一方。時を少し戻し、悪衣と麻衣。

 

 麻衣は、木々を跳びどんどん先へ行く姉を必死に追いかけている。

 やがて、林を越え、悪衣、そして麻衣が地面へと辿り着いた。

 

「ハァ・・・ ハァ・・・ ハァ・・・」

 着地するなり、麻衣は軽く息切れを起こした。

 空を舞うように跳んだ悪衣と違い、ひたすらがむしゃらに姉を追いかけた麻衣はペースも何も考えておらず、その結果麻衣一人だけが額から汗を流し、大地に手と膝を着いている。

 

「だらしないわね、こんな程度で」

 腕を組みながら、軽い口調で妹の不甲斐なさを指摘する悪衣。

 

「お姉ちゃん・・・」

 その言葉、口調に、いつもの姉、亜衣そのままの特徴を確実に感じ取った。

 

「どういうことなの? お姉ちゃんが淫魔って・・・ ねえ、そんな恰好やめようよ? いつもの服に着替えてさ・・・っ お姉ちゃん疲れてるのよ! だから・・・ きっと・・・」

 自分の言葉自身の無理さにか、言葉を詰まらせる麻衣。

 

「きっと?」

 悪衣は、麻衣の前にまで歩み寄った。

「きっと何?」

 無表情な顔のまま、麻衣の顔を覗き込む。

 麻衣の目の前に、半裸に近い姿の悪衣の胸元や、淫靡の色を宿す瞳がある。

 

「【きっと、今まで通り二人で学園に行ける、神社に戻れる】?」

 両手で麻衣の頬を挟みながら、麻衣の心の内をさらりと言い当てた。

「・・・っ!」

「淫魔があそこで暮らせるわけないでしょ? 体が焼けちゃうじゃない」

 麻衣が驚き胸を痛める暇もなく、悪衣はきっぱりと言い放ち、そのまま手を離した。

 

「お姉ちゃんっ!!! ・・・っ?」

 悪衣は、その手に再び薙刀を握っていた。

「構えなさい、麻衣。じゃないと死ぬわよ」

 言うが早いか、薙刀の刃が風を切り麻衣を襲う。

 

「あっ!!?」

 横に薙ぐ薙刀を屈んで回避する麻衣。しかし、すぐに二刀目が襲う。

「っ・・・!!」

 縦に振られた刃を、今度は転がって避ける。

「お姉ちゃんっ!! やめてっっ!!!」

 麻衣はそれでも必死に姉の説得を試みた。

 

「・・・・・・」

 悪衣は無言のまま、再び妹に薙刀を振るう。

 今度は逃れきれない、袈裟の斬撃────

 

(ギイィィィン!!!)

 

 亜衣の薙刀は、麻衣の目の前で、麻衣の薙刀により止められた。

 偶然にも、それは麻衣がカーマを斬ろうとした時とは逆の構図となっている。

 

 ギチギチと、二人の薙刀は巨大動物の牙が擦り合う様な音を立てる。

 淫魔を倒し、姉妹を護るための存在である二つの薙刀は、互いの刃で唾ぜり合っている。

 よもや、そのような事は予測すらしていなかっただろう。

 それは、麻衣も同じ・・・いや、比べ物にならないほど、その心の内を悲しみと驚愕が支配している。

 

「・・・前に試合をした時より反応がいいわね、でも・・・」

 手を休める事無く、再び薙刀を振り上げる悪衣。

「もっと本気になりなさい!」

「キャッ・・・!!」

 左右上下、様々な方向から次々と、容赦の無い斬撃が襲って来る。

 それを麻衣は懸命に払って流すが、姉の無駄の無い曲線の連続に、付いて行くのがやっとだった。

 

「あっ・・・、くっ・・・!!!」

 鉄と鉄が打ち合う金属音が激しく響く。

 

「右手に比べて左手がなってない癖、直ってないわね」

 麻衣に対して、悪衣は余裕だった。

 これでは、誰の目にも勝敗は明らかである。

 

 そこに

 

(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・!!!!!!)

 

 不意に、二人の背後、社を挟む林とは反対の方向から大きな音と振動が響いた。

 それと共に、大地に皹が入り、大きく割れ始める。

 

「なっ・・・何!?」

「・・・始まったみたいね」

「え・・・?」

「タオシー・・・ あの術士の仕掛けた結界が発動したの。社を中心としたこの空間は、地上を離れて鬼獣淫界に転移するのよ。感じない? 地面が上昇してる気配を」

「なっ・・・!!? それじゃ・・・」

 

(ガッ────!!!)

