固定空間  月の世界

 

 

 

 

「ここは・・・?」

 閃光が晴れ、木偶ノ坊が目を開けた時、そこは全くの違う場所、空間であった。

 麻衣様、仁殿はおらず、そして洞窟は、果てしない夜の闇が広がる、ただ闇の色の床、そして

 

「あれは・・・ 月・・・ ぞなもしか?」

 空に輝く、奇麗な弧を描いた三日月。

 それだけが、常闇の世界の中、ただ一つの光であった。

 

 

 

「やあ、来たね。オジサン」

 

 ふいに背後から聞こえる、少年風の声。

 木偶ノ坊は反射的にそれに振り向いた。

 

「やっほー♪」

 木偶ノ坊のすぐ近くに、声の主はいた。

 目の前にいるのに、子供の声はまるで何かで反響したような、良く耳に響く不思議なものだった。

 

 空中に浮かぶ、三日月の形をした、淡く光るオブジェの上に腰を下ろし、木偶ノ坊より少しだけ上の視点から木偶ノ坊を見下ろす子供。

 見た目は10代前後、鬼麿様よりも多少年上の子だ。

 

 古墳時代の高官中の高官が身に着ける様な、豪華な装飾と生地を使った白服。

翡翠の勾玉と動物の牙、そして木で作られた小さな三日月に紐を通した奇麗な首飾り。そして、赤色の柄のバンダナに近い鉢巻。

 

 髪型は、みずらという弥生時代特有の、中央で分けた長髪を耳の辺りで束ねる特徴的な髪型・・・

 の筈なのだが、瓢箪型の束ね髪とは別に、何故かサラサラとした前髪と頬髪も在り、それが現代的な雰囲気も醸し出している。

 しかしそれは、目の前にいる活発そうな少年には、非常に良く似合っていた。

 

 そして何より、少年の顔。

 切れ長のパッチリとした目つき、林檎のように赤みを残した頬。

まるで宝石のような、黒曜石色の瞳は、その中に光の加減か、美しい三日月のようなものが見える。

 濃くも薄くも無い眉は、少年の中性的な容姿をより引き立たせていた。

 

 布地の多さと肌の露出の極端な少なさからも、見た目からはどちらの性別かは全く分からない。

ただ、その目の前の子供の持っている活発な雰囲気や、足をパタパタさせているその仕草など全体から、なんとなく目の前に存在している子供が【少年】であることを告げていた。

 

 

「・・・・・・・・・・・」

 人の身には在り得ないような、神々しい美しさに、木偶ノ坊はつい見惚れてしまう。

 そう、まるで、神話の芸術絵から、そのまま具現化してきたかのような・・・

 

「オジサン? オジサ〜〜ン?」

 目の前の少年は、空中にふわふわ浮いたまま、木偶ノ坊の目の前に手をかざして左右に振る。

 それにより、木偶ノ坊もハッと気が付いた。

 

 

「おっ、おじ・・・!? 某はまだ20代ぞなもしが・・・」

 と、咄嗟に【オジサン】という呼び方の訂正を求めてしまった。

 

「えっ!? ホント!!? うわ〜、カワイソウ・・・」

 少年は、何の悪意も無く、ただ本当に木偶ノ坊の老け顔を可哀想がる。

 

「あの、貴方様は、もしや・・・?」

 木偶ノ坊は、いよいよ最初からの疑問を口にした。

 

 

「ボク? ボクの名前は、ツクヨミ。月読命(ツクヨミノミコト)。知ってる?」

「っっ!!!」

 その少年は、あっさりと自分が三貴神の一人、月読命であることを告げた。

 

 

「も、勿論でございますぞな!! 月読命様とあれば、三貴神のお一人。・・・はは────っ!!!

 木偶ノ坊は、三貴神の一人を前にしているという事態に気付き、その場で古風に土下座した。

 

「やだなぁ。そんな風にならなくていいよ。僕は話し相手が欲しかったんだからさ。

 もっとフレンドリーに、キミボクな感じで行こうよ。・・・で、オジサンの名前は?」

  片やツクヨミは、どこで覚えたのか横文字まで使い出した。

 少年本人の風貌も、人懐こいこの話し方も、とても太古の時代から存在する神とは思えない。

 

「木偶ノ坊・・・ ぞなもし」

「デクノボー? ホントにそれが本名なの!? ウッソ〜〜〜!?」

 眉を寄せて首を傾げるツクヨミ。

 それもそうだろう。誰もがそう思うほど、木偶ノ坊というのは、現代の人間の名前としてはふざけている。

 例えペットの類であっても、愛があるならまず付けない名称だ。

 

「いや、それが・・・ 幼少から名前も授けられず、鬼麿様を御守りする為に育てられて参りましたので・・・」

「ふんふん。それで?」

 木偶ノ坊の話を、ツクヨミは身を乗り出し聞き入る。

 

「背が伸び頑丈に育ち始めた頃から、皆に木偶ノ坊、木偶ノ坊と呼ばれるままに、いつの間にやらそれが名前に・・・」

 今まで面と向かって聞く相手がいなかったので、初めて語る事実である。

 

「うっわ〜〜・・・ オジサンってすごいカワイソウな人生なんだ。ボク同情しちゃうなあ」

 またしても、ツクヨミは歯に衣着せぬ本音をぶっちゃける。

 ただ、顔が笑ってはいないのがせめてもの救いか。基本的に感情を隠すということを知らないのだろう。

 

 

「ん〜〜・・・・・・」

 その場で腕を組み、真剣に何か悩み始めるツクヨミ。

 

「あの、ツクヨミ様・・・?」

 

「デクノボーじゃ長いよねぇ・・・ デク? いや、それじゃあんまりかぁ。デクノ・・・? クノボー・・・? う〜〜〜ん・・・」

 どうやら、木偶ノ坊の呼び方を考えているらしい。

 

「あの、某は木偶ノ坊でかまいま・・・」

「よしっ!! 決まりっっ!!!」

 木偶ノ坊の声は、ツクヨミの嬉しそうな大声と、パァンと手を叩く音に遮られた。

 

「これから、オジサンのボクからの愛称は【ボー】に決まりね」

 にこやかな少年独特の無邪気な笑顔で、いきなりとんでもな事を言い出すツクヨミ。

 

