天津亜衣の精神世界  識域下

 

 

 

 そこは、通常であるなら、誰も気付く事無く生涯を終える、精神の牢獄。

 そこは、どこまでも暗く、狭く、息苦しく、何の音も光も無く、そして寒い場所。

 

 その狭い世界の中に、【亜衣】はいた。

 一子まとわぬ全裸。体の至る所を鎖で繋がれ、両手を上に挙げられ、両膝は床に着き、力なく頭を垂れている。

・・・そんな、痛々しく束縛された姿で。

 

 

(カツン、カツン、カツン・・・・・・)

 

 

そこに初めて、『音』がやってきた。

 

「・・・・・・っ」

 眠るように目を閉じていた亜衣も、その音に目を開き、その足音の方向、正面を見る。

 

「『初めまして』・・・ って言った方がいいのかしら」

 それは、もう一人の自分、淫魔姫の【悪衣】だった。

 

「悪衣・・・っ!!」

 亜衣は、ろくに身動きも取れない状態で、もう一人の自分を睨みつける。

 

「いい様ね、亜衣」

 だが悪衣は、そんな亜衣の睨み付けをむしろ恍惚とでもするかのような表情である。

 

「何で悪衣(わたし)と亜衣(あなた)が話を出来るのか、不思議でしょう?」

「・・・・・・・・・」

 

「ここは識域下。元々は私がいた場所よ。ステキな所だと思わない?

 何の光も、音も、何も無い。ただ寒くて、淋しい場所・・・」

 

  勿論、悪衣は本気でステキな場所だなどと言っているのではない。

 これは、もってまわった皮肉であり、恨みだ。

 

「でも、今ここにいるのはあなたで、私は世界(そと)にいる・・・ なんだか、不思議な感覚」

 

  悪衣は、亜衣の目の前までやってくると、自ら屈みこみ。二人の亜衣は同じ視点になった。

 

 

「・・・なんのつもり? 私を笑いに来た? それとも・・・」

 消しに、来たのか。

 

「ううん。来れるって気付いたから、来てみただけ」

 それに対して悪衣の方は、実にあっけらかんと答えた。

 そして、目の前に座り込む。

 

 

「・・・・・・麻衣に負けちゃったわね」

 思い出したかのように、悪衣は言った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「それとも、【私なら勝ててた】って言うかしら?」

 亜衣は悪衣を否定しているのだから、そう思っているかもしれない。

 そう思っていた悪衣だったが

 

「・・・・・・そんなわけ、ないじゃない」

 悪衣にとっては意外な答えが、帰って来た。

 

「【私】は、麻衣に薙刀で負けた・・・ それぐらい、わかってるわよ」

 亜衣は、その時初めて、もう一人の亜衣である、悪衣を認める発言をした。

 

「・・・・・・・・・・」

これには、悪衣も少し驚いた。

悪衣(じぶん)にとって、天津亜衣という存在は、常に自分を否定する存在だったから。

 

 

「それでも・・・」

 亜衣は、続けて言葉を紡ぎ

 

「ううん、だからこそ・・・ 私はあなたを許せない。

 確かに私はあなたに酷い仕打ちをしたかもしれない。けれど・・・

 私達を育ててくれたおばあちゃんや、早苗さんを殺した仇であるカーマに、あなたは・・・」

 

  確固たる信念、想いを秘めた直線的な目で、見据える。

 

 

「・・・そうね、私も許されたいなんて思ってないわ」

 そして悪衣も、その想いに、目を細め、正直に答えた。

 

「カーマと一緒なら、私は地獄でも構わない。だって・・・ 私にとっては、識域下(ここ)こそが地獄だったもの」

 

 悪衣の顔が、亜衣に近づく。

 そして・・・ 

 

(チュ・・・)

 

 

悪衣の唇が、亜衣に触れた。

 

「っ・・・!?」

 突然の事に、驚く亜衣。

 

 しかし悪衣はそんな亜衣を尻目に、続け様に亜衣の体へ接触する。

 首筋にキスをし、下乳を指でまさぐり

 

「あっ・・・ く・・・」

 

 もう片方の手で、亜衣の秘所を擦っていく。

 

「あ、あっ・・・!? はっ・・・」

 咄嗟に足を閉じようとするが、拘束具がそれを許さない。

 その間にも、悪衣による亜衣への愛撫はエスカレートしていく。

 

「あ、くっ・・・ ひうっ・・・!?」

 もう一人の自分による愛撫は、何もかもを知り尽くしていることを証明するように、

 亜衣の弱点を、無防備になる部分を次々と攻めたてていった。

 

「な、何を・・・!?」

 突如襲ってくる快楽に耐えながら、亜衣は悪衣に尋ねる。

 

「ふふっ・・・」

 それに対し、悪衣は亜衣の耳元に顔を近づけると

 

「自慰(セックス)」

 耳の中に息を吹きかけるように、そう一言。

 

「やめてっ!」

「私(あなた)の指図は受けない。あなたは今から、自分に犯されるの」

 

(クチュッ・・・)

 

「あ、ああっ!!」

 悪衣の指が、亜衣の膣内へ突き入れられる。

 ソフトタッチでありながら、どこまでも的確な手による攻めは既に指の侵入に対し、湿り気を帯びた音が返って来た。

 

「ふふっ・・・ もう濡れてるじゃない」

 ひとたび中でかき回し、引き抜いた指には、快楽の証である愛液が絡み付いている。

 

「くっ・・・ ううっ」

 その言葉は、亜衣に充分すぎるほどの屈辱を与えた。

 