 

 一瞬の隙を突き、悪衣の薙刀が、麻衣の薙刀を飛ばした。

「あっ・・・・・・!!!?」

 空中で孤を描き、麻衣の薙刀は離れた地面に突き刺さる。

 

 悪衣は続けざま、両手の人差し指と中指を自分の唇に当てる。

 その瞬間、両手の指の上に、10センチ程度の大きさの翡翠色の光の輪が作られた。悪衣がその光の輪を舞衣に向かって投げる動作をすると、瞬く間にそれは麻衣の両手首の付け根に嵌まったかと思うと

 

「うあっ!!?」

 それは急速に動き出し、抗い難い強い力で麻衣の両手を後ろに移動させ、光の手錠に成り代わる。

「な・・・何、これ・・・!?」

 麻衣が全力を手に込めても、光の手錠はビクともしなかった。

 

「淫魔が人を襲う時の術よ。カーマに教えてもらったけど、面白いわね」

 言い終わると同時に、悪衣は麻衣を押し倒した。

 

「きゃっ・・・!!」

 両手が後ろのまま、仰向けに倒れ、麻衣はなんとも無防備な姿を晒す。

「ふふふ・・・」

 カーマに似た笑い声を発しながら、悪衣は麻衣を目の前から見下ろす。

「前にもこんな感じのシーンがあったかしら。あの時は・・・ 私に化けたスートラだったわね」

 麻衣の首筋に軽くキスをする悪衣。

 

「お姉ちゃ・・・ やめて・・・」

 麻衣は言葉弱々しく、想像の出来ない恐怖に怯えていた。

 

「何を・・・?

例えば・・・ 私がカーマにされたことをあなたにするとか?」

妖艶な笑みで、麻衣が聞きたくなかった事を語りかける悪衣。

 

「イヤ・・・」

「そうね、私が淫魔に変わってから、カーマは私の・・・」

 悪衣は自分の人差し指を麻衣に向ける。

「こことか」

 麻衣の唇を指で触り。

「ここも」

 そのまま ツツー・・・ と、指を移動させ、麻衣の左胸で円を描き、乳首を強く押す。

「あっ・・・っ!」

 

「それから・・・」

 更に指は下降する。臍を通り過ぎ、羽衣の隙間から麻衣の重要な場所を掴む。

 

「あっ!? ああぅっ!!」

 その勢いで入った指の先が、クチュと音をたてた。

 

「この場所まで、ぜ〜んぶ・・・ 体の隅々まで触られて・・・」

「お・・姉ちゃ・・・」

「舐められて」

「やめて・・・」

「精液をかけられて・・・」

「やめてっ!!! そんなの、お姉ちゃんの口から聞きたくないっ!!!!」

 麻衣は泣きそうにながら、叫んだ。

 自分にとってどこまでも近く、そして憧れもあった姉のその口から、自分が犯された事実を淡々と話されるなんて耐えられない。

 

「黙りなさい」

 悪衣はいきなり激しく、麻衣の秘所を指でかき回した。

「やっ! あぁあっ!!?」

 麻衣はビクンと体を震わせた。

「ふふ・・・」

 悪衣はもう片方の手の指で、麻衣の下腹部をグリと押す。

「ここにもね・・・カーマの精液がたっぷり、たくさん注がれちゃった。お尻の穴までね」

 グチュグチュと音を立てて、より一層激しく麻衣の秘所を攻め立てる。

「ひゃっ! あ、ああぁん!!!」

 姉の指の蟲惑的な動きに、麻衣は悲鳴を上げた。

 

「ふふ・・・ やっぱり双子ね、感じる所も一緒」

 羽衣を脱がされ、麻衣の乳房が露になる。

 悪衣は麻衣の右胸を口に含み、左手で左胸を揉みしだいた。

「うあっ・・・ やっ・・・!」

 悪衣の口の中で、麻衣の乳首が舌で転がされ、乳房が絶えず形を変える。

 そして、その間も休む事無く、秘所も指で攻め立てられる。

「あぁっ!! きゃああ、くうっ・・・ や、やめ・・・ おかしく、なっちゃ・・・」

 悪衣の攻めは的確に麻衣の弱点を突き、麻衣はその一つ一つに思考が流されそうになる。

 

