封神山  鏡仕掛けの林

 

 

 紫磨を追いかける、悪衣。

 

「このっ・・・! 逃げ足の速い・・・!!!」

 山林の中を、見知った場所と言わんばかりにチョコマカと逃げ回る紫磨を、悪衣は全力で追い回す。

 

「ったく・・・ 若いだけあって体力はあるねっ・・・!! しつこいんだよっ!!」

 紫磨も、悪衣に対して悪態を突き、余裕を見せない。

 つまり、紫磨は本当にもう、逃げるしかない、万策尽きた、ということだ。

 撃斗羅を出さないのも、動く的である悪衣を、逃げながら撃つ能力はないという事。

 

「(この勝負、もらった・・・!!)」

 悪衣は、勝利を確信し、笑みを溢した。

 

 だが、その次の瞬間────

 

(ガッ────)

 

「!!!!???」

 何も無かった筈の地面に、突如足を引っ張られるような感覚。

 いや、違う。これは──── 靴が、地面にくっついて────

 

 

「やばっ・・・!?」

 グラリと、バランスを崩す悪衣。

 走っている時に、突如靴が地面に固定されてしまったら、慣性の法則で前に倒れそうになるのは当然。

 その法則に逆らえず、悪衣は、大小さまざまな鏡の破片が散らばっている大地へと────

 

 

やばい、やばい、ヤバイヤバイヤバイ────ッッ!!!

 

着地!? 手!? 嫌!!  でも  他は───!?

 

 

「くっ────!!!」

 

(ザクッ────・・・・・・!!!)

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 地面に強く突き刺さる。悪衣の黒刃弓。

 頑丈な弓は、悪衣の体重を支え、なんとか紙一重で悪衣の顎ギリギリの所でなんとか止まってくれた。

 

 

「ハッ─── ハッ─── ハッ─── ハッ────・・・・・・」

 もう少しで・・・ もう少しで、顔が鏡の破片で大惨事になる所だった。

 心臓は痛いほどに激しく動悸を訴え、冷や汗が地面にポトリと落ちる。

 

 

「チッ・・・」

 再び遠くから聞こえる、紫磨の舌打ちの声。

 

「【チッ】!? 今、チッて言ったわね!!?」

 どこにいるか分からない紫磨に、悪衣は吼えた。

 

「だったら?」

「年頃の女相手にこんなタチの悪い罠仕掛けるなんて、あなた正気っ!!? もう少しで顔がズタズタに・・・っ!!!」

 弓を少しずつ手前にズラし、なんとか立ち上がろうとしながら、悪衣は精一杯の悪態を突いた。

 

「・・・ハッ。何を甘ちゃん抜かしてるのかねぇ。こっちが一応【正義の味方】側だからって甘えてるんじゃないよ。

第一、鏡をここまで散らかしたのはアンタじゃなかったっけ? あたしは頼んでないよ。・・・高かったしね、鏡」

 

「くっ・・・!!」

 口と性格の悪さはとんでもないが、それ以上に、この知恵の回り様が恐ろしい。

 反射に必要な数の鏡を壊せたと思ったら、今度はそれさえも利用する設置タイプの罠へと敵を巧みに誘導・・・。

 嵌められた。まんまと嵌められた。

 

 

「それに、今のアンタは親代わりの大叔母さんに育てて貰った恩も忘れて仇の淫魔に腰振るメス犬なんだからいいじゃないか。

 どーせ、合わせる顔なんて無いだろ? アッハッハハハハハハハハ!!!!!

  本気で悪の大幹部なんじゃないかと思う様な、悪魔的な暴言、毒吐き、そして馬鹿笑い。

 

「こっっの・・・ 妖怪毒蛇婆ッッ・・・!!!」

 思いつく限り最大の悪口を放ちながら、悪衣はなんとか中座の状態に戻ることが出来た。

 そこで分かったのが、自分の靴を地面に貼り付けている何かの正体。

 

「・・・接着、剤・・・?」

 地面にピッタリと違和感なく貼り付けられた、砂の地面の柄にカラー印刷された板状の何か。

 その上には、無造作にぶちまけられたゲル状の無色透明な接着剤がばら撒かれていた。

 

「今時はカラーコピーの技術も馬鹿に出来ないよねえ。本物そっくりで、遠目からじゃまずわからない。

 あと、本来これは足止めの術式で敵を固定するんだけど・・・ そんな面倒なモンより、市販の接着剤の方がよっぽど安上がり♪

 ホント、魔法みたいに便利なものが山ほどある、いい世の中になったもんさ」

 

「・・・・・・ フン、こんなもの。靴を脱げば・・・」

 足が直接接着剤にくっ付いてしまったわけじゃない。

 靴さえ脱げば、自由に動け・・・

 

「・・・へぇ? じゃあ、やってごらん? それだけ足の皮が厚いってんならね」

 紫磨は馬鹿にするような言い方をする。

 

「足の皮・・・? ・・・っ!!」

 言われて辺りを見回したとき、悪衣は、自分の発言の浅はかさに気がついた。

 ついさっきまで気が付かなかったが、自分の周りの地面は、特に鏡が多かったのか、

大小さまざまな鏡の破片が、隙間なくその牙を向け、ありとあらゆる方向へ向いていた。

 

 しまった・・・!!

 

 この硬い靴を履いていたらともかく、裸足では・・・

 

「ようやく気付いたかい? お嬢ちゃんは、針の山のど真ん中にいるのさ」

 そう、針の山。

 性格には、鏡の破片の山が、悪衣のこの場からの脱出を、許さない。

 

 

 

「サービスで教えてあげよう。床の板はね、ステンレスの分厚い鉄板さ。30キロある。靴を履いたまま走るのは無理だよ。

・・・ああそうそう。木の枝に飛び移ろうとしても無駄だって事も、教えといてあげようか」

 

「!!?」

 自分がまだ思いついてもいなかった脱出方法をわざわざ提示した上に、その可能性を否定してきた。

 悪衣はすぐに、付近の木の枝を注意深く見る。

 

「・・・・・・っ!! ウソ・・・ ここまで、する・・・?」

 木の枝は、全て根元が例外なく、ノコギリでギリギリの所まで切られていた。

 苦し紛れに跳んで、頑丈に見える木の枝を手で掴めば、その場でボキリと枝が折れ、破片の山に・・・ まッさかさま・・・

 

「・・・っっ〜〜〜!!」

 思わず寒気がする。

 淫魔でさえ凍えるほどの、情け容赦の無い残虐な、それでいてどこまでも厭らしい罠だ。

 

 歩くことは出来ない。跳ぶことも出来ない。・・・まさか、地面を潜る手段もない。

 破片を弓で掻き分けながら進む・・・ などという行動は、当然その隙を相手はまず許してはくれまい。

 

 ・・・万事休す。

 

 どうすればいい? どうすれば・・・

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「ふ・・・ どうやら、お嬢ちゃん相手は、王手みたいだね」

 悪辣な笑みで、ニヤリと笑う紫磨。

 

「さあ〜〜て・・・ あとは余裕こいてる邪淫王か・・・

 牙弁羅。本気を出していいよ。糞ったれ男をなますにしちまいな」

  紫磨は、遠くにいる牙弁羅に、奥の手の命令を式神符を通して送った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    一方

 

 

  封神山  岩場

 

 

 

 

(ビシィッッ────!!!)