「認めたらどう?淫魔は快楽(きもちがいい)って」

 それは、悪魔の・・・ 淫魔の囁き。

 亜衣の後ろへと移動した悪衣は、本格的に亜衣を攻めに掛かった。

 

 後ろから手を伸ばすと、亜衣の両胸を弄くり回し、秘所は二本に増やした指で、縦横無尽に膣内でかき回し、開いて閉じてを繰り返し、執拗に感じる部分を的確に愛撫していく。

 

 

(クチュクチュッ、ピチャ、チュグッ・・・)

 

「あっ、ぐ・・・ やっ、あっ、ああっ!」

 加減などしてもくれない、激しく的を得すぎている悪衣の攻めに、意識が跳びそうになり、自分から体を動かしてしまいたくなる欲求が衝動となって浮き出てしまいそうになる。

 

「ち・・・がうっ・・・! わたし、は・・・ ちが、うっ・・・!!」

 それでも亜衣は、強い精神力で必死に、自分を堕落(おと)そうとするもう一人の自分に抗った。

 

 

「何が違うの? 私(あなた)はもう、人間じゃないじゃない」

「っっ!!!」

 その一言に、亜衣は一瞬、世界が滅びたかのような表情を浮かべる。

 

「・・・わ、私は・・・」

 

「【天津羽衣の巫女。天津亜衣】?」

「・・・・・・っ!」

 悪衣は、亜衣の言葉を横取りした。

 

「心意気の話なんてどうでもいい。

 現実を見つめてみて? 今のあなたは・・・ 何?」

 

「私、私は・・・」

 

「・・・淫魔よ。私(あなた)の体は、今は間違いなく淫魔。淫魔の姫、悪衣。

 もし私(あなた)が天津神社の清め水に触れば、まるで熱湯のように熱く感じるでしょうね。

 ・・・あなたがいくら違うと言い張っても、今の私(あなた)は誰がどう見ても、穢れきった淫魔・・・」

 

「ち、違うっ!!」

 悪衣が言い終わるのも待たず、亜衣は大きく叫んだ。

 

「いつまでしがみついてるの?

 天津亜衣(あなた)なんて、とっくの昔に失われているのに。

 淫魔の体に、淫魔の心、淫魔の魂・・・ それに変えられた時点で、天津亜衣なんて過去でしかないのに」

 

「うるさい!! うるさいっ!!!

 亜衣は必死に否定する。

 

「答えて? 天津の巫女として生まれて、カーマに堕落(おと)されるその以前(まえ)から、

 いったい・・・ どこの誰に必要とされていたの?」

  しかし悪衣は、悪魔的に微笑みながら

 

「・・・・・・っ!!」

 亜衣の心臓を鷲掴みにする、その一言を告げた。

 

「憐れね、我ながら。

 どうしようもなく愚直で、だけどそれだけにどこまでも純粋(まっすぐ)で。

 たくさんの人を助けて、日本の平和をずっと守ってきた。

 

 ・・・でも、その戦いを、その献身を、誰が認めてくれた? 誰が、報いてくれた?」

 

「それ、は・・・ あ、くぅっ・・・!」

  両手で肉体的に、言葉で精神的に攻められ、

 亜衣の心は悲鳴を上げ始めていた。

 

「私(あなた)はこう思っていたはずよ、亜衣。

何度も殺されそうになって、犯されそうになって、

 それでも【守られている人達】は、私達の存在さえ知りもしない。何の助けもしてくれない」

 

「うあっ!? はっ、ああっ・・・!!

 いやっ・・・ やめ、て・・・ 言わない、でっ・・・」

 

「ふと学園の帰りに、買い物をしている主婦や、元気に走り回る子供。

 公園でのんびりとしているお爺さんや、よくからかうように声をかけてくる他校の男子学生。

 彼ら彼女らの中に、天津の巫女なんて存在もしない。

 ・・・直接命を助けた人でさえ、その間の記憶を失って、何事もなかったように暮らす。

 命を賭して助けた人間がいたことすらも忘れて」

 

「あ、あっ! いやっ・・・ いやぁっ!」

 懸命に首を横に振り、拒絶する亜衣。

 亜衣は今、心をレイプされているのだ。

 

「それが天津の巫女の尊い使命だと思うその心の奥底で、私(あなた)はこう思った。

 【なんて不条理なんだ】って」

 

「そんな、こと・・・」

 

「それを私(あなた)は、自らの心の奥底、この識域下に仕舞い込んだ。

 識域下なんてものも良く知らないまま、無意識にね。

 天津の巫女である事への義務感、プライド。そして、頼りない妹の麻衣の指針になろうとする想いから。

 

 そうして様々な汚いもの、悪いものはこの識域下に廃棄されていった。

 十数年の年月をかけて、ゆっくりと積み上げられたその塊・・・ それが、私。

 

 だから私は知ってる。あなたが隠そう隠そうとしていた全てを」

 

(グチュッ──!)

 

「ひうっ───!!?」

 

  少しの間止まっていた悪衣の愛撫の手は、その告白を言い終わると共に、

 より激しさを増した。

 

「こうして今、カーマに純潔を奪われ、犯され続けて、蹂躙されている間も、

 誰もそれを知らずに、のうのうと生きてる」

 

「あ、あっ、あっ! ああっ!!」

 ダメだ。

 こんな形で、心と体の両方を犯されるなんて、耐えられない───

 

 

「そんな顔も名前も知らない何百何千何万人の人間たちのために、

戦って、戦って、戦い続けて・・・

それで、何が手に入った?」

 

「うあっ! ああっ!! や、あっ・・・!!」

 やめて、もう、ヤメテ────

 

 

「何も手に入ってなんかいない。

 ううん、それどころか、失ってばっかり・・・

 そこまで何もかも失って、何で【人間】にしがみついてるの?

