一方

 

         鬼獣淫界 荒野

 

 

 

 

 

 

(しゅる、しゅるしゅる・・・)

 

 

 

 

 

「くっ・・・!」

 

 抗戦も虚しく、4人の戦士達は触物淫魔たちの触手によって四肢を拘束され、吊るし上げられていた。

まるで、供物として捧げられた生贄のように。

 

 

 

「こ、の・・・  あっ・・・───!」

 

 

(カラン、カラ、カラ・・・)

 

 

 風螺華の手から最後の武器であるリボルバーが落とされ、乾いた大地の上で虚しく音を立てる。

 

 

 

 彼女達は、よく戦った。

武器も、体力も、そして霊力も消耗した上で、よく奮闘した。

万事休すという絶望的状況でなお、百に近い数を仕留めたというその事実が、何よりそれを語っている。

 

しかし、物理的な限界は覆せない。

百何十体目まで片付けられたか、そこからまず那緒が捕まり、静瑠が捕まり・・・

 

 そうして、今の絶体絶命と言える状況になってしまっている。

 

 

(しゅる、しゅるしゅる・・・)

 

 

 触物淫魔には、独特の習性がある。

 獲物の数が多く手ごわい場合は、攻撃性をむき出しにして、全力でその触手で殴りつけ、絞め、行動不能にする。時には完全に息の根を止める。

 

しかし、捕らえた獲物の数が少ない場合は・・・

 

「あ、ぐっ…!」

 

今のように、敵を消耗させ、無力化させた上で、餌食にするのだ。

触物淫魔のその名に、実に相応しいやり方で。

 

 

(しゅる、しゅるしゅる・・・)

 

 

 次第に、細い触手が着衣の上から、獲物である4人の女戦士の体をまさぐるように巻きつき、絡みつく。

 

「う、くっ・・・!」

「っっ・・・・・・!!」

 

 戦士として訓練を受けている明奈や静瑠は、なんとか声を押し殺し、口を固く閉じているが

 

 

「ひ、く・・・っ う、あ… やっ・・・!」

 

 そうは出来ないのは、戦場の経験がまだほとんどない那緒だ。

那緒は、自分の身体をまさぐる触手の動き一つ一つに反応してしまい、恐怖で子猫のように震えている。

 

 疲労していなければ、その触手の感触の嫌悪感に、じたばた暴れてしまっていたろう。

 だが、それではいけない。

 

 触物淫魔は、抵抗の無くなった獲物はじっくりと弄るが、抵抗する獲物は激しく攻略にかかる。

 もし那緒が強く暴れていたら、今頃は奥の荒くれだった触手達が、一気に那緒の穴という穴を貫き、その身体の内外を蹂躙していた筈だ。

 

 そういう理由では、今の那緒は、何とか“幸運”だ。

 しかし言ってしまえば、それもただ少々遅いか、早いかの違いでしかない。

 

 

 まず最初は体を物色され、邪魔な衣服を剥がされる。

 次に、触物淫魔の表皮に分泌される催淫液を身体中に塗りたくられ、アタマの中身を淫らに変えられ。

 ありとあらゆる性感帯を責められ続け、身体中の穴という穴を検分され、その隅々まで犯され、侵される。

 

 その後は・・・ 文字通り、触物淫魔達の苗床だ。

 肉体の中に根を張り、自分達の一部にしてしまう事で、獲物を逃げられなくする。

 それからは、触物淫魔に適切に養分を与えられ、適切に霊気と精気を吸われ、犯され続ける。

 

 

「ちく… しょ… うあっ…!!」

 

 明奈達の服に触手が絡みつき、徐々に閉める力を強くしていく。

 防具が外され地に落ち、ヌルヌルとした粘液が、服を、そして女戦士の柔肌をねとねとに塗らす。

 

 この粘液には、催淫効果がある事を、風螺華達は知っていた。

 だが、四肢が強い力で封じられていては、結局いい様にされるしかない。

 

 

(ビリッ、ビリ、ビリリッ・・・!!)