「・・・はっ!? いや、その・・・ ・・・・・・・・・ はぁ」

 正直かなり不満だったが、何しろ三貴神の一人、そして神器を授けてくださる相手にヘソを曲げられてはいけない。

 

 

「あの、ツクヨミ様。我らは・・・」

 試練にやってきた事情を、説明しようとする木偶ノ坊。

 

「事情の説明はいいよ。ずっと見てたから」

 ツクヨミが言うには、万物を見通す神の眼によって、ずっと前、白毛鬼の時点から天上で木偶ノ坊達の戦いを見ていたという。

 その度にツクヨミとしては手助けをしたかったのだが、神の間では、人の世界に直接手を下すことは法度とされており、昔からツクヨミはそれに何度も違反し、そのたび親神である伊邪那岐(イザナギ)に怒られているらしい。

 

 そして

 

「実はね、ボクは一度だけボー達に助け舟を出したこともあるんだ。

ゲンシューって言ったっけ? あのおばあちゃん」

 

「・・・!? 幻舟様ですと!!?」

 ツクヨミの口から出た、意外な人物の名前に、木偶ノ坊は驚いた。

 

「ゲンシューおばあちゃんは死んだ時にね、信じられないけど、霊界を通じて僕たち神にお願いをしてきたんだ。すごいよね。

 “何とかして、孫娘二人と、木偶ノ坊殿、鬼麿様をお救いしたい”って」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 何と、幻舟様は、己が死してまで、亜衣様麻衣様、某に至るまで・・・

 

「くっ・・・ 幻舟様・・・」

 木偶ノ坊は、幻舟様のその仏の如き心に、感涙を禁じえない。

 

「天津の巫女として天神に長く、そして良く仕えてきてくれた【天津幻舟】の願いだからっていうことで、いつもなら腰が重い神側がすんなりOKを出した。

 それで、その役目はそれをずっと見てたボクが買って出たんだ。輪廻転生の順番を特例としてちょっとだけズルして、ゲンシューおばあちゃんの魂を、ボクが創った白い梟(ふくろう)に、ボクの月の加護をたっぷりオマケして転生させたってワケ。

 ・・・知らなかった?」

  ツクヨミの語る真実は、あまりにも驚くべきものだった。

 

「知りませんでした、ぞな・・・」

 まさか、目の前におられる存在が、自分の命の恩人、いや、恩神とは・・・

 

「てっきりミチザネの加護だと思ってたんだろうけど・・・ 気付いて欲しかったな〜。梟は元々月の眷属なんだよ?

 ミチザネならもっと太陽や雷の眷属にする筈さ。雷鳥とかね。

 天や雷担当のミチザネじゃなくて、月担当の神の仕業じゃないかとかさ〜。全然考えてくれないんだもん。

せっかくやっと最初の手助けが出来たのに、淋しいよ、ボク・・・」

  ちょっとだけふてくされた感じで、不満を述べるツクヨミ。

 神様とは思えない、実に可愛い少年特有の仕草である。

 

「ありがとう御座い申したっっ!!! このご恩!! 木偶ノ坊は忘れませぬっっ!!!」

 ガバッ!! と、その場で二度目の土下座をする木偶ノ坊。

 三貴神という、神の中でも高位中の高位の神。その内の一人月読命様が、自分達を前々から見ており、

 そして更には、危機を救って下さっていたのだ。どれだけ感謝の意を述べようと決して足りぬ大恩である。

 

「わっ!? やだなぁ。そこまでしなくていいよ。分かってくれたらいいんだからさ。ホラ、立って立って」

 ツクヨミは、神でありながらそういう態度は苦手らしく、あろうことか自分から木偶ノ坊の肩を持ち、持ち上げた。

 

 

「えーと、どこまで話したかな・・・ ああ、それでね。早速ボクの力と、ゲンシューおばあちゃ・・・ いや、もうおばあちゃんじゃないかな、転生したんだから。

 つまり、その力で、まだ魂が肉体から離れていなかったボーを蘇生させたんだよ。

 その後は知っての通り、奇跡の梅の鉢で麻衣は亜衣の分まで巫女の力を取り戻し、時平やその配下の邪鬼、スートラは倒すことが出来、そして淫魔大王は死んで鬼麿が天神に目覚めることが出来たわけだね。

今ここで褒めておくよ。良く頑張って退治したね。感動したよ」

  ニコッと、少年ならではの純粋な笑みで、木偶ノ坊の功績を讃えるツクヨミ。

 

「しかし・・・ 某は・・・」

 ツクヨミ様に褒め称えられることはとても光栄であった。しかし・・・

自分、木偶ノ坊は、己の無力さと浅はかさにより、亜衣様を淫魔に・・・

 

「そういう自虐的な考え方は良くないなぁ。まあ、全く反省しないのはもっと駄目だけど。

 ボーと麻衣はすごい事をしたんだから、それはちゃんと自分を褒めてもバチは当たらないと思うよ?

 それに、亜衣の事だって何とかするためにこんな所まで来たんじゃない。すごいよボーは」

  その言葉には、偽りは何一つない。

 感情を隠すことを知らない純粋な少年神は、実に素直に木偶ノ坊を讃える。

 

「・・・ありがとうございます、ぞなもし・・・」

 それは本当にありがたい言葉だった。

 ツクヨミ様という優しい神に、心の底からの激励を受け、いくらか重い肩の荷が降りた様な安らかな気になった。

 

「・・・ハッ!!? そういえば、試練は・・・!!? ツクヨミ様!!!」

 そう、そうだ。その為に来たのだ。

 麻衣様と仁殿のためにも、いち早く勾玉を得なければ・・・

 

「ああ、試練? そうだね。・・・それなんだけどさ。ちょっとややこしい事になったんだよね」

 難しい試験問題を目の前にしたような、複雑な顔をするツクヨミ。

 

「・・・と、いいますと?」

 

「本来はさ、力を証明する第一試練として、あの途中の広場があったんだけど・・・ タオシーだっけ?

