「てやぁっ────!!」
(ギャンッ────!!!)
「たぁああっ────!!!」
(ガキンッ──────!!!)
鬼獣淫界の淀んだ空の中。切り結び、剣戟の火花を散らす、二者。
太陽が如く輝きを魅せる、日輪の神の加護を新たに得た薙刀と
闇を具現したかのような暗き黒色の、二本の短刀。
新たな光を得た天神の巫女と、つい数日前まではそうであった、淫魔の女王。
同じ顔、同じ血肉、同じ魂を持つ二人は、互いに守るべきものの為。
これが最後となるであろう、三度目となる姉妹同士の戦いを繰り広げていた。
その剣戟、既に幾百合。
激化を続ける二人の戦いは、既に地上には収まらず。
神通力、或いは淫魔の妖力を駆使し、互いが互いに、空を舞台として、刃の交わりは那緒も激しさを増す。
それは正に、光と闇の戦(いくさ)舞い。
悲しく激しきその死闘は同時に、神と悪魔の戦いを描いた絵画を思わせる、現実離れをした美しさを放つ。
両者の力は、完全に拮抗していた。
いや、少なくとも、その戦いを見守る者達には、そう見えていた。
しかし
「くっ・・・!」
麻衣だけは知っていた。己の劣勢を。
これまでの幾百合。決定打さえなかったものの、悪衣から麻衣への攻め手は、今では8割を超えている。
対して、麻衣から悪衣へと、薙刀を攻めへ転じられた数は、圧倒的に少ない。
(ヒュンッ────!!)
「っっ────!!」
そんな疾速の戟の中、
右の斬撃を目晦ましにした、左からの挟みの二撃が狙われる。
(ガキンッ────!!)
それを、麻衣は薙刀の軸の回転で、なんとか受ける事が出来た。
「諦めなさい、麻衣!!」
ギチギチと、刃同士が歯音を立てた鍔迫り。
それに合わせ、身を前に傾ける形で麻衣と肉薄しながら、悪衣は命じる。
「・・・・っっ、やだ・・・っ!!」
しかし、麻衣も決してそれを受け入れはしない。
「もう終わりなの。わかっている筈よ・・・!!」
正面に麻衣の顔を見据え、悪衣は尚麻衣の姉として、最後の忠告を放つ。
そう、麻衣にもわかっていた。
姉妹の甘えも、岩戸での闘いの時の慢心も、今の悪衣には無い。
つまりは、先の戦いであった最後の悪衣の隙という名の好機は、今この戦場において完全に消え去った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だからこそこの死闘は、純粋な信念と、自信の力が全てを決める。
そして・・・ その戦いで、麻衣は、悪衣に押されている。
これが既にこの戦いの答えになっているという事は、もうとっくにわかっていた。
「(わかってるよ・・・)」
信念なら、負けない。だけど、お姉ちゃんも決して譲らない。
だからこの劣勢の理由はわかっている。
それは、純粋な霊力、妖力、肉体能力、そして・・・ 経験。
死ぬ思いで、地を這いずり、この数日間。己の心も身体も苛め抜いた。
それでも、たった数日の付け焼刃が、長い年月の積み重ねを超えるには至らなかったのだ。
例えて言うなら、それは大きな杯の中にある、砂塵の中の一握りにも満たない差だろう。
それだけの違い。しかし、その“それだけ”が戦いの優劣と、勝敗を決めてしまうのは、よくわかっていた。
でも、それだけで奇跡に近い。
元々は、もっと大きな、見た目にも分かるほどの差だった。もっと、色々なものが足りなかったんだ。
お姉ちゃんは・・・ 私には無い、たくさんのものを持っていた。
そして私は、そんなお姉ちゃんに・・・ ずっと甘えてきた。
天照大御神による加護。
葛葉という師による、超短期間におけるギリギリまで詰め込まれた修業。
それらを以ってしても、姉、天津亜衣を・・・ 悪衣を、超えられない。
でも、だからこそ・・・
◇ ◇
時を戻し
昨日 葛葉神社
