天岩戸内  中央の道  広場

 

 

 

「天神の子が・・・ 目覚めた・・・!? そんなこと、あっていいんですか・・・っっ!!!?」

 二つ目の形代も消滅し、形代を通して邪魔者の正体を完全に知ったタオシーは、憐れなほど取り乱していた。

 それもそうだろう。何度も何度も計算をし尽くし、入念な準備とシミュレーションを重ね、ありとあらゆる可能性にも対応できるように何段にも重ねた罠と用心を手配しておいたというのに、そのどれもこれもが・・・ 

 

 黒子頭がいつまで経っても来ない事だって、タオシーにとっては予定外ではない。

 黒子頭には可哀想だが、彼が失敗する可能性だってタオシーは念頭には入れている。低い可能性でも、彼の敗北と死亡は考えられたことだった。

 

 何も、使い捨ての駒と思っているわけではない。

 自分も含め、タオシーは、最もこちら側の成功率、生存率が高い作戦を選んだ。

 もし失敗しても、逃げるつもりになれば逃げられる、それだけの選択肢を彼には与えている。

 

 ・・・彼は、作戦失敗の上にむざむざ生き恥を晒すよりは、死を選ぶだろう。

 それでも、それは互いに覚悟の上。・・・そう、覚悟の上なんだ。

 

 重要なのは、神藤家や他のイレギュラー的存在が、三人の三種の神器入手を諦めてでも助けに入る可能性を潰すこと。

 

 今のタオシーに詳しく知る手段は無いが、実際に入り口を開ける事が出来る神藤静瑠は気絶し、瀬馬は洞窟の中には入って来れない。

 食わせ者はとっくの昔に引退した神藤紫磨だが、万一彼女が戦闘に参加したとしても、悪衣様とカーマ様に衝突する。そう仕向けている。

 そして旅館の他の人間は、全くの戦力外。若輩の那緒に至っては、自分の敵ですらない。

 

 唯一想定外だったのは仁の戦闘力だったが、それも奥の手として用意していた最後の式神と、形代と幻夢によって手に入れた人質により沈黙させた。

 そうして、想定していた全ては、想定の内に片が付いた。

 あとは、仁の断罪・・・ 断頭の儀式を終わらせ、二人を淫魔の社に持ち帰れば、全て終わる・・・ そうじゃなかったのか。

 

 

 全くふざけている

 初めての陽神の術で、完全に肉体を構築した上に、霊道を迷う事無く最短のコースを見つけ出し、尚且つ形代を一瞬で消滅させる強大な霊力を内包・・・?

 何なんだそのデタラメは!?

 

 安倍清明や菅原道真本人じゃあるまいし、それが可能だとしたら、そのとんでもない霊力容量、そして術式のセンス共に、天才・・・ 

 

いや

 

「(化け物じゃないですか・・・っっ!!!)」

 

 自分の理解の範疇を超えるものを、人は畏怖し、恐れ戦(おのの)き、そう呼んだ。

 かつては安倍薫自身、その常識を超えた術式の才能と、幼子でありながら大人さえ簡単に出し抜いた智力の二つで、

それを妬む者達から、そんな陰口を何度も叩かれていた。

 

だがそんな薫から見てすら、天神の力に目覚めた鬼麿は、理解の範疇などという次元を超越している。

 

怖い。 怖い。 怖い。

 

アレがここにやってきたとして、僕に勝てる?

勝つ可能性は、どれぐらいある?

 

 無い。 ゼロ。 完全な敗北。 そして、形代と同じ様に・・・ 

 

「しょう、めつ・・・?」

 

・・・・・・・・・嫌だ。

 

嫌だ。 嫌だ。 嫌だ。

 

 イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!!!!!!!

 

認めない。 絶対に認めない。 認めるものか。

 

こんなふざけた現実に、僕の八年が邪魔されて・・・ たまるか!!!!

ここで消えるなら、何の為に血反吐を吐いて、泥を啜って生きてきた!?

自分はまだいい、でも・・・ 母を、あんなに苦しんで死んでいった母を、無駄死にのまま終わらせるなんて・・・ 許せない!!

 

 

 

 

「・・・・・・火は、土を生み・・・」

 その時、仁の方から、何かを唱える声が聞こえた。

 

「!!?」

 仁への警戒をすっかり忘れていた薫は、慌てて仁の方へと振り向く。

                                                                   

土は金を生み 金は水を生み 水は木を生み出す・・・」

 五行の心得を唱えていく毎に、仁の闘気は膨れ上がり、霊力が燃え上がる。

 

 

「まさか・・・ そんな、まだ・・・? あなたは剣技に特化した戦士のはずじゃ・・・?」

 調べた限りでは、逢魔の隊長、逢魔仁は、霊刀においてのみの戦闘に特化した型で、それだけが武器だと・・・

 だから刀さえ奪えば、邪鬼や黒子、牛頭馬頭には勝てても、僕の式神に勝てる攻撃力は、持たないはず・・・

 

「ああ、だが・・・ 一つだけあるんだ。とっておきが・・・

 二人が助かったのなら、俺は遠慮なく、この奥の手を使わせてもらう・・・ この、禁じ手をな」

 

「そして木は・・・ 劫火(ごうか)を生む!!!

 仁は、最後の言葉をつむいだ。

 

ゴォッ────!!!!)

 

 仁の叫びと共に、仁の体を包んでいた霊力は、紅蓮の炎へとその姿を転じた。

 先程の戦いで見せた、【炎の翼刀】を、自身の全身に投影した、逢魔の禁断の奥技である。

 

 全身から発する霊力をそのまま魔払いの聖炎へと変化させるのは、炎の翼刀よりも遥かに高い出力を必要とし、同時に完璧なコントロールを必要とする。少しでもそれがズレてしまえば、いくら魔払いの聖炎とはいえ、その瞬間に、他ならぬ自身がその劫火に焼き尽くされ、消し炭になってしまうは必然。

 

「ギャアアアアウゥゥッッ!!!!???」

 仁の胴を掴んでいた式神・獲猿は、その手を灼熱の炎に包まれ、悲鳴を上げながら手を離した。

 

 ────その時点で、勝敗は・・・ 決した。

 

 

森羅万象・・・ 劫火の行!!!