 

 

「……………っっ!!」

 

 無情に引き裂かれていく、衣服。

 

 静瑠の大きく柔らかな胸、豊満な肢体が。

 明奈の鍛えられた筋肉を内包した、しなやかな肉体のラインが。

 那緒の未成熟な小ぶりの胸や、小さな尻肉が。

 風螺華の、理想的なまでに均整の取れたバランスの美を持つ全身が。

 

 その全てが植物淫魔によって

一糸纏わず、生まれたままの姿を晒されてしまっていた。

 

 

(しゅるるる・・・・・・)

 

 

「うっ・・・ く・・・」

 

 それに驚く間もなく、滑りを帯びた大小無数の触手達が、明奈達の裸体におぞましい感触を這わせてくる。

 

両手。両足。首。腰。

外腿。内腿。足首。脇。上胸。下乳。

 

髪の先から、手と足の指の間一つ一つにまで

 細くねとねととした触手達は、易々と絡みつき、入り込み、手に入れた極上の女(エサ)達の肉体に、じっくりと

検分という名の、蹂躙を始めた。

 

 

(うじゅる、うじゅるる・・・)

 

 

 押しつぶされ、突かれ、引っ張られ、ぐにぐにと形を変えられ弄ばれる、乳房。

 

「あ・・・ う・・・ んん・・・っ」

 

 見事と言えるほどの大きく柔らかな豊胸を持つ静瑠は、様々な触手が群がるように巻きつき、ソフトクリームのような形に絞り上げられる。

 その瞬間に、先日の陵辱の影響が残る乳首の先から母乳が噴き出すや否や、また違う形の触手の先端が4枚の花弁のように口が開き、静瑠の乳首を覆った。

 

「う、あっ・・・!?」

 

 音に出て聞こえる、チュウチュウという吸い出す音。

 触手の管がポンプのように膨らんだり経込んだりを繰り返すその動きは、人の喉が水分を飲み込む動きそのものだった。

 

「やぁっ… 吸わん、といて…っ」

 

 嫌悪に顔をゆがませる静瑠だが、当然の如く触手の勢いは止まらない。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「う… うう… や… あ…っ」

 

 逆に未発達で、ほとんど育っていない小さな胸の那緒は、乳首を中心に啄ばむ様に遊ばれている。

 引っ張ったり、押して円を描き転がしたかと思えば

 

(ペチンッ!)

 

「うああああっ!!?」

 

 突然乳首の先を強く弾かれた那緒は、突然の強烈な刺激と驚きに、仰け反り声を上げる。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「や、やめなさい・・・! 眼鏡に、触るなっ・・・!!」

 

 全ての衣服を剥ぎ、装飾品を奪い取った植物淫魔の魔の手は、風螺華の眼鏡にも伸ばされようとしていた。

 風螺華は噛み付きかねんほどの殺気で吼える風螺華だが、五体を縛られ封じられていては何も出来はしない。

 

 

(シュル…)

 

 

 そして触手は、いとも簡単に、他の衣類を剥ぎ取るのと同じように無機質に、風螺華から眼鏡を奪い取る。

 

「あっ… や、やだ… 眼鏡、返して…」

 

 眼鏡を奪われ、瞬く間に気丈な人格から、泣き虫な子供の人格に変わってしまう風螺華。

 しかし淫魔は風螺華の懇願など理解することなく、眼鏡を放り捨てると、ゆっくりと風螺華の蹂躙にその触手を向けていく。

 

 

(ジュル… ジュル、シュル……)

 

 

「やっ・・・ イヤ・・・ やだぁ・・・ やめ、てぇっ・・・!」

 

 眼鏡を奪われた風螺華は、完全にいつもの気丈さをなくし、幼い少女のように涙を流し、悲鳴を上げることしかできない。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「静瑠!! 那緒!! 風螺華…っ!! ちっっくしょう………!!!」

 

 それは、同じく囚われている明奈も同じだった。

 

「(このままじゃ、みんな… くそぉっ!!!)」

 

 催淫の粘液を纏った無数の触手による愛撫を受け続けながら、明奈はなお歯を食いしばる。

 

このままでは、皆がこの触物淫魔の一部にされてしまう。

それだけは、なんとしても… 何があっても、なんとかしなければいけない。

 

 

