それから数日後

 

    鬼獣淫界   牙の谷  

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 そこは、淫魔の社から少しだけ離れた場所にある渓谷。

まるで獰猛なる獣の牙のように切りたつ岩山が並ぶことから、牙の谷と呼ばれる場所。

 

 その牙の谷の中で、一番高い岩山の上に、タオシーがいた。

 多大な日数をかけて完成した、巨大な術式陣の中央で、精神を集中させているのだろう、目を閉じ瞑想している。

 

鬼獣淫界を跋扈せし、百鬼夜行の者達よ。我が声、活耳し聴け───

 我が声に応え従うなら、己の妖かしなる本能がまま狂鬼となり、己が敵を砕き、潰し、滅ぼす力を与える───

 狂乱の宴欲しくば、我に忠誠を。我と共に来たりて、我と共に暴れ狂え───

 

(キ ィ ィ ィ ィ ン────────────)

 

 

  溢れるほどの憎悪を孕んだ強大な霊力が、術式陣を通して変換され、鬼獣淫界中に広がっていく。

 

(ウォォォォ────・・・・・・)

 

 風の音か、それともタオシーの術により狂い猛る邪鬼達の咆哮か。

 タオシーの言葉に応えるように啼く音が、彼女の最後の戦いに対す気概を支える。

 

 

「これで、最後・・・

 もうすぐ、これで・・・」

 

 

 

 

◇    ◇    

 

 

 

 

          一方

 

       固定空間  葛葉神社 裏手  鬼門道入り口

 

 

 

 

「さて・・・ いよいよ、時は来た。

 これより我らは稲荷明神の力を借り、鬼門を通って鬼獣淫界は淫魔社(やしろ)まで行く。

 この世界の命運を賭けた戦いじゃ。泣いても笑っても、XYZ作戦が失敗すれば、もう後はないぞ」

 

  葛葉神社の社の裏手には林があり、その奥の洞窟は、人でも通ることが出来る鬼門道へと繫がっている。

 それを使っての淫魔社へのゲリラ攻撃、直接の殴りこみというのが、彼らの作戦だった。

 

「・・・・・・はい!」

 強く頷く麻衣と、他のXYZ作戦のメンバー達。

 

 麻衣以外に木偶ノ坊、仁、葛葉の3人を中心とし、脇を固めるように、明奈と風螺華がそれぞれ胴衣やスーツに身を固めている。

 

 特に、武神剛杵以外は何も持たず手ぶらである明奈と対象的に、風螺華は背に大きな荷物を背負っている。

 風螺華の背より多少低いぐらいだろうか、布で覆われたそのシルエットは、まるで柱のように太い円筒形。

 

「風螺華さん、それは・・・?」

 麻衣が尋ねると

 

「着いてからのお楽しみ・・・ ということで」

 と、簡単な受け答えだけをして黙ってしまった。

 

 おそらく、既に戦士として集中し戦いに臨んでいるのだろう。

 

「ふぁ〜〜〜〜・・・・・・」

 一方の明奈は、まるでそんな様子を見せず自然体で、欠伸すらしている。

 

「(大丈夫かな・・・)」

 思わず麻衣がそう思ったところで

 

 

「明奈の強さは、どんな状況でも自然体でいれるところにあるんよ」

「はあ、そうなんです・・・ え!?」

 

 ここにいない筈の人の声に、麻衣は驚き振り向く。

 

「おはよおす〜」

 元気に手を振っている、一人の女性。

 

 

「静瑠さん・・・!?」

「静瑠・・・」

 

 林の向こうから姿を現した静瑠に、麻衣と明奈はつい声を出した。

 

「おま・・・ 何でここに来たんだよ!?」

 そして誰よりも疾く、明奈が静瑠に歩み寄り、詰め寄った。

 

「この決戦、ウチも参加しますよって」

 明奈の問いに対して、静瑠は譲らぬ瞳でそう答える。

 【したい】ではなく、【する】というその言い方に、彼女の中ではそれが決定なのだということが伺えた。

 

