数千年前  天岩戸前

 

 

 

 

「はいはーい。みんな真剣にやってね。須佐之男ニーチャンの死を壮大に悲しんでくれないと、ニセ葬式だってバレるから」

 パンパンと手を叩きながら、民を監督するツクヨミ。

 形から入っているのか、頭には鉢巻を巻いていた。

 

「・・・とは、言われてもなぁ・・・」

「いくらツクヨミ様のご命令とはいえ、須佐之男様本人が目の前にいて・・・」

「それに、ツクヨミ様が一番葬式の空気じゃ・・・」

 

 民たちは、テキパキと葬式の準備を固めながら、小声で不満を洩らす。

 

「は──いそこ。ゴチャゴチャ言わない。高天原(たかまがはら)がずっと夜でもいいの?」

「「「・・・えいやさ〜〜〜」」」

 民たちは、嫌々満々の返事を合唱させた。

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 一方、須佐之男は、岩戸の前でひたすら沈黙して待っていた。

 天照が岩戸を開ける、その一瞬の為に。

 

 

「さーて。そろそろかな。じゃあ・・・ 作戦開始!!」

 ひゅ〜〜ん・・・ と、月の椅子に乗りながら、飛んでツクヨミは岩戸の前に移動する。

 そして、大きく深呼吸をすると

 

 

「ひぐっ・・・ ぐすっ・・・」

 まるでスイッチが入ったかのように、真に入った嘘泣きを始めた。

 その泣きの演技の巧みさは、隣にいた須佐之男もギョッとするほど。

 

「おねえちゃぁ〜〜〜ん!! 天照おねえちゃん、聞こえる!!??」

 大きな泣き声で、ツクヨミは天岩戸内の天照に語りかけるツクヨミ。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

   天岩戸内

 

 

 

「ツクヨミ・・・? 何故、ここに・・・!?」

 岩戸の中で衰弱していた天照は、確かな弟の声に驚き、始めて顔を上げた。

 

「須佐之男ニーチャンが・・・ ニーチャンが・・・ ぐすっ・・・ 死んじゃったんだよ!!!

 岩戸を通して聞こえてくる。ツクヨミの涙声。

 その内容は、信じられないものだった。

 

「え・・・!? そん、な・・・ まさか・・・」

 いや、そういえば、もう何日か、あれほど須佐之男の声が途絶えている。

 

「ぐすっ・・・ オニーチャン。【妹にさえ拒絶されるなら、俺はもう死んだ方がいい、疲れた】って言って、自殺・・・ うっ・・・」

 ツクヨミの泣き声と言葉は、真に迫っていた。

 

「そん・・・な・・・? お兄様が・・・!? そんな、そんな・・・」

 自分のせいで、愛する兄が・・・死んだ!?

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

   再び、天岩戸前

 

 

 

「外じゃ、今・・・。須佐之男ニーチャンの葬式をやってるんだ・・・っ!!!」

 ツクヨミは嘘泣きの迫真の演技をしながら、左手でちょいちょいと、民たちに合図をする。

 

 

(ウオオォォォォォォォォォ・・・・・・・ンン)

 

 

 それと同時に、何か巨大動物の鳴き声のような、民の上手いとはとてもいえない泣き声の合唱が起こる。

 

「(・・・あちゃあ。大根だぁ)」

 思わず顔を押さえてしまうツクヨミ。

 

 しかし

 

「オネーチャン・・・!! 出てきてよ!!! 須佐之男ニーチャンに、せめて顔を見せてあげてよ!!!」

 ボロボロと涙を流しながら、必死に姉に訴えかけるツクヨミ。

 それは、隣にいる須佐之男も、なぜかもらい泣きしてしまいそうなほど。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 そして、数分の沈黙が支配した。

 

 

「(・・・・・・なあ、ツクヨミ。失敗じゃないのか?)」

 岩戸の中には聞こえない小声で、須佐之男は尋ねる。

 

「(ううん。オネーチャンは精神的にも肉体的にも衰弱して参ってると思うから、例え後ろのが大根でもそんな判断力は・・・)」

 そんな凍えの会話を繰り広げていた

 

 その時

 

 

(ガラ・・・ッ)

 

 

 天岩戸が、ほんの少し、開き始めた。

 

「オネーチャン!!!」

 その隙間から見える、衰弱して痩せ細った、天照の姿。

 

「本当・・・ なのですか? 本当に・・・ 須佐之男が・・・」

 焦点定まらない瞳で、隙間から見えるツクヨミに問う、天照。

 その時

 

(ガッ────!!!!)

