(シュッ────   ギィンッ────!!)

 

(カァンッ────!!)

 

(ガッ────!!!)

 

 

 

 二日前の戦いよりも、遥かに激しい刀戟を繰り広げる二人の姉妹。

 

「やぁぁああ────────────っっ!!!!」

 特に前回と違うのは、麻衣の攻撃への姿勢だった。

 前回、麻衣は、姉が淫魔へと代わった事実へのショックと、そして何より、姉と本気で戦う勇気が麻衣に備わっていなかった。

 

 だが、今は違う。

 麻衣は、短期間で様々な事を学んだ。

 その数々を胸に刻んだ今、麻衣の心に、余計な迷いは無い。

 

 手合わせだというのなら、思いきり胸を借りてぶつかる。

 姉を完敗させてやるぐらいの気持ちで。

 自分だって、やれば出来るんだって事を、悪衣お姉ちゃんに。

そして、悪衣お姉ちゃんの中の亜衣お姉ちゃんに、見せ付けてやるんだ、と────

 

 

(ガッ──!!  ガッ───!!!  ガキィンッ────!!!!)

 

 

 実際、悪衣も驚いていた。

 麻衣の薙刀の打ち筋は、力強く迷いが無い。

 油断したら一瞬で討ち取られそうなほどに、激しく、綺麗な刀戟のコンビネーション。

 

 互いの薙刀の軌道は、三日月よりも美しい弧月を描く斬撃に、そして寸分のブレもない一点を狙う突きにと、自在に変化する。

 響きあう金属音。飛び散る火花。

 激しい戦いでありながら、まるでそれ自体が戦天女の舞の様に美しい。

 

 戦いを見守る者は、例外なくその武踏(ぶとう)に見惚れた。

 

 

 

「やぁああ──────────っ!!!!」

 

(カンカンカンカンカンカンカンカンカンッッ─────────!!!!!)

 

 麻衣の、突きの怒涛の連撃。

 1秒に5手・・・ いや、それ以上の疾さを持った、豪雨の様な激しいラッシュ。

 

「くっ・・・!!」

 しかし悪衣も負けてはいない。

 薙刀の有段者であろうと決して裁ききれぬであろうその連撃を、

悪衣は鍛えられた反射神経で、箒を掃くような薙刀の動きによって、全て払い流した。

 

 そこで、悪衣は一つの事実に気が付いた。

 

「(私が・・・ 麻衣に、押されてる────!?)」

 攻撃を受けながら、自分の足は、確かに後ろへと押されている事に気付いた。

 それは、実力の上で自分が、麻衣に微妙に劣っているという事。

 

 これはおそらく、戦いに熱中しきっている麻衣も気が付いていない。

 でも、今まで、そんなことがあったか?

 

 いつまでたっても、自分の後ろをトコトコ付いてきていた麻衣。

 泣き虫で根性がなかった麻衣。何かで負けるたびに拗ねて言い訳をしていた麻衣。

 

 ・・・それが、自分を、押している────!!?

 

 

 それは確かに、学園に入ってからは【亜衣】は弓道部に、麻衣は薙刀部に入った。

 自然と【亜衣】は弓に打ち込む時間が増えたし、

 けれど、それでも────

 

 力押しだけではなく、駆け引きもまた薙刀だ。

 自分が覚えている、麻衣のクセである弱点を攻めればいい。

 それで終わり。

 

 

「はっ────!!!」

 

(ギャンッ────!!!)

 

 悪衣は、改心の一撃で麻衣の薙刀を大きく上に払った。

 

「あっ────!!?」

 それにより、麻衣はバランスを崩し、持っていた薙刀は手から離れそうなほどに持ち上がった。

 

「(そこっ────!!)」

 案の定。

 大きく相手に払われると、体制を持ち直す瞬間に右脇腹に隙が生じる。

 おそらく天津亜衣だけが知っている、麻衣の唯一の弱点箇所。

 

(ビュンッ────!!!)

 

 やっぱり、麻衣はまだ、私には勝てない。

 そう、悪衣は自分の勝利を疑わなかった。

 

しかし

 

 

(ガキンッッ──────!!!!)

 

 

「っっ!!!?」

 その一撃は、麻衣の脇腹の側にまで届く事は無かった。

 

 驚いた事に、完全な死角と思われた場所への打ち込みに対し、

麻衣は手首のスナップだけで薙刀の柄を前に突き出す形で、悪衣の王手を完全に封じたのだ。

 

 

「そこはもう・・・ 私の弱点じゃないっ!!!

 

 そう、天照の与えた、鏡の試練。

 もう一人の自分との対峙、そして長い戦いは、自分の戦いのリズムや癖、

そしてどんな弱点があるのかを麻衣に教えてくれた。

 

もう一人の自分との戦いは、戦闘面でも立派に麻衣を成長させていたのだ。

そして、何となく、姉は自分の隙を狙ってくると、そう予想し、

一か八かで、その時の【自分】がやっていた隙を、麻衣はわざと演出したのだ。

 

「(嘘でしょっ──!?)」

 悪衣は思わず、心の中でそう呟いた。

 

 

 その勢いのまま、麻衣は薙刀を回転させ、

 

(カッ────!!!)

 

悪衣の薙刀を弾き飛ばした。

 

「なっ────!?」

 悪衣が驚くも束の間。

 

(シュッ────  ピタッ・・・)

 

 

 麻衣は、カバーの付いた薙刀の刃部分を、亜衣の喉に当てた。

 

「・・・・・・・・・っ」

 もし、これがカバーの付いていない薙刀で、麻衣が直前で止めていなかったら

 悪衣の首は、飛ばされた薙刀のように、勢い良く宙を舞っただろう。

 

 信じられない・・・ 

悪衣は、そのたった一つの思考で一杯になっていた。

 

 

「ウソ・・・? わたし・・・ 私、お姉ちゃんに・・・?」

 だが、もっと信じられなかったのは麻衣本人だった。

 今まで、こういうまともな勝負で、姉には勝った覚えがまったくなかったから。

 

 今まで姉に勝った事と言えば、オシャレの知識とかパズルゲームとか、早食いとか・・・

 そんな、本当に何の役にも立たない様なことだけで、人に関心されそうな事では一つも、勝った事が無いのに。

 

 

 

「・・・本当に、強くなっちゃったみたいね・・・」                                                           

 指で薙刀のカバーを押し、喉から離しながら、感慨深い表情でいる悪衣。

 

「なんだか、複雑な気持ち・・・ 悔しいような、嬉しいような・・・

まあ、薙刀はあなたの領分なんだから、そろそろ負けてあげるべきなのかもしれないわね」

 

 ふぅ、とゆっくり息を吐いて、やれやれという感じで、初の白星を享受した。

 

 

「お姉・・・ ちゃん・・・」

 間違いない。この人も・・・ 【お姉ちゃん】なんだ。

 何でだろう。

 何で、この人も、【悪衣】お姉ちゃんも救う方法が、無いんだろう。

 

 そう、麻衣が思った時

 

 

 

「悪衣、気は済んだか?」

 

 

 

「!!!?」

 突如聞こえてきた。憎らしい敵の声。

 

(ザッ────)

 

 声の方向の先、向こうの木々の間から、その男・・・ 邪淫王カーマが、実に堂々と姿を現わした。

 待ちくたびれたとでも言いたげに、無表情で首をコキコキと鳴らしているその姿は、麻衣や木偶ノ坊にとっては、血が逆流しそうなほどの反感を呼ぶ。

 