それは、決戦の日の僅か一日前。
師、葛葉による。麻衣達の最後の修業の日の終わりの事。
「さて、最後にお主にだけ話すことじゃが・・・」
その日、麻衣は葛葉によって、決して広くは無い葛葉神社の堂の中へと招かれた。
今、麻衣と葛葉の二人は、明るくも暗くもない堂の中で、互いに正座の姿勢で向かい合っている。
「何度もやった打ち合わせの通り、しばらくの間、悪衣の相手はお主一人でやることになる」
「はい・・・」
そう、それは最初に決めたこと。
全てを成功に導く為の、大胆ながらも最も希望の可能性があると、皆が信じている、策戦。
「私・・・ 必ず、お姉ちゃんに・・・ 淫魔姫、悪衣に・・・ 勝ちます」
ぎゅっと、無意識に膝の上の布を握り絞る。
それだけ、麻衣の役目は強い意味を持ち、そして重い。
「無理に勝つ必要はない。
・・・いや、恐らくお主は、このまま正面からぶつかっても、悪衣には勝てんじゃろう」
しかし、葛葉の答えは意外なものだった。
「え・・・?」
麻衣は勿論、驚きの表情を見せる。
「そういうもんじゃよ、姉妹というのは」
ずず、と。緑茶をすする葛葉。
姉とは、自分と妹の両方を背負い、守っていく上で逞しくなるもの。
そして妹は、姉に守られて、心優しく成長していくものだ。
「時折、わしのような落第点の姉もおるが・・・
お主と亜衣は、これ以上はないほど真っ当で、美しい姉妹の形じゃろう。
それは、姉の為に奮闘するおぬしの姿を見れば分かる」
・・・それが故に、これほどまでに妹に想われ、慕われる姉は、きっととても強いだろう、と。そんな言葉を付け加えて。
「何で、ですか・・・?」
今になって、何故そんな事を言うのか。
麻衣は、今や師匠である葛葉の言葉に失意を覚えながら、尋ねる。
「そりゃそうじゃろ。何にしても、絶対に超えてやる〜! っちゅう気概がないうちは話にならんもん」
コトリと、湯飲みを床に置きつつ
「それにな、付けるからには最高の付け焼刃をつけたつもりじゃ。わしの指導じゃしな。
・・・重要なのは、そこで勝敗を決す事ではない。この作戦は、要は悪衣に一瞬の隙さえ作り出せば、それでよい」
「お姉ちゃんに・・・ 隙?」
「うむ。その時初めて、XYZ作戦は成就する」
「でも・・・」
そんなの、どうやって・・・?
「それはお主が見つけねばならん。
わしらは付き合うた日数こそ少ないが、紛れも無く仲間じゃ。
じゃが・・・ それでも、本質的な意味での理解、そして絆は、間違いなくお主ら姉妹には遠く及ばぬ。
この戦、真に勝敗を決めるものがあるとするならば、それはお主らの間にしかないものに違いあるまい」
「私達姉妹の間にしか・・・ ない、もの・・・?」
「それを戦いの中で見つけ出せ。そして、それを破れ。
その時初めて、お主は亜衣と、悪衣を救うその可能性に手を伸ばす事が出来る・・・」
そう、可能性。
XYZ作戦は、それ自体には成功するかどうか、それ自身が希望かどうか、わかってはいない。
仮にXYZ作戦が成功したとしても、それで全てが善き方向に向かうという、保証も確証も無い。
逆に言うなれば、取り返しの付かない悲劇と絶望を生むかもしれないのだ。
「それでも・・・ 私達は、やるしかない」
「そう・・・ 全ては、お主次第。お主が決める事じゃ」
「私が・・・ 決める・・・」
気付かない内に、麻衣は
心臓の上。左の胸布を、ぎゅうと掴んでいた。
不安の苦しさに、押し潰されそう。
怖くて。怖くて・・・ いっそ、何もかもから逃げ出したいとさえ思っている自分もいる。
でも・・・
「私が・・・」
◇ ◇
再び
鬼獣淫界 荒野
「(私が・・・ やらなきゃ・・・!)」
それが、麻衣をより奮い立たせた。
「はっ────!!」
(ギィンッッ────!!!!)