「・・・・・・ へえ、そーかい。それじゃ、当然右手は治ったんだな?」

 

「麻衣はんの治癒の光のおかげか、もうすっかり」

 静瑠は笑顔でそう語るが・・・

 

 

「・・・・・・・・・・ 悪ぃ、葛葉のばあちゃん。少し時間くれねぇ?」

 明奈は厳しい顔のまま、葛葉に頼みこむ

 

「・・・・・・ 仕方ないのぅ。あまりかけるでないぞ?」

「わかってるって。 ・・・静瑠、ちょっとこっちに来い」

 

 そう言って明奈は、さっさと木陰に移動し

 

「・・・・・・・・・」

 静瑠も、無言でそれに従った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 皆から少しだけ遠い木陰の中、明奈は真っ直ぐ静瑠を見、静瑠は明奈から目を逸らしている。

 

「右手、見せろ」

 睨みを利かせ、より詰め寄る明奈。

 

「・・・いやどす」

 そんな明奈の迫力に負けず、そう応える静瑠だったが

 

「いいから見せろ!!」

 

(バッ!!)

 

 明奈は男勝りの強引さで、背中の後ろにさりげなく隠していた静瑠の右手の肘を掴み、目の前に引き出す。

 

「・・・・・っ」

 苦痛に顔を歪める静瑠。

 その右手首はガーゼで固定されており、なんとか薙刀が握れるようにしているようだが、その痛々しさは酷いものがあった。

 

 

「静瑠・・・ 利き手も治ってねえのに、どういうつもりなんだ? テメエでテメエの状況がわからねえバカじゃねえだろ」

「・・・わかってます。ウチみたいのでも、今から向かう場所では少しの役にぐらいは立つ筈・・・ せやない?」

 

 実際に静瑠の言うとおり、こっち側の戦力はいくら実力者を揃えた少数精鋭とはいえ、それでも不安は大きい。

 例えほんの少しでも戦力が欲しいのは実情であった。しかし・・・

 

「死ぬぞ」

 

「おかしな事言うんやね。元々、この作戦に全員生きて帰れる保障なんて無いはずやけど。

 それに、別にウチは死に場所を探してるつもりやないし・・・ね」

 

  ニコッ と笑う静瑠。

 

「静瑠・・・・・・」

 

 明奈はよく知っていた。

 自分も人に決して譲らない頑固さで定評があるが、こうなった時の静瑠はそれ以上だということ。

 そしてそうなったら、死んでも意見を曲げないということも

 

 

「・・・・・・好きにしろよ。そのかわり、イチイチ助けてやれねえからな。おっ死んでも知らねーぞ」

「ウチも神藤家の戦士どす。そんな覚悟ぐらい、とっくに」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 もちろん、明奈の言葉は本気ではない。

 もし静瑠が窮地に立てば、明奈は自分の命の危険を顧みずに静瑠を助けようとするだろう。

 そしてそれは、静瑠にとっても分かりきったことである。

 

 

「・・・・・・・・・ 行くか」

「そう、やね」

 皆の元へ、歩き出す二人。

 

「・・・俺もお前も、自分だけの命じゃねえ。俺たちの命は、阿美に助けられた」

「そしてウチは、ラシャの分も・・・」

 

 呟くように、独り言のような形で話し始めた。

 

「お互い、死ねねーなぁ」

「それに、お互い懲りひんしね」

 

 二人は、笑い合っていた。

 死地に向かっているというのに笑い合える。

 

 それが、最高の親友であり、最大の戦友である、二人の絆だった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「おー、来た来た」

 最初に戻ってきた二人に気付いたのは、葛葉だった。

 

「悪ぃ。待たせちまって」

 フレンドリーに、しかし決して悪く軽快ではない明奈の謝り。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 今回に関しては、風螺華もちゃんとわかっているらしく、敢えて何も言わず黙している。

 明奈と静瑠の間ほどでもないが、風螺華もまた、同じ戦友であり仲間なのだと伺える。

 

「(いいな・・・ ああいうの)」

 

 と、麻衣は自然にそう思った。

 これまで麻衣の戦いの中には、肩を並べて戦えるような存在は姉しかいなかったわけだから、当然といえば当然と言える。

 

 この戦いが終わったら・・・

 お姉ちゃんが帰ってきたら・・・

 私も、本当の意味でこの人たちと、肩を並べられるようになりたい。 そう、思った。

 

 

「(でも・・・)」

 

 

だって、私も天津亜衣だもの・・・

 

 

 もう一人の姉・・・ 悪衣の顔と声が思い浮かぶ。

 

 本当に、成功するだろうか?