「カーマ・・・っ!!」

 普段の麻衣からは考えられない、殺気や憎しみの宿った声。

 早苗さんの仇。幻舟おばあちゃんの仇。そして、姉を淫魔に変え、今も苦しめ続ける元凶。

 

 いくら憎んでも憎み足りない。

 今この時が時期尚早だということを分かっていても、今にも攻撃を仕掛けてしまいそうな自分を抑えるのに必死だった。

 

 

「・・・フフ。俺を殺したくてしょうがない・・・ そんな顔だな?」

 そんな麻衣の殺気の視線を大量に浴びながら、カーマは涼しい顔を崩さない。

 

 

(トンッ────)

 

 

 悪衣はカーマの姿を確認するや否や、カーマの隣へと跳んでいった。

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

麻衣は、思わず叫んだ。

どんな二の句を告げればいいかも分からないのに、それでも

再び姉が遠くに行ってしまうのが・・・ すごく、たまらなく、嫌だった。

 

「・・・・・・・・・」

 悪衣は、敢えて麻衣を見ない。

 【そういう道】を、悪衣は選んだのだから。

 

 

「俺も退屈していた所だ。あまり余計な奴らが増えても困るからな・・・

ほんの少しだけ、【本気】を出して【間引く】とするか」

  ニヤリ、と。不敵な笑みを浮かべるカーマ。

 

「・・・麻衣は攻撃しないでよ?」

 カーマの隣という定位置に収まった悪衣は、厳しい顔で念を押して注意する。

 

「ああ、ほんの少しだけだ。 ・・・それに、それぐらいの加減は出来る」

 そう言うと、カーマは三鈷杵を両手に持ち、目前に抱える。

すると、三鈷杵はすぐさま、日本の長く強固そうな鞭へと変化した。

 

「フッ・・・」

 そして、いつにも増して不敵な笑みを浮かべ

 

 

(ヒュンッ────・・・・・・)

 

 

 両手の鞭を、一振り。

 それと共に、悪衣はカーマの後ろへ移動した。

 

(ガッ────!!)

 

 カーマの前方の地面が弧を描く形で、深く削れる。

 

「「っっ!!!?」」

 通常の鞭の威力を超える地面の抉れ様に、カーマと悪衣以外の一同は、驚かざるを得なかった。

 

 麻衣、木偶ノ坊の二人は、特に驚きを隠せない。

 かつての、カーマの鞭の攻撃力を知っているだけに、そのあり得ないほどの威力の上昇が信じられなかった。

 

 

 

(ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン────────────・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 しかし、それはまだ序章に過ぎず、驚くには早すぎた。

 鞭の振りは徐々に速度を上げ、カーマの鞭が空を切る音はその速度をどんどん増していく。

 

 何かの舞踏のような、美しささえ感じる、鞭を裁く手の動き。

 それは早くも、その手の先に握られる鞭と共に、肘の先からの可視を許さなかった。

 

 そして

 

 

 

(ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガッ・・・・・・────!!!!!)

 

 

 

 

 太い幹の樹林。大きな岩。地面。

 

 カーマを中心とした、十数歩以上の距離にある全ての物が、歪な音を立てて崩壊し、割れ、折れていった。

 

 

「えっ────!!?」

 つい、そんな声を洩らす麻衣。

 それは、どこまでも現実離れした光景だった。

 飴細工のように折れていく木々。豆腐の様に削れ、粉々になっていく岩石。

 

 攻撃? そんなものじゃない、これはまるで、災害・・・

 

 

「(来る────!!)」

 まるで目に見えない巨大な獣が太一を爪で抉りながら進んでくるような、

 それが、麻衣のすぐ前にまでやってきた。

 

「天しょ・・・」

 胸の陽水晶を握り、変身を唱えようとしたその時

 

(ガ、ガ、ガ、ガガガガガガ・・・・・・・ッ!!!!!)

 

「・・・・・・っ!!?」

 鞭の嵐は、何メートルも手前で明らかに麻衣を逸れ、周囲の地面を抉っていった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「こ、これは────!?」

 より天岩戸の入り口に近い位置にいた木偶ノ坊も、そのとんでもない破壊の光景に戦慄していた。

 

「(・・・まさか、邪淫王の力がここまでとは・・・)」

 すぐ隣にいる仁も、戦慄を隠しきれない。

 

 仁が全くの無事でいるのは、単純に木偶ノ坊の隣にいたからではない。

 悪衣が麻衣と木偶ノ坊を傷つけるのを嫌い、嫌がるのを分かっているのと同じ様に、

 タオシーには【仁だけは僕に倒させてください】とお願いをされていたから。

 

 カーマを中心とした前方のフィールドは、その悉くが抉り取られ、削られていっているというのに

 麻衣、木偶ノ坊、そして仁の半径十数メートルの場所は、まったくカーマの鞭の進攻がない。 

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「ぬっ────!!」

 鞭の攻撃は、最初に瀬馬の元にやってきた。

 

「はっ!!」

 

(カッ──── バンッ!!!)

 

 瞬間的な判断力で、瀬馬は側にあった机を足の動きだけで蹴り上げ、

そのまま光陰の如くの疾さで向かってくる鞭の軌道先に向かってシュートを放つ。

 

(バキィィッ!!!)

 

 だが、頑丈に造られていた筈の机は鞭の残像に触れた途端に砕け散り、そのまま瀬馬に向かってきた。

 

「・・・っ!」

 鉄製のライフルを盾に、反射的に瀬馬は後ろへ跳んだ。

 

(ビュンッ── ザグシュッ──!!!

 

 

 鞭の一撃は、机の障害を以ってもその驚異的な威力消える事無く、

 鉄製のライフルを叩き折り、そのまま瀬馬の腹に直撃した。

 

 

「ぐっ────!!!?」

 

(ベキ、ベキ、バキィッ────!!!)

 

 肋骨が砕ける音を聞きながら、瀬馬は、林の向こうまで吹き飛んで行った。

 

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「瀬馬お爺さんっ────!!?」

 林の向こうに吹き飛ばされ姿が見えなくなった瀬馬を心配する静瑠。

 

(ビュッ───)

 

「────!!」

 しかし、そんな心配をする暇もなく、新たな鞭が静瑠を捉えた。

 

「(しまった───!?)」

 避け切れない。そう思ったその時

 

「チッ────」

 

(ドンッ────!!!)

 

 舌打ちの音と共に、紫磨が静瑠を岩陰に突き飛ばし

 

「防御符、三段結界────!!」

 手元に残っているありったけの防御符を取り出し、高度術式である三段重ねの結界を即座に展開した。

 那緒たちを助ける時にも使用した、霊的物理攻撃においては強固なる防御力を誇る結界。

 

 しかし

 

 

(ガッ─── ザシュゥッ────!!!!