「くっ───!!?」
腕から肩、全身にかけての一体の動きで繰り出される、カウンターの薙ぎ払い。
それまで完全な攻勢だった悪衣は、その一撃に大きくたじろぐ。
「私は・・・ 超えなくちゃいけないの!!」
薙刀を握り締め、戦女神が如き気迫を以って、麻衣は一直線に、悪衣に向かって突進した。
全ての霊力を足先で爆発させた、韋駄天が如き俊足───
「(一瞬の輝きだけでもいい!! 例え二度と戦えなくなってもいい!!
私を助けてくれた皆の為に!! 何より・・・ お姉ちゃんの為に・・・ 私は・・・・・っっ!!!)」
「・・・!? な、────!!?」
悪衣は驚愕した。
突進という大胆を超え、無謀にも近いその判断。
それだけでなく、悪衣の目に見える、麻衣の構えは───
「(投擲───!?)」
右手を撃鉄に、左手を固定具にした、直線の投擲。
確かに、あれだけの速度で突進する自分をカタパルトにして撃ち出せば、かなりの威力にはなるだろう。
しかし────・・・・・・
己の武器である薙刀を投げる。これ以上の暴挙はない。
大型武器の投擲は、それだけ軌道も読み易く、回避や防御もし易い。
失敗すれば最後、麻衣は武器を失い丸腰になる。・・・それは、事実上の敗北だ。
苦し紛れの出鱈目にしては、麻衣の顔は決意に満ちている。
今まで見た事の無い。強い信念の目。
それが、危険だと告げている。
「たぁぁあっっ──────────!!!!!」
(ビュウンッ────!!!)
だが、巨大な刃の弾丸は、投げられた。
唸りを上げて、麻衣の薙刀は、真っ直ぐに悪衣を捉える。
「っっ────!!!」
疾い。
正にこれは、神が放つ光陰の矢の如し。
悪衣が予測し、身構えるよりも疾く、薙刀は襲い来た。
これを避ければ、悪衣は必ずその隙を突かれ、麻衣に敗北する。
ならば────
「だあああぁああっ────────!!!!」
戦神を思わせる、咆哮が如くの叫び。
それと合わさる形で、悪衣の二刀はクロスを描き
(ガキィィィィイインッッ!!!!!)
そのクロスの中央点。二つの刃の力が合わさる絶妙の“点”で、悪衣は飛来する刃を、撃ち落した。
渾身の力をぶつけられた薙刀は、命を失ったかのように威力を失い、ゆっくりと地に堕ちてゆく。
だが、それを確認する暇などありはしない。
悪衣は次なる攻撃に対する防御の為、二刀を構え直し、勢いのまま、大きく前に刃を振る。
これが悪衣を守る結界となり、同時に麻衣をも守る。
薙刀を撃ち出す為に速度の落ちた突進なら、麻衣自身に止めるなり軌道を変えて逃げるなり出来ることは、わかっていたから。
そうすれば、武器の無い麻衣には、戦闘続行の手段は・・・ ない。
麻衣による薙刀の射出は、意外性以外でも、疾さ、威力・・・ 確かに悪衣の予測を超えたものだった。
それは、両腕に強く残る痺れが物語っている。
しかし、それでも悪衣は、天津亜衣はより冷静で、強く、疾かった。
例え短刀二刀流や、ナイフ術の達人をもってしても、ここまで疾く構えの切り替えから第二撃へは移れない。
そこに麻衣の見識の甘さがあった。そう、悪衣は理解した。
これは、完璧なる王手。
これで麻衣が、自分の手に戻ってくる。そう確信した。
しかし────
「え────?」
麻衣は、止まる事も、軌道を変えて逃げる事も、せずに─────
(ザ、クッ───・・・!!!)
「────!?」
一瞬、呆気に取られる悪衣。
悪衣の小太刀による、相手の打つ手無しという形での王手になる筈だった一撃は
麻衣の胴衣を斬り、麻衣の右肩と、左脇腹を・・・ 斬り裂いた。
「ぃ、ぐ・・・・・っ」
(ドンッ・・・!!)