 

「あ・・・ あ・・・」

 涙が、止まらない。

 心が痛くて、痛くて 壊れてしまいそうで

 もう、自分が狂っているのか、正常であるのかすら────

 

 

 

「人間(ひと)が、あなたに何をしてくれた・・・?」

 

 

 

 

ああ────

 

悪衣の言葉を、否定できない

 

だってそれは、私が確かに想った事だから

 

心のどこかで

 

天津の巫女になんか生まれなければよかったと

 

そう思っていた自分は、確かにいたのだ

 

 

子守集という戦いの仲間も

 

たった一人の保護者だった、幻舟という祖母(にくしん)も

 

天津羽衣の巫女としての資格も

 

守り続けてきた操も

 

人としての、女としての矜持、誇りも

 

 

そして、何より

 

 

 

人であることすらも、失った────

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     一方  淫魔の社  亜衣の寝室

 

 

 そこは、広い淫魔の社の中、カーマが新しき主となった時の振り分けにより、一応のこと、悪衣の部屋となった。そこそこに広い部屋。

 しかし、ほぼ一日中の全ての時間をカーマの側で過ごす悪衣にとっては、ほとんど意味の無い空間だった。

 

「あっ・・・ んん・・・ あっ・・・」

 そして亜衣は、今初めてその自分の部屋の寝具の上にいる。

 行っているのは・・・

 

「あっ・・・ あっ、あ・・・!」

 自慰行為。マスターベーションだ。

 瞳を閉じ、半覚醒の状態で眠り続けたその状態で、亜衣はその両手を使って自身を慰めている・・・ ように見える。

 

 実際には、精神世界の中で亜衣が悪衣にされている愛撫と一挙一動全て同じ様に、亜衣の両手は、亜衣の性器や性感帯を攻め立て、

そして亜衣の表情は、自分を攻めているのが自らの両手であるにも関わらず、まるで人に犯されているかのように、首を横に振り、胴体はその両手から逃げようとしているのか、必死に身を捩っている。

 

「はっ、ああっ! く、ふ・・・」

 つまり、これは精神世界での二つの精神の接触が現実に及ぼしている影響。

 

 現実の亜衣の秘所は、他ならぬ自分の手によりびしょびしょに濡れ、既に溢れる愛液はシーツを濡らし、染みを作っている。

 流れる汗、体をくねらせるたびに揺れる胸、快楽の証である淫艶な水音を発し続ける秘所。

 

 その全てが、快楽を素直に欲する悪衣の淫なる妖艶美と。

それを拒絶する、天女の如く思わせる純粋美とが掛け合わさり、

混ざり合う事無く両儀として対立している姿が、客観的には究極の美を醸し出していた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 それを、食い入るように見つめている一人の人物が居る。

 もちろん、カーマである。

 

「あっ、あ、あ・・・ あ」

「・・・・・・・・・・・・」

 驚いた事に、カーマはこんな状況の亜衣が隣にいるというのに、

腕を組んで寝具の上に、亜衣の隣に座り込んだまま、微動だにしていない。

 

いつものカーマであれば、こんな魅力的な亜衣の姿を見ていればすぐさま襲い掛かるはず。

だというのに、本当に座ったまま動こうとしないのだ。

 

 特に、カーマ自身の身体に異常や衰退があるわけではない。

 その証拠に、カーマの褌は前々と同じ様に、テントの如く三角にそそり立っている。

 さらにカーマは、亜衣の自慰姿を一直線に見つめ、瞬きさえ勿体無いのか、ほとんどしていなかった。

 

その理由は、この状態に入る前に悪衣に言われた言葉にある。

 

 【これから亜衣に会って来るわ。見ても別に良いけど・・・ 邪魔はしないで。本気で怒るから】と。

 そう、悪衣に釘を刺された。

 それをカーマは、律儀に守っているというわけだ。

 

 

「はっ、あああっ・・・! あ、ああっ!!」

 そんな状態で、亜衣のこの嬌声は、かえって毒である。

 いや、健常な一般の男子であろうと、こんな状態の亜衣が隣にいれば、理性を失って獣に変化して然り。

 

「・・・・・・まずいな。余裕が無い」

 これでも、カーマは自分がいざという時は我慢強いと自負している。

 実際、亜衣の恰好をしたスートラが誘いをかけてきた時も、自分からは行かなかった。

 

 ・・・とはいえ、今はその時とは比べ物にならない。

 何せ本物の亜衣が、今までに無いシチュエーションで、亜衣、悪衣両方の魅力を出しながら悶えているのだ。

 カーマにとっては、これは究極のおあずけ状態。生殺しもいい所。

 しかし、ここで襲い掛かってしまえば、悪衣はヘソを曲げてしまうだろうという事も分かりきっている。

 

 自分の分身はずっと前から限界を通り越して苦痛を訴えだしていた。

 手淫に走ってしまいたいたくなる気もあったが、カーマにとってそれは淫魔としてのプライドが許さない。

 その肉欲を、獲物と定めた女に向け、吐き出してこそ淫魔である。

 

「・・・・・・ふ、ふふ・・・ なあに、大した事は無い」

 言う割りに、目線は亜衣から全く離れないし、汗は尋常ではなく噴出している。

 傍目から見れば一人だけサウナにいるようだが、本人にとってはサウナに何時間いようと今の状況には適うまい。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    一方   天津亜衣の精神世界