 

 天照の手と、岩戸を須佐之男が掴んだ。

 

「えっ・・・!?」

天照が驚くも束の間

 

 

「ぬぅおおおおおおおあぁっっ────────────!!!!!!!」

 

 

 須佐之男は自慢の怪力で、天照にしか開けられない筈の岩戸をこじ開け、すっかりと軽くなった天照を引っ張り出した。

 

「やったあぁ!!!」

 パチンと指を鳴らし、喜ぶツクヨミ。

 民たちも、安堵や歓喜の声を上げた。

 

 

 

「(こ、これは・・・ 兄・・・様・・・?)」

 疲弊した精神で、天照には状況が飲み込めない。

 

「(天照・・・ 皆が、お前のために一芝居打ってくれたんだ)」

 二人は、無言のまま、心で対話した。

 

「(お兄様・・・ 私・・・ 私・・・)」

 天照は、遂にやってきたその時に、涙を流す。

 

「(いや・・・ いいんだ。ツクヨミから、お前の俺に対する気持ちは知ったから)」

 しかし、須佐之男の心からは、意外な答えが帰って来た。

 

「(ツクヨミが・・・!?)」

 ツクヨミは、子供ならではの観点で、姉が兄に対し想いを寄せているのではないかと、感づいていたらしい。

 

「(・・・そう・・・ですか。軽蔑・・・ されたでしょうね・・・)」

 不思議と今は、あれほど恐れていた恐怖はない。

 心の衰弱と、兄が生きていたという安堵が、それを和らげているのだろうか。

 

「(そう・・・聞こえるか?)」

「(え・・・?)」

 

「(今お前が読んでいる俺の心は・・・ お前を蔑んでるか? 笑ってるか?)」

「(・・・・・・いいえ、むしろ・・・)」

 

「(ああ・・・ 俺にとってお前は大事な妹で、それ以上の想いは抱けねぇ。

 それでも・・・ 天照が俺の事をそこまで想っていてくれていたっていう事は、俺は嬉しく思ってる

 ・・・それじゃ、ダメか?)」

 

「(いいえ・・・ いいえっ・・・! お兄様が私を嫌いでいないでくれるのなら、私はもうそれで・・・ 充分幸せです・・・)」

 

 その時、まるで

 天照の心情を現わしたかのように、天照が岩戸から出た事で、夜の闇から朝陽が姿を現わした。

 

 宝石よりも美しいオレンジの光が、全ての生命の誕生を現わすかのように、高天原を輝き照らし

 陽の無い毎日を過ごしていた民たちは、互いに抱き合いそれを喜んだ。

 

 

「あ〜〜あ。月の化身としては居辛くなっちゃったなぁ。こんなに照っちゃってさ」

 一歩引いた場所から見ていたツクヨミは、ようやく兄と姉の間に入り込んだ。

 

「「ツクヨミ・・・」」

 今回の最大の功労者である弟の名を、姉と兄は同時に呼んだ。

 

「・・・まあ、オニーチャンとオネーチャンも元通りになったし、それが一番かな〜〜〜・・・ わっ!!?」

 空中に浮く月の椅子の上で、プラプラと足を浮かせていたツクヨミは、いきなり須佐之男に捕まった。

 

「ったくこのヤロウ!! 何だよあの嘘泣きは!!!」

 力を込めない首締めで、ツクヨミを尋問する須佐之男。

 

「いや、ボクもね? 最初は演技だったんだけど、途中からニーチャンが死んじゃったみたいな気になって・・・

 つい本気で泣いちゃっ・・・ く、く、苦しいぃ・・・・・・!!!」

  須佐之男の胸の内で、ジタバタと暴れるツクヨミ。

 眩しいぐらいの笑顔で、二人はじゃれあっている。

 

 そして、それを、朝陽に負けぬ美しい笑顔で見つめる天照。

 

 

 

そうして、一つの兄妹の間の恋慕は、幕を閉じた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    現代

 

   固定空間  太陽の世界

 

 

 

 

 数千年前の真実を映した鏡の映像は、そこで完全に消えた。

 

「グスッ・・・ よかった・・・」

 全てを逸らさず見ていた麻衣は、その終着に、そして三貴神という兄弟の絆に感動していた。

 

「この後、私と須佐之男は、ツクヨミの提案を受け、誓約(うけい)を行いました」

「ウケ・・・イ・・・?」

 麻衣も、初めて聞いたような、いや、どこかで聞いた事のあるような気もする単語。

 

「我ら三貴神が、この世に生まれ出でし時・・・ 父神伊邪那岐がした様に、人とは違う方法で、神を生み出す儀式。

 須佐之男は、私の想いを受けられないせめてもの代わりにと、私と須佐之男は、誓約にて新たな神を生み出す事にしたのです。

 

そうして生まれたのが、五神です。

それ以後の私は、心を読む力、そして読まれる力を制するように精進しながら、五神を養子として育てました。

そこで、私の話は終わりです。・・・退屈は、紛れましたか?」

 

 今まで遠い所を見つめていた天照は、柔和な笑みで麻衣を見つめる。

 その顔は、岩戸に篭もっていた時とは大きく違い、慈愛に満ちており、正に太陽の神、天照と思えた。

 

「え、あ、はい・・・ じゃなくて、退屈どころか・・・

 その、よかったんですか? 私なんかに、こんな大事なことを話して・・・」

  自分の兄を愛していたなど、いくら昔の事でも、そうそう語れることではない。

 舞衣には、いくら考えても自分に話してくれる理由が見当たらないのだ。

 

 

「ええ。最初にあなたの心をうっかり読んでしまったお詫びも兼ね・・・

 いえ。これはただの後付けですね。私は多分・・・ 自分から話したかったのでしょう」

 