「……… 俺は……… 俺は……」

 そこで明奈は、ほんの少しだけ、自分のことを思い返していた。

 

 

 小さい頃から、人並み外れた身長と体格を持っていた少女。

 少女はその体格に似合う、男らしい性格に成長し、心身ともに、やがて男よりも強くなっていった。

 

 しかしその少女は、同時に、周りのどのような少女よりも、少女らしい夢を心に抱いていた。

 

 “王子様”。絵本の世界の中にのみ存在する、少女の憧れと恋慕の象徴。

 明奈が父以外に出会った、完璧なかっこいい、強い男の人。

 

 架空の存在への恋。それが明奈の初恋だった。

 そしてその憧れの対象は成長と共に、TVヒーローへ移り変わっていく。

 

 ピンチに颯爽と現れ、優しく抱きかかえ、己を救ってくれるヒーロー。

 そんな、絵空事のような男性像にこそ、明奈は強く強く、憧れを抱いていたのだった。

 

 

似合わないと誰にも言われた。誰にも笑い飛ばされた。

だから、誰にも言わなかったことだった。

 

しかし…

 

 

『明奈ちゃんは、恋した方が絶対にいいよ』

 

 

 

 唯一、そう言ってくれた少女が、一人いた。

 明奈ちゃんなら、きっと“王子様”が見つけられる、と。

 

 だから、お互いに恋を諦めないでいよう。

 そう言った彼女は、1年前。その時と同じ笑顔を向けて

 

明奈の、そしてみんなの為に

 

自らの命を、犠牲にした…

 

 

 だから、全力で恋をしようと思った。

 いつか、阿美と同じようにその命を使う時まで。全力で生き、全力で恋を追いかけようと。

 

 

(シュル… シュル…)

 

 

「あっ… く…!!」

 

 明奈の気迫を僅かに察知したのか、触手達は更に、明奈の肢体に巻き付き、全身を弄び始めた。

 開いた口で乳房を啄(ついば)み、肉芽を突き回し、触手の先端をあらゆる箇所に擦り付ける。

 

「ひぐっ… く… う…っ」

 

 通常、ここまでの触物淫魔の蹂躙を受ければ、どんな女でも快楽と興奮に心乱され、理性が溶けていってしまう。

 

「ふ… ざけ… んなっっ……!!」

 

 しかし明奈は、女としての快楽の責め苦に冒されてなお、その覇気を失わない。

 

 

「(わかってるさ… 王子様やヒーローなんて、本当にはいやしないってことぐらい…!!)」

 

 でも… だからこそ。

 誰もいないなら、自分がヒーローとして

 自分の周りの大切な人間だけでも守れる存在になろうと、ひたすら強さを目指したんだ。

 

なら、今が… この命の賭け時だ…!!

 

 

「はああぁぁぁぁあああああああああっっっ………────!!!!」

 

 霊力が尽きた筈の明奈から発せられる、朱色の気。

 

 

「っっ……!!? 明奈…!?」

 

 それに最初に気付いたのは、静瑠だった。

 

「あれは… そんな…!」

 

 そしてすぐにわかった。

 あれは… 自分の命を燃やして、浄滅の炎と化す… 禁術中の禁術だ。

 

 命を燃料としたその術は、確かに爆発的な、膨大な浄滅の力を発揮する。

 確かに、それを使えば、この触物淫魔の群れも燃やしきれるかもしれない。

 

しかし、術は同時に、使用者の魂を大きく削るのだ。

良くても明奈の寿命は、残りの半分を大きく下回るだろう。

更に最悪の場合… 彼女は、術の発動と共に… 死んでしまう。

 

 

「ダメぇっ!!! 明奈!! それだけはやめてっっ────!!!」

 

 構わずに叫ぶ静瑠。

 しかし、覚悟を決めた明奈には、その叫びは届かない。

 

「なんで… 何であんたまで… あんたまで死ななあかんのよ…っ!!!

 あの子かて… 阿美やって、あんたに誰よりも生きててほしかったから…」

 

  今にあって、何も出来ない自分に絶望する。

 いつも助けてくれた親友が命を散らそうとしているのに、それを助ける何の手段も持たない自分の情けなさに。

 

「(お願いよ… お願い…!