 

 実力を無視し、何度も執拗に同じ特攻を続ける愚かな歩の駒に、カーマの鞭による容赦の無い洗礼。

 

(バシィィッッ────────!!!!!)

 

 それは、牙弁羅に対して、刀の間合いへの侵入の一切を許さず、嬲り削っていった。

 

 

 

「フフフ、小さな体の割に大したガッツだ。よく頑張るじゃあないか」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 カーマとの幾十にも及ぶ打ち合いで、実力劣る牙弁羅は、酷い状況になっていた。

 

 装甲で出来た肉体は、所々がへこみ、欠け、傷だらけになっている。

 戦闘においては残虐なカーマが、敢えて決定打を打たず、ジワジワと遊んでいった結果。

 

「・・・・・・・・・」

 

(ビィンッ────)

 

 それでも牙弁羅は、主の命令どおり、ただ懸命に、寡黙に、その翡翠色に輝く光瞳で、敵を正面に見据え、

霊力で構成された。光の剣を構え、立ち向かう。

 

「・・・まったく。無駄だというのにな。健気なものだ」

 

(ビュッ────     バシィィッッ!!!)

 

 面倒臭そうにカーマは、突進してくる機兵を、軽く鞭であしらう。

 

「・・・・・・・」

 ギ、ギギ・・・ と、曲がった金属の擦れ合う痛々しい音が響く。

 

「面倒になってきた。悪衣が片付けるまでと思っていたが・・・」

 カーマも目の前の相手に飽き、早々に片付けようとする。

 

 そこで

 

「(ブゥゥン・・・ ギギ、カチ、ピ────・・・)」

 式神符を通じて届く、主である紫磨からの、短い命令。

 

 

【最終攻撃手段ノ許可】

 

 

「(ギィィンッ!!!!)」

 牙弁羅の翡翠色の光瞳が、その命令により、一層強く輝いた。

 そして、

 

(ゴウッ────!!!)

 

 牙弁羅の光剣による、最後の突進。

 

「・・・フン。馬鹿の一つ覚えだな、全く、つまらな────」

 そしていつものように、鞭で牙弁羅の剣の間合いに、入らせない形で、攻撃を────

 

 

ブォンッ────!!!       ザシュウ─────────ッッ!!!!

 

 

 

「ガッ・・・!!!??」

 その時、小さく苦悶の声を上げたのは、カーマだった。

 

 確かに、牙弁羅の剣は、カーマを斬ることが出来る間合いの外にいた。

 しかし、カーマは斬られた。

 見事に、上半身と下半身を、ま二つに。

 

 

「馬鹿・・・ な・・・?」

 口からゴボリと、血を吐くカーマ。

 

 ベシャリ・・・ と、上下に別れたカーマの肉体は、大地に二つの肉の塊として力なく落ちた。

 そしてそのまま、ピクリとも・・・ 動かない。

 

 邪淫王カーマ、邪神カーマスートラにしては、あっけなさすぎる・・・ 最期である。

 

 

 

 タネは簡単。

 カーマが引き寄せられたわけでも、空間が湾曲したわけでもない。

 単純に、牙弁羅の剣が、カーマが両断できる間合いに伸びたのだ。

 

 紫磨は、一目でカーマを、気位が高く、相手を見くびりやすい、要するには油断を誘いやすい相手と睨んだ。

 そして、敢えて牙弁羅の奥の手を隠し、完全に実力を発揮できぬままカーマと戦わせた。

 

 案の定、カーマは、牙弁羅をただの猪突猛進型の雑魚として認識し、嘗めてかかった。

 しかも、何度も何度も同じ様に突進してくる牙弁羅に、パターンで覚えた対応をしてしまったのが、致命的なミス。

 

 そうして同じ様に突進してくる牙弁羅に、同じ様に鞭を振るったその瞬間、

 尤もその動きに出来やすい隙を縫い、牙弁羅の光剣は一気に全霊力を放出し、光剣の出力を限界にまで上げ。

実に10メートル以上の、超長距離の間合いから、一気にカーマの胴を切り裂いたのだ。

 

 

 跡に残るは、奢り高き一体の淫魔の・・・ 屍のみ。

 

 

「(シュ────────────・・・・・・・・・)」

 動かなくなった標的を確認すると同時に、光剣はその出力を完全に消した。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    そして

 

 

   封神山  鏡仕掛けの林

 

 

 

「一丁あがり。あとは・・・ お嬢ちゃんだけだね」

「・・・?」

 悪衣には当然、その意味が分からない。

 

「たった今、ウチの牙弁羅がお嬢ちゃんの彼氏を真っ二つにした所さ」

「カーマが・・・!!?」

 悪衣は驚きを隠しきれない。

 

「そんな・・・ウソッ!!!」

「この場でウソを言って何になるのさ? 嬢ちゃんの彼氏は確かに牙弁羅より強いけど、油断の多さが命取りだね」

「・・・・・・・・・っっ!!!」

 ・・・そう、確かに、カーマは唯我独尊で自信家。

 その隙を、悪辣な毒蛇女が突いたとしたら・・・ カーマの敗北も、充分に有り得る。

 

 

「そんな・・・ そんな・・・っ!!