 裏道使ってやって来た上に元々置いてあった試練用の魔獣人形は壊しちゃうし、天神の子は助けに来るし・・・

 おまけにボーは幻術で寝てただけでしょ?」

 

「ぐっ・・・!!」

 痛い、実に痛い所を突かれてしまった。

 確かに自分は、幻術に引っかかり、情けない事に鬼麿様が助けに来て下さるまで眠り続けていただけ。

 実に、自分が情けない。

 

「それに・・・」

  言い辛そうに言いよどむツクヨミ。

 

「それに・・・?」

 

「ボーは、ボクが担当する【月の加護】の素質は無いよ。つまり、僕の持つ八尺瓊勾玉をあげても、使いこなせない」

「・・・なん、ですと!?」

 絶望的な宣告に、驚愕する木偶ノ坊。

 

「オジサンからしたら理不尽かもしれないけどね、人間生まれついて、魂からの宿星(しゅくせい)っていうのがあるんだよ。

 英雄、勇者になれる宿星もあれば、英雄に反する者・・・魔王になれる宿星もある。勿論それは、千人万人に一人だけどね。

 その代わり、オジサンの宿星は、英雄を守る守護星。自分が守ると決めた英雄の宿星と運命を共にする、誇り高い宿星だよ」

  フォローになっていないフォローをするあたり、ツクヨミの精神が少年という事がうかがえる。

 

「そこから更に、僕たち神の様々な加護を受けられる素質が有るか無いかがあるんだ。英雄の宿星は大概の加護を受けることが出来る。けど、僕が知ってる中でも守護星で、加護の素質がある人間は少ないね。

 特にボーは、術氏の家系で生まれた訳でもないみたいだし、良く言うなら生粋の戦士って所かな」

  悪く言えば、霊力は欠片ほどしかない、怪力と肉体能力だけの一般人。普通の人間。

 

 

 同じ戦士の宿星として、瀬馬棲胆がいる。

 彼は、木偶ノ坊と同じく、霊力を多く持たない普通の人間であるが故に、他の全ての能力を自身で限界にまで引き上げ、鍛え上げた。

 

サバイバル術。生存術。柔道。柔術。剣術。忍術。居合い。合気道。サンボ。ボクシング。セメント。レスリング。プロレス。マーシャルアーツ。ムエタイ。八極拳や蟷螂拳、少林などの中国拳法。諜報戦や軍隊のノウハウ。銃器の扱いから罠の設置。爆弾の爆破、解体に至るまで。

 

瀬馬のもう一つの名は、【2000の特技を持つ男】。それだけのスキルを身に付ける事で、淫魔や獣人の群れでさえ、齢80を超えても全滅させることが出来る屈強な老戦士が出来上がっている。

無論、それは並大抵の努力で出来る事ではない。

【霊力】や【術式センス】などという、普通の人間からすれば特異中の特異である能力を、全て努力で代えようというのだ。

 他の全てを捨ててでも、その努力にだけ邁進、猛進し続ける。屈強な精神が無ければ出来る事ではない。

 

 彼は、木偶ノ坊がこれより歩む無数の人生の、一つの道でもある。

 

 

 

 

 

「それでは・・・ 某は、試練は受けられぬのですか? 某は、何としても亜衣様の為に・・・!!

 亜衣様を元に戻すために、そして麻衣様の、鬼麿様のためにも、某は、なんとしても・・・っっ!!!」

  真っ直ぐにツクヨミを見つめ、必死に嘆願する木偶ノ坊。

 

「ん〜〜〜〜〜・・・・・・・・・」

 頭をメトロノームのように動かしながら、腕を組み悩み続けるツクヨミ。

 

 

「そうだね。まあ、ボクも事情を知らないわけじゃないし、ボクが見てたボーの実力なら魔獣は倒せただろうからさ。力の試練は特別にオマケしてあげるとして・・・」

 更に考えるツクヨミ。

 

「あっ、そうだ! ボーが助けようとしてる天津亜衣なら、ボクの勾玉も使いこなせるよ。武器だって僕に合ってるしね。

ボーが守護星だっていうことを利用して、代理で試練受けといて、後でボーが亜衣に渡す・・・ってのはどうかな? 

それまでは一時的に、ボクがカバーする形で、勾玉はボーが所持するってことで」

  困った時の神頼みは、いとも簡単に通じた。

 

「あ、ありがとうございますぞな!! このご恩、一生忘れませぬ!!!」

 木偶ノ坊は、再び頭を下げた。

 

「やだなぁ、やめてよ〜。照れちゃうよ」

 月の椅子をクルクルと回転させながら、照れ笑いをするツクヨミ。

 

 

「では、早速試練をお与え下され。例え劫火の中に落とされようと、滝壺に落とされようと・・・」

 闘士の炎をメラメラと燃やす木偶ノ坊。

 

「あのねえ、ボクは一応神様なんだから、そんなヒドイ事するわけないでしょ?」

「では、どのように・・・?」

 

「フフ〜ン。ボーは運がよかったね。手合わせ馬鹿の須佐之男ニーチャンや、万年引きこもりの天照ネーチャンとは違って、ボクの試練は死亡率ゼロ。安全中の安全お墨付き。体力も欠片も使わない楽チン試練さ。

なんたって・・・ ただのクイズだからね」

「く・・・ クイ・・・ッ クイズ!!?」

 木偶ノ坊にとって、顎を外しかねない衝撃。

 

「なっ、や、え、いや、そんな・・・ よいのですか!?」

 何を言っていいやら分からないほど、何ともいえない混乱をする木偶ノ坊。

 

「・・・みんなそういう顔するなぁ。ウソじゃないよ。で? やるの? やらないの?」

 ちょっと不機嫌そうな顔をするツクヨミ。

 

「も、勿論やらせていただきますぞな!!!」

 

「そう来なくちゃね。それじゃあ・・・ 始めるよっ☆」

 ポンッ!! と、いきなりシルクハットを被り、先端がデフォルメされた月のマークの指揮棒を手に出した。

 そこかしこがスポットライトのように照らされ、ドルルルル・・・ と、どこかあかドラムを叩く音までし始める。

 

「・・・・・・・・・」 

 三貴神の一人とは思えないそのノリノリのはっちゃけぶりに、木偶ノ坊はポカンとなってしまう。

 

「それじゃあ第一問!!!」

 ジャ、ジャン!!! と、どこからか効果音が鳴る。

 