 

 その場で仁は、獲猿に向かってその灼熱の肉体で跳び上がる。

 そして、流れる動きで一瞬にして獲猿の肩に着地すると、そのまま獲猿の電柱よりも太い首を、両足で締めつけた。

 

(ギリリリリリリリ────────────ッッ!!!!!)

 

「ゲッ・・・!! ゲ、ギッ────!!!!」

 凄まじい脚の力での締め付けに、さしもの大猿の首も息が出来ない。

 しかも、仁が纏っている炎は、あっという間に獲猿の全身に燃え移り、洞窟内を朱に照らす、巨大な松明となった。

 

 

「あ・・・ あ・・・!?」

 その光景に、薫は恐怖し、足が震えた。

 いけない、いけない。どうすればいい?

 水の符? 風の符? そんなの、この魔払いの聖炎の前には焼け石に水だ。

 

 獲猿があんなに暴れていたら、物理属性の攻撃も仁ではなく獲猿に当たってしまう。

 符に戻そうにも、それをしてしまったら、もう仁に対する武器は・・・ない。

 

 ・・・何も、出来ない? この僕が? 獲猿が仁を引き離すことを願うしか・・・ない?

 

 

「ギィィイイイイ────────────ッッ!!!!!」

 体を焼かれる苦しみに暴れ周り、引っ張り、必死に仁を体から引き剥がそうとする獲猿。

 苦し紛れに振られる腕が胴に衝突し、背中を鋭い爪が抉る。

 

「ぐっ・・・!!」

 背中に奔る、大きな4本の線。

 4本の抉り傷から流れる血が、衣服を真っ赤に染める。

 鈍く重い、激痛。

 

 しかし

 

「離すか・・・!! このまま、燃えろ・・・っっ!!」

 麻衣も、木偶ノ坊も、大切な人間を、世界を救う為に頑張っている。

 ならば、ここで自分が足手まといになっては・・・ いけない!!

 逢魔の隊長、逢魔仁として。多くの命を背負うものとして、ここで・・・!!!

 

 獲猿の首に全力でしがみ付き、丸太のような拳で殴られても、爪で背中を裂かれても、それでも離れなかった。

 洞窟内に充満する、動物の肉が焼ける匂い。タンパク質が焦げる匂いが、空間を支配する。

 

 やがて

 

「ゲ・・・ ギ・・・」

 獲猿の腕が力を失い、だらりと落ちる。

 それを確認した仁は、ようやく獲猿の体から飛び降りた。

 

「ガ・・・ ギ・・・」

 炎の隙間から見える獲猿の肉体の表面は、ほとんど黒色に炭化していた。

 強い生命力を持つ式神も、魔を払う炎で焼かれ続けては、一溜りも無い。

 

 ズシン!! と。獲猿は炎に包まれながら、前のめりに大地に倒れ伏した。

 

 倒れた後も、メラメラと燃え続ける獲猿の体は、ピクリとも動かない。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」

 地面に着地した仁は、やっとその全身から炎を消すと、荒い息を繰り返した。

 逢魔の極意の中でも、禁じ手とされる技を使ったことで、体力、霊力共に著しく消費し、疲労が激しい。

 

 

「かく・・・ えん・・・?」

 真っ黒に炭化した最後の式神に、よろよろと駆け寄る薫。

 その体に触れ、揺り動かそうとしたその時、

 ボロ、ボロ と、獲猿の形をしていたものが炭の欠片へと崩れていった。

 

 炭の山は、光の粒子へと変化し、【獲猿】の式神符の中に消えていく。

 ・・・式神を、全て・・・ 倒された。

 

 

「ウソ・・・?」

 

 みんな、やられた。

 小さい頃から一緒にいた、獲猿まで・・・ やられた。

 

 いない、自分の側に、守ってくれる式神が・・・ どんな時も側にいた式神達が、みんな消えた。

 今、自分は一人・・・ 誰も、誰も守って・・・ くれない?

 

 

 

いやだ。 誰か、 誰か、 僕を、 私を、 守って。

 

一人はイヤだ。 誰か側にいて。 守って。 怖いよ・・・ 一人は怖いよ・・・

 

なんで? なんで誰も私を助けてくれないの? なんで私はいつも、一人になるの!?

 

 

 

「カオル」

「っっ!!!??」

 子兎の様にビクリと震えて、振り向く薫。

 そこには、自分が最も憎む敵がいた。 すぐ近くに。

 

 

「イヤ・・・ いや・・・っ!! 来ないで・・・ 来ないで・・・・・・」

 一歩ずつ歩み寄ってくる敵に、薫は完全に我を失い、一人の少女として震えていた。

 カタカタと、地面に当たる刀身が笑うように音を出す。

 

「カオル・・・ もういいだろう。 その刀を・・・よこすんだ」

 仁は、背中の痛みを堪え、疲労を隠しながら、

 

「イヤッ・・・!! 来ないでぇ────────────────っっ!!!!!」

「っっ!!」

薫は、パニックに陥り、目を強く瞑ったまま、真横に霊刀を──── 振った。

 

 

(ゾグシュッ・・・・・・!!!)