 

 

「──────・・・・・・っっ!!!」

 あろうことか、カーマの鞭は、大砲の直撃にも堪える三段結界さえ、一発で貫通し

 紫磨の胴を直撃した────

 

 

「お母様っ────!!!?」

 静瑠の叫びも虚しく、紫磨は鞭の勢いに弾き飛ばされ、力なく地面を転がり

 やがて力なく大地の上で伏せた状態のまま、ピクリとも動かなかった。

 

 

 それと同時に、

 鞭の暴風雨は、止まった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「・・・もう、いいでしょ」

 カーマの鞭を止めたのは、麻衣達の中の誰でもない。

 カーマの後ろにいた悪衣の、たった一言だった。

 

 

「・・・・・・ふむ。そうだな。

 邪魔な連中はたいたい片付けたようだし、残りは次に取っておくか」

 

(シュ、シュルシュル・・・・)

 

 悪衣の意見に対し、カーマは驚くほど素直に、鞭をしまい込み、いつもの三鈷杵の形に戻す。

 

「では、帰るとするか」

 自分から壮絶な攻撃を仕掛けておきながら、カーマはなんともあっさりと身を翻し、後ろを向いて歩き出した。

 

「・・・・・・うん」

 含む所ありながら、悪衣も、カーマの後についていく

 そして

 

「・・・・・・・・・」

 チラリと、悪衣は一瞬だけ振り返り、麻衣を見た。

 

「・・・え?」

 気のせいか、麻衣にはその時、その目が【亜衣】お姉ちゃんのもののように見えた。

 

「お姉ちゃん・・・ 待って・・・っ!!」

 麻衣は、自分でも分からない内に、姉を呼んだ。

 しかし、姉もカーマも待ってはくれず、虚空の闇に消えてしまう。

 

 

「お姉ちゃん・・・」

 また、姉と離れ離れになってしまった。

 

 しかし、その寂しさに打ちひしがれるより前に

 

 

「お母様っ!!」「瀬馬爺っ!!」

 仁と静瑠の二人の叫びに、振り返った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 紫磨は静瑠が、瀬馬は仁が、

 それぞれ抱き抱え慎重に運び、平坦な地面の上に仰向けに置かれ、それぞれ、逢魔の人間が必ず習う応急処置が行われていた。

 

「お母様・・・」

 紫磨の怪我の状況は、幸いにもそれほどの大重傷というわけでもなかった。

 

 三段防御結界により威力がある程度軽減された事と、更に、紫磨の用心深さ。

 紫磨は、用心の為に、巫女服の下に更にタートルベストを着込んでいたのだ。

 

 それでも、カーマの鞭は、そのタートルベストまでをもほとんど削り取っており、

なんとかギリギリで腹の肉が割かれていない、奇跡的な状況だった。

 

「ったく・・・ 本当、とんだ化け物だよ・・・

 三段防御結界を、貫通して・・・ タートルベストまで、裂いちまう・・・ なんてね・・・」

  絶え絶えの息で、忌々しげに言葉を吐く紫磨。

 

「喋ったらあかんよ! 肋骨何本も折れてるのにっ!!」

 静瑠は、いつもの平静さとはうって違った焦りを見せ、叫ぶ。

 

 そう、それでも、元々が大砲を超える威力。

 いくつかのクッションを超えても、車に撥ねられたに近いダメージなのだ。

鞭が当たった場所を中心とした骨は折れ、肉は腫れ、内出血を起こし、内臓は痛めつけられて、口から血を出している。

 

 命失うほどの怪我ではないが、これでは一人で歩く事も出来ないだろう。

 

 そして

 

 

「瀬馬爺・・・・・・」

 出来る限りの応急処置をしながらも、悲愴な面持ちでいる仁。

 

 瀬馬の状況は、紫磨とは比べ物にならないほどに酷かった。

 

 瀬馬もまた、紳士服の下にはSWAT隊が使うタクティカルベストを着込んでいる。

 しかし、紫磨の様に術ではなく、机程度でしか防御が張れなかった瀬馬は、より威力の弱まっていない鞭の一撃を浴びた。

 

 タクティカルベストは、紙の様に千切られ、

横腹は深く抉れ、腸がはみ出し、大量の血が流れている。

 

 

「・・・・・・・・・」

 仁は、言葉が出なかった。

 

 戦場で様々な仲間の死を看取ってきた仁だからこそわかってしまう。

 この傷は・・・ 助からない。

 

「くそっ・・・! 何か、何か無いのかっ!?」

 仁にとって本当の祖父のような、誰よりも世話になった人。

 それが、こんな所で・・・

 

 

「仁さん、静瑠さん」

 不意な呼びかけに、振り向く二人。

 二人の背後には、麻衣がいた。

 

「麻衣はん・・・?」

「何か、あるのか・・・?」

 

「天照様に授かった天照の力の中に、霊的治療(ヒーリング)能力があるんです。

 本来は慣れるまで時間がかかるらしいんですけど、それを使えば・・・」

 

  麻衣は確かに、天照様からそう説明を受けていた。

 

 しかし・・・

 

 

「麻衣は、さっきまで姉さんと戦ったところだろう!?

 そんな疲れた状態で、霊的治療能力なんて使ったら・・・」

 

  霊的治療能力というのは、攻撃に使う霊力に比べ、あまりにも高度且つデリケートな能力。

 【物を壊す】ことの簡単さと、それを【元に戻す事】の難解さを考えてみれば分かるだろう。

 それも、直すのは物質ではなく、生きた細胞・・・ 人間が相手。

 

 人が最も分かりやすい魔法として選んだ【科学】ですら、人間の肉体は把握し切れてはおらず、

未だに針で縫い、刃で刻む事しか出来ず、最終的な再生は本人に任せるしかない。

 それを可能とする霊的治療が、どれだけ術者に対して負担をもたらすかは、想像に代え難い。

 

 心身ともに大きく疲れが見える今の麻衣では、とても・・・ もたない。

 

 

「何もやらないよりは、マシです。無茶はしません。・・・やらせて下さい」

「しかし・・・」

 難色を示す仁に対し

 

「もう、嫌なんです・・・」

 俯いたまま、何かを吐き出すように、そう一言。

 

「??」

 

「おばあちゃんも、子守集の皆も・・・ 私は救えなかった。力が、ありませんでした。

 でも・・・ 今は、違う。できる力が、可能性があるのに、それをしないなんて・・・ 

私のせいで誰かが死ぬなんて・・・ もう嫌です!!

 

お願い!! 私に・・・ 私に瀬馬さん達を・・・ 助けさせて・・・っ!!!」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 仁には、それは痛いほどに分かる気持ちだった。

 

 戦いの中において、救えるかもしれなかった。救えなかった命。

 もし自分に、それを変えられる力があったなら、どれだけ危険でも、どれだけ小さな力でも、死力を尽くしただろう。

 

「・・・・・・わかった。だが、くれぐれも無茶はしないでくれ」

「はい」

 

「・・・あたしは・・・ 放っといても・・・ 死なないよ・・・。 先に、瀬馬の・・・ ジジイを・・・ やりな」

「お母様・・・」

 絶え絶えの息を搾り出して、紫磨は瀬馬の治療の優先を命じる紫磨。

 

「・・・・・・わかりました」

 麻衣は、首飾りの陽水晶を握り

 

 

「天照(てんしょう)・・・!」

 

(カッ────!!)

