淫獣聖戦 偽典 「繭地獄」 7 |
週明け火曜日の未明。 草木も眠る丑三つ時というのは、こんな時間かなあと、学園の校庭を進みながら麻衣は思った。警備員が一時間ごとに校内を見回る。姉妹はその中間にこっそり隠れて園内を回ることにした。もちろん学業は疎かにできないので、合間に仮眠を取りながらである。 結局桂教師の靴のサイズは26cmで、容疑はだいぶ薄まった感じだ。天神学園は、敷地内に森を持っており随分広い。校舎の周りは比較的明るいが、校庭や森までは照明が当たらず、深夜ともなると不気味だ。如何に天神子守衆で、淫魔衆相手に戦うという強さを持っていても、麻衣もうら若き少女なればやはり心細い。今は三度目の巡回なのだが、無灯火ではあっても、さすがに慣れてきた。眠気を抑えつつ弓道場に差し掛かったときだった。黒い影が、さーっと進み道場に入っていったように見えた。麻衣はあわてて、携帯を取り出す。 「おねえちゃん。今、弓道場の前に居るんだけど、怪しい影が。すぐ来て。道の反対側、銀杏の木のところに居るから」 声を抑えて伝えると。携帯を仕舞う。中を覗こうという誘惑に駆られるが、異常時は絶対二人で行動と誓い合ったので、何とか思い止まった。早く早くと焦り、随分長く感じたが、実際には二分で亜衣は駆けつけた。 「はあ、はあ。影って?」 亜衣の息は荒い。 「中に入っていったわ、暗くて誰かまではわからなかったけど。懐中電灯点けてないから警備員じゃないことだけは確か」 「じゃあ、射場の方から回りましょう」 弓道場の裏から回って、射場の脇に出る。 「電気点いてる」 射場の建物から薄く灯が漏れている。 「やっぱり誰か居るわね」 表に回り直し、玄関に入り込む。靴はない。土足で上がったのか?亜衣はややムッと来る。射場へ続く暗い廊下を音もなく進み、ドアを薄く開ける。そこにいたのは。 亜衣は人影を誰か確認すると、麻衣に親指で見てみろと指し招いた。 射場の端に居たのは桂だった。麻衣はかなり驚いたようで、大きく目を見開いた。咄嗟に口を押さえ、声が出るのを防ぐ。 桂は、おそらく女生徒だろうぐったりとした少女を小脇に抱え、もう片方の手で印を結び、なにやら呪文を唱えてる。一分も経った頃だろうか、壁に小さな光点が浮かび上がった。それはみるみるうち内に、大きく広がり輪になっていく、その中は暗黒。淫界へと通じる次元の裂け目となった。裂け目が三尺ほどに広がると、詠唱はそこで止んだ。 むんと気合いを入れると、もろともに躍り込んだ。 それを見送った姉妹は射場に踏み込む。亜衣が静かに呟く。 「やはり、桂先生が強姦魔だったのね。しかし、鬼獣淫界の一味だったとは」 「どうする、おねえちゃん」 「あの抱えられてたのは、誰なのかわかった?」 「うーん。何となくだけど、同じクラスの谷崎美和に似てるような。あんなセーター着てるの見たことあるし」 「弓道部の美和ちゃん?あの子どうして・・・」 麻衣が姉の顔を覗くと、下唇を噛み眉頭を寄せたあと、きっと眼を見開いた。 「麻衣、護符の準備はいいわね」 「うん、大丈夫」 「じゃあ、行くわよ」 亜衣は、短いスカートを翻すとそこへ突入し、麻衣も続いて舞うように裂け目へ姿を消した。しかし、そこにはもう一人の人影が有った。裂け目が徐々に閉じかけると、廊下から飛び出し、あわててそこに潜り込んだ。 鬼獣淫界へ繋がる産道をぬけると、亜衣はひらりと片膝立ちに舞い降りた。昼でもなく夜でもない、禍々しい天の色。亜衣は数ヶ月の過去を想起したのか、嘘寒さを感じてぶるっと頭を振った。そのとき、どすっという物音に振り返ると、麻衣が裾の内も露わに尻餅をついている。しぃーと指を唇に当てると、顎をしゃくる。その方向、十町ほど先には築地塀を巡らせた屋敷が建っているのが見えた。大きい。寺院とも思えたが違うようだ。上体を伏せながら、小走りに塀に取り付く。塀の端が霞むほどの広さだ。姉妹は無言で頷き合うと、セーラー服姿ながら、七尺余りの塀上に跳び上がる。素早く四囲に目を配ると、無音で内に降りた。 「静かね」 麻衣も緊張からか、額にうっすら汗を浮かべている。塀沿いに歩き、庇のついた廊に入る。太い天然木の朱塗りの柱に、漆喰の壁。観光文化財の建物に入り込んだ修学旅行の女子高生に見えなくもないが、美しくも引き締まった表情がそれを否定している。十間ほど進むと、格子窓があった。そうっと亜衣が覗き込むと、向こうには見事な庭園が広がっている。緑がまぶしい芝、築山、清水を湛える池、大石を敷き詰めた小道、その先には白州があって、梅が二本植わっている。その向こうには、主殿とおぼしき大きな御殿が見える。整った風情ながら、人気は少しも感じられない。 不審を顔に浮かべながら亜衣が退くと、代わって麻衣が格子窓に寄る。 「これって、寝殿造りじゃないかしら。対殿、渡殿、そしてあれが寝殿」 「あら、詳しいわね」 「今日、歴史の授業で習ったところなの」 亜衣はやや表情をくつろげる。それにしても。亜衣はなぜか不自然さを肌で感じていた。この人気の無さだ。鬼獣淫界の拠点であれば、下っ端の邪鬼がたむろしていても、不思議ではない。それが麻衣にも伝心したのか。 「邪鬼が居ないね。桂先生はやっぱり関係ないんじゃ・・・」 「馬鹿ね、どこの一般人が鬼獣淫界の産道を開けられるって言うのよ」 亜衣が即座に否定する。 「そうよねえ・・・。あっ」 「どうしたの」 「桂先生が・・・」 亜衣が横から覗き込むと、渡殿を進む桂の姿があった。谷崎美和は意識を取り戻したのか、抱きかかえられながらも、じたばたと脚を揺らせている。それも束の間、寝殿へと入って見えなくなった。 「あそこか」 姉妹は廊を駆けた。 「いやっ。やめて、触らないで」 美和の悲鳴が響く寝殿。四方を屏風が遮っている。その裏に身を潜ませると、隙間から内を窺う。 「だめ。いくら桂先生でも、そんな。ああーっ」 まず、仰向けに横たわる美和が見える。下半身に転じると、既にスカートを剥いた美和の太股に馬乗りになった桂が居る。そして、焦げ茶の背広を脱ぎ捨てると、美和の上着の裾から手を差し入れた。中でうごめく手指が、透けて見えるようだ。これで間違いない。 |