「ふふ・・・ 麻衣、かわいいわ・・・

 あなたはカーマにも、他の誰にも触らせない。この地上全てが淫魔の世界になっても、あなたは私が大事に人間のまま飼ってあげる。だから・・・ 欲望に屈しなさい。快楽に正直になるのは素敵よ、あなたも・・・」

 それは名の通り、淫魔の誘惑。

 確かに、天津の巫女という役目に、その戦いに、逃げ出したくなることもあった。快楽に打ち負けそうになったことも少なくない。頭も混乱して、何より、こんな想いをしてまで姉の敵になるなんて嫌だと、そう自分の黒い部分が、弱い部分が語ってくる。

 

 その間にも、大地は上昇を続けている。今はもう車が拳大にしか見えないほどだった。

 

 だが・・・

 それと同時に浮かんで来るのは、祖母幻舟の顔。これまでの戦いで無残に犠牲となり消えていった仲間の巫女達の顔。名前も知らない一般の女性達。鬼麿様。木偶ノ坊さん。そして・・・

 姉の笑顔。

 

「お姉ちゃん・・・」

 そう、快楽に負けてなんかやれない。欲望に屈するなんて出来ない。それでは永遠に姉を救うなんて叶わない。あの笑顔を二度と見ることが出来ない────!!!

 

 麻衣の両手に、突然光が宿る。

 それは腕の拘束を一瞬で消滅させ、目も眩むほどの光を放ち始めた。

 幻舟の魂の力によって得た、陽の力の塊。本来なら亜衣、麻衣両方に巫女の力を戻すことが出来たその強大なエネルギー。それは、淫魔を消滅するも可能なほどの力に満ちている。

 麻衣の想いの力が、それを解放したのだ。

 

「・・・・・・っ!!!?」

 その光に驚く悪衣。

 今、淫魔の体である悪衣にそれをぶつければ、魂ごと体が消し飛んでしまうかもしれない。

しかし、麻衣は迷わなかった。

これは、おばあちゃんが私に宿してくれた力。そして、姉を戻したいと想った私の力。

ならば、それが姉を傷付ける筈がない。

 

 

「元のお姉ちゃんに・・・ 戻って!!!!

 両手から迸る光の奔流を、悪衣に、姉に、叩き込んだ────!!!!

 

「あああああぁぁぁぁぁああああ────────────!!!!!」

 

 光が悪衣を包み込み、亜衣の体は後ろへと飛んだ。

 地面に転がる悪衣、光はだんだんと、悪衣の中に消えていく。

 

「ハァ・・・ ハァッ・・・ ハァッ・・・!!」

 陽の力を叩き込んだ麻衣は、息も絶え絶えながら、着衣の乱れを直し、立ち上がる。

 

「お姉ちゃんっ!!!」

 そして、仰向けに倒れている姉の下へと駆け寄った。

 

「くっ・・・ う・・・」

 亜衣がゆっくりと起き上がり、目を開ける。

 恰好こそ変わっていないものの

 

「麻・・・衣・・・」

 一点の穢れもない、強い力を宿すその瞳は、間違いなく良く知る姉、亜衣のものだった。

 

「お姉ちゃん!! 戻ったのね!!! よかった・・・」

 麻衣は、亜衣に抱きついた。

 

「麻衣・・・ ごめんね・・・」

 妹の髪を優しく撫でる亜衣。それは間違いなく元の姉の行為だ。

「私・・・ 私・・・ 怖かった・・・っ!! お姉ちゃんが・・・すごく遠い所に行ったみたいで・・・」

 今度こそ、麻衣は涙をこぼした。

 今まで何度も泣きそうになったが、今はそれを堪える理由はない。

 

 

「麻衣・・・  くっ・・・!!?」

 急に頭を抑え、苦しみ出す亜衣。

 

「お姉ちゃんっ!!?」

「ウッ・・・・・・ ダメ・・・みたい・・・ 一時的に・・・【亜衣】に戻っただけ・・・ 反転した肉体と魂は・・・ 戻ってない・・・ すぐに、【悪衣】に・・・ 戻る・・・」