 

 その言葉と共に、麻衣の体は目も眩むほどの光に包まれた。

 それは、正に天照らす日輪の光。

 凄まじい光量を放っていながら、不思議にもその光は全く熱くはなく、まるで母の胸に抱かれるように暖かい。

 

(シュウウゥ・・・・・・)

 

 光が収まると、仁たちの前に、麻衣の新しい姿が明らかになった。

 

 二つ目の変身。

麻衣の恰好は、天神羽衣の様相を大きく残していながら、明らかな変化を見せている。

 

 赤と白を基調とする、新天神羽衣。

 その上には、陽光色に輝く肩当て。腕輪。そして額には、天照大御神が付けていた、太陽を象った黄金の冠。

 その神々しさ、美しさはまるで、麻衣自身が天照大御神に変身したかのようですらあった。

 

 

「綺麗・・・」

 静瑠も無意識にそう呟いてしまうほど、麻衣の天照天神羽衣は、美しかった。

 羽衣の天女・・・ いや、もはや、女神の域と言ってもいい。

 

 

「(すー・・・・・・ はー・・・・・・)」

 麻衣は、目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしながら、天照様の説明を、頭の中で何度も反芻していた。

 

 そして

 

 カッと目を見開き、

 

 

 

「日輪の力よ、万物の命を照らす光よ!

 

真の太陽の加護を受けし、天照の巫女として願う!!

 

五穀豊穣の命の光を以って、傷つきし戦士を・・・ 照らせ!!」

 

 

 

 言霊を乗せた、太陽の神との力の道筋を繋ぐ祝詞(のりと)。

 更に手の動きで、古代神以外には忘れ去られ、失われた古代術式を指の動きで編む。

 

 

「天慈・光輪(てんじ・こうりん)!!!」

 

(カッ────────!!!!)

 

 

 麻衣の叫びと共に、天上には巨大な黄金の光輪が召還された。

 光輪は、まるで虫眼鏡の集光の様に瀬馬の肉体全体を照らし、体を内外から再生していく。

 

 夜空の星を思わせるような光の粒子の発生と共に、破損した肉体部分は急速に復元し、

流れ出た血液がテープの逆再生のように戻っていく。

 

 

「すごい・・・」

 仁も、思わずそう呟いた。

 

 これなら、いける。

 このまま傷口が塞がれば、瀬馬爺は・・・ 助かる。

 

 しかし

 

 

「うっ、ううっ・・・!!」

 グラリと体を揺らし、片膝を付く麻衣。

 額からは大きく汗を掻き、顔は蒼白にして、激しい動悸と共に荒い呼吸を繰り返しながらも、

 それでも麻衣は、霊力供給を続けるため、両手を上げ続けた。

 

「ううううううっっ!!!」

 心臓に激しい痛みが生じても、それでも、麻衣は手を降ろさない。

 歯を食いしばって、

 

「麻衣っ! もういい!! やめるんだ!! これ以上は・・・」

 本当に、死んでしまう。

 麻衣が、命を失ってしまう────

 

 

(バサッ────)

 

 

 その時、麻衣達の上空に、翼のはためく音が響いた。

 

「??」

 真上を見上げる3人。

 

 それは────

 

「おばあ、ちゃん・・・・・?」

 あの、白い梟だった。

 

 白い梟は、三人の上空をくるりと旋回したかと思うと、麻衣の後ろへと降り立ち・・・・・

 

 

(フワッ────)

 

 

「え・・・・・・?」

 その一瞬、麻衣の背中から首筋、胸に生じた感覚。

 それは、梟の羽の感触などでは決してなく、そう、優しく暖かい、人の手に包まれる────

 

 

「(がむしゃらに力を振るってはならぬ・・・)」

 

 

 その声は、麻衣の心の中へと直接響いてきた。

 

「おばあ、ちゃ・・・」

 それだけで、麻衣の両瞳からは、止め処ない涙が溢れる。

 

「(己の力だけを振り絞ろうとするのではない・・・

天照様の力は、太陽の力。自然に身を委ね、耳を澄まし、聞くのじゃ。生命の営みの声を。

さすれば、麻衣よ。そなたは思う者を救えよう・・・)」

 

 

 白い梟から放たれる膨大な霊力が、ゆるやかに、それでいて力強く、麻衣へと繋がり、流れていく。

 

「・・・・・・・・・」

 祖母、幻舟の温もり、声を感じ。

 麻衣は、ゆっくりと目を閉じ、耳を澄ました。

 

 

 ・・・・・・聞こえる。

 虫の声。草の声。木の声。鳥の声。

 それら全てが、教えてくれる。生命(いのち)の歌を。

 

 そう、そこから学べばいい。

 自分だって、太陽の恵みで生きる生命なのだから────

 

(ポアッ────・・・・・・)

 

 そして、光は一気にその輝きを、増した。

 

 瀬馬爺の傷口は、どんどん小さくなっていき、あっという間に塞がる。

 表面的な擦り傷も消えていき、それと共に、光の方向は、様々な方向に別れた。

 次に重症であった、紫磨。大きく斬られた仁の右腕。静瑠の右手首までをも照らす。

 

 あと少し、本当にあと少しその光が続けば、全員が全快する────

 

 しかし

 

 

「うっ・・・・・」

 それより前に、さしもの幻舟の力を借りた麻衣にも限界が来た。

 

(シュンッ・・・・・・)

 

 霊力がほとんど底を付いた状態で、天照天神羽衣は自らその変身を解き、麻衣を元の普段着へと戻したのである。

 そして麻衣は、そのまま・・・ 気絶した。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     そして

 

    旅館“山神”前  玄関

 

 

 

 封神山にて、かなりの痛い引き分けを喫した麻衣達。

怪我の重い紫磨と者を、比較的健常な木偶ノ坊や仁が背負い、気絶した麻衣を、途中まで静瑠が肩で担ぎ

山道を下り、なんとか旅館“山神”まで帰って来る事が出来た。

 

 

「あ、あ、大丈夫です、か・・・?」

「うわー・・・ 紫磨バ・・・ 女将。一人で立てんのか?(あたし行かなくて良かったな・・・)」

 入り口前で一行を迎えたのは、一足先に旅館に帰った小百合と那緒だった。

 

「見くびるんじゃないよ・・・ これぐらいどうってことないね」

 そう言うと、紫磨は自ら仁の肩から降りた。

 

「どっこら・・・」

 瀬馬もまた、自分から地面に降りる。

 

「さ・・・ すっかり日も暮れたことだし、お客様に食事の仕度をしないとね。

 夕食は30分後にするから、それまでに軽くシャワーでも着替えでも済ませてくるんだね。

 ・・・静瑠。那緒。小百合。一緒に来な」

  やや体を引きずる形で歩きながら、いつもと同じ気丈さで命令する紫磨。

 

「「はい」」「・・・ちっ」

 一人を除いて息の合った返事と共に、旅館のメンバーは奥の方へと消えていった。

 

 

「・・・じゃあ、俺たちもそれぞれの部屋に分かれるか」

「うむ」

「私・・・ そのまま眠っちゃいそう・・・」

 ふう・・・ と、麻衣は本当に疲れた印象でそう言った。

 

「何ならわたくし、タイ式マッサージめを・・・」

「・・・頼むから怪我人は安静にしてくれ」

 無茶を言う瀬馬爺に対し、仁の素早いツッコミ。

 

 

「はは・・・ では、お言葉に甘えて」

 そう言って、瀬馬は微妙にふらついた足つきで旅館の中に入っていった。

 

 

「・・・やはり、ダメージが残っておられるようですな」

 そう言ったのは木偶ノ坊。

 

「私が力を使いこなせてたら・・・」

 顔を下に向ける麻衣。

 そこに

 