苦痛に顔を歪ませる麻衣が、突進の威力を殺さぬまま、悪衣に激突する。
決して浅くは無い斬傷という対価を払って、実力劣る麻衣は、遂に悪衣の懐に入る事が出来たのだ。
「あ・・・ あ・・・」
悪衣は、震えている。
勝利の為には、今からでも遅くは無い。麻衣を傷つけたのは誤算だったが、突き飛ばすなり何なりすればいい。
客観的な視点を持つ存在がこの戦いを見ていたら、そう思ったかもしれない。
だが、悪衣に・・・ “天津亜衣”に、そんな事は出来る筈もなかった。
「わた・・・ わた・・・ し・・・?」
何が起こった? 今私は・・・ 麻衣に、何をした?
私の小太刀は、今・・・ 何を、斬った?
麻衣は、わかっていた筈なのに、何故止まってくれなかった?
麻衣の事を何でも分かっている筈の私は、何で・・・ 麻衣のこの行動が分からなかった?
「そん・・・ な・・・」
だって、天津麻衣が、天津亜衣を傷つける事なんて有り得ないし
そしてそれ以上に、天津亜衣が天津麻衣を傷つける事など、絶対に有り得てはならないのに。
姉(わたし)は、妹(まい)を守らなくちゃいけない。
私はお姉ちゃんなんだから、麻衣を傷つけるもの全てから、麻衣を守らなくちゃいけない。
そう思っていた。そう誓った。17年以上も、ずっとそうして来た。
なのに・・・ なのに・・・
在ってはいけない光景が、目の前に在る。
目に映るものが全て灰色にしか映らない中、麻衣の肩と脇腹から流れる血の色だけが、すごく、赤くて────
(グッ──!!)
「!?」
悪衣が混乱から覚められない中。
驚くべき事に、麻衣は少なく無い出血も、泣き叫びたいであろう程のものと容易に想像が出来る痛みも無視し
そのまま悪衣の両腕を、脇に挟み込んだ。
「っ────!!?」
在りえぬ事の連続に、悪衣は驚きを隠す余裕すらない。
激痛、なんていう言葉じゃとても足りないほどの痛みのはずだ。
だったら、その痛みに泣いて、叫んで、姉(わたし)に助けを求めて戦意を失うのが
それが、麻衣じゃなかったのか。
なのに・・・
「っ・・・・〜〜〜〜・・・・・・ つ・・・ つか、まえた・・・っ」
痛みを超え、両手首を決して離すまいと強い力で握り、自分を目で見つめながら、僅かに微笑みそう言う。
目の前の少女は・・・ 本当に、麻衣なのかと、分身に等しい姉にすら、そう思わせるほどに。その瞳に、揺らぎは・・・ 無い。
確かに、戦闘に於ける駆け引きも経験も、【天津亜衣】である悪衣の方が上。
しかし、悪衣は最後の最後で読み誤ったのだ。
麻衣の、今回の戦いにおける覚悟を。
亜衣(あね)を欠き、様々な戦いや出会いを経験した上で得た、天津亜衣の知らぬ麻衣の強い意志を。
その意思の力こそが、この戦局を決め付ける逆王手となる。
そうして、待ち望んでいだ【油断】の瞬間が、ようやく訪れたのだ。
麻衣はこの逆王手に至るまでを、狙っていたわけではない。計算もしていない。
ただ単純に、姉の為にも負ける訳にはいかない。という一つの想いが、自分の傷より優先された、それだけだった。
しかしそれが、この姉妹の対決を決定的な終局へと導く。
妹を傷つけてしまい、それで狼狽し油断しない姉など、どこにいよう。
そして・・・
◇ ◇
「今だっ!!」
(ガバッ────!!)