 衝撃的な事実に、麻衣は驚愕した。

 力を使い果たし、今はもう光は出せない。今の自分には、これ以上姉を救う手段がないのだと理解すると、絶望感に襲われた。

「そんな・・・何とか、何とかできないの!!?」

「魂ごと反転した私が・・・ 今こうやって【亜衣】として喋ってるだけでも奇跡だわ・・・

 必死に自我を保とうとしても、抗えない・・・ 今の私は、湖の中の小石でしかない・・・」

「何かある筈だよっ!! あのタオシーって人な、戻す方法だって・・・!!!」

「・・・ダメね・・・ 疲労したあなたと、木偶ノ坊さんじゃ・・・ 今のカーマに勝てない・・・」

「それじゃ・・・ どうすれば・・・」

 狼狽する麻衣。

「・・・逃げなさい。麻衣」

 そんな麻衣に、亜衣はとんでもないことを言った。

 

「え・・・?」

「あなたがダメになったら元も子もない。あなたと木偶ノ坊さんはここから逃げるの」

「そんな・・・ 出来ないよ!!! お姉ちゃんを置いていくなんて!!!」

「・・・麻衣」

「私・・・悔しい・・・! 

お姉ちゃん・・・ 私のせいなんだよね? 私を助ける為に、お姉ちゃんは淫魔になっちゃったんだよ、ね・・・? 私が・・・」

 麻衣はボロボロと涙を流す。

 小さい頃、男の子にいじめられた時も、犬に追いかけられた時も、守ってくれたのは常に姉の亜衣だった。

 そして今度は、自分を助ける為に、姉は二度と戻ることの出来ない穢れを背負ってしまった。

 

「こんなの、おかしい・・・っ! なんで!? 何でお姉ちゃんだけがこんな目に遭わないといけないのっ!!? お姉ちゃんは私なんかよりずっと勇気があって、綺麗で、カッコよくて、強くて・・・ 私なんか助ける為に淫魔になっちゃうなんて、そんな・・・ そんなの・・・」

「麻衣!!」

「なのに、なのに私はお姉ちゃんを元に戻すことも、その元凶を倒す事も出来ない!!」

 悪衣は、麻衣を優しく抱きしめた。

 

「・・・おねえ、ちゃん・・・?」

「私は良かったと思ってる・・・ あなたの穢れは、お婆さまの力で消えたのね。

 あなたが無事なら、私はもう何も要らない。だから・・・

 ・・・もう、私達淫魔に関わるのは止めなさい。麻衣。もうあなたは、戦わなくてもいい。淫魔に弄ばれ、犯される危険の中で毎日を生きなくてもいい。普通に学校生活をして、普通に友達と世間話をして、ステキな男の人と恋愛をして、結婚をして、普通のどこにでも居るおばさんになって・・・」

「亜衣・・・お姉ちゃあん・・・・・・」

 泣きじゃくりながら、麻衣は亜衣にしがみつくように抱きしめた。

 

 だが、悪衣は突然、麻衣を体から離し

 

(ドンッ!!)

 

 亜衣は、麻衣を大地から突き落とした。

「え・・・?」

 羽衣の力により、急速に落下することは無いが、上昇を続ける社と、地上界の距離はどんどん離れていく。

 

「さよなら・・・麻衣。お姉ちゃんは死んだと思って忘れて。それが二人の為よ。あなた達の世界には、手出しはさせないから・・・」

 

「お姉ちゃん・・・ お姉ちゃんっ!!! お姉ちゃあああああああああああんっ!!!!!

 どんどん小さくなっていく、姉の姿。

 それが、本当に今までどこまでも近くにあった自分達の距離が、離されていくようで・・・

 

そして

天空の中、淫魔の社を中心とする大地は

・・・・・・消えた・・・・・・

 

 

 

 

 やがて、麻衣の体はゆっくりと地面に着地する。

 見知った地元の風景、しかし、その建物は半分近くが地震の後の様に崩壊している。

 

 一つ一つに思い出がある。この道も、その向こうの道も、全て姉の亜衣と一緒に歩き、買い物をし、なんでもない世間話をしていた場所だ。

 

 荒廃した繁華街の真ん中で、仰向けに倒れたまま、麻衣は・・・

 

泣いた。

自分の無力を泣いた。

淫魔達への怒りで泣いた。

そして何より

姉の自分への想いに。

 

 