(ポン・・・)

 

 肩に触れられた手に、少しだけ驚いて顔を上に上げる。

 それは、仁だった

 

「麻衣はよくやったさ。

 少なくとも、俺は・・・ 感謝してる。紫磨さんと瀬馬爺を助けてくれて、ありがとう」

 優しい笑顔で、感謝の言葉。

それだけ言うと、仁も旅館の中へ歩いていった。

 

「・・・・・・/////////

 再び俯き、顔を赤くしながら、麻衣も部屋へと歩いていく。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 後に残る木偶ノ坊は、言い様のない寂しさに凍えた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「ふう・・・」

 一人、自分の部屋に向かってテクテク歩く麻衣は、かなり疲れていた。

 幻術。天照様の試練。姉との戦い。霊的治療能力の酷使。

 

 正直、すごくお腹が減っていなければすぐにでも布団にダイブしたい状態である。

 

「でも・・・ お風呂にも入らないといけないよね・・・」

 そんな独り言を呟きながら、自分の部屋のドアを開け、中へ入っていった。

 

「・・・あれ?」

 なんだか、部屋の雰囲気が違うような・・・

 そんな事を思いながら、畳部屋へと続く障子をガラリと開けた時

 

「・・・え゛!?」

 と、どこかで聞いたようなそうでないような声。

 

「え?」

 と、麻衣も思わず同じ様にオウム返し。

 

 そこは、明らかに自分の部屋ではなかった。

 旅館であるが故に、基本的に部屋の構造は同じなものの、その部屋は畳や掛け軸などの元々の和の雰囲気とは、全くかけ離れていた。

 テディベアや、クレーンキャッチャーの景品らしき大小様々なぬいぐるみ、

更には東京にある夢の国のキャラクターのぬいぐるみと、それが部屋の中に所狭しと並べられているのだ。

 

「・・・・・・・・・・」

 そしてその中央では、何だかベビードールに近いキャミソールのみ着ただけの姿である那緒が、

猫っぽい大きなぬいぐるみを抱え、麻衣を見た状況のまま固まっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 支配する、気まずい沈黙。

 

 

「あ、え、ええ〜〜と・・・ ごめ・・・」

「っっ ギャ────────ッッ!!!??」

 

 部屋を越えて木霊する、那緒の悲鳴。

 

「あわわわっ!!?」

 麻衣もその叫び声におもいっきり狼狽する。

 

 

「お、おお、お前っ! な、なな、何であたしの部屋にいるんだよっ!!?」

「え? ここって、那緒ちゃんの部屋?

 って、ことは・・・」

 

 結論は一つ。部屋を間違えた。                 

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「つまり、疲れてて部屋を間違えて、勢いで部屋まで入ってきたと」

 落ち着きを取り戻した那緒は、キャミソールの上から浴衣を羽織り、腕を組んで麻衣の話を聞いた。

 

「うん・・・ ごめんなさい」

 かなりの気恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、深々とおじぎをする麻衣。

 本当に、穴があったら入りたいというか、このまま地面に潜ってしまいたい心境だった。

 

「・・・ま、いーけどさ。ただでさえアンタ大変なんだし、今日頑張ったらしいじゃん。

 紫磨のババアも助けてくれたんだって? ま、アレは殺しても死なないと思うけど」

  アハハハ。と、なんとも愛想笑いさえし辛い内容で明るく笑う那緒。

 

「・・・・・・(え〜〜と・・・)」

 当然、麻衣は返答に困り、はにかんだ顔を浮かべるしかない。

 

 

「ええと・・・ それ、なんていう猫?」

 麻衣は、なんとか話題にと、那緒が抱きしめていた黒ブチと黄色の毛並みの猫らしきぬいぐるみを指差し、尋ねた。

 

「・・・ん? ああ・・・ チーターだよ、こいつは」

 すると、那緒は微妙にぶっきらぼうに、でも何だか誇らしげにそう答えた。

 

「チーター・・・?」

 そういえば、体の黒の斑点というか水玉は、確かにチーターの特徴だった・・・ と、思う。

 

「チーター、好きなの?」

「・・・なんてゆーか、走るのが速い所とか、黒の斑点とか・・・ 表情とかさ。

 あんまり同意してくれる奴いないけど・・・ 

・・・静瑠以外、誰にも言うなよ」

 

 それはつまり、静瑠さんにはバレている・・・ ということだろうか。

 

 

「・・・うん。わかった。ごめんね」

 苦笑しつつも、麻衣は真剣に謝った。

 

「まあ、いいよ。あんた口軽くはなさそうだからさ。・・・もう部屋間違えるなよ?」

「うん。それじゃ・・・」

 ゆっくり立ち上がり、部屋から出ようとする麻衣。

 

「あ、ちょっと待った」

 そこで、背後から那緒の待ったの声。

 

「??」

 麻衣が振り向くと、目の前には【元気回復】と書かれたドリンクが目の前に。

 

「食堂に来る前にバタンキューで寝られると困るからさ。これ飲んでけよ」

 ポン、と。

 麻衣の手の上に、【元気回復】ドリンクが渡される。

 

「あ、ありがと・・・ いいの?」

 

「あたし、この味苦手でさ」

「・・・・・・(クスッ)」

 

 つい、笑ってしまった麻衣。

 それにつられて、那緒もハハと、笑い合った。

 

 思えば、それまでの半生において、麻衣の仲間、そして守ってくれる者達に、子守集や幻舟、木偶ノ坊。

 そして、今回の静瑠、仁、紫磨といった者達は、全員が麻衣の年上。

 一番年が近いといえば、それこそ双子の姉、亜衣だけで、麻衣からして“年下”というポジションに位置する人間は皆無だった。

 

 

 

「それじゃあ、また・・・」

「あー」

 そうして、麻衣は今度こそ自分の部屋に戻っていった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

   旅館“山神”  食堂

 

 

 

 

 着替えを済ませ、ドリンクを飲み、一息ついた麻衣は、

 ふらふらとした足取りで、食堂へと辿り着いた。

 

「ふう・・・」

 そうして、入り口の暖簾を分けた時

 

「え?」

 そこには

 

 

(ズルズルズル〜〜〜〜〜〜〜〜)

 

 

 食堂には、先客が居た。

 

 見た目15歳ぐらいか、瞳はルビー色。白銀色に輝く髪はポニーテールで括って8つに分かれた特殊な髪型。

服はミニの赤チョッキの下に、タイツのようにピッチリとした、スクール水着のような服。

それが、良く言えばスレンダーな、悪く言えばツルペタな肌のラインをよく現している。

 

腰には、元々ジーンズだったものの足を包む部分を千切ったらしい半ズボン。

そして、足には微妙に流行に逆らったルーズソックスと、全体的に良く分からないコーディネートだ。

 

姿形こそ若々しい少女なのだが、食堂の中央でズルズルと、油揚げが大量に入ったきつねうどんを啜る姿は妙に老人臭かった。

しかし何より目を引いたのは、人間には存在しない、頭から映えている二つの・・・ ケモノ耳。

一瞬オモチャかとも思ったが、うどんを啜るたびに時折ピクピクと、不規則に動くそれは、明らかに人口のものではなかった。

 

 

「ん?」

 油揚げをパクッと小さな口に咥えたところで、少女は麻衣達に気が付く。

 

「おおっ! 帰って来おったか〜。ご苦労さ〜〜ん」

 油揚げを咥えながら、少女は老人言葉で親しげに挨拶をしてきた。

 

「・・・??」

 その妙な言葉遣いやフレンドリーさに、麻衣も、そして後からゾロゾロとやってきた皆も、足を止める。

 

「その様子では、神器は全部手に入ったようじゃの。いや、何より何より」

 なんと少女は、一目で麻衣達を見て、神器の入手まで理解した。

 

「ええと・・・ あなたは?」

 

「ん? ワシか? 聞きたいか? 聞きたいじゃろうなぁ〜 うむ、うむ」

 ニヤニヤとしながら、席を立つ少女。

 

 

「トオッ!!」

 両手を真上に上げ、大きくジャンプして空中で一回転。机の上に着地すると

 

「誰か彼かと聞かれたらっ!! 答えてあげるが世の情け!!