 成功しなかったら、失うものは・・・ 多すぎる。

 

 私も、そして・・・

 

 

 

「大丈夫か?」

 ふいに、肩をポンと叩かれ ハッとする。

 

「仁さん・・・」

 麻衣に優しく語りかけたのは、仁だった。

 

「気持ちは分かるが、ここが正念場だからな。

 大丈夫。俺達なら上手くやれるさ。・・・それを、信じよう」

 

  何の嫌味もない、心から心配してくれて、元気付けてくれるその言葉。

 

 仁は、麻衣の後ろにいてくれたが故に、誰よりも早く麻衣の心の機微を読み取り、声をかけてくれたのだ。

 

「あ、はい・・・ ありがとう。仁さん・・・」

 いや・・・ わかっている。

 私だけが特別なんじゃない。

 

 この人は、常にみんなの後ろにいる。

 いつどんな時、場所でも、みんなの後ろにいて、その視界に常に全員を入れているのだ。

 

 何かがあっても、すぐに助けられるように。

 それは、彼の元来の優しさと、彼が常に全ての仲間を守る逢魔の隊長であるがこそ。

 

 そして、その根底にあるものは・・・ かつて、守れなかった・・・

 

「っ・・・」

 ふと、自分の中に、嫌な感情が沸き上がったことに気が付く。

 

「(いやだな・・・ 私・・・)」

 

 仁さんの瞳の中にずっと映っているのはタオ・・・ 薫・・・ ちゃんで、私なんかじゃない。

 それはわかっている。わかっているのに

 

 だけど

 

一瞬だけ、それが悔しく思ってしまった。

 

 

 

(パンッ──!)

 

 

「っ!?」

 突如響いた、小気味良く乾いた音に、その場にいたほぼ全員が、音のした方向を見る。

 

 音の正体は・・・

 

「・・・・・・よし」

 麻衣が、自分で自分の頬を両手で叩き、気合を入れた音だった。

 そう、気合は入れた。もう、余計なことは考えない。

 

 あとは・・・ 前に進むだけ。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「オンキリキリバサラ・・・ ウンダッタ!!」

 葛葉が錫杖を地面に突き刺すことで、目の前の空間が歪み、地獄の様に黒い穴が開く。

 

「よし、行くぞ────っ!!!」

 気合充分の葛葉は、大きな声と共に、勢い良く穴の中へ入っていった。

 

「へへっ! いっちょ暴れてやるかぁ!!」

 その次に明奈。

 同時に、風螺華と静瑠が飛び込む。

 

「はっ!!」

「せーの・・・ えいっ───!」

 更に、木偶ノ坊と麻衣。

 

 そして・・・

 

「待っていろ・・・ 薫」

 最後に仁が、大切な相手の名と、決意と共に 穴へと飛び込んだ。

 

 

(バチバチ、バチバチ・・・・・・)

 

 

 全員が飛び込んだことで、徐々に小さくなっていく、穴。

 本当なら、仁を最後の客として、その入り口は消えるはずだったが・・・

 

 

(ガサガサ・・・ ガサガサ・・・)

 

                            (ガサガサッ、ガサガサガサッ!)