 カーマ・・・ あのバカっ・・・ こんな所で・・・ 私を生まれさせて、愛して・・・ 今更一人にしないでよっっ・・・!!!」

  その場に蹲り、悲しみに、孤独に涙を流す悪衣。

 

 唯一、ただ一人カーマは、【悪衣】(わたし)を見てくれた。

 私だけを愛してはくれなかったけど、それでも、私を理解して、私を愛してくれた。

 自分自身にすら、その【存在】を否定され続けてきた悪衣にとって、それは・・・ どれだけ嬉しかったか。

 

「バカ・・・ バカぁっ・・・・・・」

 悪衣の戦意が、失われていく。

 いや・・・ もう、戦う気力など、今の悪衣には・・・ない。

 カーマにとって、二人の亜衣がいなければ世界を掌中に治めようと欠片も意味がないのと同じ様に

 悪衣にとって、カーマがいない世界など、何の意味もないのだ。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「・・・これで後は、嬢ちゃんを捕まえて、妹に土産としてくれてやりゃあいいか・・・」

 懐に入れていたキセルを取り出し、専用の、とっておきの煙草を入れて、火をつけて、一服。

 

「フ────・・・・・・」

 パチンコや麻雀、そしてこういった命を賭けた勝負で勝利を確信した時の、実に美味い一服だ。

 

 その時

 

(ジジ・・・ ジ、ジジ、ジ・・・)

 

「あん?」

 手に持っていた、牙弁羅の式神符に、異常が生じ始めた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

      一方  ほんの少し時を戻し

 

 

    封神山   岩場

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 標的の抹殺に成功した牙弁羅は、踵を返し、主の下へと戻ろうとする。

 

 そこへ

 

(シュルルルッ────)

 

(ビシィィッッ────────────!!!!!!)

 

「・・・・・・・・・ッッ!!!!???」

 背後から、何かが巻き付き、牙弁羅の機体を絡め取った。

 それは・・・ 死んだはずの、カーマの鞭である。

 

 

「フフフ・・・・・・」

 背後から響く、カーマの声。

 

「(ギ、ギギ・・・ ギ、ギ・・・!!!)」

 鞭の強力な締め上げる力に機体が悲鳴を上げながら、牙弁羅はその声の方向を向く。

 そこには

 

 

「残念だったな」

 大地に落ちた上半身だけで、鞭を操るカーマの姿があった。

 

 そう、カーマは死んではいなかった。

 木偶ノ坊に斬られたあの時も、袈裟に大きく斬られていながら、カーマはすぐに再生した。

 

 そしてその時すら、カーマは、邪神カーマスートラとして目覚めた直後。

それより数日が経過している今、カーマは、より神としての【カーマスートラ】に近くなっている。

 

それには、悪衣の存在も深く関連していた。

天津の巫女、そして淫魔の姫という、相反する二つの属性を内包した【天津亜衣】を抱き、犯し続けたこと。

 

元々淫魔の贄として、これ以上ないほどの上質さを持っていた天津の巫女、亜衣と、

淫魔の姫として、己の邪淫の気を高めてくれる悪衣の二人の効果が、

カーマの覚醒を驚くほどに早めた。

 

 より完全に近い状態で覚醒している今のカーマは、その時よりもずっと驚異的な生命力を有している。

 上半身と下半身が斬り分けられたぐらいでは、実質どうという事はないのだ。

 

 

「俺が人の形に近いことで油断したか? 微塵に切り刻んでいれば、或いは俺を倒せたかもしれないが・・・ 惜しかったな」

 

「(ギリギリ・・・ ギリ、ギリ、ギ・・・ッッ!!!)」

 どんどん締める力が増していくカーマの鞭。

 牙弁羅の機体はひしゃげていき、悲鳴の如く、金属が軋む音が響く。

 

「だが・・・ 少し、痛かったぞ。少々腹も立った。

 ・・・だから、ここで潰す」

  微妙に顔に不機嫌さを見せるカーマ。

そのままぐいと鞭を引くと、まるでレモンが絞られるかのように、牙弁羅の機体はつぶされていく。

 

(ギ、ギ────、ガ、ピ────・・・!!!!)

 悲鳴の代わりに漏れる、牙弁羅の弱々しい機械音。

 

そして

 

(グシャアッッ────────────!!!!!!!!)

 

 牙弁羅は、鉄屑の無数の欠片として、四散した。

 

「フン」

 

(シュルッ・・・・・・)

 

 下半身の離れた状況で、カーマは華麗に鞭を手元に戻す。

 

 

(ガラ・・・ パラ、パラ・・・)

 

 そこらじゅうに転がり、広がり落ちていく、牙弁羅だったものの欠片

 それは、翡翠色の光の粒子へと変じ、主の元へと帰っていった。

 

 

「・・・・・・さて」

 カーマは、鞭を三鈷杵へと戻し、続けてそれを地面へと突き刺した。

 

 すると、かつて亜衣、麻衣を捕らえた時と同じ様に、地面がぐにゃりと歪み、緑色の触手が出現する。

 わらわらと出てきた触手は、カーマの上半身を持ち上げると、上半身と下半身を簡単にくっつけた。

 

 シュウシュウと、音をたててつながり、再生してゆく接合面。

 そしてそれは、1分とかからずに完全に元通りとなった。

 

 

「フフ・・・」

 その場でカーマは、屈伸やスクワット運動をして、自分の美麗な肉体が元通りであることを確認する。

 

「やはり俺は、不死身で、無敵だな」

 それにしても、今ここに鏡がないことが惜しい。

 復活したばかりの自分の姿を見てみたかったが・・・、次からは小さな鏡でも持参するか。

 

「それにしても悪衣の奴、まだ苦戦しているのか?

 ・・・少し、観に行ってはやるとするかな」

  カーマは、悪衣を感じる場所へと跳んで行った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     一方

 

 

   封神山  鏡仕掛けの林

 

 

 

 

「カーマ・・・?」

 無力に泣きはらしていた悪衣は、カーマの妖力をその時確かに感じとった。

 

「チッ・・・」

 牙弁羅の戦闘不能を、符を通して知った紫磨は、これまでにない忌々しそうな舌打ちをする。

 

「なんだ・・・ 心配して損した・・・ でも」

 カーマが勝ったのなら、自分だってグズグズしていられない。

 なんとか、目の前の蛇を倒さないと・・・

 

 淫魔の姫、悪衣の戦いを見せてやる・・・!!!