「淫魔と戦う人間として、最も必要なものは何?」

 月の指揮棒を向けて、木偶ノ坊の答えを求める。

 

「…・・・ 信念、そして・・・ 信頼できる仲間と、守に値する主」

 木偶ノ坊は、少しだけ眼を閉じ考えた後。迷いなくそう答えた。

 

「信念? 力とかじゃなくて?」

 と、目を大きくして聞いてくるツクヨミ。

 

「・・・はい」

 それでも木偶ノ坊は、答えを変えない。

 

「・・・・・・ ファイナルアンサー?」

「・・・は?」

 木偶ノ坊は、TVを全く見ない。

 

「・・・ゴメン。忘れて。 それじゃあ・・・」

 顔を赤くしながら、仕切り直し、息を大きく吸ってためるツクヨミ。

 

「正解!!!」

 ツクヨミが叫ぶと共に、どこかから木偶ノ坊の真上に紙吹雪が落ちる。

 

「・・・・・・」

 木偶ノ坊は、テンションに全く付いていけず、正解の喜びどころではない。

 

「力とか組織力とか、つまんない事を言う奴ならその場で洞窟の外に放り出すつもりだったけど、さすがボーだね」

 嬉しそうな顔で、パチパチと拍手をするツクヨミ。

 

「・・・はぁ。しかし、力も確かに必要ではありますな」

「まあね。でも一番必要なのは、ボーが言うようなものだよ。迷い無く言えるっていう事は、勾玉もちゃんと信念のまま使ってくれるってこと。最初に力が来る様な奴は、勾玉の使い方もいつか間違える」

 その時のツクヨミの目は、確かに三貴神の一人の目だった。

 

 

「・・・まあ、今まで見てたからわかりきってはいたけどね。・・・残りのうち3つも時間の無駄かなぁ。

それじゃあ、無駄な時間は省いて、最後のクイズに行こうか。このクイズは、甘さは一切無いから覚悟しなよ」

 

「・・・・・・・はっ」

 気を引き締める木偶ノ坊。

 

「それじゃあ、第三問」

 ツクヨミの顔が、ぞっとするほど冷たいものに変わる。

 

 

「亜衣と麻衣、二人が淫魔に捕まって処刑されそうになってる。どちらか片方しか助けられない。

 

A:亜衣。B:麻衣。 

 

どっちを助ける?」

 

 

 

「なっ・・・!!!???」

 その【クイズ】のとんでもない内容に、木偶ノ坊は我が耳を疑った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     一方

 

   固定空間  太陽の世界

 

 

 

 

「・・・・・・ ここ、どこ?」

 木偶ノ坊のいた空間とは真逆に、そこは美しく太陽が輝き、そこら中に存在する、ライトグリーンやライトブルーの、様々な色をした水晶の数々が両側に聳え立ち、一つの渓谷として存在している。

それが、オレンジ色に輝く太陽光を反射し、交差を繰り返し、そういった過程が幻想的な、天然の光の芸術となって、大理石の床を美しく照らしていた。

 

「すごい・・・ キレイ・・・」

 正に、絵にも描けない美しさ。

 麻衣は、その神がかった幻想の世界の光景に、自分が何をしに来たのかも一時忘れ、その光景に見とれた。

 

 しかし、それもやはり一時

 

「あっ・・・ いけない。神器を貰いに行かないと・・・」

 とはいえ、進める道は限られている。

 まさかこの水晶の崖を登るわけにもいかない。となるとやはり、この大理石の廊下を進むしかないんだろう。

 

 麻衣は、光り輝く道を進む事にした。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 そうして、幾度か道を曲がった時

 

「あ・・・」

 道の終わり、水晶の道の行き止まりと共に、水晶に囲まれた中心には、大きな鏡があった。

 全長は2メートルぐらいか、歴史を感じさせる古代の彫刻が刻まれた金属の中には、奇麗な円を描く巨大な鏡が、一切の曇り無く麻衣を、そして背後の水晶を映し出している。

 

「これが・・・八咒鏡(やたのかがみ)・・・?」

 予想よりも遥かに神々しいけれど、これは、ちょっと・・・ でかすぎる。

 

「持ち運ぶのにすごく苦労しそう・・・ いや、勝手に持っていったら駄目よね、いくらなんでも・・・」

 そんな間の抜けた独り言と共に、顎に手を乗せて考え事をしていると

 

 

「そうですね、きちんと試練を受けた上でお持ち帰って頂かないと、困ります」

 どこからか聞こえてくる、反響した、とても上品な女性声。

 

「そうですよね〜〜・・・ ・・・え!?」

 驚き、声の方向・・・ 鏡を見る麻衣。

 

「ええっ!!?」

 麻衣は驚いた。

 鏡の中には、麻衣ではなく、別の女性の姿が映っていたのだ。

 

 見た目の年は、麻衣と同じぐらいか、

金で作られた、太陽を模した形の冠。片手に持つ白銅鏡。

現代の巫女服とは明らかな違いが見える、白と赤で彩られし古代の巫女服。

それを煌びやかな装飾と、布地や裁縫を変化させ、より神衣(かむい)としていることで、その衣だけでも荘厳たる、神格化された美を醸し出している。

 だが、目の前の女性を、神と確信せざるを得ない要素は、勿論それだけではない。

 陽光色の布で留めている、腰まで届く黒く艶麗しい長髪。白桃をイメージさせる透き通った肌。

 

 何より、第一印象は自分と同じ位の肉体年齢に思っていた鏡の中の女性の容貌は、正しく神の如く慈愛に満ちた美貌だけでなく、麻衣の同世代には全く存在しない、深い海の様な沈着さが伺え。

そして黒曜石色の瞳は、底が知れず、まるで映った相手の心を見透かす鏡のようで、少しでも気を抜いたら、己の魂をその瞳の中に吸い取られてしまいそうな錯覚さえ覚えた。

 

 

 ここまで来れば、神話に不勉強だった麻衣でも、目の前の鏡の中にいる神が、誰なのかは分かる。

 鏡、太陽、女性。つまり・・・ 

 

「アマテラス・・・ オオミノカミ・・・  ・・・・・・様?」

 太陽の化身の神にして、鏡を司る神でもある女性神。天照大御神(あまてらすおおみのかみ)。

 そう、天照様以外に、このような場所で、こんな人間離れした登場の仕方なぞ出来ない。

 