 

 

「・・・・・・・・・(ひょこっ)」

 不自然に揺れた茂みから顔を出したのは、那緒。

 

「よ〜〜〜し・・・ 見てろよ」

 既にトンネルサイズから、フラフープより小さくなっている穴。

 しかもそれはどんどん、閉じるスピードが上がっていく。

 

 那緒はその正面から、数歩だけ下がると・・・

 

「でやっ───!!」

 軽快な助走から、プールの飛び込みスタイルのジャンプ。

 それは見事に、目標を誤らず

 那緒の全身はスッポリと、穴の中にホールイン・・・

 

「いてっ!!?」

 することはなく、足首で引っかかって転倒したらしい。

外から見れば、カラフルな靴下を着た右足首だけが穴から覗いているおかしな光景だろう。

 

「おっとと、危ないっ!」

 那緒が慌てて、残った足首も引っ張り入れると

 

(シュゥン・・・・)

 

間一髪で鬼門の穴は、完全に閉じた。

 

「あっぶねー・・・ 一生ひっかかったままになるとこだった・・・」

 安堵の溜息を一回すると、那緒はすぐに立ち上がり

 

「急いで追いかけるか・・・。はぐれたら冗談じゃないもんな」

 小さく小さく見える麻衣達の一行を、自慢の走力で追いかけていった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    淫魔の社   カーマの寝室

 

 

 

 

 そこにいたのは、いつものように二人。

 悪衣の人格である亜衣と、邪淫王カーマだけが居る。

 

 カーマはいつもの恰好で立ち上がった姿。

一方悪衣は一子纏わぬ姿で、決戦前の最後の行為の余韻か、まだ紅みを残した頬のまま、寝具の上で上体だけ起こしている。

 

「どう?」

 と、悪衣は尋ねた。

 

「完璧だ。この力の漲り・・・ おかげで完全に神の頃の力を取り戻せたらしい」

 

 右手を自分の目の前で、グッと握ってはパーの形に開く動作を繰り返すカーマ。

 深呼吸を繰り返すと、溢れるほどの妖力の流れと高まりがより顕著に現れ、それは、悪衣の目にも分かるほどだった。

 

「カーマスートラ神の・・・ というより、邪淫神カーマスートラの完全新生と言うべきかしら」

 

「そうだな。 むしろ淫魔の姫君による契りの祝福だ。当時よりも力が増したかもしれん」

 悪衣の顎をクイと上げ、顔を近づけながら擽るように囁く。

 

「ふふっ・・・ もう」

 口付けを交わす、二人。

 

 

 淫魔と人間では、性交という単語において、様々な点において違いが多い。

 妊娠の頻度もそう。

 

 寿命というものが無いに等しく、性交こそがアイデンティティでもある淫魔は、人間と違い滅多に妊娠をしない。

 食事と性交が同義である淫魔もいるように、交わり合うことは、妖力の交換であり、高め合う行為でもある。

 

 女の淫魔にとって、男の精は高質の妖力、霊力の凝縮であり

 逆に男の淫魔にとっては、交わりし女の絶頂の際にそれを得うる。

 

 交わる事によって、強く成長し、力を得、時には傷や消耗を癒すのが、淫魔なのだ。

 

 上級の淫魔ともなれば、よりずっとその効果も高い。

 それが、邪神カーマスートラと、元は天女の血を引く霊性の高い巫女が、堕ちて生まれた淫魔の姫ともなれば、尚の事。

 

 カーマスートラとして復活したカーマも、しばらくは妖脈(妖力が流れる血管のようなもの)のほとんどが断裂しており、肉体の再生程度しか昔の力が戻っていなかった。

 しかし、先程のように幾夜と、体を重ね、悪衣を抱き、愛し合ったことでカーマは、自身でも驚くほどの速さで、神としての力を取り戻していっていたのだ。

 

 

 

 

「さて・・・」

「行かなくちゃね」

 黒き衣装に身を包み、全ての用意を整えた悪衣。そしてカーマ。

 

「タオシーを待たせすぎるのも悪いからな」

 ポキポキと音を立て、カーマは指を柔軟させている。

 

「そうね・・・」

 その背に、悪衣はそっと頭を傾けた。

 

「この戦いが、終われば・・・」

 誰にも邪魔されること無く、この鬼獣淫界で・・・ カーマと、タオシーと、私の三人で生きられる。

 

 ずっと、ずっとカーマと一緒に・・・

 