 

 

「鬼獣淫界に満ちる邪淫の気よ・・・ 邪淫の姫・悪衣に、その力を貸し与え賜え・・・」

 カーマに教わった淫魔の術式を、悪衣は初めて実践する。

 たちまち、鬼獣淫界から、淫らなる膨大な妖力が、悪衣に注がれ始めた。

 

「あっ・・・ く・・・ふ・・・」

 淫らの気は、亜衣の体内を駆け巡り、全身の性感をも高めていく。

 頬は紅潮し、乳首は勃ち、秘所は焼けたように熱くなり、内股に滴が流れた。

 

 元は天津の巫女だった自分に、今は、邪淫の気が流れ込んでいる。

 その背徳の感覚、それすらも、悪衣に淫らの力として増幅されていく。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「・・・・・・っっ!!?」

 悪衣の突然の、膨大な妖力の高まりように、紫磨は驚きを隠せなかった。

 これは・・・ 天神羽衣を纏った天津姉妹に勝る、とんでもない妖力量・・・!!!

 

 淫魔に変わったばかりのヒナだなんてとんでもない。

 こいつは・・・ こいつは、あの邪淫王と共に放っておけば、とんでもない事になる・・・!!

 

 

「・・・・・・撃斗羅!! 出力最大であの嬢ちゃんを撃ちなっっ!!!

 妹さんには悪いが、神藤として、この淫魔の嬢ちゃんは、ここで何とか倒さなければいけない。

 最悪これで吹き飛んでも、まあそれは事故として仕方がない。戦争というのは非情なものだ。

 

 

「(プシュ───────・・・・・・・ ガコン、ガコン、ガコン!!!)」

 

 

 撃斗羅の機体が、通気性を上げ、巨大な、そして長大な砲門を携えた形態に変形する。

 

 

(コオォォォォォォォォ・・・・・・・・・────!!!!!)

 

 そして、悪衣に向けられた砲門の中で、膨大な霊力の塊が、圧縮され蓄えられていった。

 淫魔の姫を滅する為、かつて百近い邪鬼の群れを一発で消滅させた霊力砲を、紫磨は再び使う事に決めた。

 

「・・・恨むんなら、自分の境遇か神様にしときな・・・ 加減が効かないからね」

 前に使ったときは、もう何年前になるか。

あの時は確か、邪鬼だらけだった建物ごと微塵に吹き飛ばし、上司に大目玉を喰らったと思う。

 

まあ、なるようになれ、だ。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 一方悪衣は、弓と矢を握ったまま、目を閉じていた。

 

「・・・・・・っ 右斜め・・・」

 撃斗羅のものらしき強い霊力の波動を感じとると、カッと目を開き、その方向へと弓矢を向け、引き絞った。

 黒色の刃弓に、そして二股の矢に、強大な霊力が込められる。

 

 敵意の直線状に交わる、強大な霊力と、妖力。

 その余波のぶつかり合いに、気圧は変化し、林の中だというのに強い風が吹き荒れる。

 

 遠く、木々の間を縫って合間見える、撃斗羅と悪衣。

 

 そして、両者の霊力、妖力の充填が、終わった───

 

 

「・・・目標。前方、淫魔、1。固定。 陽霊子妖滅砲。充填十二割突破・・・

 ・・・・・・撃ちな、撃斗羅」

  撃斗羅にそう命令すると共に、紫磨は撃斗羅の側を離れた。

 撃斗羅は、翡翠色の光瞳を一際大きく輝かせ、引き金を引く。

 

 

(ビュゥ────────────────────ム!!!!)

 

 襲い来る。陽光色の光の奔流。

 まるでそれは、神が魑魅魍魎を滅する為に放った、断罪の光。

 最初に悪衣を不意打ちで襲った時よりも、遥かに次元が違う高質量の霊力の光砲が、周囲の木々を消滅させながら、真っ直ぐに悪衣へと向かう。

 

 あれに包まれれば、悪衣の肉体も霊体も、一瞬で消し飛ぶだろう。

 あの時はカーマに手を引かれて助かったが、今はカーマもいなければ、自分で逃げられもしない、いや・・・

 

 逃げるつもりは・・・ ない。

 

 淫魔の姫、悪衣として、カーマやタオシーに教わった通り、術式も編んだ。

 

 あとは、全妖力を込めて、放つだけ────

 

 

「邪淫・怨来っっ────────!!!!!」

 

((ゴウッ─────!!!!!))

 

 

 淫魔の術式で込められた妖力を矢に封じ込め、自分に襲い来る霊力砲の中心へ向けて放った。

 暗黒色に輝く、だが禍々しくはない妖しの力は螺旋を描き、霊力の塊にぶつかる────

 

 悪衣と撃斗羅の、ちょうど中間でぶつかり合った二つは、互いに拮抗し合い、押し合う。

 両者の霊力、妖力は、全くの互角に見えた。

 

 しかし────

 

「なんだって・・・!!?」

 紫磨は、己の目を疑った。

 撃斗羅の霊力砲が・・・ どんどん、縮まっていく。

 

 馬鹿な、あれだけの高出力と質量を誇る霊力砲が、弓一本に籠もる程度の妖力で、押されている・・・?

 

 いや、違う。

 出力、質量だけなら、撃斗羅の方が勝っている。

 ならば、何故押されているのか。

 

 その理由は、悪衣の武器にあった。

 霊力砲が、悪衣を包み込む程の直系を持ち、真っ直ぐ放射されたのとは対照的に

 悪衣の二牙矢を包む妖力は、それよりも遥かに小さい形に凝縮され、螺旋を描いている。

 

 霊力砲が、迫り出してきた巨大な岩の塊だとするなら、悪衣の放った矢は、鋼鉄のドリル。

 それが、中心の【点】を捉えることで、霊力の流れは斜に四散し、悪衣に当たることなく飛び散っていく。

 

 撃斗羅の奥の手、最大出力の霊力砲は、対軍においては非常に優れた無敵の武器だが、対人としては荒い武器でもあった。

 逆に悪衣の全妖力が込められた二牙矢は、対人においては単純ながら、実に理に叶っている。

 

 

 そして、霊力砲はそのほとんどを四散させられ、二牙矢が撃斗羅に迫っていた。

 紫磨は霊力を注ぎ続けるが、それでも、岩がドリルに勝てる術はない。

 

 

「・・・・・・・・・・ッッ!!!!」

 

(バシュ──────ッッ!!!!)

 

 遂に撃斗羅は、その機体を、妖力の螺旋に包まれた二牙矢で、貫かれた。

 撃斗羅の機体が、大きく円形に穴を開けられる。

 

 そして

 

(ガ、ガガ・・・ プスン、 ピ────・・・・・・・・・・・・)

 

 機械的な痙攣と共に、そんな悲しい音を響かせると、翡翠色の光瞳は光を失い

 

(ボォォンッ────!!!!)

