」
「だって･･･ 白ママは、パパのことキライなんでしょ？」
「･･････！」
今度は、大きく驚かざるを得ない。
いくら時が過ぎても亜衣は、カーマに対して、妻として服従する事は無かった。
どれだけ染められようとしても、天津亜衣である誇りを捨てずに闘い続けたのだ。
しかし同時に、二人の愛する子供達の前で不仲な夫婦を見せ付けるということにも、抵抗があった。
だから亜衣は、我を押し殺し、子供達の前では、なるべく【善き妻、善き母】であろうと努めていたのに。
「（子供って、見てるのね･･･）」
考えが甘かったと、亜衣はその時痛感した。
子の純真な、鏡のような瞳の前に、欺き通せると思っていたのが、どれだけ愚かしい考えだったか。
「アーミィね。白ママがパパを好きになってくれたら、パパのやじゅーの呪いも解けると思うの。
そしたら、白ママも、ずーっと、ず───っとパパと一緒に、【すえながくしあわせに】なれるかもって」
「････････」
実に、痛い言葉だった。
痛すぎて、心が潰れてしまいそうなほどに。
「･･････そうなったら、いいわね」
それでも何とか、愛娘に笑顔を向け、微笑みかける。
「･･･ママ、ごめんなさい」
アーミィは、謝り、母の首にギュウと抱きついた。
亜衣の心内が分かったわけではない。
ただ、母の顔を見て、一瞬見えた泣きそうな顔に、自分の言葉のせいだと直感したからだ。
「ううん･･･ ありがとう。ママの事、心配してくれて･･･」
もう、涙を抑え切れなかった。
純粋なる娘を強く抱きしめ、亜衣は、長い間封印してきた涙をボロボロと落とし
「ママ･･･」
アーミィは、小さく細い腕で、母を強く強く抱きしめた。
自分が抱きしめていなかったら、ママが、ママのなかが、割れてしまうんじゃないかと、そう感じたから。
◇ ◇
数日後
淫魔の社 廊下
掃除の行き届いた埃一つ無い、庭に面した廊下を、その日カーマは何気無しに歩いていた。
コキコキと首を鳴らしながら、
「（さて、今日はどう遊ぶか･･･）」
と思案を軽く巡らす。
亜衣をまた変わった手法で犯してみようか。
陰陽の道具や薬を使うもよし、鬼獣淫界の生物を使ってみるのも面白い。
妹自身にあまり興味は無いが、姉妹を同時に犯し、二人に互いを愛し合わせるという趣向も良いだろう。
時には、タオシーをからかってみるのも･･･。
そんな妄想を楽しんでいる
その時
（ズボッ───）
「･･･････！？」
急に、踏みだした床板がぐにゃりと曲がり、カーマはそれに足をとられる形となった。
「む･･･？ おや、これは･･･」
そしてその事態を、さして驚きもせず、冷静に上の方を見上げ
「またお前か？ カイ」
その張本人であろう者の名を、呼んだ。
「･････････」
天井近くの梁の上に、腕を組んで立っている。一人の少年。
茶がかった長い黒髪を頭の後で括り、二股に別れたテール。
その髪型の前髪の形、そして顔は、少年であるにも拘らず、亜衣にあまりにも瓜二つで、着ている服の露出度の高さがなければ、誰にも彼にも少女押して見られたのではないかというほど。
しかし、その目の切れ長の鋭さや、全体が放つ雄々しい牙のようなオーラは、少年が間違いなく、邪淫王カーマの子であることを示していた。
「ハ────ッハハハハ！！！ こんな罠に引っかかるとは隙が多いな！！ クソ親父！！！」
少年特有のエネルギッシュな笑い声で、眼下の父を見下ろし罵倒するカイ。
「やれやれ、またか」
ここの所、カイは毎日のように父カーマに挑んでくる。
それは正面からぶつかって来たり、不意打ちだったり、時にはこうして罠とのコラボレーションだったり。
とにかくカイは、少し前から執拗にカーマを打倒する事に執念を燃やしているのだ。