 

 

「ぐ・・・っ!!」

 仁の顔の位置に振られた刀。そして、仁の呻く声。

 

「っっ!!!?」

 振った手が途中で止まり、薫の手に、肉を斬ったおぞましい、鈍い感触が伝わってきた。

 それに驚き、目を見開く薫。

 

「あ・・・ あ、あ・・・・・・っ!!?」

 

 薫の一撃は、確かに肉を斬っていた。

 霊刀は、仁の・・・ 仁が縦に構えた右腕を斬り裂き、深く刀を食い込ませている。

 だが、腕で防御しなければ、この刀は、喉か、顔を抉っていただろう。

 

 仁の腕からボタボタと流れ大地を染める、夥しい量の・・・

 

 そして、仁は

 

「・・・・・・・・・」

 仁は、真っ直ぐに厳しい目で薫を見つめていた。

 常人なら、痛みに転げ回り悲鳴を上げて相応の傷。

 しかし仁は、痛みを顔に一切出さず、ただ真っ直ぐに、薫の瞳を見ていた。

 

「うあ・・・ あ、ああ・・・っ!?」

「・・・血を見るのは、初めてか? カオル・・・」

 憐れに思えるほどに取り乱し、体を震わせ、瞳の焦点を定めない薫とは対照的に、

 仁は腕を斬り付けられながら、冷静なままだ。

 

「血を見るのも・・・人を斬るのも、初めてなのか。 ・・・やっぱり、な。

 昔からお前は、血を見るのも、誰かを傷付けるのも大嫌いだった。・・・よく覚えてる」

  仁の目は、カオルに憎しみの欠片も向けていない。

 未だに、いや、尚更に。 仁は、自分の腕の事なんかよりも、薫だけのことを・・・。

 

「・・・・・・・・・っっ」

 その目が、何より怖かった。

 この目は、この瞳は、自分から、【タオシー】を、消してしまう・・・

 

「俺は・・・ 殺しすぎたよ。淫魔も、人も。

 お前を守ってくれていた式神だって・・・」

  仁は、左の手で、恐怖で凍り付いて動けない薫の手を握ると、一指ずつ刀の柄から剥がし、手を離させた。

 

「ぐっっ・・・!!!!」

 呻きながら、仁は己の右腕に刺さっている刀に、手をかけた。

 

(ブシュウウウゥゥゥゥッ・・・・・・────!!!)

 

 刀を右手から抜くと、たちまち鮮血が噴き出した。

 

「・・・・・・・・・っっ!!!」

 眉を寄せ、激痛に耐えながら、右手手首を握り拳にし、また開かせる動きを繰り返す。

 右手首はゆっくりながら、ちゃんと動いてくれた。

 

どうやら、筋肉は切れてないらしい。

 利き腕の死は、戦士としての再起不能を意味する。

戦士としての生命は絶たれていない。それは朗報だった。

 

(ビリッ! ビリ、ビリッ・・・!!)

 

 仁はその場で、上半身の最後の布地であるシャツを破き、端の片方を口に咥え、片方を左手に持って、傷口より下、肘の付け根を縛った。

仁に備わった、出血多量を防ぐ為の措置、戦士として育った者の習性である。

 

 そして改めて、カオルに目を向けた。

 

 

「・・・・・・っ」

 普段は常に、脳の中で複数の複雑な思考を可能とする薫の脳に、今浮かんでいるのは、たった一つの単語。

 

 逃げないと

 逃げないと、全て終わってしまう。

 そんなの、許されない・・・!!

 

 

 薫は、震える足で後ろへと退がる。

 一歩。二歩・・・。

 

「・・・・・・」

 そしてその歩調には、当然ながら仁も付いてきた。

 

 こんなことで逃げられる筈も無いのに。・・・薫は今、冷静さの欠片も残していない。

 

(ガッ・・・!!)

 

「あっ────!!?」

 床の窪みに足を取られ、薫はバランスを崩し、大きく後ろへ転んだ。

 

「痛っ・・・・・・!!!」

 豪快に腰や背中を打ち、鈍い痛みが体を駆け巡る。

 

「・・・っ、しまっ────・・・」

 転倒のショックか、少しだけ冷静さを取り戻したのか、薫は急いで起き上がろうとするが

 

(ピッ・・・!!)

 

 その目の前に、仁の左腕の、人差し指と中指が額に向けられている。

 ・・・今の薫には、これの意味がきちんと理解できた。

 仁の腕なら、このまま素早く小突くだけで、自分を気絶させられる。

 つまりは・・・ 王手。 あとは詰むだけで・・・ 終わる。

 

 

「降参してくれ、カオル。もう・・・勝負は付いた。俺とお前が戦い、殺し合う理由なんて、もう・・・無いだろう」

 祈るような気持ちで、仁はカオルに降伏を願う。

 

「・・・・・・・・・・・・っ!!」

 それを聞いた時、薫の中で・・・ 消える事の無い憎しみの感情が燃え上がった。

 ギュウと、痛いほどに握られる拳。食い縛られる、歯。

 

 

 

「・・・・・・・・・つき

そして、俯いたまま、ポツリと一言。

 

「・・・・・・?」

「嘘付き」

涙に濡れた瞳を憎しみに染めて、仁を正面に睨む。

 

「カオ、ル・・・?」

驚きを、戸惑いを隠せない仁。

 

 

「待ってたのに・・・ ずっと、待ってたのに・・・

 どんなに苦しくても、頑張って待ってさえいたら・・・       

 ジンが、ジンがいつか約束どおり、私とお母さんを助けてくれるって・・・っ!」

 

  その口調は、【タオシー】ではなかった。

 【ジン】というイントネーション。【私】という一人称。

 仁がよく知っていた、泣き虫の女の子、【安倍 薫】。8才の少女が、あの時別れた少女が、目の前に・・・

 

「なのに・・・ なのに、ジンは来なかった・・・っ!!!

 お母さんが痩せ細って、枯れ木みたいになって死んでも! 私が飢えて苦しんでる時も!! それを見て、お金と引き換えに、変態の偽善者な大人が、子供の私をレイプしようとした時もっっ!!!」

 

 少女は、己の身に起こった様々な地獄の思い出を、最大の怨嗟を込めて、それを救ってくれなかった護り人へぶつける。

 

「カオル・・・ 俺は・・・」

 自分が護ると誓った少女の、憎しみと呪いの声。

 それは、他のどんな刀傷より、・・・例え体を槍で串刺しにされても、これほどの痛みは感じるまい。

 

 そして、そんな痛み、罪悪感を前にして、うろたえない人間など、どこにいるというのか。

 

「何度も・・・ 何度もジンの名前を呼んだ!! 叫んだっ!!!