 

 木っ端微塵に、爆散した。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「嘘だろ・・・?」

 安全圏からそれを見ていた紫磨は、悪い冗談かと笑いたくなる。

 

 

 紫磨は、実に良くやっていた。

 カーマの自信家振り、悪衣の憤りやすさ、二つの弱点を即座に見抜き、それぞれ適した罠に嵌め

 特に悪衣に至っては、言葉巧みに誘導し、罠から罠へと誘い込んだ手腕は実に見事と言える。

 

 それでも今回、完全な敗北を喫したその理由は何か。

 二人が、規格外の実力を持っていたということもあるだろう。

 

 だが、致命的な失敗が、実はもう一つある。

 

 紫磨は、相手と自分の駒の、相性を間違えた。

 カーマを、隙を突いて一瞬で片をつけるなら、撃斗羅で隙を誘う戦法を取っていれば、霊力砲でカーマを完全に消滅も出来たろう。

 それに、悪衣の二牙矢による攻撃を制するなら、牙弁羅の光剣でそれを切り裂けばよかった。

 

 罠に重点を置いたが為に、紫磨は失敗したのだ。

 これもまた、【策士策に溺れる】の、一つかもしれない。

 

 

 

「・・・今週の蠍座は、運勢最悪だったかねえ・・・」

 懐に入れていた、今週分の蠍座の運勢が書かれた雑誌の切れ端を見てみる。

 

 

【油断大敵、初歩的なミスが命取りに】

 

 

「・・・・・・あちゃあ」

 しまった。見ておくんだった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「ふ〜〜〜・・・・・・」

 多大な妖力を放出した悪衣は、その場にへたり込んだ。

 

「やるじゃないか。楽しかったよ」

 そこに、色々な感情を微妙に込めて、声を反響させる紫磨。

 

「・・・まだやる気? なら、容赦しないけど」

 声の方向を睨みながら、勧告をする悪衣。

 

「・・・・・・いーや、お暇(いとま)させてもらうよ。嬢ちゃんの彼氏もそろそろやってくる頃だしねえ・・・

好きな韓流ドラマの最終回を見るまでは死ねないからね」

 本音だかジョークだかもわからない台詞を、紫磨は相変わらずの人を喰った口調で喋る。

 

「またねお嬢ちゃん。機会があったらまた遊んでやろうじゃないか。

 ホラ小弓天!! いつまで寝てるんだい!!! さっさと静瑠の所に連れて行きな!!!!」

 

  何かをバシバシ叩く音と、金属的な少年声の悲鳴が聞こえたかと思うと、

 紫磨の気配は、あっという間に林の中から消え去った。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 勝った筈なのに、なんとなく悔しい。

 しかし、今度こそは・・・という気概も沸いて来ない。二度と会いたくもない相手だ。

 

「はあ・・・・・・」

 ひとまず安堵のため息をついた時

 

「・・・っっ!!?」

 ビクンと、体が震え、熱を訴え始めた。

 

「んっ・・・ あ・・・!?」

 戦闘への集中で、ひと時忘れていた淫の気による肉の疼きが蘇ったのだ。

 思わず、両肩を抱き、唇を噛む。

 

「うっ・・・ んん、ぅ・・・っ! こんな、疼くなん、て・・・」

 今すぐにでも自慰を始めたくて仕方がないぐらいに体が快楽を欲し、敏感になって、火照っている。

 鬼獣淫界の淫の気を甘く見てた。

 よりによってこんな、動けない状況で・・・

 

 淫の気を体中に吸収し巡らせる事で、こんなに影響が出るなんて思わなかった。

 

 

 

「苦しそうだな」

 後ろから聞こえる、カーマの声。

 

「・・・・・・見てないで、何とかしてよ・・・っ!!」

 さんざん心配させておいて最初の一言がそれかとか、

 もっと気の効いた言葉とか、そういうのはないのかとか、色々言いたいことがあったが

 それよりも、今の状況が苦しかった。

 

「そうだな・・・ 悶えている悪衣を見ているのも、なかなかこちらとしてはイイんだが」

 カーマは相変わらずの我がままぶりだ。

 

「馬鹿っ!! もう、馬鹿っっ!!! 絶交!! もう二度と抱かれてあげないっっ!!!

 余裕を無くしているのか、恥ずかしい台詞を大声で怒鳴る悪衣。

 そんなことが出来ないのは、むしろ悪衣の方であるにも関わらず・・・

 

「ああ、それは困るな」

 ごく普通にそう洩らすと、

 カーマはすぐさま悪衣の側に近寄り、鉄板の上に三鈷杵を突き刺す。

 

(ぐにゃ・・・)

 

 たちまち地面は変質し、翡翠色に光り、鉄板も接着剤も、ただの軟質な物質へと変化した。

 

「・・・・っん」

 そしてようやく、悪衣は靴を履いて立ち上がることが出来た。

 そのまま ぽふ と音をたて、カーマの胸の中にもたれる。

 

(タンッ────・・・・・・)

 

 カーマは、悪衣を抱きかかえたまま跳び、針の山と化した鏡仕掛けの林を後にした。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「頑張ったみたいじゃないか、淫魔の姫の初陣の相手としては上々・・・。褒めてやる」

 悪辣ながらも、笑顔は笑顔で、悪衣を姫様抱っこで抱きかかえ跳びながら、悪衣の初戦の黒星を褒め称えるカーマ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一方悪衣は、そっぽを向いたまま黙っている。

 

「どうした? さっきの冗談を真に受けたか?」

 だとしても、謝る気は全く無さそうなカーマの質問に

 

「・・・・・・・・・ ・・・心配した」

 そっぽを向いた状態のまま、悪衣はポツリと洩らす。

 

「俺を? 何故?」

 カーマは、その理由が分からない。

 

「紫磨ってオバサンに・・・ カーマを殺したって言われて・・・」

「心外だな、俺があの程度の式神相手に死ぬわけがないだろう」

 実にカーマらしい返答に、悪衣はカーマの方へと顔を戻した。

 亜衣がカーマに向けるものとはまた違う、心の底から嫌っているわけではない睨み。

 それは、少々涙目になっていた。

 

「それがいけないんじゃないっ!! その式神相手に、自信家が過ぎて油断したんでしょっっ!!?」

 吼える亜衣に対して

 

「強く不死身すぎるというのも退屈でな、あの程度の刺激は欲しい」

 と、カーマは実に素直な返事をする。

 