 誰か… 誰か、明奈を助けて────────!!!)」

 

  もはや、祈るしか出来なかった。自分に────……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、私達は知っている。

 

そんな乙女達の危機を、命を懸けて救ってくれる男がいるということを────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でえええぇぇえええやあああぁぁああああっっ!!!!!」

 

  力強い雄たけびと共に、それは上空から、舞い降りた。

 

(ザ シュッ ────!!!!)

 

 

 

「え────……!?」

 

 気付けば、体が軽かった。

 

 体を締め付ける触手の力は急に失われ、ゆっくりと落下を始める、明奈の体。

 

 それを

 

 

(ガシッ…!!)

 

 

 力強く受け止める、逞しい腕。そして

 

「遅くなり誠に申し訳ありませんぞなもし!!」

 

 心のどこかで待っていた、ヒーローの… 声。

 

 

「でく・・・・ のぼう・・・?」

 

 恐る恐る開けた目に映るのは、天を突く独創的な髪型に、大きな目。

 そう、明奈が始めて見た時から好意を持てた男… 木偶ノ坊だった。

 

「はっ。木偶ノ坊でございますぞな」

 木偶ノ坊は、微妙に明奈から視線を外しながら、頷く。

 

 生まれたままの姿、裸の状態である明奈をまともに見るのが申し訳ないと思っているのだろう。

 その顔には、微妙に赤面の様子が見て取れる。

 

 

「っ…く」

 

「きゃっ…!?」

 

「ぎゃんっ!?」

 

 近くから聞こえる声に、明奈がはっと気付き周りを見渡すと、木偶ノ坊を中心とする周囲には、同じように風螺華や、静瑠、那緒が、

 触手の束縛から解放され、ある者は余力を使ってなんとか着地をし、ある者は着地に失敗し地面に顔面をぶつけてしまっていた。

 

 

 

 

「ははっ・・・ マジで来てくれたんだ・・・」

 状況を把握した時、明奈の口から漏れた言葉は、それだった。

 

「明奈どの、遅れて申し訳ございませぬ」

 視線を明奈に合わせられないまま、己の遅参を詫びる木偶ノ坊。

 

「いや・・・ すげえ嬉しーよ。夢みたいだ」

 自然と、自分の目に涙が浮かんでくるのが分かった。

 

 幼き頃に憧れ、自分の中でもいつしか諦めていた、王子様(ヒーロー)。

 死すら覚悟した明奈の前に現れた木偶ノ坊は、明奈にとっては正に、理想の…

 

 

「夢・・・? ぞなもしか??」

「あ、いや・・・・ その・・・」

 

 気恥ずかしさに、顔を真っ赤にしながらそっぽを向く明奈。

 

 

「あらあらお二人さん。御熱いこと」

 そこに入る、後方からの上品な声のツッコミ。

 

「し、静瑠…」

 

「目出度き親友の青春とあったら、ウチも水は入れとうはありまへんけど…

 どうやらやっこはん、このまま幕引きにはしてくれませんみたいやわ」

 

「………………」

 

  静瑠の言葉通り、危機はまだ去っていない。

 

 木偶ノ坊が切り裂いたのは、明奈達を捕らえていた部分を半径とした数十歩四方の触手達。

 突然の事に驚き戸惑っていたのも束の間、未だ無数に残る触手達の群れは未だ健在。

 

獲物を掻っ攫った乱入者に対する敵意、殺意をこれでもかと向け、触物淫魔は木偶ノ坊達の周りを既に囲み始めていた。

 

「くっ…」

 いくら木偶ノ坊でも、この数は流石に捌きようがない。

 そう判断せざるをえない明奈は、苦虫を噛み潰した無念の表情で周囲を見渡すが

 

「心配御無用!」

 その胸中の重き闇を、堂々たる声が一瞬にて消し去る。

 

「え…?」

 

「カーマやタオシーといった強敵ならばいざ知らず…

 このように数だけの雑魚が相手ならば、ツクヨミ様から頂いた白月天槍の敵にはございませぬ!