「元気なのは良いことだが、そういつもいきり立っていては美人の顔が台無しだぞ？」
カーマは、足を取られているという不利な状況でありながら、不敵に笑う。
「ぐっ･･･ 黙れ！！ このクソ親父！！ 今日こそ引導を渡してやるっ！！！」
わざわざ気にしている事をからかわれたカイは、顔を真っ赤にするほど激怒しながら
（バチ、バチバチバチッ────！！！）
右手を何か思い球を持つような形に掲げる。
すると、忽ちカイの右手の上に、ボウリングボール大の紫電球が出現した。
妖力を雷電の球に変化させる、妖の中級技。
本来、生まれて一年にも満たない淫魔の子には到底到達できない境地の筈なのだが、
そこは、さすがは淫魔の姫となった天津亜衣と、邪淫王カーマの子といったところか。
「死ィねェェ───────ッ！！！！」
（ドゥンッ────！！！）
物騒な言葉と共に、カイは迷う事無くカーマを目掛けて紫電球を放つ。
大抵の淫魔、妖魔の類であれば、一瞬で消し炭になり吹き飛ぶだけの威力はあろうものを
「ふん」
（ペンッ！）
しかしそれを、カーマは三鈷杵で軽々と弾く。
「なっ･･･！？」
渾身の一発を簡単に弾かれたカイは、驚愕せざるを得ない。
弾かれた紫電球は、中庭の中央に落下し
（ドォンッ──！！！）
派手なキノコ雲を描き、大地にちょっとしたクレーターを作った。
「あれほど社の中で紫電球は使うなとタオシーが念を押しただろう？
お前の粗野な妖力の塊を爆発しないように弾くのは何かと面倒だというのに、まったく･･･」
心底面倒臭そうに、髪をかき上げながら余裕を見せるカーマ。
「やかましいっ！ 貴様のそういう所が･･･ そういう所が気に喰わんのだ！！！」
カイは殺意を剥き出しにし、手品のように虚空から二つの刀を取り出した。
「（今度こそは･･･！）」
何度も何度も挑んでは返り討ちにあっていたこともあり、カイは今回は作戦を立てていた。
どんな戦士であれ、頭上からの攻撃には隙が出来る･･･ と、本に書いてあった。
それにこの狭い空間で、尚且つこの社の中では、鞭じゃあどれだけ正確に狙っても建物を壊してしまう。
この前も同じ事を狙って、結果蹴りが飛んできて返り討ちにあったが･･･
今回は、その両足を罠で封じてある。
反撃の可能性があるのは両腕から来る拳だが、カーマの腕の長さよりは、刀を持った自分のリーチが勝っている。
「覚悟しろっ！！！」
勝利を確信し、カイは跳んだ。
父カーマに、渾身の一撃を振り下ろす為。
「･･････ふふ」
しかし、カーマは一笑すると
（ガキィィィンッ！！！！）
「っ！！？」
鞭に変化させる前の三鈷杵で、カイの振るう刀をいとも簡単に止めてしまった。
「こうまで分かり易い太刀筋では、止めてくれと言っているようなものだ」
（ガッ──）
カイがその状況に気付くよりも前に、カーマはその刃を握り･･･
「ふんっ───！！」
（ズベシャアッ！！！）
思い切り、中庭へと放り投げられ、地面を抉りつつ二回ほどクラッシュし、倒れる。
その衝撃に、手に持つ刀はあらぬ方向へ飛んでいき、カイはうつ伏せの状態の砂利塗れになっていた。
「う･･･ ぐ、ぐ･･･」
それでもカイは、実力差のありすぎる父を前に、怯む事無く立ち上がろうとする。
近づいてくる、カーマの砂利を踏む音。
「どうした？ 軽く投げてやっただけだぞ。もう降参か？」
我が子を投げ飛ばしておいて、実に涼しげな顔をしている。
「まだ･･･だ･･･」
なんとか起き上がるカイ。
顔はすりむき傷だらけで、ボタボタと勢い良く鼻血を地面に落としながら、それでも切れ長の目で、カーマを睨む。
「ほう･･･」
面白い。
カーマはカイの目に、そんな感想を持った。
何故なら･･･ 上目遣いに自分を睨む息子カイのその視線。
それが、亜衣が陵辱を受けながらも自分を睨むその視線にそっくりだったから。