 

「・・・・・・・・・」

 天照は、無言のまま、鏡の向こうから麻衣の方へ歩き寄って来る。

 

「えっ・・・!?」

 そのままじゃ、鏡にぶつかるんじゃ・・・

 と、麻衣が変な心配をしたのも束の間、鏡の中の天照が、鏡面に触れようとした、その時

 

(スウッ・・・・・・)

 

 それは、更に驚くべき光景だった。

 鏡の鏡面は、鏡の中の天照が触れた途端、まるで湖の水面の様に波紋を生み、天照の右手の指が、腕が、だんだんと鏡面を潜り抜け、麻衣のいる世界の方へと、その肉体を浮かび上がらせていく。

 

 正に、幻想の世界の光景。いかなる奇術でも成し得ない、魔法の世界の奇跡。

 

 

 そうして、三貴神の一人、天照大御神は、麻衣の目の前に、完全にその姿を、神の肉体を現した。

 

「ようこそ。世界から邪淫を払う宿命を背負いし、天津羽衣の巫女。天津麻衣よ」

 若さ幼さを見せる見た目とは全く違う、落ち着いた魅力的な女性の声。

 

「あ、その・・・ 初めまして。こ、光栄です」

 不安や緊張が入り混じり、しどろもどろになりながら深くお辞儀をする麻衣。

 お辞儀をしながら、麻衣は昔幻舟おばあちゃんに聞いた天照の神話を思い出す。

 

「(・・・確か、須佐之男が天照を訪ねた時に、天照は乱暴者の須佐之男を恐れて、天岩戸に引き篭もったことで、その土地に太陽が出なくなって、領民に迷惑をかけた末に、須佐之男がお祭騒ぎをして誘い出したんだっけ・・・?)」

 と、麻衣が断片的に思い出した所で

 

「・・・そうですか、私は現代語では“引き篭もり”というのですね」

 感情を抑えた抑揚の無い声で、天照が喋る。

 

「う〜ん。引き篭もりと言うか、どちらかというと立て篭もりかも・・・  え゛っっ!!?

 言ってはいけないことまで言い切ってしまった所で、麻衣は慌てて口を押さえた。

 

「えっ!? えっ!? 私、口に出してまし・・・ え!? そんな、ウソ・・・!?」

 神の前でしでかしてしまったとんでもない粗相に、麻衣は面白いほどパニックになる。

 

「・・・・・・いいえ、口に出してはいませんでした」

 と、天照。

 

「(ということは・・・ まさか・・・)」

 という麻衣の思考も

 

「お考えの通りですよ」

 と、先に答えを出した。

 

「(人の心が・・・ 読める・・・?)」

「はい」

 いつの間にやら、麻衣は一切喋らないまま、変な会話が成り立っていた。

 

「(ええええっ!!? そ、それじゃ、変なことなんて全然考えられない。どうしよう?

立て篭もりとか引き篭もりとか一切考えないようにしないと・・・ って今も考えちゃった!! あああどうしようどうしようこんな時どうするんだっけ!? 無念無想!? 無理!! 

羊? あ、そうだそうだよ羊を数えて余計なことを考えないようにしよう。 羊が一匹、羊が二匹・・・)」

 

  と、麻衣が大真面目な脳内一人コントを繰り広げていた時。

 

 

「クスッ・・・」

 天照は、小さく口元を隠しながら笑った。

 

「・・・? あの、その・・・」

「いえ、こちらこそ、久しぶりの来客とはいえ、心を読む能力を制御することを忘れていました。

今からは一切貴方の心の声を聞くことはありませんからご心配なく。・・・非礼をお詫びします」

 あろうことか、麻衣に対しぺこりとお辞儀をする天照。

 

「そ、そんな・・・!! 私が悪いのに、天照様が謝るなんて止めてください!!」

 麻衣は、神のお辞儀を前にして、麻衣は神に対しては今ひとつ足らない敬語を使っている。

 

「・・・とても、優しい心を持っているのですね。

心を読まれ、大事な部分をさらされてしまうという恐怖よりも前に、その相手を気遣うとは・・・

多くの人には、とてもできる事ではありません。あなたは素晴らしい方ですね」

 優しい笑顔で、麻衣の目を見て語る天照。

 

「いえ、私なんか、そんな・・・」

 褒められる気恥ずかしさに、顔を赤くして、頬を掻く麻衣。

 

 

 それにしても・・・ わからない。

 出会って数分ではあるが、目の前の天照様は、とても礼儀正しく、優しい心を見せる立派な人だ。

 とても、浅はかな考えで太陽を司る仕事を放棄し、岩戸に引き篭もるような人には見えない。

 

 ・・・それとも、数千年という時は、やはり神様の性格や人格をも変えるのだろうか?

 

 

 

「・・・聞きたいですか?」

 真っ直ぐに麻衣の目を見る天照。

 

「・・・え?」

 またしても心の中を言い当てられ、麻衣は驚く。

 

「あ、心配なさらずとも、もう心は読んでいません。・・・ただ、なんとなくそういうお顔に見えましたもので」

「・・・・・・はあ」

 確かに、昔から自分は、考えていることがすぐに顔に出ると、おばあちゃんや、お姉ちゃん、綾さんに至るまで言われたことがある。

 

 

「試練の場へと繋がるには少々時間がかかります。それまでの間は、私の昔話でよければお話しましょう」

「えっ、そんな・・・ いいんですか?」

 そんな、天照様自身が、昔のことを語ってくれるなんて・・・

 

「かまいません。その間は、貴女の退屈も紛れるでしょう」

 そうして、天照の口により、真実の神話が語られ始めた。

 

 

 

 

 

「確かに、人の間で記された書物の間では・・・

いずれも私は身勝手且つ愚かな理由で須佐之男を拒絶し、神の任を放棄し天岩戸に篭もったとされています」

 

「じゃあやっぱり、本当は違うんですか・・・?」

 

「・・・いいえ、神の任を放棄したのも、須佐之男を拒絶したのも、それが身勝手な理由であることもまた、真実です。ただ・・・」

「・・・?」

 