 

 

 

 

(クチャクチャッ、クチュ、クチュ──・・・・・・)

 

「あっあ、くうっ、ううっ!!」

 その間も、悪衣による、亜衣への攻めは続き。激しさを増していた。

 

 左手の指で、興奮により勃ち上がっていた亜衣のクリトリスの包皮や、その周りの大陰唇や周りの肉を愛撫し続け

 

「ふふっ、もうぐちゅぐちゅね」

「あ、ああっ! いやっ! もう・・・っ あああっ!!」

 右手は、2本の指で激しく左右の壁を刺激し続けるピストン運動を繰り返す。

 

「・・・もうちょっと入りそうね」

「ふあ、あ・・・ えっ・・・!?」

 まさか・・・

 

「三本目・・・と」

 一時だけ指による攻めが止まり、その代わり、二本の指の位置に、薬指が近づき・・・

 

「いやっ!! やめて! そんな、無理・・・」

 叫びながら必死に拒絶する亜衣だったが

 

(グチュウッ!!)

 

「ああ、あ─────────っっ!!!?

 3本目は、いともたやすく侵入し、膣口から膣内に至るまで、それを受け入れ、広がっていく。

 

「ああ、ぐううっ!? いっ、あっ、ああっ!!」

2本から3本に増やした指は、荒々しくも的確に弱点を突く生きたドリルのような動きで、浅く、深く亜衣の秘所を蹂躙していった。

 

「ううっ! やあっ!! あ、ああっ!!」

 亜衣は、狂ったように首を振るが、それでどうにかなるわけではない。

 亜衣を識域下に繋ぎとめる鎖は、ジャラジャラとより騒がしい音を立て、動けぬ亜衣が行っている抵抗の度合いが測れた。

 

これが、これがもう一人の自分なのかと、自分の欲望なのかと思うと、絶望感がより増してくる。

 しかし、それより何より、全てにおいて亜衣はもう、限界だった。

 

「ふふっ・・・ ホラ、イッちゃいなさいよ」

 悪衣の攻めは、いよいよとどめに入る。

 それにより、亜衣は遂に、限界を超えた。

 

 

「いやっ! あ、ああっ!! あああああああ────────っっ!!!!

 絶叫。そして陸に打ち上げられた魚を思わせる、激しい痙攣。

 亜衣はその時、初めてカーマ以外の人間。いや・・・ もう一人の自分の手によって、達してしまった。

 

 

 

「どう? ・・・気持ちよかったでしょう?」

「あ・・・ あ・・・」

 亜衣の意識はほぼ宙に放じられた状態で、焦点が定まらず、呼吸も荒い。

 ピクン、ピクンと、未だに弱い電流が流れているかのような痙攣を起こし、口の端から涎が垂れている。

 今この瞬間は、悪衣の質問でさえ頭に入っていないだろう。

 

「あらあら・・・」

 悪衣は亜衣に絡めていた手を引き、その場で立ち上がると、

 

「しょうがないわね。落ち着くまで待つか・・・」

 数歩あるき、振り返ると、そのまま座り込んで、亜衣を見つめることにした。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    一方   葛葉神社   無限階段前

 

 

 

 

 階段を上りきった、神社の鳥居の下で、

 

 

「ハァ・・・ ハァ・・・ ゼェ・・・ ハァ・・・ッ」

「ハァ・・・ ハァ・・・ も、もうダメ・・・」

「う・・・ うぐぐぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 瀕死状態の、麻衣、木偶ノ坊、那緒の三人。

 全員が全員、階段の上り下りという、単純であるが故の過酷な修行に、虫の息となっていた。

 

「なんじゃ? もうバテよったんか。なっとらんの〜」

 仁の神器を使いこなす為の修行と、階段の上り下り両方を交互に見ていた葛葉が、

てくてくと三人の方に近づきながらダメ出しをする。

 

「ゼェ・・・ ハァ・・・ 何言ってんだ・・・ 殺す気、かよ・・・」

 荒い呼吸を繰り返しながら、なんとか反論する那緒。

 

「・・・葛葉様。一体何回上り下りさせたんです?」

 天敢雲を使いこなす為の修行に入っていた仁が、葛葉に尋ねた。

 

「ふっふっふ。100から先は数えておらんな」

 それに対して葛葉は、渋いオヤジ風の顔を作りながらそう答える。

 

「ゼェ・・・ どこの、修羅だよ、あんた・・・」

 余裕が無いだろうに、搾り出すようにしてなんとかツッコむ那緒。

 

 

「さーて。これだけ葛葉階段で足腰とスタミナを鍛えればまずは充分じゃろ。

 お主ら休んどってよいぞ。 小休憩入りま〜〜〜す♪」

  どこで覚えたのか、何かのバイトっぽい口調で、葛葉は疲れし戦士達に明るく休憩を宣言した。

 

「・・・・・・・・・」

 内心、助かったと思った戦士達だったが

 

「ちょっと休憩入れた後は、腕立て逆立ち腹筋背筋その他フルコースじゃから、そのつもりでな〜」

 同じ明るさで、地獄の3丁目行きを言い渡される。

 

 

「・・・・・・死ぬ。 いや、死んだ・・・」

 そう洩らし、那緒はうつ伏せのまま、動かなくなった。

 

「だらしないの〜。木偶ノ坊の方は・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 木偶ノ坊も、うつ伏せのまま動いていない。