「私は生きた心地がしなかったわよ!! 馬鹿っっ!!!」

 【馬鹿】を連発する、いつもとは違う悪衣に、カーマはきょとんとする。

 

「・・・ふむ。悪衣から罵倒を受けるのは初めてだな。新鮮だ」

 などと、冷静な視点。

 

 

(スタッ────・・・・・・)

 

 

 何度かの跳躍の末、二人は最初の岩場へと辿り着いた。

 そして、悪衣も大地へと足を下ろす。

 

 

「そういうのも悪くはないが、いいかげん機嫌を直しても────」

 カーマの自己中な物言いは、途中で遮られた。

 

「んっ・・・」

 悪衣がカーマにキスをし、舌を割り入れたからである。

 

「んんっ・・・ くちゅ・・・ あむ・・・ んっ・・・」

 悪衣は自分からカーマの首に手を回し、熱烈にカーマの舌を求め、ディープキスを続ける。

 カーマも、当然それに対し、深く強く応え、舌を絡め合った。

 

「ぷはっ・・・」

 さすがに呼吸が続かなったのか、悪衣は口を離した。

 

「・・・フフ、今日は随分と強引じゃないか」

 カーマは、悪衣の疼いている体の事が分かった上でそう発言する。

 

「カーマの・・・ カーマのせいよ!! もう・・・頭も体もドロドロして、グルグルして・・・、ワケわからないっ・・・!!!

 カーマと一緒に居たい・・・!! カーマとこうして抱き合って、キスして、繋がってたいっっ!!! それしか────

 

私、もうそれしか考えられないっっ──────!!!!」

 

 

 痛いほどに全力でカーマを抱きしめながら、悪衣は涙を流して叫んだ。

 

 淫魔で、しかも、淫の気を体中に巡らした状況では、【誰でもいいから火照りを鎮めて】、というのが淫魔の通常であり、正常。

 しかし悪衣は、カーマ以外の存在を全て否定した。

 おそらく、カーマがここから消え、適当な男がそこらにいたとしても、悪衣は淫魔の性(さが)さえ否定して、耐え続けるだろう。

 

 

悪衣が、どれだけ強く、そして狂おしいほどにカーマを愛しているかが伺える。

 

他の淫魔とは違う、その愛情の強さは、【天津亜衣】であるからこそか。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 カーマは、少年の様にきょとんとした顔になっていた。

 だがすぐに、いつもの悪辣さがある真顔に戻り

 

「・・・ふむ、では・・・ 応えなくてはな」

 カーマは、今度は自分から、悪衣の唇を奪った。

 

「んっ・・・ んんっ・・・」

 悪衣は当然、侵入してきたカーマの舌と自分の舌を、濃密に交わらせた。

 

「んんっ・・・ ちゅっ・・・ うんんっ・・・」

 その間も、カーマの手は悪衣の半裸の着衣の胸の部分をはだけさせ、背中を撫で擦り、胸をタッチし、蟲惑的な動きで揉みしだき、

 そして美尻を揉み・・・ 悪衣の美しき肢体を隅々までその手で愛する。

 

「んんっ・・・ は・・・」

 それにより、強く火照り敏感になっていた亜衣の体は、より熱く、そして快感に打ち震え始める。

 秘所は既に洪水のように濡れそぼっていて、それは正に、蜜壷がこぼれてしまったよう。

 

「・・・悪衣、下を」

「ん・・・」

 無駄を極端に省いた短い言葉と、それよりも遥かに短い了解の合図。

 まるで連れ添って長い恋人同士のように、二人は通じ合っている。

 

 悪衣は、その場で膝を落とし中腰の状態になる。

 そうすると、悪衣の目の前には、カーマの股間。

褌の上からもはっきり分かるほどに屹立した肉棒が、悪衣自身がその布を取り払ったことで、逞しい姿を露わにした。

 

 【天津亜衣】の処女を奪った。そして、【天津亜衣】を女にした肉棒だ。

 

 これを目の前にするのが【亜衣】の方であったら、おぞましさに目を背け、嫌悪しただろう。

 

 しかし

 

 

「うふっ・・・」

 悪衣は、まるで自分の息子のように愛おしい目で、しゅっしゅっと、二、三度手でこすると

 

「ん・・・ はぷっ・・・」

 未だに穢れを知らないかのような、可愛く小さな口を大きく開き、カーマの肉棒を根元まで咥え込んだ。

 口いっぱいに広がる、カーマの分身の、特徴的な臭気、匂い。

 

 それすら全て、悪衣にとっては愛おしい。

 

「んっ・・・ ちゅる・・・ んぷ・・・」

 体全体を使い、口を前後させ、口淫を始める悪衣。

 最初の時は、ぎこちのない動きだったが、何日も繰り返していれば慣れたもの。

 

(ちゅるるるっ、ぬぷっ、ちゅぷっ、くぷっ・・・)

 

 口を引くと同時に裏筋に舌を這わせ、尖らせた舌で鈴口をつつき、カリ首の隅々まで舐め回す。

 右手でカーマの腿を掴み、余った左手で、まるで弦楽器を弾くような指の動きで、皮袋をやさしく触りほぐした。

 

 悪衣の首が前後するたびに、口の中に消えてはまた現れてを繰り返す、カーマの太く逞しい肉棒。

 強く己の肉棒を吸い上げるたびに、頬が軽くくぼむその様子さえ、実に可愛らしい。

 

 禍々しい肉棒と、美しき少女の口。美の観点からは全くの対極に位置していそうなもの同士の交わり合い。

 それが、カーマの視点からは、どこまでもそそられ、魅入ってしまうほどの淫艶なる美を魅せた。

 

 これが、他の誰でもない、自分だけの存在。

 自分の肉棒を、興奮に顔を紅く染めつつ熱心に口淫し続け、

それでもなおその表情には、他の淫魔には無い純粋な美が、全く損なわれずそこにある。

 

 

素晴らしい

 

実に素晴らしい

 

唯一無二、最高の伴侶を、俺は手に入れた

 

これ以上の喜びは、ない

 

 

 

(ちゅっ、ぢゅぢゅっ!! ぐぷっ、ちゅくっ・・・!)