「はっ・・・ 麻衣様────────!!!!!」

 木偶ノ坊の声。

 麻衣を見つけた木偶ノ坊は、慌てて駆け寄ってくる。

 

「大丈夫でございますか!?」

「うん・・・」

 麻衣は立ち上がった。

 流れる涙を手で拭うと、そこに泣き虫の顔は消えていた。

 強い意志を携えた戦士の目・・・ そう、まるで姉の亜衣のように。

 

「木偶ノ坊さん、無事だったんだ・・・良かった」

「それがしは、あのタオシーという少年に、術で飛ばされたかと思ったら、大きな紙の鳥に乗っておりました」

 そう言って、手に握っていたものを見せる。

 それは、鳥の形にカットされた紙だった。

 

「あの少年、あの若さながらとんでもない才能と力を持った式神使いぞなもし・・・」

 

「お褒めに預かり、光栄ですね」

 

「「!!!?」」

 木偶ノ坊が持っていた紙が、独りでに喋り出した。

「こんにちは、麻衣さん、木偶ノ坊さん」

「この声は・・・」

「式神使いの少年か!!」

「はい、さよならの挨拶にと思いましてね」

 その言葉に、青筋を立てる木偶ノ坊。

「ふっ・・・」

 

「ふざけないで!!」

 叫んだのは、麻衣だった。

「おやおや、これは恐ろしい」

 麻衣の迫力に、タオシーはおどけた声で返す。

「あなたがお姉ちゃんを・・・ お姉ちゃんを・・・ 許さない!!!

 これまでになく怒りを露にする麻衣。

「許さなかったらどうするんです?」

「もう【返して】なんて言わない・・・ あなたたちは私が倒して、お姉ちゃんを取り戻すっ!!!」

「それは勇ましいですね。しかし・・・ 無理だと思いますよ。カーマ様はもうすぐカーマスートラの力を完全に取り戻し、悪衣様はより淫魔として目覚める。あなた達がいくら策を弄しても、小細工をしようとも・・・ 勝ち目なんてありません。

 そこでどうでしょう? 悪衣様の仰った通り、私達は一切地上側に手出しはしません。その代わり、悪衣様・・・いえ、我々淫魔にも一切の手出しなく、ゆっくりとさせて下さいませんか?」

 

「なっ・・・!!!?」

 二人は言葉をなくした。

「麻衣様、口からの出任せに違いありませんぞなもし!!!」

 

 

 

 

 それに・・・どうせ悪衣様が元に戻ったところで、カーマ様との事実は消えません。悪衣様は悪衣様のまま、カーマ様の伴侶として在った方が幸せだと思いますよ?

 悪衣様もそう仰って・・・」

 

(ザシュッッ!!!!)

 

 麻衣は、鳥型の紙を薙刀で切り裂いた。

 

「ふー・・・ ふ───・・・ ふ───っ・・・・・・」

 怒りによる興奮で、呼吸が乱れている。

 そのまま麻衣は後ろを向いた。

 

「麻衣様・・・」

 木偶ノ坊は麻衣を気遣うが、どう声をかけていいものか迷った。

 

 麻衣は、ゴシゴシと腕で涙を拭う。

 そして、振り向く。

 

 その顔に、もう泣き虫の顔は無い。

 亜衣の如く、勇ましさをその瞳に宿らせている。

「麻衣様・・・」

「行きましょ、木偶ノ坊さん。まずは神社に戻って、お姉ちゃんを元に戻す方法と・・・鬼獣淫界に行く方法を探さないと」

 麻衣は真っ直ぐ歩き始める。その姿に迷いは無い。

 これまで自分は、心のどこかで姉に甘えていた。自分に甘かった。心の奥で、姉がいれば何とかなるような、そんな幼稚な考えがあった。

 ・・・そして姉は、そんなおろかな自分の犠牲になった。

 

 なら、強くならなければならない。

 姉のように。

 そうでなくては、姉は絶対に救えない事は分かっているから。

 

「ま、麻衣様!! お待ち下され!!!」

 木偶ノ坊も、それに慌てて続く。

 

 

 

 

  ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

第一部、        完。

 と言うには短すぎますね(苦笑

 

 脳内ではここら辺から話が多方面に分岐しているんですが、まあトゥルールートというかなるべくハッピーエンドの方向で。

 この話の中でも実は【麻衣が欲望に屈する】ルートなんてのもあったりとか。

 



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