淫獣聖戦後伝・羽衣淫舞(5)

 羽衣軍神の衣姿に変身した姉妹はまず孝明をクヌギの巨木に縛りつけた。
 「気の毒だけど、こうしておくしかないわね。」
 彼らが持っていた登山用のザイルで頑丈に縛った。
 「淫鬼に操られてるなんて、かわいそう・・・」
 縛られてもなお、ぐったりと頭を垂れている孝明に麻衣は同情した。
 だが、孝明に嬲られた亜衣は複雑な心境で踵を返し、小塚の方に向き直った。
 「さ、もう一人も同じように」
 「うん」
 小塚も庵の前で横倒しに失神している。
 「はあ、小塚さんは重そうだなあ」
 天女の神通力で通常よりも格段に力が湧いているとはいえ、小塚の巨体を運ぶのはやはり少々骨の折れる作業ではありそうだ。
 その小塚に近づいて、亜衣はハッとして足を止めた。
 「麻衣、ちょっと待って」
 「えっ、なに・・・?」
 亜衣の緊迫した声に、麻衣が慌てて立ち止まる。
 「さっきと違うわ」
 小塚はさっき、両手を投げ出すように倒れたのだが、今は片方の腕が体の下に入っている。
 「貴様、何奴っ!」
 亜衣は天女の弓に矢をつがえて、小塚を睨みつけた。麻衣もすぐに薙刀を構える。
 沈黙の時間が流れた。小塚の体はその間、ピクリとも動かない。
 (思い過ごし・・・?)
 亜衣がそう思ってわずかに気を緩めたその時だった。
 「くっくっくっ」
 地獄の底から響いてくるような不気味な笑い声とともに小塚の体が震え、それからむっくりと起きあがったのである。体の下にはやはり、毒針を隠し持っていた。
 「さすがは天津姉妹。よくぞ気づいたわ。」
 そう言った小塚の声は低いダミ声で、朝の声とはまるで違ったものだった。
 「麻衣、こいつ操られているんじゃないわっ!」
 亜衣は再び弓を構えたが、小塚の立ち上がった姿には寸分の隙もない。
 「ふっふっ、その通り。」
 小塚の口がそう言ったかと思うと、その顔面がぐにゃりと崩れ、巨体は溶けるように裂ける。
 「グオーッ!」
 獣のような声とともに体はさらに巨大化し、本来の姿に戻っていく。
 「あっ、お前は!」
 淫鬼の姿に戻ったその敵を見て、亜衣は動揺した。
 ずんぐりとした大きな体を鎧のような骨格で覆い、球のようにギョロリとした眼球が左右別々にクルクルと回って不気味さを漂わせている、その姿に見覚えがあったのである。
 「まさか・・・」
 麻衣もまた驚きを隠せない。
 「黒玉法師・・・?」
 倒したはずの黒玉法師が甦ったのか、という驚きであった。
 黒玉法師は「百泣き黒玉責め」という恐ろしい淫術を使う強敵だった。
 亜衣と麻衣もまた黒玉法師の卑劣な罠に落ち、古木の幹に縛りつけられたまま黒玉責めを受けて喘ぎ悶えた経験がある。その時のおぞましさが背筋を凍らせた。
 「いや、あいつ、違う・・・」
 亜衣が、黒玉法師よりも幾分緑がかった肌の色に気がついた。
 肌の色の違いのほかは瓜二つと言っても過言ではない。
 「ワシの名は蒼草法師。うぬらには殺された黒玉法師は我が兄者よ。」
 蒼草法師、と名乗った淫鬼はそう言いながらも復讐の憎悪を剥き出しにする様子もなく、むしろ姉妹との遭遇を喜んでいるようだ。醜悪な顔を崩して、余裕を見せている。
 「うぬらにはワシだけではない、鬼獣淫界にいる同胞たちすべての憎悪が向けられておる。うぬらを鬼獣淫界に連れ帰って嬲り殺しにするためにやって来たのだ。」
 「冗談じゃないわっ!」
 麻衣が激しく言い返す。
 「あんたたちに恨みがあるのは私たちの方よ!」
 そう叫んだ麻衣の横から、亜衣は一歩前へ進み出る。
 「私たち天神子守衆に戦いを挑むと言うなら返り討ちにするまでのこと。かかってきなさい!」
 亜衣の表情には静かな自信がみなぎっていた。
 「ふっ、その自信、いつまで持つかな。者ども、かかれいっ!」
 「ウヒーッ!」
 庵の周りの草むらや林の中から、数十匹はいようかという邪鬼が飛び出してきた。
 蒼草法師の采配で、邪鬼たちが一斉に姉妹に向けて飛びかかる。
 亜衣と麻衣はすばやく武具を構え、憎悪と卑しい欲望を剥き出しにして向かってくる邪鬼たちを、次々に打ち払っていく。