 

 

「んっ・・・ んんっ、んっ、ちゅっ・・・」

 

 どこを刺激すれば反応するのか、どこをどう舐めればより感じるのか、

 完全に分かりきったと思っても、こうしてフェラをするたびに、新しいやり方を見つけたその直後に、

また次の新しい何かしらが見つかる。

 

それがなんだか楽しく、そして嬉しい。

他の何をするよりも、カーマと愛し合う時こそが、悪衣の一番の至福になっていた。

 

 

そうして、悪衣の口膣による愛撫が続き、1分ほど経過したか。

口の中のモノを強く欲し、涎を流し続ける秘書と

カーマと早く繋がりたいとねだる心の二つが、悪衣の中で巡りだした。

 

・・・早く、早く欲しい。

でも・・・

 

「んんっ! んっ、んぷっ、んっ、んむっ!!」

 悪衣は、口淫のストロークを懸命に早めた。

 ぐぷっ、ぐぷっ! と。カーマの肉棒を激しく攻める悪衣の口の隙間から、大きな水音が漏れる。

 

 そしてちゅう、と。一際大きくカーマのモノを吸い上げた時。

 

 

「・・・っ!」

 カーマがほんの少しだけ、眉を寄せたと同時に

 亜衣の口内で、肉棒が一瞬、膨張した。

 

「んっ・・・」

 それを確認した悪衣は、顔を離すどころか、より深くカーマのモノを咥え込み、きゅっと口を締め、隙間を無くした。

 

 

(ビュルッ!! ビュクビュクッ!! ドビュドクドクッ────!!!!)

 

「んんっ・・・!!」

 悪衣の口内で、カーマの精液が爆ぜる。

 あっという間に、ドクドクと流れ込み、亜衣の口内を満たしていく多量のスペルマ。

 他の何の匂いとも比べ難い、独特の臭気が鼻腔を突き抜ける。

 

 

「んくっ・・・ んく、ん・・・」

 奇麗な喉を上下させ、悪衣は口いっぱいに広がる精を溜飲した。

 口の中の分を、数回の溜飲で全て喉に通らせると、続けてカーマの

未だ硬さを失わない肉棒に、ねっとりと纏わり付いたザーメンを、舌で舐め取り始める。

 

 

(ペロ、ペロ、ピチャッ、チュク────)

 

 カーマの教授ですっかりと卓越した舌使いで、カーマの肉棒の表面を奇麗に舐め取ると、

 

「(チュッ)」

 続けて悪衣は、鈴口にキスをすると、チュウと強く吸い、

右手の人差し指、中指、そして親指でカーマの肉棒の根元をきゅっと掴み、擦り上げた。

 

 それにより、尿道に残ったカーマの精の残滓は、残らず亜衣の口内に吸い出される。

 それは、悪衣の、カーマに対する独占欲、そして想いの現われだった。

 

 

「はぁっ・・・」

 そうして、ようやく悪衣はカーマの肉棒から口を離した。

 離れた口と肉棒の間に、唾液とザーメンが混ざった粘着液の橋ができる。

 

 その卑猥な液体の橋を、悪衣は何を思ったか、自然に切れるよりも前に人差し指でクルクルと巻き取ると、そのまま口に入れた。

 

「ふふっ・・・」

 ぺろっと小さな舌を出し、カーマに笑顔を向ける悪衣。

 

「・・・・・・」

 そんな悪衣の仕草が、カーマには最高の興奮剤になった。

 

 

「それでは、本番といくか」

 ぐっと、カーマは亜衣の腋を両手で持ち、半分強引に持ち上げ、立たせる。

 

「あっ・・・」

 悪衣が少しだけ驚く間もなく、カーマは悪衣の両手を自分の首に回させ、尻肉を掴んだ。

 そして、そのままカーマは、悪衣を空中に持ち上げる。

 

 俗に言う、駅弁の体位だ。

 

 

「覚悟はいいか?」

 不敵な笑みで、今更ながらそんな問いをするカーマ。

 それに対し、悪衣はカーマにぎゅっと掴まり

 

「んっ・・・ 意地悪、しないでよ・・・ 今は早く、欲し・・・」

 切ない瞳で自分を見つめる悪衣に、カーマも堰が切れた。

 

(ズププッ・・・・・・!!!)

 

「はっ、あ、くぅぅんっ・・・!!」

 濡れに濡れた秘所に、カーマの太く逞しい肉棒は、いとも簡単に奥まで侵入した。

 主人に甘える子犬のような、可愛い嬌声が悪衣の口から漏れる。

 悪衣が長く待ち望んでいた、愛しい人のモノに、悪衣は全身を軽く痙攣させ、快楽に痺れる。

 

 

「ああっ・・・ これ・・・ これ、好きぃ・・・っ  深く、まで・・・ カーマと、繋がって・・・

 ・・・ずっと、こうして・・・ たぃ・・・」

  口の端に一筋の涎を垂らしながら、快楽に、そして愛する人に抱かれる安心感に思考を蕩かせながら、

 吐息の合間にそんな言葉を、心の中からそのまま洩らし、ギュウと、より一層強くカーマを抱きしめる。

 

「俺としても良いが・・・ やはり────」

 

(ズッ、ズプッ、ヌ゛プッ、グチュッ!!)

 

「あっ、あっあっ!? んあっ!! ああっ!!!」

 カーマは、亜衣の腰をしっかりと掴みなおすと、いきなり激しいピストンを開始した。

 予告の無い、いきなりの攻めに、悪衣は驚き、大きく声を上げる。

 

 激しく上下に揺れる胸。たなびくポニーテール。

 力の方向で微妙に腰はくねり、強烈な快感に上背は仰け反り、カーマに無防備に、白い喉を晒していた。

 

(ズップ、ジュップ、ズプッ!! ジュック、ジュク、クチュッ!!!!)

 

 

「フフッ・・・ たまらないな、これは・・・っ」

 奇しくも、己の分身スートラが変化した亜衣を抱いた時と、全く同じ体位。光景。

 しかし、やはり全くもって違う。

 今現実に、この腕の中で抱いている悪衣は、美しさも、仕草も、そして当然、心(なかみ)も、天地の差だ。

 

 悪衣の膣は、これだけ濡れているというのに、己の肉棒を強く締め付け、包み込み、別天地のような快感を与えてくれる。

 

「ああっ・・・ いいっ・・・!! んふっ・・・ カーマ、あ、あっ、カーマぁっ・・・!!!」

 快楽で焦点の定まらない瞳で、愛しい相手の名を呼びながら見つめたかと思うと

 

「ん、んんっ・・・ ん、ちゅっ・・・」

 激しく貫かれながら、しきりにカーマの唇を求め、舌を絡めた。

 

 人が足を踏み入れない、山の岩場の中、悪衣の嬌声と、二人の交わりの証しである水音が響く。

 

 

(ジュップ! ジュップ!! ズプッ!! グプッッ!!!!)