「(絶対に・・・ 負けない!!)」

 きゅっと唇を噛み、悪衣は強く、強く決意する。

 

「・・・そうだな」

 一方のカーマは、ぼうっと斜め上を見上げ、何かを考えているような、そんな様子。

 

「・・・カーマ?」

 そんなカーマの様子に、悪衣は一瞬だけ不安になった。

 

「どうかしたか?」

「ううん、なんでもない・・・」

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 そして決戦の地へと赴く為、二人はそれぞれの武器を取りに、一時別れた。

 カーマの三鈷杵は寝室にあるが、悪衣の武器は悪衣の部屋にあるので、カーマは一人庭先にいる。

 

「・・・・・・・・・・」

 カーマは、鬼獣淫界の決して晴天ではない、紫の空を見上げていた。

 

「・・・・・・・ さて、勝ち残るか、それとも滅ぶか・・・

 どちらにせよ、これでいい」

 

  ぼそりと呟いた、言葉。

 その意味は、カーマにしか分からないのだろう。

 

 

「お待たせ」

 少しの時を置いて、悪衣が備を整え戻ってきた。

 

「フフ・・・ せいぜい、暴れてやるとするか」

「素敵。頼もしいわ」

 

 闇の地に身を浸す二人は、寄り添ったまま、死闘の場へと向かっていく。

 勝つは不遇なる闇か、茨踏み歩む光か

 

その結末は、誰にも分からない・・・

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

                                                             

    鬼獣淫界  広陵な大地

 

 

 

 

ウオオオオオオオォォォォ・・・・・・・・・

 

 

 

 

「うわぁ・・・・・・」

 最初に声を洩らしたのは、麻衣。

 

「おーおー、いるいる。翼生えたのやら牙がでけぇのやら。お、ありゃ新種だなぁ。

・・・なぁ、葛葉さんよぉ・・・ 敵の淫魔の数は最大数千って、言ってたよな?」

 

 右手の平をおでこに水平にくっつけ、遠くを覗く動作で暢気に語りつつ、横目で葛葉を見る明奈。

 

鬼門より、鬼道を通じ・・・ 鬼獣淫界は淫魔の社に最も近い場へと辿り着いた麻衣達一行。

それを出迎えたのは、山か、川かというほどに無数に広がる、狂いし淫魔達の大群・・・ いや、大軍だった。

 

「・・・え〜〜と」

 読みを遥かに超えた数の、淫魔を含む魑魅魍魎の数々という光景に、葛葉は冷や汗タラタラで目を逸らしている。

 

「確実に、万は超えていますね。葛葉様の予測した全体数の、およそ十倍以上の数です」

 ハーフリムの眼鏡をクイと上げ、冷静に指摘をする風螺華。

 

「・・・うう、ゴメンチャイ」

 皆に指摘を受け、葛葉は心なしか一気にシュンと小さくなっていた。

 

 

「葛葉様が悪いわけではありません。

・・・薫の。そう、カオルの霊力と才能が、葛葉様の、そして俺達の予想を遥かに超えていたんです」

 

  仁の目は、既に淫魔の大軍には向いていない。

 彼が見つめているのは、更にそのずっと奥にいる、一人の少女なのだ。

 

「むぅ・・・ 薫の奴、こんなとんでもないパワーを持っとったんじゃなぁ。

 本当に驚いた。・・・ひょっとすると、性徴如何では清明に次ぐ陰陽師になるかもしれんな」

 

  葛葉の言葉には、戦慄以外の感情も含まれていた。

 過去の安倍には捨てられた忌み子でも、葛葉にとっては紛れも無く我が子の一人だからだろうか。

 どことなく、嬉しささえ感じられる、そんな顔を、していた。

 

 

「ま、ここでギャーギャー言っても仕方がねえよ。俺達のシゴトは一つ。それをすりゃあいい」

 パシッ! と、拳と掌をぶつけ乾いた音をさせる。

 明奈の瞳は、殺気と闘志に燃えていた。

 

 