 「タッ!」
 天の力を借りた聖なる打撃は的確に邪鬼に命中し、邪鬼は声を出す間も与えられずにその身を裂かれて地面に落ち、消滅する。
 「くっ・・・こいつらっ・・・?」
 が、あまりにも多勢である。しかも一撃必殺、確実に切り裂かなければ、邪鬼たちは打ち払われては着地し、またすぐに飛びかかってくる。
 際限なく繰り返される攻撃に、姉妹の額には汗がにじんだ。
 「ふふふ、いつもの邪鬼たちと侮っておると後悔することになるぞ。こやつらの力は、我が『もののふ草の秘術』で高められておるのだ。わあはははっ」
 蒼草法師が高らかに笑う。
 実際、邪鬼たちの向かってくる速度はこれまで戦ってきた他愛のない雑兵とは明らかに違っている。払っても払っても、彼らは切り裂かれないでいるうちはすぐに蘇生して次の攻撃を仕掛けてくるのだ。
 「きゃあっ!」
 どこかに油断があったのか、麻衣が数匹の邪鬼に取りつかれて悲鳴を上げた。
 「あっ、麻衣!」
 反射的に振り返った亜衣にもわずかな隙が生まれる。
 「うぐっ」
 突進してきた邪鬼の角で腹部を突かれ、一瞬息ができなくなった。
 すかさず、両脇から二匹の邪鬼が飛びかかって腕にしがみついてくる。
 片方を振り払うとすぐにまた別の邪鬼が取りついてくる。
 間一髪、邪鬼の拘束を逃れて飛び退き、麻衣の体に取りついた邪鬼に一閃を加えて、跳躍する。天の羽衣の神通力によって、常人では決してなし得ない高さまで飛翔する。
 すかさず弓に矢をつがえ、地表の蒼草法師に向けて一閃、天女の矢を射放つ。
 「甘いわっ!」
 蒼草法師はその矢を鞭で払い落とした。
 いつの間にか、蒼草法師の手には植物の蔓のような鞭が握られていた。
 いや、握られているのではない、手そのものが鞭に形を変えているのだ。
 (くっ!)
 矢を叩き落とされたことで、亜衣に新たな動揺が生まれた。
 蒼草法師の鞭は急速に長さを伸ばし、空を切り裂きながら着地しようとする亜衣の脚に迫ってくる。
 「タアッ!」
 その鞭の先を弓で受け、体勢を変えながら着地する。
 が、そこにまたわずかな隙が生まれ、着地の瞬間を狙って飛びかかってくる邪鬼をかわす動作にわずかな遅れがあった。
 「しまっ・・・」
 両脚に同時に取りつかれ、亜衣は地面に押し倒された。
 丈の短い衣の裾が捲れあがり、亜衣の長い両脚は大きく開いて付け根まで露わになった。
 バシーンッ!と音がして、肩口から胸にかけて鋭い痛みが亜衣を襲った。
 蒼草法師の振るった鞭が、亜衣の体を叩いたのである。
 「あぐっ!」
 亜衣は思わず、その苦痛に顔をしかめた。
 「ヒキーッ」
 邪鬼が一斉に亜衣に飛びかかる。亜衣は痛みに耐えながら弓を振るい、弓筈の先端に付けた短剣で一匹の体を切り裂いた。
 が、その時にはすでにもう二匹の邪鬼が弓に取りついていた。
 「この・・・」
 弓に取りついた邪鬼を振りほどこうと弓を上げたその時、弓を握る亜衣の手を鞭の一撃が襲った。
 「うっ」
 手首に激痛と痺れが走る。
 その機を逃さず、邪鬼たちは亜衣の手から弓を奪い取った。
 「おねえちゃんっ!」
 姉の窮地に、麻衣が薙刀を振り上げて駆け寄り、迫ってくる鞭を薙刀で切り落とした。
 だが切り落とされた鞭は次の瞬間には元の長さに蘇生する。そればかりではない、鞭の先端は不自然な動きで向きを変え、麻衣に向かって速度を上げた。
 その鞭先が横殴りに麻衣の体に打ちつけられる。
 「きゃあっ!」
 麻衣は鞭に飛ばされて、草むらに倒れ込んだ。
 「あっ、麻衣っ!」
 「がはははっ、この蒼草法師様はあらゆる植物を意のままに操ることができるのだ。この鞭もなあ。」
 蒼草法師は豪快に笑いながら、空中に浮かんだ鞭を左右に振ったり回したりしながら、細くしたり太くしたりしてみせた。
 「きゃー、お姉ちゃんっ!」
 亜衣の背後で麻衣の悲鳴が聞こえた。
 「麻衣っ」
 亜衣がそう叫んで振り向くと、麻衣は草むらに両手両足を捕らえられていた。