 なのに・・・ なのにどうしてっ・・・!!! どうしてっっ────────!!!!??」

 

「俺は・・・ 俺は・・・っ」

 仁はついに、カオルの額に突き立てていた指を、降ろしてしまった・・・。

  

 

「許さない・・・ 嘘つき・・・ 嘘つき嘘つき嘘つき・・・っっ!!!!

嘘つきぃぃ────────────っっっ!!!!!」

 

(カッ────────────!!!!)

 

「っっ!!!!??」

 いきなり、薫を中心として、目も眩む・・・ いや、目が潰れそうなほどの閃光が爆ぜた。

 反射的に仁は、目を閉じ、両手で目と喉を庇う。

 

 

「ぐっ・・・!! カオルっっ!!」

 目が、開けられない。

 こんな光、目を開けたらその瞬間に目は潰れてしまう。

 いけない・・・ これでは、逃げられ────

 

 

(シュ────────────・・・・・・・・・)

 

 

 光は、急速に収まった。

 

「・・・・・・・・・」

 用心しながら目を開ける仁。

 そこには、もうカオルは・・・ いなかった。

 

「(逃げられた・・・か)」

 油断した。

 己の甘さが、カオルを逃がしてしまった・・・。

 もう、カオルの気配は近くにはない。

 ここへと入ってきた時と同じ様に、【空間転移】で外へ出たのだろう。

 

 

「・・・・・・っっ!! くそっ!!」

 その場で仁は、地面を叩いた。傷ついた右手で。

 カオルを逃したその油断に対する悔しさでは、ない。

 

 カオルが、あれだけ苦しい目に逢っていたという事を、知らなかった事だ。

 何度も、飢えて死ぬカオルの顔が、夢に出てきていた。

 カオルがどうなっているのか、様々な形で想像した。悪夢ばかりを。

 

 だが・・・ だが、ついさっきのカオルの叫びは、そんなものとは、比べ物にならない。

 

「くそっ!! くそっ・・・!!! 俺は・・・っ!! 俺は、最低だ・・・っっ!!!!」

 拳が痛むことも構わず、仁は地面を両の手で殴り続ける。

 両拳の皮は擦り剥け、血が噴き出しても、それでも殴った。

 

 俺は・・・ 何故、助けてやれなかった!?

 

 泣いている少女を、どうして助けてやれなかった!?

 何故あの時、俺は母を、家族を理由に、カオルを捜しに行かなかった!!?

 何か、何かあったんじゃないのか!? 救う方法が・・・!!

 

 カオルは・・・ カオルはあんなに、あんなに苦しんでいたのに・・・っ!!!!

 

 

「ぐうっ・・・ う、う・・・っっ!!!」

 地面に蹲り、指に爪が食い込むほどに拳を握り、仁は涙を流した。

 いくら泣いても、いくら地面を殴ろうと、激しい後悔の念は、収まることを知らない。

 

 

 

「うおおおおおおおあああああああああ────────────────────────────────っっっ!!!!!!」

 

 洞窟の中に、仁の慟哭の叫びが、悲しく木霊した・・・

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 そうして、どれだけ時が経過したか。

 仁は、ゆらりと、力なく立ち上がった。

 

「・・・行こう。今俺に出来るのは・・・ それだけだ」

 そう、今は・・・ やらなくてはいけないことがある。

 それが今の俺の、成すべき事。そしてそれは、カオルを助ける最後の可能性にも繋がる。

 ・・・償うのは、それからでもいい。

 

 刀を鞘にしまい、仁は洞窟を先に進んだ。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     一方

 

 

   天岩戸内  左の道  広場

 

 

 

「あ〜〜・・・ ヒッデェ目にあった」

 青年鬼麿は、老人の様に背中を擦りつつ、ため息をついた。

 

「申し訳ございませぬぞな。つい感極まり・・・」

「ああ、いーよ。気にしてねーから」

 その場で柔軟運動をする鬼麿。

 

 

「・・・ハッ!!? そうであった!! 鬼麿様!!!」

 木偶ノ坊は急に、ハッと気が付いた。

 

「何だよ?」

 キョトンとする鬼麿。

 

「もう一人、仁という御仁が共に戦っておるのですが、彼は・・・!?」

 そうだ。本物のタオシーがいるのは、仁殿がいる道。

 罠だけの道でさえ、してやられるほどの危険だったのだ。

 仁殿の道は、より危険に違いないはず。

 

「ああ、真ん中の道にいた奴?」

 鬼麿は、仁を道の途中で見たらしい。

 

「はい! もしや・・・ 某と同じ様に、危うい目に逢っているのでは・・・?」

 木偶ノ坊の心配は、尤もだ。

 

「わかった。見てみるよ」

 

「ん〜〜〜・・・・・・」

 目を閉じて、壁の向こう・・・ 仁の居る道の方を向いて、精神を集中する鬼麿。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 少々の間、沈黙が続く。

 

 

 少しの間をおいて、鬼麿は、またパチリと目を開けた。

 

「大丈夫みたいだぜ? あのタオシーって奴、その仁って奴にやられて逃げたみてぇ」

「おおっ!? まことでございますか!!?」

「あぁ。あっちの霊道付近にいる奴らに聞いたから間違いねーよ」

 霊、精霊の類というのは、そこかしこに無数に存在する。

 

 

「それでは、あとは三種の神器を手に入れるだけですな!!!」

 敵を退けたという朗報に、木偶ノ坊は喜び勇んだ。

 

「おお、マロも一緒に・・・ あ」

 自分の口調が元にもどっていた事に気付き、口を塞ぐ鬼麿。

 

「・・・若?」

 

「ウソ・・・だろ!? もう・・・かよっ・・・」

 その場にへたり込む、鬼麿。

 

「若っ!? どうなされましたぞなっ!?」

 慌て駆け寄る木偶ノ坊。

 

「やべっ・・・ ダメだ・・・ もう、オレが起きち・・・ まう・・・」

 急に眠たそうに、瞼を降ろしてしまいそうになり、しきりに瞬きをする鬼麿。

 

 強大な力を発揮できるものの、青年姿の鬼麿の活動時間には限界がある。

特に目覚めたばかりの今では、ほんの短い時間しか、18の精神を具現化した今の自分を、陽神の体を留めることは出来ない。

 

「くっ・・・」

 鬼麿の体の発光は弱まり、全体的に・・・ 透けてきていた。

 

「くそっ・・・ なんで・・・こう、なるんだよ・・・っ!!