「実際の理由は、もっと・・・ 更に身勝手で、愚かしい理由でした」

 今は遠く昔、数千年も前の、心若かりし日々の記憶を、

 天照は懐かしむように、そして今も悲しむように語り続ける。

 

 

「父、伊邪那岐が黄泉の国から帰り、顔を清め洗いし時、私達三貴神は生まれました。

須佐之男は鼻から。月読は右目、そして私は左目。 私達は三貴神と名付けられ、倭の国の各地で神としての任に就きました。

そして多くの領民の上に立ち、神としての座に就き働き始めた私は、自分だけの力に気付いてしまいました」

 

「自分だけの・・・ 力? あっ・・・」

 さっきの、心を読む能力・・・

 

「実際には、【読める】のではなく、【聞こえてしまう】のです。私の意志とは関係なく、近くに存在する人の心は、全て聞き取れてしまいました。・・・その人の、心の内に秘めた様々な想いまで。

 

 【鏡を司る者】であるが故に、私自身もまた、人の心を映し出す鏡・・・ だったのです。

 特に、初期に記されていた頃・・・ 生まれて間もない時は、今のように制御する方法すら満足に分かりませんでした」

 

「・・・・・・・・・」

 麻衣には、想像して余りある。

 もし自分に、そんな能力があったりしたらどうだったろう?

 人の心の中が全て見えたりしたら、さっきのやりとりみたいに、心の底でつい思ってしまった相手に対する悪口や欠点など、全てが聞こえてしまう。しかもそれが、ずっと。

 

 私だったら、そんなの正気でいられない。

 

 

 本音が分からないからこそ、踏み込み過ぎないからこそ、友達は友達でいられる。

 【他人】という垣根があるからこそ、何気ない話題や、触れ合いで笑い合える。

 その垣根が、壁が、その人本人の心も守ってくれるのだ。

 

その壁が最初からなかったら、人の弱い心はどうなる?

悪意無く向けられる、心の中から響く様々な声に怯え、震えながら人を遠ざけるのではないか?

そうでなければ、狂ってしまう。

 

 特に、いくら神とはいえ、生まれたばかりの命でそんな状況にあれば、尚更辛苦の日々であろう。

 

 

「それでも、私には神の任に背くことは許されませんでした。

 毎日、私を慕う高天原の民達の様々な心の声を聞きながら・・・ 時には誰かを憎む声であったり、殺すという声であったり、奪ってでも手に入れたいという声であったり・・・ 私に対する嫉妬や、奥に潜む罵倒の声。

 

 それら全てが聞こえてしまう私であるからこそ・・・ その民の悩みや、その内にやって来るであろう、争い・・・

解決することは容易でした。時にはその悩みを聞き、願いを叶え、不和を取り除き・・・

罪業に身を染めようとする者がいれば、決起の前の日に諭すことも出来ました。

 

 ・・・そういった数々の事を行っていくごとに、私はより神として敬われ、そして或いは恐れられました」

 

 

  天照は遠くを見つめている。

 心の中では、その時を今現在の様に思い出しているのだろうか。

 

 

「それでも、なんとか・・・ そんな日々にも耐える事は出来ました。しかし・・・」

 目を閉じ、痛々しく右手で胸の絹を握り締める天照。

 

「・・・何が、あったんですか?」

 天照に尋ねる麻衣。

 

「始まりは・・・ ツクヨミに、数年ぶりに再会した時」

 天照は、八咒鏡と思われる大鏡に手を翳した。

 すると、また鏡は湖の如く波紋を生み、当時の映像を映し出し始めた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    数千年前

 

   出雲  神の集う社

 

 

 

「やっ♪ 久しぶり、天照オネーチャン

 木偶ノ坊の前に現れた時とほとんど同じ・・・ ただ、前髪もきちんとみずらに結っている姿の、千数百年前のツクヨミ。

 ツクヨミは、久しぶりに出会う姉を前にしてはしゃぎ、意味も無く周りをクルクル回転する。

 その能天気さも、少年らしさもまったく現代と、そして天照と前に出会った時と変わらない。

 

「いやー嬉しいなあ。何年ぶりだっけ? こうして会うの。須佐之男ニーチャンが天界で大暴れしてお仕置部屋に入れられてからは、からっきしだよねえ」

 そう、この時は、須佐之男が天界で暴れた後。

 須佐之男が謹慎を受けている間、ツクヨミは夜界で、天照は高天原で、それぞれ神の任をこなしていた。

 

「そうですね・・・ 随分とお会いしていませんでしたね」

 久しぶりに出会う、弟と認識している存在に、天照も自然と笑顔になる。

 

「あのさー、ボク達一応姉弟(きょうだい)なんだからさ、そのカタッ苦しい言い方やめない?」

 口と眉をへの字に曲げて、感情をそのまま口に出すツクヨミ。

 

「・・・・・・(クスッ)」

 天照が、ツクヨミと会う事を決めたのは、この純粋なツクヨミの性格にあった。

 ツクヨミは感情を隠すことを知らない。心に思ったことは良くも悪くもすぐに口に出す。

 天照の心を読んでしまう能力も、ツクヨミと対話をするということにおいてだけは、何の枷にもならない。

 

 それが、嬉しかった。

 

 しかし

 

 

「酷いなあ、ボクそんなに単純で単細胞?」

 と、おかしな事を言い出した。

 

「・・・・・・え?」

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 そうして、鏡に映された映像は朧に消えた。

 

「これって・・・どういうことなんですか?」

 尋ねる麻衣。

 

「私は・・・ 人の心を映すだけの鏡では・・・ なかったのです。

 あの時のツクヨミは、他のどの八百万(やおろず)の神にも聞こえることなかった、私の心の中の声が聞こえてしまった。

つまり・・・ 同じ父神伊邪那岐から生まれた、私以外の二人の三貴神に対しては、私の心の声さえ、反射してしまう・・・」

 

  純粋なツクヨミは、罪の無い天照の思考に少しだけ気を悪くしたものの、天照の能力を理解すると、

 “へえ〜! すごいじゃない” と、明るく言い、拍手した。

 予測外の事象は起こったものの、表裏の無いツクヨミの性格には、結局・・・ 救われた。

 

 

「そんな・・・」

 なんという事だろう、と

 話を聞いていた麻衣は思った。

 