 何本もの蔓草が瞬時に麻衣の腕や脚、そして体に巻きついたのである。
 「あーっ!」
 麻衣は必死にもがいてその束縛から逃れようとするが、蔓草はまるで意志を持っているかのように力強く麻衣の体を拘束しているようだった。まさに大の字の格好で、麻衣は動けなくなった。
 「麻衣ーっ!」
 その妹の姿に、亜衣は両脚に取りついた邪鬼たちを振り払おうと不用意に体を起こした。
 そこに容赦なく蒼草法師の鞭が浴びせられる。
 バシッ!という音とともに、亜衣の頬に熱い痛みが走った。
 「あうっ!」
 気丈な亜衣も思わず悲鳴を上げたが、その衝撃を利して両足に取りついた邪鬼を振りほどいた。
 囚われた麻衣に走り寄る。
 「くっくっくっ」
 蒼草法師は愉快そうに笑いながら、鞭先を亜衣の背中に向けて振り下ろす。
 「ぎあっ!」
 鞭音と、亜衣の悲鳴とが同時に起こった。
 その衝撃で背中で羽衣が切り裂かれ、亜衣の白い肌が切れ目からのぞく。
 倒れ込む亜衣に三発四発と続けざまに鞭が振るわれ、そのたびに羽衣は切り裂かれ、肩も乳房も露わにされた。カンテラの弱々しい灯りに白く浮かびあがった柔肌にも鞭が飛ぶ。
 「うぐっ・・・ああっ・・・」
 鞭に打たれるたびに、亜衣の唇からは悲痛な呻きが漏れた。
 「おねえちゃんっ!」
 蔓草に捕らえられて身動きの取れない麻衣が、亜衣の姿に悲鳴を上げる。
 たまらず、その場にうずくまる亜衣の体を容赦なく鞭が蹂躙する。
 やがて羽衣は無惨に破かれ、わずかな生地を残すばかりとなった。
 「はぐぅ・・・」
 全身に鞭を浴び、亜衣の体は桜色に染まっていく。
 が、傷らしい傷を残さないのは蒼草法師の嗜好であろうか。
 「ふっふっ、せっかくの柔肌だ、傷つけてはもったいないわ。」
 人骨を開いたような奇怪な顔に満足げな笑みを浮かべながら、鞭を亜衣の首に巻きつける。
 「はが・・・」
 一瞬、呼吸が止まり、目の前が白くなる。
 そのまま亜衣の体を引き寄せると、蒼草法師の体から何本もの蔓が伸びて亜衣の手足に巻きついていく。
 亜衣は引きずられるように蒼草法師の固い体に背中をつけた格好で、もはや完全に身動きを封じられてしまった。
 そうしておいて、蒼草法師は亜衣の首から鞭を外した。
 「かはっ・・・ハアッ、ハアッ」
 新鮮な空気をようやく得て、亜衣は咳きこむように息をついた。
 「ケッヘッヘッヘッ」
 「キーッヒッヒッ」
 邪鬼たちが野卑な笑いを満面に浮かべながら、蔓草に縛られた麻衣に近づいていく。
 「い、いやっ、来ないでーっ」
 麻衣の表情が恐怖に引きつる。
 「ま、麻衣っ」
 亜衣は全身に力を込めて手足の蔓をほどこうともがいたが、蔓はどれもビクともしない。
 すでに亜衣の羽衣はズタズタになっており、白いパンティだけがかろうじて大切な部分を覆っているばかりだった。そのまま両手足を大きく開かされているのだから、あられもない格好である。
 「キヒヒッ、いい眺めだぁ」
 「たまらんのう」
 亜衣の眼下にも数匹の邪鬼がたむろして、亜衣の姿を眺めてニタニタと涎を垂らしている。
 「くっ」
 天神子守衆の戦士として幾多の苦難を経験してきた亜衣であったが、すでに男を知った身、女性らしい羞恥心も芽生えている。邪鬼たちの卑猥な目つきを全身に浴びて、亜衣は目の眩む思いだった。
 「いやあっ!」
 麻衣が叫んだ。麻衣の体には四匹の邪鬼が取りついて、羽衣を引き剥がしにかかっていた。
 ビリビリッ、と音がして、赤とピンクを基調にした麻衣の羽衣が破かれていく。
 「くっ、麻衣・・・」
 妹の危機になすすべもなく、亜衣は歯ぎしりした。
 「どうして、こんなことに・・・」
 この庵の四方には、天神子守衆の結界が張り巡らせてあった。その結界の中に、いとも簡単に鬼獣淫界が侵入してきたことが亜衣には信じられなかった。
 「がっはっはっ、聞かせてやろう。」
 蒼草法師が亜衣の背中でほくそ笑んだ。



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