 それもそうだ。いくら木偶ノ坊でも50キロの甲羅を背負って何百回も階段の上り下りしていればこうなるのは必須といえる。

 

「・・・・・・」

 そんな木偶ノ坊の様子を、チラホラと見ながら

 

「・・・『返事が無い。ただの屍のようだ』」

 と、一言。

 

「屍にした本人が言う台詞じゃないと思いますが」

 意識不明の那緒に代わり、天敢雲の修行を続けていた仁がツッコむ。

 

「ひゃっひゃっひゃ」

 対して葛葉は、へんちくりんな笑いで返事をした。

 

 

「・・・・・・ ・・・・・・

 そこに、もう一人から、消え入るような声が

 

「ん?」

 その方向、麻衣が倒れている筈の位置に向く葛葉

 

「・・・・・・まだ、やれま・・・・・・」

 碌に呂律も回っていないが、麻衣は唯一、地獄の葛葉階段を体験しておりながら、立ち上がろうとしていた。

 

「お主・・・」

 その姿に、葛葉は軽く驚く。

 

「まだ・・・ わたしは・・・ だい、じょうぶ、なんで・・・」

 言葉の内容と比べ、麻衣は当然滝の様に汗を流し、息も絶え絶え、目の焦点さえグラグラの状態である。

 

「あのなー。そんなHP(エイチピー)1な状態で何を言うとるんじゃ。

 ・・・無理せんと、寝とれ」

  そんな麻衣に、葛葉は真面目な顔で、しゃがみこみつつ優しく説く。

 

「でも・・・ 私・・・ ほん、とに・・・」

 それでも麻衣は、引き下がらない。

 

「お主な〜・・・」

 と、葛葉が言いかけたところで

 

「麻衣」

 仁が、麻衣の方へと歩み寄ってきた。

 

「仁・・・さん・・・」

 葛葉相手には一歩も引き下がらなかった麻衣だが、仁を目の前にすると、反応が違う。

 

「気持ちは分かる。お姉さんの事を思うと、どうしても休んでいられないんだろう?」

 そして仁は、麻衣の行動理由を、もののズバリと言い当てた。

 

「・・・・・・・・・」

 仁の真っ直ぐな目で見つめられ、麻衣は虚偽の否定が出来ない。

 

「・・・俺も、そうだった。

 薫を探す為に、薫を助ける為に、ロクに休もうともせず、自分の体を苛め抜いた」

  仁は、昔の自分に哀愁の意を寄せるように、語り出す。

 

「あったのう。そういう時も」

 かつて仁の基礎修行を担当していた葛葉も、その時を懐かしがり、ウンウンと頷いていた。

 

「根を詰めすぎちゃ、元も子もない。かえって体を壊すだけだ。

・・・こういう言い方は酷だが、お姉さんの事ばかりじゃなく、お姉さんの為にも、自分の体を大事にしてくれ」

 

 そう言って、麻衣の肩に手を置く仁。

 

「仁さん・・・」

 麻衣は、顔を赤らめた。

 

 麻衣は、後悔していた。

 カーマの鞭の動きを、目で追う事も出来なかった、自分の未熟さ。

 姉を呼び止める事さえ満足に出来ず、何を言っていいのかさえわからなかったあの時。

 

 

「ま、修行に関してはわしに任せい。

 姉を信じているのとは別に、いくら疲れても体を動かしてないと気が済まんのはわかるがの。

 ・・・お主の姉は、強いんじゃろ?」

 

「・・・はい」

 そう、お姉ちゃんは・・・ 強い人だ。

 カーマになんか・・・ 負けやしない。

 

「妹が体を壊さねばいかんほど急がねばならんような、軟弱な姉か?」

「そんなことは・・・ ない、です」

 疲れきった舌で、それでも麻衣はしっかりと断言した。

 

「わしは一番効率のよい方法を選んでおる。

 ・・・今は、全力で休め。休むのもまた修行の内じゃ。 な?」

  ポンポンと、麻衣の肩を叩き、頭を撫でる葛葉。

 その姿には、長い年月を生きて来た者独特の落ち着いた雰囲気が感じ取れる。

 

「・・・は ・・・」

 その返事とも言えない返事と共に、麻衣はスイッチが切れたかのように地に伏した。

 そしてそのまま、他の二人と同じ様に、眠る。

 

 

 

「・・・・・ま〜〜ったく、思春期の女子は色々悩むことが多くていかんなぁ」

 やれやれとばかりに、立ち上がる葛葉。

 

「・・・ま、わしはとっくに通り過ぎてしもうた部分じゃから、羨ましいといえば羨ましいかも・・・」

「・・・・・・・・・・」

 葛葉の言葉の中に含まれた哀愁に、仁は気付く。

 

「葛葉様、あなたは・・・」

 葛葉のほうに振り向くと

 

 

「ふんふんふ〜〜〜〜〜ん♪」

 どこから取り出したのか、倒れている木偶ノ坊の周りをなぞる形で、チョークでガリガリと白線を作っている。

 

「・・・・・・何をやってるんです」

 やれやれとばかりに片手で顔を押さえ、仁は呆れながら尋ねた。

 

「おおワトソン君。これはなかなか難事件になりそうじゃよ」

 ニット帽と紳士ヒゲを装着し、キセルを咥えながら、葛葉はそんな事を言い出した。

 

「・・・ホームズのつもりなら、ポワロのヒゲは余計だと思いますが」

 那緒なら気の利いたツッコミが入るのだろうが、真面目な仁は葛葉のミスを指摘するに留まった。

 

「え? ・・・あ。 あ〜いやはや。わしとしたことが、失敗失敗」

 ギャグでも何でもなく普通に失敗してしまった事に、葛葉は照れながら変装グッズをしまう。

 

「勘弁してください。俺は・・・ 苦手です」

 ツッコミは、本来仁は苦手なのだ。

 

「あ〜、すまんすまん。 じゃ、修行の続き・・・っと。

 天敢雲の力、10%解放をキープ。逢魔剣術壱の型から拾の型まで・・・ 始め!