「そう。雑魚の露払いは我々の仕事です」

 ハラリ、と。

 風螺華の持っていた【何か】を包んでいた布が外れ、その正体が露になる。

 

 それは、柱の様な大きさの、戦艦にでも付いていそうな巨大ガトリング砲だった。

 それも二門。ただし、外装の模様や、刻まれた真言など、通常のガトリングとは全く見てくれは異なる。

 

 現代の安倍による霊子科学技術の結晶。

 そして、瀬馬風螺華の非・変身時の中では最強の武装である。

 

「ウチらが前座の雑魚を相手してる間に、麻衣はん達はラスボスの所へ」

 静瑠もまた、愛染の武神剛杵を取り出した。

 

 

「で、でも・・・ それは敵の数が葛葉さんの予想してた数の場合で・・・ あんな・・・」

 

 麻衣は当然異を唱えた。

 数千という予想数だけでも充分過ぎるほど危険に過ぎるのに、更にその倍の数なんて・・・

 これではまるで、死の為に向かわされる、特攻兵だ。

 

 

「麻衣はん」

 そんな麻衣に声をかけたのは、静瑠。

 

「ウチらは絶対に勝ちます。千やろうと万やろうと、絶対。

 せやから、麻衣はんも頑張って」

 

  そう言って、極上の笑顔を向けてくれた。

 

 

「明奈どの・・・」

 木偶ノ坊も、明奈に声をかける。

 

「心配すんなよ。言ったろ? この戦いが終わったらデートしようって。

 俺さ、約束だけは破ったことがねえのが自慢なんだ」

 

  静瑠とはまた違う、太陽のような笑顔で親指を立てる明奈。

 

「約束だ。ぜってぇ生きて、勝って帰ってくる。

 だから木偶ノ坊もぜってぇ死ぬなよ。・・・でねぇと、地獄まで殴りに行くからな」

 

  トン、

 そんな音をさせ、木偶ノ坊の胸板を軽く拳で叩く。

 

 

 

「さて・・・」

「皆、準備はよろしゅおすか?」

「あたりめーだろ」

 

 三人が、それぞれに違う武神剛杵を取り出す。

 

 

 

 

「「「霊装!!!」」」

 

 

「不動!!」 「愛染!!」 「広目!!」

 

 

 

(カッ────!!!!)

 

 

 

 

 明奈は拳を振るう野性的な、風螺華は数式を描くように直線的な

 

 三人がそれぞれに違う変身の型を取ると、眩いほどの白銀の光が辺りを包む。

 ほぼ一瞬の、爆発と思うほどの光の迸りが消えると共に、それぞれが戦神の力を纏う女戦士の姿が現れた。

 

 その場にいた戦士達全員が見惚れるほどの、勇猛さ、凛々しさと、美しさを魅せて。

 

 

 

 

 

「さあ・・・ 行くぜ!!!

 明奈の雄叫びのような声と共に、戦士達は駆け出した。

 

 淫魔の狂軍の中へ

 そして、その向こうにいる、大切な存在の為に・・・

 

 

 

 

第一次淫獣聖戦、ここに・・・ 開戦。

 

 

 

 

 

  ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 祝!! XYZ連載(?)参拾記念!!! ドンドンパフパフ!!

 ・・・って何でこんな数になったんだろう。10そこらで終わる筈だったのに。

 

いつもより短いですがキリがいいので、それと待たせすぎたので、参拾はここらへんで出します。

 

 役立たずになるのか否か、ダークホースの那緒。

目論み外れた淫魔の膨大な数。

お披露目となった全武神装女の変身。

カーマの意味深な言葉。

 

 これだけ内容が詰まってるなら、今回エロがなくてもしょうがないよねー。

 ・・・ごめんなさい石は投げないで。というか決戦に入ってエロ挿入なんか無理!!

 とゆーことで、ここからしばらくバトル一辺倒です。

 

 あちこちでバトルが繰り広げられ、葛葉の回想を挟みで、この悪衣誕生篇→三種の神器争奪篇→修業篇・・・

 ときて、この決戦篇はかな〜り長引くと思います。

 



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