淫獣聖戦 偽典 「繭地獄」 6

 翌朝、亜衣は麻衣を置いて、早めに屋敷を出た。昨晩、桂教師のことで口論になったのだ。まだラッシュ時間前のバスは空いている。亜衣は腰を掛けると、流れる風景を横目に、入浴時のことを思い出す。
 亜衣は湯船から上がり、水栓の前に座る。水が弾かれるように玉になって、背中を滑り落ちる。この世代特有の現象だ。
「おねえちゃん」
「何」
 鏡越しに見ると、麻衣が湯船の縁に捕まって下半身を浮かべ、こっちを見ている。
「麻衣。行儀悪いわよ」
「えへへ」
「それで?」
「うん。おねえちゃん。あのさあ。そのう・・・。おっぱい大きくなったよね」
 やや訊き辛そうに切り出した。鏡を覗くと、麻衣は自分の胸を手で持ち上げている。
「うん。ちょっとね」
 偽りが口を突く。
「お尻も何かむっちりした感じだし」
「そうかなあ」
 確かにこの間までは、もう少しほっそりしていただろう。太ったと言うよりは、出るべきところが出たと言うべきで、ウエストの括れもはっきりし、成熟の匂いを醸してきている。脚も脂が乗った感じで、肉感が増しつつも、足首はすっきりと伸び、少女からの脱却を図っている。
「麻衣もさあ」
「うん?」
「麻衣も、大きくなっちゃった」
「そう」
 ちゃぽんと水音がして、麻衣は背中を向けた。
「やっぱり、あれのせいかな」
 亜衣はどきっとした。あれとは、あの忌まわしいことに違いない。
「考え過ぎよ。私たち育ち盛りなんだから。急に大きくなったって、おかしくないわ」
「そ、そうよね」
 気まずい沈黙が、浴室に漂う。麻衣は、眉間に寄せていた皺を、意図的に弛緩させた。
「そうだ。おねえちゃん。今日学校で何怒ってたの」
「ああ、桂先生。知ってるでしょ。あいつが、天神様の悪口言ったのよ」
「嘘」
「太宰府に流されたのが、さも当然みたいなこと言うんだもの」
「えー。うちのクラスの時はそんなこと言わなかったけどなあ。それに」
「それに?」
「優しそうで、いい先生じゃない。ハンサムだし」
「えええ。どこが。あんた、まさか」
「なによ」
「桂先生を好きになったんじゃないでしょうね」
「ば、馬鹿なこと言わないでよ」
「麻衣は、惚れぽいし、免疫なさそうだし」
「免疫って、じゃあ、おねえちゃんは、ちゃんと恋をしたことあるの」
「私は、天神子守衆として・・・」
 ざーっと水音がして、かき消される。立ち上がったのだ。
「はいはい。優等生よね。もう上がるわ」
「麻衣」
 呼んだが、無視してぴしゃりと引き戸が閉まった。
「天神学園前、天神学園前」
 アナウンスで、亜衣は我に返った。バス停に降り立つと、たくさんのパトカーが学園の門前に列を成している。また何かあったんじゃ。既に嗅ぎ付けたようで、マスコミの記者やカメラマンが屯している。
 登校して来る亜衣の姿を見つけると、ビデオカメラを抱えた男達が駆け寄ってくる。
「今朝もまた全裸で倒れている、こちらの女生徒が見つかったのですが。どう思いますか」
「学校側から、何か聞いてますか。どう指導されていますか」
 矢継ぎ早の質問に、亜衣も面食らう。
「今、登校したばかりです。何も知りません」
 毅然と答えるが、報道陣も取り囲み食い下がる。どうせ顔にモザイクを掛けねばならないだろうが、被写体は美少女に越したことはない。
「怖くないですか、学園側の責任を問う声もありますが」
「通して下さい」
「あなた方」
 金属的な怒声に、男達が振り返る。引っ詰めの髪に縁なしめがね。オールドミスと呼ばれている教頭だ。
「生徒への直接取材は認めていませんよ。どこのテレビ局ですか。天津さん、早く入りなさい」
 亜衣は小走りに、学園敷地内に駆け込む。ふうっと息を吹いて振り返ると、まだ教頭が叱っている。教頭先生ありがとうと思いながら、ふと傍らを見ると、鑑識官と思われる警察が数名、黄色立ち入り禁止テープを張り巡らした内側で何事か作業をしている。と言うことは今度は、学園内で見つかったのか。亜衣は苦々しく思いながら校舎に入った。結局その日も全校集会が行われたが、夜間外出禁止、金曜日ながら半日授業、当面放課後の部活動の禁止という処置が伝えられた。

 各園内では満足な情報は得られないので、第一の被害者、真田由香里の時と同じように、調査結果を巫女弟子の菖蒲から聞くことになった。大広間で亜衣と麻衣が、沈痛な面持ちでテレビの報道を視ている。
「菖蒲さん。佐倉有希子さんも、同じように全裸で発見されたという間違いないのね」
「そうです。正門内の脇の土の上だそうです。ただ、そこには争ったあともありませんし、発見された時点で、被害者の足の裏には土が付着していなかったそうです」
「ということは、どこかで襲われて、正門内に運ばれたということ?」
「警察もそう睨んでいるようです」
 麻衣は、気が付いたように口を挟む
「そうだ。真田さんも、学園に行くって言い残してたのよね。今回は?」
「今回は何も言っていなかったようです。麻衣お嬢様。残念ながら、同じように意識はあるもの、精神は混乱しているようで、まともな受け答えができないようです」
「学園に何らかの関係がないとは言い切れないわけね」
「他に、佐倉さんと真田さんの共通点はないかしら」
「そうねえ。この名簿の写真をみると綺麗というか、可愛いわよねえ」
 うーむ、それだけで手がかりにはと、亜衣は思った。
「容疑者は?」
「まだ、その件の情報は出てきませんが、一つ手がかりが」
「何?」
「あまりはっきりしないものの、足跡が一つだけ残ってたようです。そのサイズが30cmだそうです」
「随分大きいわね」
「警察はその線から当たるとのことでしたが・・・」
「そう。では当面の問題は犯人が人間か、それとも淫魔衆かってことね」
「おねえちゃん。淫魔衆の可能性ってあるの?」
「わからない。人間なら警察に任すしかないけど。淫魔衆だったら放っては置けないわね。麻衣。桂先生の足のサイズは?」
 訊かれた麻衣は、亜衣の方に振り向く。
「さあ、でも30cmもあるようには・・・それって、桂先生を疑ってるの?」
「桂先生が、学園に来た翌日よね、第一の事件は」
「偶然よ」
「確かに桂先生の足は、そんなに大きいようには思えなかったわ。明日こっそり確認しようと思う」
「おねえちゃん。いくら天神様を悪く言われたからって・・・」
「それだけじゃないわ、何か気になるというか、うまく言えないけど」
「とりあえず職員玄関の下駄箱を調べればはっきりするのね」
「いいえ私がやるわ」
 亜衣が麻衣を制するように、言い放った。
「どうぞ。それで、違うとわかったときにはどうするの」
「夜、学園を監視するしかないかな。外だと絞り込むのは、まず無理だし。」
「お嬢様達自ら?」
「ええ。学園は警備員を付けるそうだけど。淫魔衆だったら当てにならないわ」
 しばらく、沈黙がが流れる。
「そういえば、今回の被害者は、地獄とかまゆとか口走るそうです」
「地獄とまゆ。まゆって人の名前?それとも繭玉のまゆかな」
「そこまでは・・・」



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