 世界の破壊を防ぐため!! 世界の平和を守るため!! 愛と真実の正義を貫くラブリーチャーミーな・・・」

  いきなりポーズを決めながら、長い台詞をペラペラと喋り出す少女。

 

 そこで

 

「なにやってんだい」

 

(パコッ!!☆)

 

「あいたっ───!!?」

 突如後ろから現れた紫磨の大扇子を後頭部に受け、老人言葉の少女は机から転がり落ちた。

 

 

「食卓の上に乗っかって騒いでるんじゃないよ。このオイボレ狐」

 紫磨と少女は旧知の仲らしく、少女に微妙に相応しい様な呼称を出した。

 

「何をするんじゃあシマシマっ!!」

 片や少女は、後ろ頭を擦りながら、これまた変な名前で紫磨を指差す。

 

「・・・ったく、いつまでも昔の、しかもあんたが勝手につけたあだ名で呼ぶんじゃないよ。あたしはもう42だよ」

 

「ありゃ? もうそんなになりよったか。いやー、人間が年をとるのはあっという間じゃなー・・・

 ・・・っと、お主なあ!! 人の登場台詞を途中で斬ることは無かろうが!! 最後まで言わせいっ!!」

 

「ゴチャゴチャ五月蝿いねえ。普通に自己紹介すりゃあいいじゃないか。え?」

 紫磨の言葉はいたって正論である。

 

「・・・それにその台詞、もう別のに変わってるよ」

 と、つっこんだのは那緒。

 

「バカにするでないわいっ!! それぐらい知っとるわ!! ただワシはこっちの方が好きなの!!!」

 

 

 

「「・・・・・・・・・・・・(ポカ────ン)」」

 あまりにあまりな雰囲気に、固まったままの麻衣と木偶ノ坊。

 

「あの・・・」

「それで結局、どちら様ぞなもしか?」

 麻衣と木偶ノ坊両方からの、再度の質問。

 

 

「おお、すまなんだの。では・・・ 

誰か彼かと────」

 再びビッと手を伸ばし、ポーズをしながら喋り出す。

 

「普通に挨拶しなって言ってんだろ!!」

 

(ッカ───ンッ!!!☆)

 

 空の片手鍋で容赦の無い一発。

 

「いい、痛い痛い!! こりゃあっ!! 年寄りはもっといたわらんかっっ!!!」

「ハッ。年寄りなら年寄りらしく大人しくしてな。・・・ほら、さっさと話を進めないともう一発行くよ」

 無表情に片手鍋を振り上げる紫磨の目はマジであった。

 

「・・・ううう。年寄りにも労働を課す高齢化社会など大嫌いじゃ・・・」

 後ろ頭を擦りながら、やっと普通に椅子に座りなおす少女。

 

 

「ワシの名は・・・ 安倍葛葉(あべのくずは)。

・・・ま、世間的には【葛の葉】(くずのは)の方がポピュラーじゃな」

  初めて含蓄のある目を見せ、少女は自分の名を明かした。

 

「葛の葉・・・?」

 どこかで聞いた事があるような・・・

 

「平安時代、安倍保名(あべのやすな)の伴侶となった白い妖狐。そして・・・安倍清明の実の母だ」

 と言ったのは仁だった。

 

「え・・・ ええぇえっ!!?

 麻衣が驚くのも無理はない。

 安倍清明というのは、菅原道真とほぼ同じ時代。1000年前の平安の人物。

 そのお母さんが現代に、しかもこんな若い姿で目の前にいるなんて言われたら、これが普通の反応である。

 

「何も不思議な事やありませんよ。

 世界一有名な【九尾の狐】なんて、インドから中国の殷王国、果ては日本の殺生石伝説まで、何千年も生きてはりますからね」

  そう、世界一有名な妖狐伝説にある【玉藻前】。

 もはや妖怪の域を超え、神に近い大妖怪と成った彼女は、何十世紀もの時を生きてきた。

 

「ぬっふふふ。わしも最近になって千歳を超えたからのう。

 聞いて驚くでないぞ!? 玉藻に引き続き、わしも世界で2番目の九尾の狐デビューじゃ!! サイン欲しいか〜?」

  かーっかっかっか、と、変な笑い方で仰け反る葛葉。

 

「まだ80.5尾じゃなかったっけ?」

「おわぁぁっ〜〜!!」

 

(ガッシャ〜〜ン!!☆)

 

 紫磨に痛い所を突かれたショックか単純に仰け反りすぎか、葛葉の椅子は派手に乗っている葛葉ごと後ろに倒れた。

 

「・・・人が気にしておることを〜〜。また家出するぞ!!」

「ほ〜〜? じゃ、このきつねうどんはもう要らないね?」

 そう言うと、紫磨は葛葉の食いかけのきつねうどんを持ち上げ、片そうとする。

 

「ああんっ! そ、それだけはっ!! せめてきつねの部分はギブミーッ プリーズゥゥッ!!!」

 必死に紫磨の足にしがみ付き、ズルズルと引きずられる葛葉。

 

 

「・・・・・・家出というと?」

 麻衣からの質問。

 

「ああ、この老いぼれ狐はね、60年間も逢魔から家出してたんだよ」

60年・・・!? 何でそんなに・・・!?」

 

「何を言うとるか! 出産マシーンにされるされないという話になったら誰でも逃げるわいっ!!」

 があー!! と吼える葛葉。

 

 

「え・・・ どういう・・・?」

 当然ながら、麻衣にはどういうことか分からない。

 

「・・・安倍と、逢魔の最も恥とする歴史だ」

 仁は、珍しくかなり不機嫌な表情を見せている。

 

「その話は瀬馬の方がよく知ってるよ。何せ当人だもんねえ」

 

「当人・・・?」

 

「何せ、60年も前どすからねえ。

 生き証人は瀬馬お爺さんしかいませんねよ」

麻衣の疑問に答えたのは静瑠だった。

 

 

「はあ・・・ まあ。しかし・・・ よいのですか?」

 瀬馬は、葛葉の意志を伺った。

 

「・・・わしはかまわんよ。歴史っちゅうもんは伝えていくものじゃ。

 特に、間違いの歴史はの。若いモンにはそういうのは重要じゃからな。

・・・むしろ、それをやらんかったのがわしの過ちじゃろうなぁ。可愛い子供達を、しっかりと叱って、話をしてやるべきじゃった」

  その時一瞬だけ、終始ふざけていた葛葉の表情は、賢者のようなものに変わる。

 

「そうですな・・・ では」

 コホン、と咳払いし、瀬馬は話を始めた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「当時の逢魔は、第二次世界大戦という情勢もあり、深刻な戦力不足に陥っておりました。

 ・・・そんな戦乱の最中も、いえ・・・ 戦乱の中だからこそ、淫魔はよりその数を増し、人々を脅かし、戦士達は疲弊し、減少し・・・

 そこで、当時の逢魔の長は、再びこの世に【安倍清明】を産まれ生じさせる事を考えたのです」

 

「安倍清明・・・様を、この世に?