 自分の心の中に思っている事が兄弟に伝わってしまうなんて、酷い能力にも程がある。

 自分にそんな能力があったら、お姉ちゃんに自分の思っていることが全て伝わっちゃったりなんかしたら、恥ずかしくて、二度と姿なんか見せられない。

 

 

 

「ツクヨミはまだ良かった。 私は、ツクヨミに悪い感情は一切持っていませんでしたから・・・

でも、その時私は、一つの事を強く恐れました・・・

 もう一人の三貴神、私からすれば兄に当たる、須佐之男・・・ 彼が目の前に現れることを」

 

「須佐之男様を・・・?」

 そういえば、天照様は、須佐之男様を恐れて天岩戸に篭もったんだっけ・・・

 

 

「そんなに・・・ 須佐之男様が嫌いだったんですか・・・?」

 尋ねる麻衣に

 

「嫌い・・・? そうですね、嫌いであれば、どんなに良かったでしょう・・・」

 そう言う天照の目には、須佐之男に対する嫌悪など微塵も無かった。

 むしろ、その表情に満ちているものは、兄妹を越えた・・・

 

 

 もしかして・・・

 

 

「須佐之男様の事が、好き・・・ だったん・・・ ですか?」

 麻衣の問いに、天照は

 

 

「・・・・・・(コクリ)」

頷いた。

 

 

「(ええっっ────!!!!???)」

 麻衣は驚いた。

 いくら人とは違う生まれ方をした神といえど、同じ父から生まれた兄に違いない人に、恋を────!?

 

 

「私は、昔から・・・ 兄である須佐之男を愛していました。

 それは、ツクヨミに持つ感情とは明らかに違う・・・ それが恋慕だと気付いたのは、須佐之男が謹慎を受けた時。

 この二つ目の能力に気が付くまでは、兄の謹慎が解ければすぐに会いたいと思っていたのに・・・

 

 気付いてしまってからは、兄に会うのが、怖かった・・・

 兄にこの想いを、私の心の中から知られ、そして兄の心から私への軽蔑の言葉を聞いてしまったりすればと思うと・・・」

 

  天照は、兄に対する身が引き裂かれるような恋慕の想いを、永遠に己の胸の内にしまっておくつもりだった。

 そうすれば、誰も罵られることも無ければ、誰も傷つかない。自分と兄はずっと仲の良い【兄妹】でいられる。

 

 ・・・しかし、己の能力自身が、想いを胸の内にしまいこんでおくことを許さなかった。

 もし、出会ってしまえば・・・ そこに待っているのは、侮蔑と、永遠の離別。

 そんな事になってしまえば、天照の精神は崩壊する。

 

 

「・・・でも、須佐之男様は・・・」

 日本神話による、有名な話では・・・

 

「ええ・・・ 兄は来ました。私に会いに。

 そこからはある程度神話の通りです。私は近衛兵を向かわせ須佐之男を止めようとし、それはいとも簡単に突破され。

 精神的に追い詰められた私は、正常な判断を失い、ここ・・・ 天岩戸(あまのいわと)に隠れました。

 この場所は、古くは神の力を封じる唯一の場だったから・・・ もう、そこに、逃げるしか・・・」

 

  大鏡に、再び映像が映し出される。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

   数千年前  天岩戸

 

 

 

 

「天照!! 何でなんだ!! 何で俺から隠れるんだよ!!!」

 叫んでいるのは、三貴神の一人、長兄須佐之男。

 三貴神という神の中において、最も規範でなくてはならない男の恰好は、ひどいものだった。

 

 首飾りこそ他の三貴神と同じものを付けているが、それ以外はまるで他の二社の恰好とは大違い。

 元々は袖の在る白い服だったのだろうか、彼が現在着ている服は、袖も膝も破けており、麻黒色と、実に野性的で活動的。

 どれだけ好き勝手に野山を駆けずり回っていればそうなるのか、白い服の面影はそこには微塵も無い。

 

 みずらなどという面倒臭いものはハナからしないとばかりに、ちょうど剣で纏めて斬った後ぐらいの長さの髪は、ボサボサで炎の様な赤色が織り交ざり、まるで須佐之男の燃え上がるような性格をそのまま現しているよう。

 肌も浅黒く焼けており、体には無駄な脂肪が一切無い理想的な筋肉の付き具合。

神というよりは、野に生きる狩人や戦士が織り交ざったものに近い。

 

 しかし、彼がそれだけの存在でないのは、一つのものが物語っている。

 その顔、容貌。そして瞳。

 鋭く、強い意志を宿し、その瞳だけが、彼の内に潜む熱き滾りと、灼熱の信念が伺えた。

 

 

「天照!! 開けてくれ!!! 話があるんだ!!! 天照っ!!!!」

 須佐之男は、天照が閉じこもった天岩戸の岩扉をガンガンと叩きながら、妹、天照の名を叫んだ。

 

「・・・・・・・・・」

 天照は、その扉の内側で、あまりにも小さく、弱々しく蹲りながら、両耳を塞ぎ、止まる事の無い涙を流していた。

 その姿は実に痛々しく、雲に隠れきった太陽よりも、遥かに朧だ。

 もはや太陽の化身の神としての面影はそこには無く、ただ、一人の小さく悲しい女性がいるだけ。

 

 

「そりゃあ俺は暴れ過ぎたかもしれない!! けど、それは俺なりの曲げられないモノに基づいた行動だって、妹のお前なら分かってくれてると俺は思っていたのに、それすら・・・ 俺の身勝手な思い込みだったって言うのか!!?」

 須佐之男は、尚も大きな声で叫び続ける。

 

「(そんなことは・・・ そんなことは、わかっています! そんな貴方に惹かれたんです・・・!!

 他の神には無い、確固たる“自分”を持った貴方に・・・ だから、貴方に会えないのではないですか、お兄様・・・!!!)」

  心の中で、天照は叫んだ。

 涙が止まらない。自分が情けなくて、愚かしくて、自責の念で一杯だった。

 

 なぜ、どうして、自分はこんな所で蹲っている?