  人が変わったかのように真剣な目で、葛葉は仁に的確な型の指示をした。

 

「・・・ はい!」

 仁は、そんな葛葉に驚く事無く、剣の型を始めた。

 

 数年前から、師弟の関係である二人ならではの、慣れと、信頼。

 

「ハッ! ・・・セヤッ!!

 

(ビュッ──・・・ ビュンッ───・・・)

 

 天敢雲の力を発しながら輝く火輪を振るうたび、迷いの無い太刀筋により、空を斬る小気味良い音が鳴る。

 

 

「・・・・・・・・・」

 仁は、強くなった。

 そして、麻衣も、木偶ノ坊も、那緒も、頑張っている。

 誰もが、大切な世界を守る為。そして、自分お大切な人を救う為、頑張っている。

 

「(わしも・・・ 死ぬ気で気張らんとな・・・)」

 安倍の守護者は、静かに・・・ 覚悟を、決めた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     一方   天津亜衣の精神世界

 

 

 

「これで、わかったでしょう?」

「・・・・・・・・・・」

 悪衣は、意識を取り戻した亜衣に、再び語りかけていた。

 

「私(あなた)は、淫魔よ」

「・・・・・・・っっ」

 悪衣の言葉に、亜衣は無言のまま唇を噛む。

 

「・・・・・・そう、ね」

 そして亜衣は、それを・・・ 認めた。

 

 悪衣によって蹂躙されたことで、亜衣は・・・ 理解してしまった。

 悪衣の攻めは、人間であった頃は、耐え切れたはずのものだった。悪衣は、敢えて加減をしていたのだ。

 なのに・・・ 耐え切ることが、出来なかった。

 

 それは、自分を形成するもの、それ自身が、淫らを求めるものに変わってしまっていたから。

 どんなに、亜衣が強固な精神で耐えようとしても、淫魔の肉体は、淫魔の魂は、快楽を求め、欲する。

 他の何でもない、己の内側から沸き上がる、淫らの衝動。

 

 

「今の私は・・・ 淫魔。私を形成する全てのものが・・・ 快楽を、淫らを欲する・・・汚らわしい生き物・・・」

 そう、今の自分は、かつて、自身が最も軽蔑していた存在である、淫魔そのもの。

 いくら心において天津の巫女を誇ろうと、それは・・・ 事実。

 

 

「そうよ。それが今の私達。

 そして、昔からここに存在していた、私」

 

「今まで私は、自分(あなた)と向き合いもせずに、強い女を空虚に誇っていただけだった・・・」

 

「そうよ」

 

「でも、それは・・・ 強さでも、なんでもなくて・・・ 逃げでしか、ない・・・

 私は・・・ 私は、とっくに・・・ 天津の巫女に相応しい人間なんかじゃ、なかった・・・っ」

 

  亜衣にとって、それは、あまりにも過酷な現実。

 亜衣の双眸から流れる涙が、頬を伝い、黒い床へと消えていく。

 

「そう、あなたは淫魔へと変わったその日から、私と同じ場所にいたのよ。

 ずっと・・・ あなたに会いたかった。話がしたかった・・・

 でも、こうしてそれが叶ってみると、あっけないわね」

 

  目を閉じ、言葉で表現できぬ感傷に浸る悪衣。

 そして目を開くと、淫魔に似つかわしくない、優しい表情で、亜衣の頬を撫ぜた。

 

「もう私(あなた)は、天津の呪縛に囚われて、惨めに朽ちる必要はない。私達は・・・ 自由よ。

 国の為に戦った末に、国に裏切られて死んだジャンヌ・ダルクみたいになる事なんて無いわ。

 同じ最期には滅びが待っているのなら、自分の為に、幸せの為に生きましょう。

 本当に自分を愛し、認めてくれる相手の腕の中に抱かれて・・・ 笑って死ぬのよ。天津亜衣」

 

  ・・・それは、まるで女神の言葉のようだった。

 自分から全てを解き放つ、自由を・・・ 悪衣は、差し伸べてくれている。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 長い、永い沈黙。

 

 そして

 

 

 

「・・・あなたは、間違っていない」

 亜衣は、口にした。

 自分を、これまで培ってきた、“天津亜衣”を破壊する、その言葉を。

 

 

「何度考えても、私は・・・ 心の底からあなたの言葉を、存在を、否定しきれなかった・・・

 それは、私(あなた)の言葉が真実だから・・・ 紛れも無い、私の心の底の声だから・・・」

 

  亜衣は、悲しみの涙を流し続けた。

 その、あまりにも虚しく、残酷な悟りに、心が痛みに血を流すかのように。

 

 

「なら、私と一つになりなさい。亜衣。

 例え近い将来、何者かの正義の刃に倒れる事があっても。

 同じいずれは朽ち、無に帰するとしても。私達なら・・・」

 

  亜衣の右腕を拘束していた、鎖が・・・ 消えた。

 そして、悪衣の右手が、亜衣の前にのびる。

 

 この手を取れば、天津亜衣は・・・ 完全に、消える。

 そして、淫魔の姫は完全なものとなり、亜衣は、全ての呪縛から解放される・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 亜衣は、手を伸ばした。

 だが

 

「・・・嫌よ」

 

(パチィンッ────!!!)