 降霊術か何かで、呼び覚ますんですか?」

  至極真っ当な、麻衣の疑問。

 

「いや・・・ 違う。そんなものじゃない。

 吐き気がするほど、恥知らずで愚かな思案だ」

  まるで身内の恥を語るかのように、忌々しそうに仁は言った。

 

「・・・・・・?」

 そこまで言われても、麻衣には発想が出来なかった。

 

「まあ、要するにはね。安倍にとっちゃ偉大な始祖である葛の葉サマを特別な牢の中に監禁して、力を封じて・・・

 優秀な若いヤローを選んで犯させて、孕ませようって事さ。

 そうすりゃ、また安倍清明並の超天才術師が産まれるかもしれないって考えだよ。それも、半永久にね」

 

「・・・・・・っっ!!?」

 それは、驚愕に余りある、あまりにもおぞましい話だった。

 自分達にとって、敬い崇め奉るべき先祖に、いや、それ以前に

 女性を女性とも思わない、まるで道具として・・・ それこそマシーンとして見ていなければ、そんな事は出来ない。出来る筈がない。

 

女性の尊厳をどこまでも無視し、辱め、崩壊させるそれは、とても退魔の考える事じゃあない。

下手をすると、いや、そうでなくても、淫魔のそれよりも、ずっと・・・ ずっと・・・

 

 

「酷い・・・!!」

 麻衣の語彙における、最大の否定。

 

「なんでそんな酷い事を・・・」

 優しい性格をしている麻衣は、正面からその事実をリアルに想像し、思い浮かべてしまった。

 

「(うっ・・・)」

 思わず、麻衣は口元を押さえた。

吐き気さえするほどの、たまらない嫌悪感。

 

 

「・・・今にして思えば、あの当時の皆様は、度重なる凄惨な戦いの中、徐々に心蝕まれ、正気を失っていったのでしょう。

 勿論それは、恐ろしき思案の罪に対する言い訳には決してなりませんが・・・」

  遠くを見ている瀬馬の視線。

 彼なりに、当時の様々な事を思い耽っているのだろう。

 

「それで、どうなったんですか?」

 聞きたくない気もするが、それでも、そこが気になった。

 

「僭越ながらわたくしは、その事をいち早く葛の葉様にご報告し、長期ご旅行や賃貸の手配もさせて頂きました」

 ・・・つまり、逃がしたということだ。

 

「ま、要するに夜逃げ屋本舗じゃな。

 それからの気楽な独り暮らしはなかなか楽しかったぞ?

 世界中を旅出来たし、現代文化の素晴らしさをじ〜〜〜っくり堪能できたしのう」

 

 かっかっか、と。能天気に笑うご本人。

 普通それだけの事があったら、強烈な人間不信に陥ってもおかしくないのに、

 目の前の葛葉はとても明るく笑っている。

 

「まあそうは言うても、神藤にはちょくちょく顔出してはったし、瀬馬お爺さんや一部の人とは顔合わせてくれはったんやけど」

 と、静瑠。

 

「おー。そうじゃな。小百合も那緒も静瑠も紫磨も、み〜〜んなわしがオシメ替えてやったからの」

 ふふ〜ん。と、自慢げに言う葛葉。

 

「・・・このロリバーさん。人がガキの内にオシメ替えて、成長してからその話をするのが趣味なんだよ」

 と、那緒。

 

「昔話も好きじゃぞ? 例えば那緒は昔、旅館の中で迷って、我慢できずにもら・・・」

「うわ────────っっ!!!??」

 

(ギリリリリ────ッ!!!)

 

 大きな声で叫びながら、慌てて背後からチョークスリーパーをかける那緒。

 

「うぐぅぉっ!!? レ、レフェリー! ロープ、ロープ!!」

 じたばた暴れる葛葉と、怒り顔でホールドを続ける二人の姿は、同級生のかわいいケンカにも見えるし、

 ワンパクな孫娘が元気な祖母にじゃれているようにも・・・ かどうかは微妙だ。

 

「このまま成仏しやがれ馬鹿狐────っ!!!」

 よっぽど恥ずかしい思い出なのか、那緒は本気で葛葉の首を絞めている。

 

「わわ、わかった! わかったからマジで締めるのは、やめ・・・ ぐぇっ。

 あ、花畑・・・ 手を振って・・・ ば、ばっちゃ・・・? 〜〜〜〜・・・・・・(ガク)」

 

  葛葉は臨死体験の末、力なくだらりと腕を下ろし、息絶えた。

 

 

【安倍葛葉 きつね刑事 1116歳 殉職】 

 

(チーン)

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「あ〜〜・・・ 本気で死ぬかと思うたわい」

 柔道4段の瀬馬による蘇生措置で、なんとか生き返った葛葉。

 

「そーいや、どこまで話したかの?

 ああそう、わしが一度安倍を離れた話までじゃったか。

しっかしの〜。棲胆。お主は昔からわしには一生懸命に尽くしてくれよったなあ。

 ・・・ぶっちゃけ、わしにホレちょったじゃろ? ん? ウリウリ」

  小悪魔的な笑みで、瀬馬を棲胆と呼びながら肘で突付く葛葉。

 

「・・・さあ、どうでしょうなぁ。

 それは60年前のわたくしに聞いてみなければ、何とも」

  瀬馬は珍しく向こうを向いたまま、そう言った。

 

「お〜お〜。珍しく照れおってぇ。

 でもいかんぞ? わしはヤスナ一筋じゃからの」

 

「とはいえ、放し飼いにしすぎたねぇ。

 数年前、仁や桔梗姫の尽力で、逢魔がやっとこさまともな組織になったからってことで正式に呼んでみりゃ、これまた・・・

 すっかり重症のオタクになっちまったからねぇ」

 

「ニャニイ? オタクを馬鹿にする気かお主は〜〜!