その時、鬼獣淫界の大地に点在する大岩の一つが、岩色の布となり、勢い良く内から剥がれされた。
誰もがただの岩と疑わなかった空間から出現したのは、別の場所へ向かった筈の逢魔仁と
「おおっ!!!」
同じく、木偶ノ坊。
「・・・っ!!?」
悪衣が今更に伏兵に気付くも、もう遅い。
「亜衣様っ!! ・・・・・・ご無礼、仕りまするぅぅっっ!!!」
大きく咆哮しながら、木偶ノ坊は、悪衣の元へと跳んだ。
木偶ノ坊の両手に握られているは、ツクヨミから授かった白月天槍。
それを構え、木偶ノ坊は
「型の零。新月っ!!」
そう叫ぶと共に、天槍の柄を回転させる。
すると、三日月形の刃は忽ち消滅し、新月・・・ つまり、刃の無い姿へと変化した。
「はっっ!!!」
とん、と。
刃の無い天槍が、悪衣の腹を極軽く付いたかと思うと
「月輪よ!! 月読命の力を以って、魔を縛せよ!!」
その木偶ノ坊の言葉と共に、消えた筈の刃が今度は悪衣の腹を囲うように、円月輪の形となる。
「っ───!?」
それが完全な捕縛と、混乱したままの悪衣が気付くよりも早く。
白月天槍は、木偶ノ坊の首に掛けられた青の勾玉─── 八尺瓊勾玉と呼応し、サファイヤブルーの発光を始めた。
(バチバチバチバチバチィッ────!!!!)
「ぐ、あ、ああああああっ────────!!!!??」
聖浄の光は、淫魔姫である悪衣を苦しめ、肉体の自由を奪う。
同時に、もう一人・・・ 天神の巫女、亜衣に、月の神の力が流れ込んでくる。
“亜衣”を奥底に縛り付ける鎖が、外れていく。壊れていく。
「麻衣さまっ!! 今ですぞなもしっ!!!」
「はい!! 八咒鏡・・・ 招来!!」
続いて麻衣が、傷を追ったまま、神器、八咒鏡を召喚する。
人の全体を映せるほどの大きさの鏡が、苦しむ悪衣の姿を、その鏡面に、映す───
「こ、これは・・・・・!?」
八咒鏡に映った悪衣の姿は、一同の驚愕を呼ぶに足るものだった。
天津亜衣という大きな枠組みの中、それぞれ存在する、光の亜衣と、闇の悪衣。
そして・・・ その両者の全身を縛る、重く堅固な鎖。
“天津亜衣”という肉体の中に在る、光の心と闇の心。
張り巡られた堅固なる鎖は、その両者を縛り、肉体という殻から抜け出す事を許さない。
しかし、“亜衣”は、自身に巻きつくその鎖を、徐々に皹を生じさせ、壊していった。
月読の勾玉の力は、白月天槍を通し、亜衣に確実に、解放する力を与えている。
このままいけば、亜衣は確実にその戒めを、縛りを破壊し、解き放たれるだろう。
だが・・・
「そんな・・・」
麻衣は、鏡の中の映像に戦慄した。
それは、鎖が一つ、また一つ破壊される毎に、精神の外殻である“天津亜衣”が、自壊していく光景。
「あ、あ、ぐ・・・っ あ、ぐ、ぁ・・・っ が・・・!!!」
消えたくない・・・。消えたくない。消えたくない。キエタク、ナイ───!!
蒼き光に包まれる中、天津亜衣の中で、激しく亜衣と悪衣が入れ替わりながら、霊力と妖力がスパークを起こす。
それは、パンクの前兆だった。
空気を入れすぎた風船は、破裂する。
袋に包まれ、成長しすぎた植物は、やがて袋を突き破る。
そして、容量の膨らみ過ぎたコンピューターが、オーバーヒートを起こすように
それと同じ事が、今、天津亜衣の中で起こっていた。
天津天神の巫女、亜衣と。淫魔の姫、悪衣。
遥か昔は一つだったその心は、今や完全な二つへと分かれ
今や、その二つ共が、一つの個と同じ容量(こころ)を持ってしまった。
だから最初から、亜衣に力を取り戻させればいいとか、そんな単純な話ではなかったのだ。
二兎を追うものは、二兎とも失う。一兎だけを救うと決めた者だけが、救うことが出来る。そう・・・ 一兎だけを。
それは、最初からわかっていた事だった。
天津亜衣という肉体(うつわ)は、元よりたった一つしかないのだから・・・
◇ ◇
再び時を戻し
昨日 葛葉神社
「失礼します」
「ぞなもし」
麻衣と葛葉のいる神社の屋内に新たに上がってきたのは、天敢雲に選ばれた戦士。逢魔仁と、木偶ノ坊。
「おー。ま、座れ座れ」