 やっと・・・ やっと、みんなの役に、立つって・・・ なの、に・・・!!!」

  己の限界に、唇を噛み悔しがる鬼麿。

 まだ、まだ全然、みんなの分を償うには足りない。

 なのに、なのにこんな所で・・・!!

 

「・・・若」

 木偶ノ坊は、中腰に跪くと、鬼麿の肩に再び手を掛けた。

 

「某も、麻衣様も、仁殿も、あとは敵ではなく、この天岩戸に元々在る試練に打ち勝つのみ。

それは、我ら一人一人が、個人の力で打ち勝たねばならぬもの。

・・・某はもう、一人で大丈夫ですぞ。安心して・・・ お休みになられませ」

 そういって木偶ノ坊は、いつもの様に鬼麿の頭を撫でた。

 

「ほん・・・とに・・・ 俺が・・・ いなく・・・ても・・・ 平気か・・・?」

 少年の目そのもので、心配そうに木偶ノ坊を見上げる鬼麿。

 

「勿論でござる。ハッハ。なあに、試練の一つや二つ、軽い軽い!!!」

 笑顔で力瘤を作って見せ、鬼麿を安心させようとした。

 

「・・・・・・ん・・・ わかっ・・・ た・・・   がんば・・・ れ・・・ よ・・・」

 その言葉に、その笑顔に安心したのか、鬼麿はゆっくりと目を閉じた。

 

 そして、鬼麿の姿は・・・  

 

(スウッ・・・・・・)

 

消えた。

 

 後は、木偶ノ坊一人が残るのみ。

 

「鬼麿様・・・ 見ていて下され。この木偶ノ坊。見事三種の神器の一つを手にいたしますぞ!!!」

 胸の前で拳をギュッと握ると、木偶ノ坊は踵を返し

 

「ぬおおおおおおっっ!!! 今の某は千人力なりぃぃ────────────っっ!!!!!

 猪の様に、洞窟内を駆けて行った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     一方

 

   新・平安京  客人用寝所

 

 

「ん・・・」

 今までずっと眠り続けていた鬼麿は、ようやく目を開けた。

 

「・・・・・・ふあ〜〜〜・・・・・・」

 小さな鬼麿は、寝床の中で起き上がると、寝ぼけ目を擦った。

 そして、辺りをキョロキョロと見渡す。

 旅館の一部屋よりも、2,3倍の広さはある空間。

 

「・・・・・・? ここはどこじゃ〜〜?」

 見た事のない場所に、鬼麿は首をかしげる。

 

 

「お目覚めになられましたか?」

 障子を開けて、桔梗姫が姿を見せる。

 

「精神(こころ)の旅路。お疲れ様でした。鬼麿さ・・・」

 と、桔梗姫が言いかけた所で、

 

「おおっ!? 神々しく奇麗なオネーサンじゃ〜〜〜!!!」

 起きたばかりだというのに、鬼麿は素早い動きで、桔梗姫に ぴょ〜ん!! と跳びかかる。

 

「・・・え?」

 その本能的な素早いジャンプに、桔梗姫はあっけに取られ・・・

 

「その大きめのオッパイにスリスリさせてくれ〜〜〜いっ!!!」

 放物線を描き、あと50センチで桔梗姫の胸にジャストミートと思いきや

 

 

「「「させるかっ!!!!」」」

 

(☆ ゴ〜〜〜〜ンッ!!! ☆)

 

 どこに隠れていたのか、鍛えられた筋肉を持つ青年の坊主達3人が、銅鑼でそれをガードした。

 

「べ、べべ・・・」

 顔から銅鑼にぶつかった鬼麿は、力なく べしゃり・・・ と崩れ落ちる。

 

「我ら!! 桔梗姫特選親衛隊!!!」

「我らが女神、桔梗姫に近づく悪い虫は!!!」

「我らが全力で排除!! 排除!!! 排除ォォォォォオオオオッッ!!!!」

 

(ビシッ!!☆)

 

 異様にテンションの高い坊主達は、その場で微妙に古臭く、恰好悪いポーズを決める。

 

 

「あ・・・ ありがとうございます。義柔(ぎにゅう)。慈雛(じすう)。陸(りく)」

 桔梗姫は、苦笑いで親衛隊に感謝を述べる。

 

「なんのなんの!」

「我らにお任せください!!」

「何ならこの不埒者、捨ててきますが!!!」

 桔梗姫の言葉に、3人組は顔を輝かせはしゃぐ。

 なんとも単純な連中。親衛隊になった理由など、簡単に想像でき、実に分かりやすい。

 

「・・・鬼麿様は大切なお客様です。粗相はいけません」

 優しくも強い目で、3人を諭す桔梗姫。

 

「「「・・・了解いたしました」」」

 3人組は、退くのも早かった。

 

「鬼麿様、大丈夫ですか?」

 桔梗姫は、自らしゃがんで、アケボノダウンしている鬼麿に尋ねた。

 

マロは腹が減ったぁ〜〜〜・・・ もう動けん・・・

 鬼麿は掠れた声で、うつ伏せのまま空腹を訴える。

 

「クスッ・・・ そうですね。では・・・ 何か作ってきます」

 桔梗姫はすっくと立ち上がった。

 

