淫獣聖戦後伝・羽衣淫舞(1)

 長野県上水内郡鬼無里村。
 戸隠連峰の南西端、西岳の山頂に近い山中に、つい最近小さな神社が建立されたことを知る者は地元にも少ない。朴訥な庵がひっそりと建てられているのは、ところどころ岩窟があるような起伏の激しい山峡の台地であった。
 庵のそばには鮮やかな朱に塗られた鳥居がある。
 その鳥居の奥に、まだヒバの白木の輝きを残す小さな祠が建っていた。神酒を入れた漆器も供物台もまだ新しく、線香の青白い煙が一筋、初夏のみずみずしい空気の中に立ちのぼって風に消えていく。

 庵の中では、巫女装束に襷を掛けた天津姉妹がちょうど板の間の雑巾掛けを終えたところだった。
 「ふぅ、だいたいこれで片づいたわね。」
 姉の天津亜衣は額にうっすらとにじんだ汗を拭って、妹の麻衣に微笑んでみせた。
 「うん、これからここで新しい暮らしが始まるんだね。」
 鬼夜叉童子との壮絶な戦いの終焉から一年が経った。
 天神子守衆の新たな当主となった亜衣と、妹の麻衣には平和な日々が戻っていた。
 「でもお姉ちゃん、鬼麿様がいないと本当に静か。」
 鬼麿とそのお目付け役である木偶の坊は一昨日、この地を離れて全国行脚の旅へと発っていった。
 姉妹との別離を泣いて惜しんだ鬼麿だったが、いつまでも子供ではいられない。なんといっても人間の年齢でいえばもうすぐ成人を迎える鬼麿である。天神の末裔として、その名にふさわしい威厳と人格を身につけるためには甘えの許されない環境での修行が必要なのだ。
 「ほんとね。でも私たちにも修行があるんだから、明日から覚悟しておきなさいよ、麻衣。」
 「えー、もう明日から?」
 「あたり前でしょ、おばあちゃんの遺志を継いで天神子守衆を再興しないといけないんだから、一日だって遊んでる余裕なんかないわよ。だいたい麻衣は・・・」
 「あー、お姉ちゃん、わかった、わかりました。私だっていつまでも頼りない妹ではいられないってことくらいわかってるんだから。」
 麻衣はちょっとふてくされたような態度で立ち上がると、掃除の後片づけのために立っていく。
 その後ろ姿を、亜衣は穏やかな微笑で見送った。

 昨年、鬼獣淫界との戦いの中で祖母・幻舟が命を落とし、神社も屋敷も全焼した。
 しかし、天神子守衆には先祖代々の檀家が多く、神社再建のために多くの支援が寄せられた。
 支援者や檀家の中には高名な宮司や僧侶もいたし、財界にも政界にも、この若き美姉妹への援助を惜しまないと言ってくれる信者はたくさんいて、邪悪な炎に焼かれた神殿もすぐに再建されたのだった。
 だが、天神子守衆当主を継承することになった亜衣は山に籠もって修行をする道を選び、「鬼無き里」という地名が気に入ってここに分祠を建てたのだった。

 山の四方と祠の周囲には結界を巡らし、祠の裏側は断崖が深い谷へと落ちこんでいた。
 そのような自然の要害を備えた地を選んだことからも、亜衣の用心深さがうかがえる。
 鬼夜叉童子の死が鬼獣淫界の滅亡を意味するのかどうか、それは亜衣にも麻衣にもわからないのだった。
 鬼獣淫界が放った刺客、カーマとスートラの二人は本当に恐ろしい敵だった。祖母を殺され、屋敷も神殿も焼かれ、同級生たちが何人も鬼夜叉童子の餌食となった。そして、亜衣も、麻衣も・・・。

 カーマやスートラ、そして鬼夜叉童子ももはや存在しない。
 だがいつ再び、彼らに匹敵するような、いや、彼ら以上の強敵が現れないとも限らないのだ。
 そんな強敵との戦いに勝ち、この平和な世界を守り通すためには、天神子守衆宗家の血を引く姉妹がさらに厳しく心と体の鍛練を積まなくてはいけない、と亜衣は思う。
 だが、亜衣も麻衣もまだ十八になったばかり。普通の高校生ならそろそろ自分の将来について考え始めたかどうか、という年頃なのだ。この山奥に籠もることで世間から取り残されてしまう不安もあるし、巫女達に任せてきた神殿のことも気にかからないわけではない。
 自分自身が選んだ山籠もりという選択が果たして良かったのかどうか、それはこれからの山中での生活にかかっていると思うのである。