 今この日本の経済を支えておるのはオタクじゃぞ? もっと崇め奉れ!!」

 

「ハッ。よく言うよ。怪しげなモン買ってはまわりに金を貸してくれって言う極潰しがさ」

 それに対し、紫磨は持ち前の毒蛇な眼力で威圧する。

 

「うぐっ・・・ そ、それはエロゲとか同人誌とかフィギュアとか・・・

 勘弁してくれい、今年は特に豊作の年なんじゃよ〜〜。借金は次の夏コミで返すから、な? な?」

  まるで借金取りに平謝りするかのように、葛葉は両手を合わせてペコペコ頭を下げている。

 

 その姿からは、安倍の始祖たる威厳は全く以って感じられなかった。

 

 

 

 

◇    ◇   

 

 

 

 

「で・・・ 葛葉・・・ 様が来た理由は、何なんですか?」

 美味しい食事も終えたところで、

 いいかげん話を進めたいのか、麻衣は核に近い質問をする。

 

「何って、修行じゃよシュ・ギョ・ウ! 修行イベント!!」

「修行・・・?」「イベント・・・?」

 麻衣と、木偶ノ坊の言葉が重なる。

 

「昔からな、わしは三種の神器の取得者、適格者に、その力を使いこなすためのコーチ、師匠役を長年やっておるんじゃよ。

 いやー、何十年ぶりかの〜〜。腕がなるわいホント。ホレ」

  そう言って手を振って見せると、葛葉の腕に巻いている数珠が、シャラシャラと音を立てた。

 

「・・・で、私達はどうすれば、いいんですか?」

 愛想笑いも出来ないギャグを流して、更に質問。

 

「うむ。今日は飯食って宿題やって歯磨いて寝とけ」

「「・・・・・・は?」」

 葛葉の言葉に対して、麻衣と木偶ノ坊は、ついそんな返事をしてしまった。

 

「何が【は?】じゃ。

 お主らの疲れ具合ぐらい、わからぬわしではない。

 早寝早起き。一日三食。心身ともにベストコンディションに保つのも修行の基礎中の基礎じゃ。

 明日は6時起床! おやつは三百円まで! バナナはおやつに入りませんっ!!

 

 ほーれほれ。さっさと今日の疲れを眠って取れ〜ぃ!!

 明日は虎の穴も真っ青の超スパルタ地獄で行くから覚悟せ〜〜!!!」

 

  そう言うと、葛葉は麻衣のお尻をペンペン叩き、食堂の外へ誘導する。

 

「きゃっ!?」

 尻をはたかれた麻衣は、お尻を両手で押さえながら、兎の様に飛び跳ねた。

 

「おお〜! その反応、萌えじゃのう〜〜!!

 お主お触り一回ナンボじゃ? ん〜〜?」

 

「うちの食堂でセクハラしてんじゃないよっ!!」

 

(パッコ────ン!!!!☆)

 

「はぎゃっ!!?」

 葛葉は、またしても紫磨の鍋の直撃を食らった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

   そして

 

「ふ〜〜〜〜・・・・・」

 誰もいなくなった食堂で、おちょこの酒を啜る葛葉。

 

 そこで

 

「お? あそこにチラリと見えるは・・・」

 那緒だ。

 

「お〜〜〜い那緒。ちょっと近ぅ寄れ」

 チョイチョイと手招きをする葛葉。

 

「・・・何さ?」

 訝しげに、用心しながら近寄る那緒。

 

「ぬふふ、愛い奴。わしに酒注いでその着物の帯を引っ張らせぇ。

 そしたらお主は『あれ〜、お代官様、語無体な〜〜』と言うんじゃぞ?」

  微妙に酒で酔った赤い頬で、めっちゃくちゃ親父臭いセクハラ発言を放つ葛葉。

 

「・・・親父ギャグなら間に合ってるっつの」

 那緒はすっかり呆れ、職場放棄して立ち去ろうとする。

 

「まあ待てぃ。お主も強くなりたいんじゃろ?」

 しかし、その足は葛葉のそんな一言で止まった。

 

「お主は他の面々ほど疲れてもおらんし、怪我もしとらん。

 それに、お主の目には【強くなりたい】というパゥワーが満ちておったからの。

 わしに命預けてよいというなら、お主にだけ深夜特別メニューを組んでみっちりもっちり揉んでやろうと思ってな?

どうじゃ? わしのような後輩を育てる天才師匠に鍛えて貰える機会なぞそうそうないぞ?」

 

「・・・・・・それで? あたしが【戦力】になるまで、どれぐらいかかる?」

 少々の沈黙の後、那緒は、最も気になったことを尋ねた。

 

「そうじゃな。麻衣達の最終決戦には絶〜〜〜っ対間に合わんな」

 葛葉は、何気なく、無情に事実を告げる。

 

「・・・それじゃあ意味無いだろ! あたしは今すぐ強く・・・っ!!」

 バン! と机を叩き、葛葉に食ってかかる那緒。

 

「・・・わかっとらんな〜〜。

お主の様な若手のペーペーが、麻衣や静瑠のレベルまで上がるには超えなければならん壁がいくつもあるんじゃぞ?

今回の最終決戦に間に合わんのは当然。何年も掛かってやっとこさあやつらの数歩前まで行けるか行けんか。

わしはな、お主が仮にそれに3年掛かるとして、それを3ヶ月に縮めてやろうと言うとる訳じゃ、アーユーアンダスタン?」

 

「そんな事・・・ 出来るのかよ?」

「舐めるでないわ。わしの辞書に不可能という文字はない! 何故ならマジックで消したから!!」

 側にあるバッグから、辞書を取り出して開く葛葉。

 宣言どおり、【不可能】の部分であろう場所はマジックで塗り潰されていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・コホン。まあとにかく。

 わしが見た所、お主には才能がある。潜在能力では静瑠を超えるかも知れんな。

 今回の最終決戦にしても、もしかしたら失敗するかも知れん。それに、カーマを倒したからと言ってこの世から淫魔や災厄が全てなくなるっちゅうわけでもない。

 

鉄は熱い内に打て。ダンゴは熱い内に食え。

 鍛えられる時に鍛えるのがわしの主義じゃからな。・・・よっこらしょ」

 

  葛葉はオヤジ臭いアクションで、重い腰を上げた。

 

「とりあえず汚れてもいい服着てじゃな、校舎裏・・・ もとい、旅館裏まで来い。

 た〜〜〜〜っぷり、可愛がってやるからの♪」

  白銀色の杓杖を持ち、シャラシャラと音をさせながら、食堂を後にする葛葉。

 

 と、思ったら。

 ヒョイ。と。食堂の入り口から横向きに首だけ出して

 

「ま、お主の努力と才能如何によっては、3ヶ月を1ヵ月半には出来るかもしれんぞ?」

 出来るもんならやってみい。という意地悪な表情で、そう言って

 今度こそ、食堂から遠ざかっていった。

 

 

「・・・・・・上等」

 那緒は両拳を強く握ると、自分の部屋へと強い足取りで向かった。

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

 麻衣、微妙に姉越え成功。

 でもその他じゃあまだ全然姉に叶わない現実なのです。弓とかね。

 というか、話の進行上仕方ないけど麻衣の成長部分ばかりで亜衣が・・・ OTL

 

 満を持して、安倍葛葉こと、葛の葉登場。

 清楚可憐な葛の葉像を求めていた人、ごめんなさいね。いやマジで。

 案の定というか何と言うか、エロもないのに最多のボリュームとなりました。

 ・・・出てすぐに暴走しやがりましたよもう。

 

葛葉「な〜〜〜っはっはっはっ!! わしはこれから大活躍するぞぅ?」

 

 

 次は薫の過去に触れます。

 上手くいったらエロも復活するかも。

 

 

 

■用語解説

 

●新天神羽衣=原作において、ラストで奇跡の梅の鉢から作られた新羽衣を勝手に命名。

       本作XYZにおいては、展開上麻衣しか変身していない。

 

●天照天神羽衣=天照大御神の【真の月の加護】を得て麻衣が新たに得た羽衣。

        三種の神器【八咒鏡】や、霊的治療能力【天慈光輪】など多数の能力を所持。

        戦闘能力と霊力も、飛躍的に上昇している。

        色調も、麻衣の新天神羽衣の赤と白に、陽光色と黄金色の装飾や軽装甲も付加。

 



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