 

 

 

「え・・・?」

 悪衣には、一瞬・・・

 亜衣の行った事が、分からなかった。

 

 亜衣は、亜衣の差し伸べた手を、払ったのだ。

 つまり・・・ 悪衣の提示した自由を、拒否したということになる。

 

 

「な────」

 何故!? と。

 悪衣は、迷子になった子供のような狼狽した目で、亜衣の意志を尋ねた。

 

 

「確かにたくさんのものを失った・・・

 でも、大切なものは・・・ まだ・・・ ある!

私を必死に助けようとする、子の世界の誰よりも大切な、私に残されたただ一人の血を分けた妹・・・ 麻衣が。

いつも私たちを命懸けで助けてくれた木偶ノ坊さんが。 私たちを大好きと言ってくれた、鬼麿様が」

 

  そこには、もうさっきまでの亜衣はいない。

 それは、新しい決意、新しい生きる目的。新しい誇りを持った、新しい天津亜衣の姿だった。

 

「・・・それだって、いずれは失うかもしれないじゃない・・・っ!!」

 そう、戦う限り、いつまた大切な人が死んでしまうか、大切なものが消えて無くなるか、わからない。

 

「それでも・・・ 私は、戦う」

「なんで・・・? なんで!?」

 

「何もかも失って・・・ 初めて分かった。

 平穏に生きる事が、変わらないのどかな日常が続くことが、何気なく笑い合う時が、どんなに大切なことか。

 

 私達が戦わなければ、多くの【日常】が、【笑顔】が、【生命(いのち)】が、失われていた。

それを・・・ 私達は守った。 たとえ、皆がそれを覚えていなくっても・・・ 

私達が守った生命は、様々な事を経験して、泣き、笑い、怒り・・・ 色々な絶望や希望を胸に抱いて、結婚して、新たな命を作り・・・

 

それが、無限の未来。生命の系統樹の一つとなって、無数に別れ、増えていく・・・

それは、すごい事なんだって、ようやく気付くことが出来た。

 

私達のお母さんが、お父さんが、そのご先祖様がどこかで死んでいれば、その時点で私はいない。

そしてそれも、大昔から枝分かれしていった系統樹なのよ。

人は、一人じゃ生きられない。私達の、親の、親の、そのずっと前の親だって・・・

様々な人によって育てられ、生きてきたからこそ・・・ 無限の人の優しい想いがあったからこそ、私は今、生きてる。

 

・・・そんな生命の連鎖を、私は守りたい。 今は、正直にそう思える。

不思議なほど、今の私の心は落ち着いてるわ・・・ もう、迷うことも無い」

 

「そんな・・・ それじゃあ。あの日常に戻ってもいいの!?

 いつ物のように犯されて、ゴミのように殺されるかもしれない日々に!

 それで、ボロボロになって、誰にも知られずに死んで、それで満足だっていうの!?

 そんなの偽善よ! 自分をだます自己満足でしかないじゃない!!!」

 

  悪衣は叫んでいた。

 それは、誰よりも自分に近い者に対する、相違という名の別離を悲しむ声だったのかもしれない。

 

「そうかも、しれない・・・ でも

たとえ、悪衣(あなた)の言うように、報われないままに犯され、地獄の苦痛を味わい、死ぬ事がその執着だとしても・・・

それでも私は、人を信じる。人の為に戦う。

 

私は・・・ それだけでもいい」

 

 

 その言葉に、その目に、嘘など欠片も無い。

 そして、悪衣は気付いた。

 亜衣の真っ直ぐな目・・・ その瞳に、祖母、天津幻舟のものと、全く同じ何かがあった。

 

 

「・・・・・・・・・・・っっ!!」

 拒絶・・・ された。

 何もかもを許して、一緒に生きてもいいと、思っていたのに

 

 それでも亜衣は、違う道を選んだ。

 いつだって、亜衣は・・・ 光への道を進んでいく。

 闇で出来た、私を置いて。

 

 

 

「私は、あなたが間違っているとは思わない。

 ・・・あなたの言っていることも、正しいと思うから。

 でも私は、あなたと一緒には行けない。あなたの道は、私の道じゃない。

 

 だから、あなたの道を歩んでも、そんな形であなたと一つになっても・・・ それじゃ意味が無いのよ。

 私はカーマに対する愛なんか、欠片も無い。・・・それにもう、戦いから逃げるつもりもない」

 

「・・・それでもあなたが、私に封じられてる事に変わりは無いわよ。

 誰も神としての力を取り戻したカーマには勝てはしない。あなたは・・・」

 

「関係無いわ。 カーマに負けても。麻衣に負けても。

 私は、私(あなた)にだけは・・・ 心だけは、負けるわけにはいかない。 消えるわけにもいかない。

 どれだけ穢されようと、例えその資格を失おうと・・・ それでも関係ない。

 死んだ皆のためにも、私は・・・ 天津の巫女なんか関係ない。たった一人の人間として、亜衣として、カーマを・・・」 

 

 

「倒す」

 

 

 迷い無き、決意の言葉。

 それは、とりたて大きな声ではないというのに、そんな大声よりも、全てに響き渡った。

 

 

「・・・ネバーギブアップ。ってわけ?」

「・・・そうよ」

 