葛葉が指さす先、少し年代を感じる座布団の上に、仁と木偶ノ坊は素直に腰を下ろす。
「ご用件は?」
「神器を使う際の最終注意じゃ。麻衣にはもう言い聞かせた。
・・・で、残るは一番厄介なお主の神器についてじゃが、厄介すぎるので、麻衣にも聞いてもらう」
「え・・・ 私も、ですか?」
退室の準備をしていた麻衣は、少し面食らう。
「そー。全くコイツは、一人では無茶しよるからなー。誰かわかっとる奴が付いておらんと」
のう? と、葛葉は横目で仁を見る。
「・・・・・・・・・・」
仁は黙して語らず、ただ葛葉の言葉は真正面から受け止めていた。
「お主が使ってよい、天敢雲・・・ つまり、真の剣の極意、その使用回数は───」
葛葉が、ゆっくりと右手から指を上げる。
「一回。これを必ず守れ」
そうして葛葉が指で示した数は、1だった。
「・・・・・・たった、一回・・・!?」
黙して聞く仁に対し、麻衣は明らかな驚きを見せる。
「うむ。良くても悪くても一回じゃ。それ以上は絶対に使うてはならん」
「真の剣の極意・・・ それは、人が本来持たぬ、それこそ日ノ本が国の中でも原初たる神。三貴神の力・・・
更にその中でも最強の戦神たる須佐之男ノ命じゃからこそ使える神の力じゃ。
この力なら、全てのものが斬れる。それこそ形の無いもの、概念じゃろうが法則じゃろーが、何でも一撃じゃ。
なんちゅーか、反則(ハメ)もいい所な力じゃが・・・ だからこそ、他の二つの神器と比べ、その負担はダンチじゃ」
「・・・・・・・・・・」
仁は、確かにそれを知っていた。
神器取得の試練。あの時でさえ、激しい疲労に襲われ、霊力がほぼ底尽きた。
あの時さじ加減の一つでも間違っていれば、五感全てを失っていただろう。
「お主の戦士としての才と、努力は素晴らしい。
たった数日で、一回でも使えるようになったのじゃからな。
恐らくは、千人・・・ いや、万人に一人とおるまい。・・・わしは、数日とはいえ、お主を指導できた事を誇りに思う」
「・・・・・・勿体無い、お言葉です」
葛葉の言葉は、仁にとって本当に、心の底から嬉しいものだった。
「じゃからこそ、お主は生きねばならん。お主はこれから、絶対に多くを成す事が出来る。
・・・絶対に無茶をするな。過去への負い目に捉われては、その呪縛に足元を掬われるぞ」
仁の事を心の底から案じるが故に、そう言った葛葉だったが
「違います」
仁は、その時だけは、強き語気でそれを否定した。
「俺にとっては、薫は過去じゃありません。
今、あいつは生きている。生きて・・・ 誰かに、助けを求めているんです」
「・・・・・・・・・・・・」
仁は、【誰か】と言った。
意識してか、そうでないかはわからないが
【俺の】と言う事を、恐らく己自身が許さなかったのだろう。
今の今まで、薫を助ける事はおろか、見つける事も出来なかった愚かな自分が
欠片でもそう思うなど、傲慢に過ぎると・・・ そう思っているのか。
「断言しておくぞ。二度目にその力を使うた時・・・ お主は、死ぬ」
「・・・・・・・・・・・ はい」
仁の顔に驚きは無い。
その限界は、自分が一番分かっているのだろう。
「これが最後じゃ。使うのは一回。これを必ず守れ。
そして、必ず生きて帰って来い」
「・・・・・・・・・・・・・」
麻衣は黙して、しかし、仁の方を心配な面持ちで見守っている。
絶対に大丈夫だと、そう言い聞かせる一方で
この人は、安倍薫を助ける為に、自分の命を投げ捨ててしまうかもしれない人だから。
「必ず生きて帰ると、誓います。・・・・・薫と、一緒に」
◇ ◇
回想は終わり
鬼獣淫界 上空
遥か上空に飛び上がった仁は、霊刀“火輪”を抜き、斬撃の構えを取る。
落下は徐々にスピードを上げ、身を切るように風がビュウビュウと通り過ぎていく。
その先に在るのは、木偶ノ坊の白月天槍によって動きを止めている、天津悪衣。
軌道が逸れる事は無い。五感があろうとなかろうと、タイミングを間違えることは無い。
あとはこのまま、【天敢雲】の力を以って、たった一回、この刀で・・・ 斬ればいい。
しかし問題は、その斬る場所にある。
悪衣の部分? それとも、二人の亜衣を縛る鎖?