 明奈殿。少しの間、お伏せに」

 

「あ、ああ…」

 

  虚勢ではない、明らかな自信、自負の宿った言葉。

 それと共に、木偶ノ坊の武器、白月天槍の槍先が天空に構えられる。

 

 

「白月天槍、型ノ参…」

 静かに目を閉じ、息を吐くようにして、呟く。

 その声に反応し、木偶ノ坊の新たな武器は、大きく弧を描いた、鎌のような形へとその槍先を変化させる。

 

 淡く月の光の輝きを放つそれは、まるで夜空に浮かぶ三日月のよう。

 

 そして────

 

 

 

「彌華月(みかづき)!!!」

 

 

 それは、ほんの一瞬の一薙ぎだった。

 

 

(ビュウッ ───────…… )

 

 

 風が、駆け抜ける。

 

「ギ… シュ…?」

 何らかの攻撃が飛んでくると思いきや、ただの風が飛んできただけ。

そんな不可思議に、周囲を囲む触物淫魔達も首をかしげるような仕草で、触手の先端を曲げる。

 

 

 

 

その瞬間。風が、止んだ…

 

 

 

(ピッ…!)

 

 

 

 

「………………?」

 そして、次の疑問。

 

 ずり落ちる感触。

 それが、触物淫魔達の、最後の思考となった。

 

 

(バラ、バラ、バラバラッ………)

 

 

 瞬く間に、ボタボタと落ちていく、触手達。

 木偶ノ坊や明奈達を取り囲んでいた全ての触手は、空間ごと切断されたかのようにキレイに、木偶ノ坊が槍で描いた円の軌道の通りに

賽の目斬りの欠片となって、その大地を覆い尽くした。

 

 

「な… 何だ? 何が起こったんだ!?」

 突然の事に、驚き戸惑う那緒。

 

「今のは…」

 

「そうやね。これは…」

「………」

 

明奈。風螺華。静瑠。

幾多の戦いをその目で見てきた熟練の戦士である3人には、それが何なのかわかった。

 

三日月の形状をした、無数の鎌鼬(カマイタチ)。

 風の中に隠れたそれは、不可避の飛剣となりて、風を浴びたものを音もなく切断する。

 

 だが一つ一つは所詮小さな鎌鼬。

強大な力を持った者に通じるものではない。

 

 風のように舞える天津姉妹であれば、空気の変化から難なく避ける。

 神仏の加護を得た武神装女の鎧ならば、毛ほどの傷にもなりはしない。

 タオシーであれば術符による結界で無効化しただろうし、カーマに至っては、体から漏れる妖力だけでかき消してしまえる。

 

 そういった理由でこの技“彌華月”は、ことカーマ、タオシー攻略には役立たない技として作戦内容からは外されていた。

 それが今この時、葛葉達の予想外であるタオシーの二段構えの物量作戦に対する最高のカウンターアタックとなったのである。

 

 勿論、槍を持てば誰にでもできるというわけではない。

 

夜月が如く静寂なる心を得、白月天槍と心を一つにし、それを振るう。

口で語るだけならそれだけの事だが、人が世を捨て修行に全てを捧げ、仙人とされる境地にまで至り、ようやく辿り着く境地である。

 

しかし木偶ノ坊は、白月天槍を手に入れてから三日と少し… 葛葉神社の中における約二百日の中で、それに辿り着いた。

 

 それを可能にしたのは、生まれ持った天の資質でもなければ、霊力でもない。

 霊力を使わない代わりに、この武器を扱うに必要な境地に至るに必要なもの。それは…

 

 優しさである。

 

月は淡き光で夜の世界を守る。それは人を想う優しさという心の象徴。

 

 命を懸けて他者を守れる心。自分の事のように他者を自然に想える純粋な心。

 生まれた時は誰でも持ち得、しかし生きる限り、そして武器を手にし、己を修羅として戦う戦士である限り磨耗していく筈の精神。

 それを大人になっても失わず、更に心の奥で光り輝かせる…

 

 即ち、人とは遥かに違う次元に存在する神、ツクヨミにすら、何の抵抗もなく心を通わせるほどの純粋な心。

 それがあって、人は初めて白月天槍を自在に使えるのだ。

 