 神の力を封じる岩戸に篭もれば、外が、高天原が、太陽の無い夜の世界になるのは明らか。

 今私は、初めて神としての任に背き、民を苦しめている。

 

 なのに、出る事が出来ない。

 あの岩戸を、扉を少しでも開けてしまったら・・・ 全てが、須佐之男に知られてしまう。

 それは、耐えられない。他の何よりも、それが怖い。

 

 民を苦しめたくなんか無いのに、それでも・・・

須佐之男の顔を思い浮かべると、蹲った体は意志の床に張り付いたかのように動いてくれない。

 

 神としての義務と、民への心配。そして心の底で、全身全霊を込めて愛した兄(ひと)への、強い慕情。

 その二つに挟まれ、気が狂いそうになりながら、天照はただ、身を震わせて泣くしか出来なかった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 その映像を見ながら、麻衣は涙を流していた。

 

 なんて悲しい恋の形だろう。

 神の義務。心を読む力。読まれる力。兄妹という関係。妹だけが抱いた、深い愛。

 

 何か一つでも両者の間に無かったら、天照はこんなに苦しむことは無かった。

 

 麻衣は、昔から自分に理不尽なことがあると、【神様は不公平だ】と、何度と無く思ったことがある。

 それは、誰もが一度は思ったことだろう。

 

 特に麻衣は、天津の巫女として、神に近い所にいながら、常に陰惨な戦いを強いられるその日々に、心の底では、その不公平に少なからず憎む心を持ったことも確かだ。

 

 しかし、実際にその神に会ってみた結果はどうだ?

 

 目の前の天照様は、確かに神々しい美しさと貫禄を持っている。

 しかし、その姿自体は、人と、自分の同年代の女性と何ら変わらない。・・・心においても。違いなんて見られない。

 

 ・・・なんて、弱い考えだったんだろう。

 天照様は、一人で全てを抱え込んであんなになっているのに、私は・・・ まだ笑うことが出来る状況で、偶像に縋っていた。

 

 

 

 

「これから・・・ どうなったんですか?」

 尋ねる麻衣。

 

「・・・それから数日。人が所に記した記録と同じ様に、私が天岩戸に閉じ篭もったことで、

高天原は夜の闇に覆われ続け、人は暗闇に迷い、虫や草たちには、深刻な影響が出始めていました。

何より、神の力を封じた状態で飲まず喰わずでいれば、いくら神でも死んでしまう。

 

・・・それを理解していながらも、私は外に出られずにいました。むしろ、そうして死ぬことを望んでいたかもしれません。

須佐之男は、それをさせまいと不眠不休で岩戸を叩き続け、そして・・・」

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「ハァッ・・・ クソッ・・・!!!」

 何日も岩戸を叩き続け、須佐之男の手は拳骨が割れ、血だらけになっていた。

 

「チクショウ・・・ どうすりゃいいんだよ・・・ どうすりゃ・・・!!!」

 無い知恵を捻りに捻っても、須佐之男には天照を岩戸から出す方法が見つからない。

 力で岩戸を破壊しようとしても、天岩戸の頑丈さ、そして結界の強靭さは折り紙付き。

 その結界ごと壊そうとしたら、中にいる神の力を封じられた天照が潰されかねない。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あっ!! 誰かどうすりゃいいか、教えてくれっ────!!!」

 その場で髪をくしゃくしゃと両手でかき混ぜながら、叫んでいると

 

 

 

「困ってるみたいだね、須佐之男ニーチャン」

 その時、どこかで聞いた声と共に

 

 

「ツクヨミ・・・?」

 

 ポン と音をさせて、三貴神の末弟。ツクヨミが空から現れた。

 

「やっ☆ 久しぶり〜 オニーチャン。元気だった? ・・・みたいだね、やっぱり」

 空気が読めていないのか、月の椅子に乗ったツクヨミの口調は相も変わらず能天気だ。

 

「ま〜、オニーチャンが元気じゃないなんて日があったら、それこそ天変地異だよねえ。アッハッハッ♪」

 と、暢気に笑うツクヨミに対し

 

「お前、夜界を任されてたんじゃ・・・」

「やだなぁ。一日ぐらいボクがいなくても大丈夫だよ。

 それよりも、オニーチャンとオネーチャンの不和と高天原をなんとかするのが先決さ

 ・・・それに、ここが夜の世界になっちゃって、来るのは簡単だったしね」

 

「まあ、でもツクヨミが来てくれて助かっ・・・ いや、ダメか」

 ガキの知恵を借りた所で、どうせ猫の手にもなるまい。

 

「あー、ひどいなぁ。確かにボクは子供だけどさ、子供の直観力と目の付け所はすごいんだよ〜?

 それにぃ。猪みたいに猪突猛進で謹慎喰らっちゃう須佐之男ニーチャンよりは百倍賢いと思うけどな〜〜」

 両指をクルクルさせながら、小悪魔な目で須佐之男に近づくツクヨミ。

 

「ぐっ・・・・・・・・・」

 確かに、須佐之男は知恵比べでツクヨミに勝ったことがない。

 いつも悪戯や取り合いなどでも、力比べ以外では全敗だ。

 

「・・・じゃあ、お前にはわかんのか? 天照が閉じ篭もってる理由がよ」

「ん〜〜、なんとなくね」

 実にあっけらかんと、ツクヨミは答える。

 

「何っ!? ホントか!!? じゃ、じゃあ、どうやったら出せる!!?」

「オニーチャンは鈍いからなぁ・・・ まあ、それは準備がてら説明するとして・・・ オニーチャン」

 滅多に見せない真顔で、ツクヨミは、須佐之男の目を見つめた。

 

「な、なんだよ・・・?」

「うん、そうだね、えーと・・・」

 ツクヨミは微妙に考える仕草をして、一言

 

 

 

「いっぺん、死んでみる?」

 

 

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

 これぞ新訳。日本神話XYZ!! 神の兄妹の秘められた恋心の真実!!!

 ・・・って、どこかの団体に怒られそう。でも思いついちゃったからにはしょうがないネ(ぇー

 

 ここから読んだ人は訳が分からないだろうなぁ。主役三貴神だものなぁ。

 次あたりで決着付けないと。

 

 そして勝手に木偶ノ坊を20代に、エヘ♪

 いや、30代というよりは、老け顔の20代かな〜と勝手に、ええ。

 



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