「（まったく、血は争えんものだ･･･）」
カーマはこれまでになく、悪辣に微笑み、それを喜んだ。
「何を、笑っているッ！！！」
（バチバチバチ────ッ！！！！）
そんな風に見られているとは分かり様も無いカイは、怒りのままに両手に紫電球を出現させる。
「そろそろ飽きたな。･･･折檻といくか」
カーマは、それに欠片も臆する事無くポキポキと拳を鳴らし、カイに近づき･･･
「嘗めるなぁぁっ────！！！」
カイは声の限り叫び、カーマへと突進した。
（バキィッ！！ ドカッ！！ ベキッ！！）
（（バキ ドゴ メキ ゴキ グシャッ！！！！！））
◇ ◇
数分後
「これで何敗目だ？ 懲りんヤツだな」
ペンペンと両手をはたいているカーマは、髪型一つ乱れていない。
「･････････（しゅう〜〜〜･････）」
一方のカイは、無残なまでに、タンコブだらけのボロボロ状態だった。
「ウサギでもネコでも、自分が決して敵わない相手か、相手が獅子か羊かぐらいは見極めるものだぞ。
それともお前は目が付いていないのか？」
「だま･･･ れっ･･･」
「そうまでして、俺を倒したいか」
「そう、だ･･･ お前を、倒して･･･ 母上を･･･」
喉の奥から声を搾り、ありったけの父カーマに対する呪詛と、そしてその裏に、母亜衣への盲愛ぶりがカイの言葉に込められていた。
「勇猛さは認めるが･･･ 無駄だな。
亜衣も、悪衣も、両方とも全て俺のものだ。そして･･･ その亜衣から生まれた、お前たちもな。
クッ･･･ ハハハハハ！！！」
それだけ言うと、カーマは踵を返し、高笑いと共にその場から姿を消した。
「くそ････」
残されたカイは、悔しさのあまり、両手で地面の砂を抉り取る。
「･････････クソっ くそっ！ くそっ！！ くそぉぉっ！！！」
泥の味を噛み締めながら、ダン、ダンと地面を叩き、悔しさに身を震わす。
だが、決して涙は流さない。
男が戦いに負けて涙を流せば、その時は本当に負けなんだと
カイはそう思っていたから。
だから、目から熱いものがこみ上げて来そうになる自分を、必死に耐えた。
今度こそ、今度こそ、絶対に倒してやると
自分自身にそう、誓いながら･･･
◇ ◇
一方
カーマは、再び淫魔の社の中の廊下を歩み始めていた。
そこで
「･･･タオシーか」
すぐ側の曲がり角に、一人の忠臣がいることを確認し、その名を呼ぶ。
「･･･はい」
そして柱の影から、タオシーは出て来た。
「ずっと見ていた訳か？」
「その･･･ はい。申し訳ありません」
「かまわん」
そう言って、カーマはタオシーを通り過ぎ、門に消えようと･･･
したところで
「･･･来たついでだ。腕白坊主の手当てでもしておけ」
ポツリとそう言った。
「はっ･･･ はい」
元々用意していたのだろう。救急箱を手に、タオシーはカイの元へ向かい
「フン･･･」
カーマは、今度こそ門の向こうへと消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
友人Ａ「･･･いくらなんでも、こんなリアルに出産シーンやって需要あるかね？」
ドミニア「そ、そう･･･？ これでもカットした方なんだけど」
まさかこのお話がこんなに難しく、詰まりまくり、悩む事になるとは思いませんでした。
いやあ、難しいですね。
カイとアーミィ登場。
でもちょっと尺が足りなかったので、ラストになりませんでした。
たぶん次で･･･ うん、たぶん次で終わります。
作中で華蓮が語った通り、ＸＹＺ中におけるカーマの亜衣との奇妙な関係やキャラクターは、【美女と野獣】からイメージしている所があったりします。野獣+ガストン＝カーマ。ベル＝亜衣。モーリス＝麻衣、木偶ノ坊。みたいに。