たのむぅ〜〜〜〜・・・ このままでは・・・ 死ぬぅ〜〜〜・・・

「はいはい」

 

「なな、なんと!!!」

「桔梗姫自らがお作りにっっ!!!?」

「なんと羨まし・・・ いや、姫自らがこんなのにお作りせずとも、我らが!!!」

 

「皆さんの分も作ろうかと思ったのですが・・・」

 

「「「是非!!!」」」

 

 3人組は見事なコンビネーションで頭を下げる。

 禿に剃った頭が、奇麗に三つ並んだ。

 

「では、急いで作ってきますね」

 急ぐ、と言った割に、本格的な平安の着物を着た桔梗姫の小走りは上品なだけに遅かった。

 

うぅ・・・ 飢えて死ぬぅ・・・

 鬼麿の小さな声は、誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

   一方  時は少し戻り

 

  封神山  鏡仕掛けの林

 

 

 

「はっ、はっ────」

 山林の中を、悪衣は走っていた。

 

(ビッ────!!!)

 

 そこに襲ってくる、光線。

 

「くっ・・・!!」

 回転して光線を避わしながら

 

(ビュッ───────           カシャアアンッ!!!)

 

 鏡を矢で壊す。

 そんな効率の悪い戦いを、悪衣は繰り返していた。

 

 

「はははっ!! 鏡がいくつあると思ってるんだい!? いい案が浮かばないからって無駄な足掻きはよしな!!!」

 姿を現さないまま、紫磨は悪衣の滑稽さを哂う。

 

「まったく、性格の悪いオバサン・・・」

 

(ビゥッ────!!) (ビゥッ────!!)

 

 オバサンと一言洩らした途端、左右の二方向から光線が飛んで来た。

 

「わっ!!!??」

 

(バシュンッ!!!)

 

 その場に伏せて、何とか避わす悪衣。

 

「フン・・・ 外したか」

 情け容赦のない、冷徹な声。

 

「あっぶな・・・」

 今のは本当に、危なかった。

 ちょっと避わすのが遅れていたら、顔と胸に穴が開くところだった。

 

「本当に容赦ないわね・・・」

 

 それにしても・・・ どうするべきか。

 確かに矢で鏡を一つ一つ割っていっても日が暮れるし、こんなにあちこち走っても、紫磨も式神も見つからない。

 敵を炙り出すために森を燃やすなんて真似は、いくら自分が淫魔でも気が引けるし・・・

 やった所で、紫磨も逃げるだけだろう。

 

 【期待している】と言われたすぐ後に、カーマを頼って逃げるような恰好悪い真似もしたくはないし・・・

 

「(・・・何か、ないかな・・・)」

 じっと、自分の手を見てみる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・あ」

 そうだ。ある。

 あるじゃないか、【天津亜衣】の時にはなかった、うってつけの武器が。

 

(チュッ・・・)

 

 悪衣は、両手の人差し指と中指に唇を当て

 

(ブゥンッ・・・)

 

 両手の指先に、かつて麻衣やタオシーを拘束した光輪を出現させ、

それを指先でクルクルと回転させる。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「・・・あん? あのお姫ちゃん、何をやろうってんだい?」

 遠くの木の枝に座って、望遠鏡で亜衣の様子を見ていた紫磨。

 悪衣が突然に出した何か・・・ 光輪に、嫌な予感を覚える。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

「行けっっ!!!!」

 悪衣は、振りかぶって二つの光輪を投げつけた。

 

(ギュンッ────!!!!)

 

二つの光輪は、唸りを上げて、燕の如く疾さで空を飛んだ。

そして

 

(パリンガシャンガシャンガシャンパリンガシャンッッ──────────!!!!)

 

 二つの光輪は、悪衣の意志の通りに動き、次々と木々に設置されていた鏡を叩き割っていった。

 割れ落ちる鏡の破片に気をつけながら、悪衣は場所を移動しつつ、目に入った鏡を次々と光輪に割らせていく。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「・・・・・・あちゃあ。そう来たかい。・・・やばいね」

 タオシー程ではないが、紫磨もそれなりに策士ではある。

 淫魔となった天津亜衣の武器をあらかじめ予測して、その上でこの罠が一番最適と判断した。

 

「しっかし、あんなやり方があるとはねえ・・・」

 淫魔の【光輪】をあそこまで使いこなし、更にあんな乱暴な使い方を思いついた上で実行に移す。

 しかもそれが、ちゃんと武器として機能し、強化されているのだから、その才能は恐ろしい。

 

 一朝一夕で淫魔になったばかりの巫女など、この程度の警戒で、充分すぎるほどお釣りが来ると思っていたが・・・

 これが中々どうして、さすが【淫魔の姫】というだけはある。大した淫魔としての成長振りだ。

 どこかしこには巫女の部分が残っているかと思っていたが、思ったよりよほど、天津の巫女は淫魔に成り変ってしまったらしい。

 

「・・・フン。癪だねぇ。 癪だけど・・・ 次の作戦、行くしかないか」

 紫磨は、面倒臭そうに、木の枝から飛び降りた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 そうして、光線を避わしながら移動し、鏡を割り続けて、幾分経ったか。

 悪衣の光輪は、目に入るほとんど全ての鏡を割る事に成功した。

 

「・・・ハァッ、ハァ・・・ これで、ハァ・・・ 反射攻撃は、ゼェ・・・ 出来ないでしょ・・・」

 走りながら、思いついたばかりのアレンジ技の操作。

 それを何分もやっていれば、体力的にバテるのは仕方がない。

 

 

「・・・そうだねぇ。確かに甘く見てたよ。さすがは元天津の巫女にして淫魔の姫・・・ って所かね」

 今度は、随分近くから紫磨の声が聞こえてくる。

 

「どこっ!!?」

 声の方向に振り向く悪衣。

 

(シュッ────!!)