 「きれいな景色ね、お姉ちゃん。」
 祠の裏側、遠く里が見渡せる断崖の上に立って、亜衣が少し感傷的な気分に浸っていると、麻衣がすぐ横にやってきて声をかけた。
 「え・・・あ、本当ね」
 亜衣が気がついて目を上げると、もう山の端に日が落ち、空は茜色に染まっていた。
 「やだ、お姉ちゃん、夕焼けを見ていたんじゃないの?」
 「ううん、ちょっと考え事してたから・・・。」
 「もう。こんな門出の日に暗い顔してたらダメよ。明るくいかなくちゃ!」
 麻衣の天真爛漫な明るい声に、亜衣は何度救われてきたかわからない。大きな瞳に美しい夕焼けをキラキラと映して、しっかりと前を見つめている麻衣の横顔を見ながら、亜衣は頷いた。
 (うん、そうよ、しっかりしなくちゃ。)
 二人は、夕食の支度をするために庵の方へと戻っていった。

     ◇ ◇ ◇

 亜衣と麻衣の二人が夕暮れの山中で夕飯の食卓についた頃・・・。
 姉妹のいる庵と尾根を挟んで反対側の斜面に、一人の登山者が歩いていた。
 仲間と一緒に戸隠連峰の縦走を目指して入山した斎藤孝明という青年で、東京の大学に通っている学生だった。孝明は一人で山菜を摘みに来て、どこかで道を間違えたらしい。熊笹の中を不安そうな面持ちで歩いている。
 背が高く、細身で、整った顔つきにどこか品格が感じられるのは、彼がさる高名な宮司の息子で、何不自由のない暮らしを送ってきたからかもしれない。
 日が落ちてそろそろ足元が見えづらくなってきた、と思った時、少し離れた大きな岩の上にもう一人、男が立っているのに気がついた。
 ずんぐりとした大男で、手にした独鈷のようなものを岩に突き立てて仁王立ちのような姿で遠く谷の向こうの山を眺めている。
 このあたりの修行僧か、と思い、孝明は声をかけた。
 「すみません。道に迷ってしまったんですけど、道を・・・」
 これで助かった、と思った孝明は、言いかけた言葉を途中で呑みこんだ。
 岩の上の男が、見るからに異様だったからである。
 「う、うわっ」
 孝明は咄嗟に何か、殺気のようなものを感じて立ち止まった。逃げなくては、と思うのだが足がすくんで動くことさえできない。後ずさりしようとして、孝明はその場に尻餅をついた。
 次の瞬間、孝明は岩の上の男がフワリと浮くのを見たように思った。
 しかし、その後のことはわからない。
 何かの衝撃を感じて、孝明はその場に倒れ、そのまま意識を失ってしまったからである。

 「斎藤せんぱーい!」
 「斎藤くーん、どこー?」
 懐中電灯を持って、孝明を呼ぶ声が近づいてきたのは、孝明が気を失って数分後のことでしかなかった。
 孝明のことを「先輩」と呼びかけたのは一年生の平田優奈。肩までかかる黒髪と、優しげな黒い瞳を持ったスレンダーな美女である。
 一方、君づけで呼んだのは孝明と同じ三年生の横山美樹。茶色がかった大きな瞳が印象的な愛くるしい童顔に似合わず、Tシャツの上からでも見て取れる胸の膨らみは大きく、キャンパスでも人気がある。昨年の学園祭ではミス・キャンパスの最終選考にまで残った実績があるほどだ。
 「優奈ちゃん、ごめんね、疲れてるのに。」
 「そんなこと・・・大丈夫です、今日はそんなに疲れませんでしたし。」
 「それならいいけど。でもそうね、今回は斎藤君達も無理のない行程を組んでくれてるみたい。」
 「じゃあ、いつもはもっときついんですか?」
 「そうよ。日が高いうちからテントを張るのは珍しいんだから。」
 「えー!私、続けていけるかなぁ。」
 「クスッ、やっぱり疲れたのね、ゴメンね。」
 後輩を気遣う美樹の表情も優しい。
 「あっ、先輩っ!」
 孝明を見つけたのは優奈だった。孝明への憧れがあるのだろう。その声には弾むような喜びがあった。
 「どうしたの、斎藤君、遅いから心配したのよ。」
 美樹もまたホッとしたような表情を見せて、孝明に近づいた。
 「うん、ちょっと足をひねっちゃってね。ちゃんと歩けないんだ。」
 孝明は足を引きずるようにして、彼女たちの方に歩みかけ、すぐに膝をついて右足の足首を押さえて顔をしかめた。
 「あっ、先輩、大丈夫ですか?」
 優奈は慌てて孝明に近づくと、
 「肩貸します。どうぞ。」
 と言い、憧れの先輩との密着が嬉しいのか、笑顔で孝明に寄り添っていく。
 美樹もまた、そんな優奈の様子を眩しそうに見つめながら、孝明の反対側の手を取って、孝明を抱き起こした。
 「きゃっ」
 「痛っ・・・」
 優奈と美樹が同時に、小さな悲鳴をあげた。
 孝明が二人に抱えられて立ち上がった、その瞬間のことである。