だからこそツクヨミは、木偶ノ坊という人物を理解した時、初めて自分の大切なオモチャを譲った。

そしてツクヨミの期待通り。木偶ノ坊は見事に、型の三を完全なものとするまで白月天槍を使いこなしている。

 

 

「…これで、醜悪な妖は一掃できたようでございますぞなもし」

 構えを解き、槍を降ろしながら大きく息を吐く木偶ノ坊。

 

「す…」

 その一番近くにいた、明奈は…

 

「すっっっ…… げぇ!!!」

 明奈は全裸の状態だと言うのに、両手を大きく広げ、子供のようにはしゃぐ。

 

「あ… 明奈殿!? 落ち着… わぶっ!!?」

 落ち着いてくだされと呼びかけようとする木偶ノ坊に、明奈が跳び、抱きついた。

 しかもちょうど、明奈の大きな胸が木偶ノ坊の顔を覆う形で。

 

「すっげえよ! 本当にすげえ!! やっぱ俺が見込んだとおりの漢だよ!!!

 惚れた!! もうマジでハートを全部持ってかれたっ!! もう、もう… ああもう! 好きにしろよ俺を────っ!!」

 

「んぶぶぶっ… んー! んぐぐー!!(あ、明奈殿! ひとまずお離れになってくだされー!!)」

 

 さっきまでのカッコいい姿はどこへやら。

 明奈の熱烈なラブラブアタックに、木偶ノ坊は蟹の倍速の様にわたわたとするしかなくなっていた。

 

 しかしそんなラブラブ空気も、いつまでも続くものではない。

 

「あらあら。ほんまにお熱いわぁ」

 そう、ここにいるのは二人だけではないのだから。

 

「あ… し、静瑠…」

 悪友の背後からの含みのある言葉とニヤニヤ視線に、急速に冷静に戻り、顔を引きつらせつつ振り向く。

 

「む…?」

 明奈の胸による窒息天国から開放された木偶ノ坊は、静瑠の姿に軽く驚かされた。

 

「服が…!?」

 いつの間にやら、静瑠。風螺華。そして那緒は、全裸の格好から昔の僧兵のような服に変わっていた。

 

「ああ。武神剛杵の力の一つだよ。

服を作ってくれるんだ。…あーゆー服限定だけどな」

 

「…なんと」

 

 

「ほら、明奈の武神剛杵。ついでに見つけときましたえ」

 そう言って、静瑠は明奈の武神剛杵をポンと投げる。

 

「おっとと」

 それを難なくキャッチする明奈。

 

「それで明奈も早よう服着た方がよろしゅおすよ。

 …それとも何でしたらお二人はん、そこら辺の岩陰でご休憩しときます?

 ウチらはあっち行ってますさかい」

 

「なっ…!!」

「し、静瑠っっ…!! おま…」

 

「なーんて。じゃあウチは、お先に皆の所に行ってますー♪」

 それだけ言うと、静瑠は早足で麻衣とカーマがいるであろう地点へ、二人の横を通り、まっすぐ走っていく。

 

「はぁ… 何やってるんですか、まったく…」

 その次に二人の横を通ったのは、同じく着替えを完了した風螺華。

 彼女に至っては眼鏡も速攻で見つけたようで、完全にいつものクールさが戻っていた。

 

「おめでとーございますっ! 明奈姉!! 結婚式楽しみにしてますっ!!!」

 そして最後に、那緒もダッシュで二人の横を駆け抜けていった。

 

 

「…ったく、あいつら」

 後ろ頭を掻きながら、そんな三人の仲間の後ろ姿を見る明奈。

 その顔には、自然な笑みが浮かんでいた。

 

「明奈殿… その、早めに服を…」

 

「……あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ… えらく間が空いちゃいました。申し訳ない。

仕事とかね、色々ね、うん。大人ってイヤだなー(ぇ

 

今回はほんの微々エロと、木偶ノ坊と明奈のイチャイチャでお送りしました。

 

 次はえーと… いよいよ仁vs薫と、天津姉妹vsカーマですね。

 仕事がお休み取れる… とゆーか、忙しくならないように祈りつつがんばります。

 



BACK       TOP