 

 あさっての方向から、何かが飛んでくる。

 

「ハッ!!」

 咄嗟に軽く後ろに跳んで、避けた。

 

(ボムッ!!)

 

 (ボムッ!!)         (ボムッ!!!)

 

「っっ!!?」

 足元に飛んで来た炎の攻撃符が、悪衣の周りで小規模な炸裂を起こす。

 その威力は、攻撃なんてものじゃない。当たったとしても、少し熱いと思う程度だろう。

 つまり、これは・・・

 

「ハッハハハハハハ!!!!」

 響いてくる笑い声。

・・・私を、おちょくっているんだ。

 

「・・・っ! 馬鹿にして・・・っ!!」

 どこまでも人を嘗めたやり口。

 そこに激昂する所も、【天津亜衣】らしいと言える。

 

「ハン。こちとら退魔の仕事して25年ちょい。ベテランOBだよ?

巫女一年。淫魔数日の小便ガキが相手なんだ、馬鹿にしながら相手するぐらいでも感謝しな」

 そう言って、木の影から紫磨は姿を現した。

あろうことか、人を喰った笑みで、プラプラと手を振りながら。

 

「〜〜〜〜っっ!! もう許さないっ!!」

「ハハハハッ!! 鬼さんこちらってね!!!」

 走り去る紫磨。

 悪衣も、大きな鏡の破片を踏まないように気を付けながら、その後を走って追った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    一方

 

  天岩戸内  右の道  出口

 

 

「・・・・・・」

 右の道を歩き、数分。

 麻衣は、遂に見えたゴールらしき広場に、通路からヒョコッと首を出し、キョロキョロと見回した。

 もうタオシーは逃げたのだから、実質そんな警戒はほとんど必要ないのだが、心理的に過敏になるのは仕方がないと言える。

 

「ええと・・・」

 麻衣のいる通路の出口は、先程の広場よりも、もう一回りでかい広場になっており、向こう側には先程のような次の通路はない。

 奥の方には、小さな祭壇のようなものがあり、ここが一応目的の場所であることを教えてくれる。

 

 左後ろには、自分が通ってきた道以外に、似たような穴・・・というか、おそらく道が二つ並んで・・・

 

「これって、もしかして・・・」

 麻衣がその道の先を推理し始めた所で

 

 

おおおおお〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 聞き覚えのある声が、向かって右端の方の道から聞こえてきた。

 ドドドドド・・・!!! と、何かが駆けて来る音。それがどんどん近づいてくると共に

 

「木偶ノ坊!! 見参〜〜〜〜っっ!!!!」

 勢い良く、右端の道から木偶ノ坊が飛び出してきた。

 

「三種の神器はいずこに・・・ おおっ!? 麻衣様!!」

 ハイテンションなまま辺りを見渡した所で、木偶ノ坊は麻衣の存在に気が付いた。

 

「げ・・・元気ですね。木偶ノ坊さん。よかった・・・」

 木偶ノ坊のあまりの元気の良さに、麻衣は少したじろいだ。

 

「おお! 麻衣様もご無事なようで何より!!」

 麻衣の両手を取り、握手の形でブンブンと縦に振る木偶ノ坊。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「私は危ない所で・・・ 鬼麿様に良く似た美形の人に助けられたんだけど・・・ あれって、やっぱり・・・」

「・・・そう、あれは、紛れもなく鬼麿様でございますぞなもし」

 木偶ノ坊は、麻衣の知らない、鬼麿との事を語り始めた。

 

 青年の鬼麿がどういう努力をして、自分たちの元へ駆けつけたのか。

 鬼麿が、どれだけ亜衣、麻衣、そして子守集や幻舟に対して大切に思っていたか、どれだけ罪悪感を心に秘めていたか。

 

 

「そう・・・なんだ。鬼麿様・・・ そう・・・」

 おばあちゃん。綾さん、良枝さん、早苗さん・・・

 忘れなんかしない。けど、それを深く考えると、自分の足は止まってしまう。

 

 ・・・今は、お姉ちゃんを助けることだけを考えないと、心が前に進めない。

 でも・・・ 鬼麿様は、ずっとみんなの事を考えていた。

 そして、私やお姉ちゃん、木偶ノ坊さんの分まで含めて、18の鬼麿様は、ずっと自分を責めていた・・・

 

「鬼麿様に、伝えておけばよかった・・・」

「何と?」

「【そんなに自分を責めなくても、私は鬼麿様を恨んではいません】って・・・」

「ふぅむ・・・」

 複雑な悩む顔をして、顎に手を当てて唸る木偶ノ坊。

 

「・・・・・・・・・あ」

 そう・・・だ。私本人からそんな事を言われても、鬼麿様は辛いだけだ。

 

「・・・難しいな。どう言えば良かったんだろう・・・」

「こればかりは、時間をかけるしかないかもしれませぬぞなもしか・・・」

 そうして、二人で悩んでいた時

 

 

(カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ・・・・・・・・・)

 

 中央の道から、乾いた足音が響いてきた。

 

「仁さん?」「仁殿?」

 麻衣と木偶ノ坊の台詞と意見が一致する。

 

「ああ」

 そして、道の奥から、仁の声の返事が反響して来た。

 

「やった・・・!! これでみんな・・・」

「全員無事、ですな」

 二人が仁の返事に喜んでいた、その時

 

 仁が姿を現した。

 

「二人とももう来ていたのか・・・ 待たせたな」

「いえ、そんな、今着いたばっかりで・・・ ・・・えっ!!?」

 麻衣は、仁の姿に目を見開き、息を呑んで驚いた。

 

 やってきた仁の姿が、別れたその時とまるで違うからである。

 

 ジャンパーとシャツを着ていた上半身は裸の状態で、擦り傷だらけ。

 右腕は布で巻いた上からも深い刀傷とわかり、白い布は血で真っ赤になっている。

 両の拳も傷だらけで、見ているこっちが痛々しい。

 