「・・・バカね。これからも苦労するわよ。その性格じゃ」

「苦労人で結構よ。私は・・・ 針の山だって、笑顔で登ってやるわ」

 亜衣は、笑った。

 その笑顔は、天上に存在する、どんな神のものよりも、眩しく、美しい笑顔だった。

 

「・・・・・・まっすぐよね。眩しいぐらい。

 いつだって、あなたは私にとって眩しかった。

 でも・・・ 負けるわけにも消えるわけにもいかないのは、私だって一緒」

 

  悪衣もまた、その瞳に決意を込める。

 

「どちらにせよ、次の戦いが決戦になる。全ての答えは・・・ その時に出るわ。

 亜衣(あなた)と悪衣(わたし)の決着も・・・」

 

「そうね」

 

「・・・・・・・・・」

 悪衣は、それきり踵を返し、識域下から・・・ 消えた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     淫魔の社  悪衣の寝室

 

 

 

 

「・・・・・・」

 パチリ、と。

 悪衣は目を覚まし、現実の世界へと戻ってきた。

 

「ふう・・・・・・」

 寝起きの悪い人間のように、悪衣は軽く首を振る。

 

「おはよう」

 と、隣から聞こえる声。

 

「・・・カーマ?」

 寝ぼけ眼(まなこ)を擦りつつ、その方向を見やる。

 するとやはり、予想したとおりの人物が隣にいた。

 

「可愛い寝顔と魅力的な寝相だった。堪能させてもらったぞ」

 と、涼しい顔を作るカーマ。

 ついさっきまでギリギリであった人物とは到底思えない。

 

「・・・ずっと、見てたの?」

「無論だ」

 と、いつもの笑みで迷いなく答えるカーマ。

 

「・・・で、ずっと我慢してたわけ?」

 悪衣は、精神世界での行為により、現実の自分の体がどう動いたかはわかっている。

 それを見て、ずっとカーマが我慢していたというのなら、それはとんでもない驚きだ。

 

 悪衣からしても、カーマはそこまでおあずけが利く淫魔ではないと勝手に思っていたからである。

 

 

「・・・・・・」

 カーマの下半身・・・ 褌に目をやってみると、やはりテントのようになっている。

 

「もう・・・ でも」

 こんな可愛い部分が、カーマにあるなんて思わなかった。

 

「口でしようか?」

 と、悪衣は自分の口を指差し提案するが

 

「その前に、亜衣と話してどうだったのか聞きたい」

「え? あ、うん・・・」

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「なうほど・・・ ふむ。そうだろうな」

 カーマは、それがさも当然であるかのような言い方をする。

 

「え・・・?」

 それに対して、悪衣は驚いた。

 

「天津亜衣は、ダイヤモンドの宝石のようなものだ。

 いくら穢そうと様々な形で染め上げようとしても、芯の輝きを全く失うことが無い。俺がいくら犯しても、策謀を巡らし追い込んでも、タオシーが反転の術を使ってもな。

 時平の奴も、他の淫魔(やつら)も、それがわからん愚か者だからこそ、下らんくたばり方をしかできなかったわけだ」

 

  と。カーマは、天津亜衣と、消え去った淫魔達への自分なりの評価を述べた。

 

「・・・・・・・・・」

 悪衣は、それを聞いて少し不機嫌な顔をする。

 

「どうした?」

「・・・そんなに、亜衣の方がいい?」

 悪衣は、淫魔の目などではなく、まるで置いて行かれる子猫のような、淋しい目をカーマに向けている。

 

「フフフフ・・・」

 それを見て、カーマは少年の様にただ笑い、

 悪衣の前髪を手でかき上げた。

 

「ちょっと・・・ 何よ?」

 いきなり訳の分からないアクションを起こされ、悪衣は困惑する。

 

「お前が俺の色に染まったのは、強制されたからか?」

「・・・ううん」

 悪衣は、首を横に振った。

 

「お前もまた、天津亜衣(ダイヤ)であることに変わりは無い。

 ただ、魅力(いろ)の種類が違うだけだ。

 ・・・お前の色は、俺にとってはとても魅力的だぞ?」

 

  何の世辞でも作った言葉でもなく、

 カーマは、自分の正直な考えを述べながら、悪衣の顔を両手で擦る。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

(ギュッ・・・)

 

 

「・・・む?」

「・・・・・・・・・」

 私は、無言のままカーマに抱きついた。

 

 ああ、やっぱり。

 私には、カーマしかいない。

 

 亜衣にはフラれてしまったけど、カーマとなら私は、地獄に落ちたっていい。

 私だって・・・ それだけでいいんだ。

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

 久しぶりのエロは、ある意味夢のシチュエーション。亜衣×悪衣。

 ・・・ってややこしいっつうの。

 あまりにもややこしいので精神世界の亜衣は青。悪衣はピンクにしましたが、どうでしょうねえこれ。

 

 個人的にはあんまり上手く出来た感がないですね〜。

 いくら必要とはいえ、そもそもエロシーンなのに喋りすぎ・・・

 

 番外編やBADENDならエロ一辺倒に出来るんですけどね、物語というものの難しさを痛感する日々です。

 

 

 まあ、その代わりずっと出来なかった亜衣の掘り下げが出来たので、そこはちょっと満足。

 

 真面目な話をすると、天津姉妹、特に亜衣は、現代のジャンヌ・ダルクと言えると思います。

 例え自分の結末に絶望しかなかったとしても、それでも人を守る存在であり続けようとする気高さが亜衣の芯にある英雄性と、人間としての魅力だと感じました次第で、こういう風にしてみました。

 



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