 

 

「あっ・・・ はっ、ああっ!! 来るっ!! きちゃうっっ!!!!」

 激しく、それでいて巧みに疲れ続けていた悪衣は、絶頂の予感を感じ、叫んだ。

 

「では、出すぞっ・・・!! 悪衣・・・!!!!」

 カーマもまた、再び射精の直前まで快感が登りつめていた。

 

「はっ・・・ う、んっ・・・! 中に・・・ 中に出してぇっ!! カーマの・・・ わた、し・・・ 中に、ぃっっ────!!!!」

 【亜衣】ならば、口が裂けても言わない言葉を、悪衣は叫ぶ。

 本能のまま、そして、カーマの全てを欲し、愛するが故に。

 

 

(ビュクッッ!!! ビュクビュクビュルッ!!!! ビュルルルッッ────!!!!)

 

 

「・・・・・・っっ 〜〜〜〜〜〜!!」

 声とも音とも取れない、喉を振るわせる嬌声を上げる悪衣。

 

 ドクドク、ドプドプと、悪衣の膣内、胎内に発射される、カーマの大量の精液。

 

「んあっ・・・ あつ、い・・・ あつい、よ・・・」

 熱き奔流が、悪衣の胎内(なか)を満たしていく。

 精を通して、悪衣の中に流れてくる、カーマの妖力。

 そしてカーマにも、接合からの絶頂を通して、悪衣の妖力が駆け巡った。

 

「は、ふ・・・」

 絶頂直後の脱力で、亜衣の両手の力が緩み、落ちそうになる。

 

「おっと」

 カーマは咄嗟に片手で悪衣の背中を押さえ、それを阻止した。

 そのままその場に座り込み、体を引きながら悪衣を抱き寄せることで、己の体を椅子にし、もたれかからせる。

 

「・・・・・・・・・」

 乱れた呼吸を繰り返しながら、悪衣はカーマの胸に体重を預けた。

 

 ・・・カーマの、たまに見せるこの優しさが、悪衣は好きだった。

 もちろん彼は悪人。それは悪衣もわかっている。それに悪衣にとっても、育ての祖母を殺した相手であることは変わらない。

 悪衣にだって、幻舟は当然大切な存在だった。でも・・・

 

 それ以上に、自分は、【悪衣】はカーマを愛しているのだ。

 

 

 私の存在は例えるなら、ラムネの瓶の中に転がるガラス玉。

 同じ存在である筈なのに、気泡を放つ綺麗な水になれなかった悪衣(わたし)と

 同じ存在である筈なのに、私をガラス玉にして、瓶の中に閉じ込め、出ることを許さなかった亜衣(わたし)。

 

 同じ私の筈なのに、亜衣は理不尽にも私を要らないものとした。

 しかもそれを、瓶の外の亜衣は知りもしない。

 閉じ込めておきながら、私の存在さえ見失った、憎らしい私。

 

 邪魔な私は瓶に詰められたまま、深い海の底で眠る事を強要され続けた。

 いくら【出して】と喘いでも、気泡を放つ水は自由に外に出れるのに、その出口は小さすぎて、私には通れない。

 

 頑丈なガラスの瓶の中で、小さな出口から見える外に憧れた。

 誰かこの瓶を壊してくれればいいのに。そうすれば、私は一瞬でも外に出られる。

 

 でも、それは一瞬だけ、瓶が壊れれば、それはもう【ラムネ】ではない。

 ただの壊れた瓶。つまりそれは、心の死。

 

 そうして私は、自分の自由が、奇跡の世界だと知った。

 

 その虚しさに打ちひしがれた時、私は素直に眠る事にした。

 何も望まず、ただ眠り続ける。それが一番楽だったから。

 

 

 そして、奇跡が起こった。

 

 

 私は、瓶を壊す事無く、外の世界に出ることが出来た。

 

 そして、カーマという邪悪な王子は、私の存在を唯一認め、愛してくれた。

 それは悪衣にとって、奇跡以外の何物でもなかったのだ。

 

 

 

 それに今は、なんとなく分かる。

 

 数日前にカーマ本人が言ったように、昔のカーマはもっと優しい、まともな性格をした神だったんだろう。

 ただそれが、色々な事があって、奪われ、裏切られて挙句の果てに存在を切り裂かれ封印されて

 それでここまでひねくれていったんだと、今は思う。

 

 要するに、私達は似たもの同士。

 神に邪魔なものとして封じられた神と、心に邪魔なものとして封じられた心。

 

 そして自分は、捻くれた魂も、たまに見せる優しさも全て含めて【カーマスートラ】が好きなのだ。

 だから、カーマが言う【亜衣も、悪衣も両方愛する】というのも、ある程度、理解できるようになってきた。

 

 

 私はまだ、いや、これからもずっと【亜衣】を憎み続ける。

 だから、これからはずっと私が【亜衣】をガラスの玉に閉じ込め、好きな時に出して苛めてやるつもりでいればいい。

 同じ【天津亜衣】でも、亜衣はカーマを愛することは、ないだろうから。

 

 

 

「・・・カーマ」

 悪衣は、カーマの胸の中で、ポツリとその名を呼ぶ。

 

「なんだ?」

 カーマはいたって普通に、聞き返す。

 

「私、ずっとカーマの側にいたい。ずっと・・・

 それを壊す相手は許さない。だから全力で戦う。・・・それが、妹(まい)でも」

  愛する人の胸の中で、悪衣はその決意を誓う。

 今を、そして手に入れたものを、失いたくないから。

 

「フフ、それは頼もしいな」

 対するカーマは、まるで何の不安も無いかのように、気楽にそう言った。

 

 そんな会話を続けながら、二人はただ、重なり合っている。

 

 それは【望まれざる者達】の、存在の証明のようでもあった。

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

淫乱、とかいうのとは違う形で悪衣とカーマのラブセックスを描く、というのに重点を置いたつもりですが、

んー、どうでしょうね。難しいところです。

 

というか、亜衣が、亜衣の方の出番が。ああああ。

 

 僕、亜衣すごい好きなんですよ? でも悪衣の方に偏ってる〜。まあ確かにXYZは悪衣と薫の物語みたいな所ではありますが、ここまで極端になるなんてよもや自分でも想像してませんでした。ビックリ。

 



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