 その夜・・・。
 普段は深い闇に閉ざされた戸隠の山奥では、小さな焚き火が燃えていた。
 そしてその焚き火の周りには男が三人、女が二人・・・。
 「あん・・・横川君・・・」
 美樹の豊かな乳房にむしゃぶりついているのは横川、と呼ばれた二年生だった。
 山歩きが唯一の楽しみという横川は、気の優しさだけが取り柄というような、無口で陰気な大人しい男なのだが、今は爛々と眼を輝かせて美樹の乳首を口に含み、巧みな舌技で美樹の張りのある体を痺れさせている。
 デニムパンツが膝まで下ろされ、ピンク色のビキニショーツの上から横川の指先で陰部を刺激されて、美樹はショーツの布地に滲むほどに愛液を溢れさせている。
 一方、優奈の方はすでに全裸だった。三年生の小塚の前にひざまづき、固くなった男根を小さな舌で丹念に舐めている。そうしながら右の手のひらで自分の乳房を揉みしだき、左手では濡れそぼった蜜壺に指を入れてクチュクチュと動かしていた。
 「ああ・・・小塚先輩、スゴい・・・」
 ぼってりとした肥満体型の小塚は大汗をかきながら、冷たい表情で優奈の卑猥な唇の動きを見つめている。
 そのかたわらで、孝明は整った顔に残忍な笑みを浮かべながら、そんな彼らを満足げに眺めていた。

 彼らをよく知る者から見れば、この光景は信じがたいものであろうし、彼らの表情もまた別人に見えるに違いない。
 二年生の横川はつい先日、風俗店で筆おろしを済ませたばかり。女性と交際したこともなければ、当然素人童貞であった。
 小塚にしても似たようなもので、女性経験はほとんどない。人一倍性欲は強いののだが、太っていることへのコンプレックスと生来の気の弱さとで、恋愛は苦手な性格なのだ。
 他のサークルの友人たちが、美樹と優奈という二人の美女のいるワーダーフォーゲル部を羨んで、「美女と野獣、ならぬ、美女と家畜、孝明はさしずめ家畜の飼い主だな」なんて悪口を言うのも無理からぬ話であった。

 そんなクラブの、初夏の山岳縦走でこのように乱れた行為が行われることなど想像する者はいなかったし、何より本人達もまたそうだった。尋常な意識があれば、の話ではあるのだが・・・。

 孝明が立ち上がり、乱暴な手つきで美樹のデニムパンツを脱がせ、ショーツを剥ぎ取った。両膝を開かせてその間に腰を沈めると、美樹の濡れそぼった淫裂に猛った凶棒を挿しこんでいく。
 「あああっ」
 美樹の体が歓喜にわななく。横川は美樹の体にまたがって、美しい顔にグロテスクな肉茎を突きつける。美樹はためらうことなく横川の勃起に唇を寄せていく。
 その横では優奈が前屈みになって木の幹に手をつき、形のいい尻を突きだして立っている。その後ろから小塚が立ったまま挿入し、激しく腰を使っていた。優奈は突かれるたびに甘い喘ぎ声を漏らし、恍惚とした表情で小塚に身を預けている。
 美樹の体深くまで貫いて熱くなった蜜壺をかき回しながら、孝明は低く笑った。
 「ふふふ、我が淫ら草の秘術にかかって正気でおれる人間などおらぬわ。」
 それは孝明の爽やかな声とはまるで違う、不気味な響きを持ったダミ声だった。



TOP       NEXT