「ど、ど、ど、どうしたんですか・・・っ!!?」

 オロオロとうろたえながら、仁の方へと駆け寄る麻衣。

 

「ああっ・・・!? 背中も・・・!!」

 背中を見ても、出血は止まったものの、獲猿が刻んだ、深い抉り傷はまだ痛々しく残っている。

 

「ああ・・・ 少し、ドジをした」

 まるでそこら辺でコケたかのような言い方をする仁。

 

「少し、ドジって・・・」

 明らかに、そんな問題じゃない。

 これは、まるで戦国時代の武将が敵陣に突っ込んで帰って来た後だ。

 

「びょ、病院・・・っ!!」

「いや、問題ない。これぐらいの傷は・・・ 日常茶飯事だ」

 仁のその言い口は、本当に逢魔の隊長として毎回こんな傷を負っているのであろうことが伺える。

 良く見ると、鍛えられ引き締まった上半身の筋肉には、無数の傷痕の名残が見えた。

 そしてその傷痕は、むしろ背中に多い。

 

 “背中の傷は戦士の恥”とは言うが、仁の背中傷はそんな下らないものではない。

 常に先頭に立って戦う上に、他の隊員や民間人を必ず庇いながら戦うのが、優しい仁の生き方であり、戦い方。

 そしてそんな戦い方をしていれば、正面よりも背中に傷が集中するのは、実に簡単な理屈である。

 

 

 

「・・・ごめんなさい」

 麻衣は、仁に深く頭を下げた。

 

「・・・? 何を謝るんだ?」

 仁は、そんな麻衣を不思議に思う。

 

「だって・・・ 私が・・・」

 自分が人質になるようなことがなければ、仁さんはここまで傷を負うことは・・・なかった。

 そうでなくとも、仁さんは他人である私とお姉ちゃんを救おうと必死になってくれている。そんな優しい人。

 そんな人に、こんな傷を負わせてしまっている自分が、とても情けなかった。

 

「・・・・・・・・・」

 仁は、麻衣の肩にポンと、手を置いた。

 

「怪我をしたのは、あくまで俺の至らなさだ。君が責任を感じることはない。

 ・・・それに、カオルをああしたのも、お姉さんのことも、元はといえば俺に責任がある。

 むしろ、カオルを逃がしてしまった事は、二人に心から詫びたい。・・・捕まえてさえいたら、君のお姉さんを救う方法のヒントも見つかったんだが・・・」

 ふぅ、とため息を吐き、天井の方向を見る仁。

 

「そんな・・・ タオ・・・ 薫さんの罠を全部壊して勝っただけでもすごいですよ!!

 だから・・・ その・・・ そんな風に、自分を責めないで下さい・・・」

「・・・ありがとう」

 二人の間に流れる、独特の空気。

 

 

 

「・・・・・・・・・お二方」

 木偶ノ坊は、恐る恐る声をかけた。

 

「えっ?」「あ・・・」

 二人は同時に、その声に反応した。

 

「何? 木偶ノ坊さん」

 特に罪悪感もなく、天然に問う麻衣。

 

「・・・・・・・・・ 忘れられたかと思いまして」

 甘い雰囲気に取り残された一人というのは、実に淋しいものがある。

 特に、3人だけの空間でそれをやられると、男というものは、自分が世界で独りきりの様な孤独感を味わうのだ。

 

「え? そんなこと・・・ ないですよね?」

「ああ」

 天然の二人は、木偶ノ坊の疎外感など気付く筈がない。

 

 

「・・・・・・・・・ では、早い所、神器を取りに参りませぬか」

 寂しさに内心凍えながら、木偶ノ坊は表情に出さず、とりあえず動く事にした。

 

「それより前に・・・」

 仁は、右手を水平に差し出した。

 

「あ・・・」

「おお、そういえば」

 それを忘れていた二人も、仁の動作でそれを思い出し

 仁の手の甲の上に、二人は手を重ねた。

 

「今ここに、3人が無事で再会できたことを、神に感謝する」

「はい!」 「うむ!」

 傍目から見れば少々クサいかもしれないが、

 それは3人に生まれた絆を証明するには充分だった。

 

 

「・・・じゃあ、行くか」

「でも、どうするんですか? もう道はないみたいですけど・・・」

 そう、最初に着いた麻衣が確認した時、小さな祭壇こそあれ、続く道らしきものはどこにもなかった。

 

「ああ、それには・・・」

 そう言うと、仁は祭壇の方へと歩き始めた。

 麻衣と木偶ノ坊も、それに付いて行く。

 

 仁は、祭壇の手前で立ち止まると

 

「ここだ」

 祭壇の上に三つ並んだ、半円型の石を指差す。

 半円の形をした、奇麗に磨かれた石には、それぞれ剣、勾玉、鏡が描かれている。

 

「これが・・・?」

 ヒョコッと首を出して覗く麻衣。

 

「言い伝えによれば、これに3人が、同時に手をかざし、想いを込めることで、試練への道が開かれるらしい」

「じゃあ、これでやっと・・・」

「しかし、油断は出来ませぬな」

 

「天照大御神と須佐之男だから、死ぬ死なないまでは行かないとは思うが・・・」

「じゃあ、いち、にのさんで・・・ 私は鏡」

「そうだな・・・ 剣は、俺が」

「では、某は勾玉ですな」

 

 

 

「では・・・」

 

「いち」

 と、仁。

 

「にの・・・」

 と、麻衣。

 

「「「さん!!!」」」

 全くの同時に、3人は意思の模様をタッチした。

 その瞬間。

 

 

(ビカ────────────ッッッ!!!!!)

 

 

 洞窟内は、目も眩むほどの、神々しい翡翠色の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    

 

 

 

 

 ああ゛〜〜〜〜!!! またエロがない〜〜〜〜!!!!(焦

 

 すんませんすんません、もうホンマすいません。

 むう、何故こんなにエロを挟めない。 戦闘だもんね、今までが奇跡だっただけか。ウヌ〜〜・・・

 



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