そのどれも違うと、己の勘が告げる。
どちらにせよ、チャンスは、この一回きり。
俺に二度目があろうとなかろうと、この一回の斬撃が、全てを決める。
使命の重圧が、刀を重く感じさせる。
だが・・・ 怖気づく事も、後退も許されない。
「(行くぞ、火輪・・・!!)」
体内の気の流れの中枢に働きかけ、スイッチを探り当てる。
────第一感 切断(オフ)────
視覚が停止し、完全な闇が支配する。
────第二感 切断(オフ)────
臭覚が停止し、鬼獣淫界の荒原にほのかに漂う匂いが消失する。
────第三感 切断(オフ)────
聴覚が停止し、ビュウビュウという、風を切る音が、完全に消えた。
────第四感 切断(オフ)────
味覚も停止し、舌の先からの感覚がなくなる。
────第五感 切断(オフ)────
肌から感じる風の感覚も消え。
完全なる無の世界の中
発揮させるは、あの時、あの場所と同じ
常人では辿り着けない、第6感をも越えた、超常の目────
心の中の目を凝らす。
拘束された天津亜衣の居る場所。それが、イメージの靄の集合となって・・・
「(見えた ────!!!)」
鏡にも映っていた、鎖のイメージ。二人の亜衣のイメージが視える。
だが、斬るべきは、そこじゃあない。
あの子は、麻衣は、報われないといけない。
その為にはここで、お姉さんを俺が、この一撃で助けなければいけない。
最大限に想うんだ。
麻衣と姉さんが、笑顔で共に在る未来(ねがい)を。
見つけるんだ。
麻衣のお姉さんを、二人ともに救う為の、映像(イメージ)を────!!!
感じない筈の網膜が、チリチリと焼きつくような痛みが襲う。
人を越えた領域への挑戦に悲鳴を上げているのは、肉体か、霊体か
「っ────!!」
その時、微かに
それまでは見えなかった新たな像が、仁の世界の中に浮かんだ。
「(あれは・・・・・!?)」
何となく分かる。
あれは、存在でも概念でもない、【法則】。
【天津亜衣という存在は、世界にたった×××である】という。この世に在る全ての人に在る、存在の法則だ。
「あれか────!!」
見えるということは、斬る事が出来るということ。
そう、俺が斬らなければいけないのは、あのイメージだと、魂が、刀に宿る神の力が告げる。
天敢雲は、元より人の力では斬る事が出来ない、森羅万象を【斬る】ことが出来得る、唯一つの神具。
それは例え、相手が【法則】であろうと、例外は無い────!!!
「はあああぁぁああああああっっ─────────!!!!!」
己の耳に決して届かない、一閃の叫びに全ての気合を込め
( 斬 ッッ───────・・・・・・・!!!! )
真の剣の極意。
天敢雲は、振り下ろされた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どうも、ドミニアです。
後々XYZを見られる人には訳が分からない話だと思いますが、実に2ヶ月ぶりの続きになります。
お前は富樫か!! とか言われそうですが、いえいえ、僕はちゃんとけっこう前から作ってありましたのですよ?
まず、SS上の流れとはいえ麻衣の玉の肌をザクッとやっちゃったことを深くお詫びします。
誠に、まことに!! すいません!! ごめんなさい!!! m(_ _;)m
予定より内容が長くなってしまったので、ここでカット。予告していた明奈達のエロは次で。
ここもまた非常に申し訳無い点なのですが、もはやいつもの事と化してますね(汗
さて、天敢雲による斬撃は何を斬ったのか。成功か、絶望か。奇跡か。
ここからはかなりの急展開となります。では、また。