「え・・・? そんな、何で、ですか?」

 

「貴女の心に、懐かしさを覚えたから・・・ でしょうか。

 心の内に見える、優しさ、想い、そして誰かの為に懸命になるその勇。

 かつての私と、須佐之男に似ている気がしたのかもしれません。・・・尤も、私は未だに己の全てを解するに至りませんが」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 日本創生の時代から生きる神、三貴神ですら、未だに“我”を完全に悟れないという。

 それじゃあ、私なんかは、どれだけ“自分”を分かっていないのだろうか。

 人の短い一生では、生きている内には、到底及びもしない境地なのかもしれない。

 

 

(スウウウゥゥ・・・・・・)

 

 

 その時、大鏡が一際大きく波紋を生んだ。

 

「・・・どうやら、八咒鏡の試練への、起動式が完了したようですね」

 遂に、時はやってきた。

 

「では、始めますか? 世界を救う為の、八咒鏡を渡す為の、儀式・・・試練を。

 あらかじめ話しておきましょう。私の試練は、死の可能性をも内包しています。それでも・・・

 己の命を案ずるか、危険を覚悟してでも八咒鏡を得るか・・・ 選びなさい。天津麻衣」

  真っ直ぐに、麻衣の瞳を見る天照。

 

「・・・・・・・・・やります」

 ほんの少しの沈黙、そして、迷い無き答え。

 

「わかりました。では、この鏡を潜り、その先へ」

「・・・はい」

 麻衣は、ゆっくりと鏡の前に歩み寄り、恐る恐る、鏡に指先を触れる。

 

(ピチャン・・・)

 

 ガラス体の筈である鏡は、本当に湖面のように、麻衣の指先を受け入れ、通した。

 

「・・・・・・・・・ よし」

 

(ピシャンッ・・・────)

 

 麻衣は、意を決して、目を閉じ、鏡の中へと入っていった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

   固定空間   剣の世界

 

 

 

 

 広陵とした大地に、無数の様々な刀が突き刺さった丘、その周りにはただ広い海原が広がる、須佐之男の固定空間。

 

 その中心で

 

「まあ、そういうワケで、俺と天照は元の兄と妹に戻ったわけだ。めでたしめでたし」

「そうか・・・ それはよかった」

 仁は、須佐之男から同じ様に、神話時代の話を聞いていた。

 

「ま、その後、俺は天照を岩戸に追い込んだ愚かな馬鹿者として、髪は斬られるわ生爪は全部剥がされるわして、地上に落とされちまったんだけどな」

 まるで他人事のように、自分の壮絶な過去を語る須佐之男。

 

「ああ、知ってる。それは習った」

 逢魔の人間は、基本的にシンデレラやアラジンより前に、地方民話や日本神話を聞かされる。

 特に逢魔の隊長ともなれば、一般人が全く存知得ない知識も頭に入れておかねばならない。

 それは、旧き邪神や妖怪、淫魔と戦う上で、【智】として識る事は、必ず戦局を打開し、有利に進める事に繋がるからだ。

 

「・・・ま、そのお陰で櫛名田(くしなだ)と会えたワケだから、今となっちゃあ感謝してるけどよ」

 ハッハッハと、豪快に笑う須佐之男。

 

「櫛名田姫(くしなだひめ)・・・ 八叉ノ大蛇(やまたのおろち)の生贄にされかかっていた所を助けた事によって、婚姻するに至った・・・」

 

「そうそう!! あいつは最高の女だよ!! ・・・でも知らないだろ? あれで怒ったら怖いんだぜ?」

 仁が知っている訳が無いであろうに、須佐之男はいい具合に良いが回っているらしい。

 

 

 須佐之男の語りは、勿論、天照の視点とはまた違い、それは須佐之男の最初の狼藉の話から続いていた。

 それによれば、須佐之男は人の書記に記された様にただ暴れたのではなく、須佐之男なりに芯を通した結果らしい。

 

 元々は、須佐之男も暴れていたわけではない。

 多少の豪放磊落差はあったが、最初は言われた仕事はきちんとこなした。

 

 書記に書かれている狼藉も、自分や、天照、ツクヨミを、【黄泉の国の穢れで出来た神など汚らわしい】と陰口を叩き、遠ざけ、蔑んだ八百万の神に対し、

 【ならその穢れとやらを喰らわせてやる!!】と憤し、己の糞を神の殿に撒いたり、馬を担いで暴れたりした結果だそうだ。

 

 まあ、やり方は悪かったと思うが、この須佐之男という神は、実に人間臭く、そして妹弟想いだということが、わかった。

 

 

「しかし、あんた一人で受ける罰でもなかっただろう」

 真面目な仁の指摘は尤もだ。

 

「なに言ってるんだよ。どんな状況や事情があるにせよ、弟妹(みうち)の不始末は全部兄貴がかぶるもんだ。

 ・・・それに、あいつの想いに気付いてやれなかった俺にも責任があるしな」

 と、須佐之男は酒をぐいと飲みながら、さも当然のように言い放った。

 そんな所に、良くも悪くも須佐之男という漢の器のでかさが伺える。

 

 

「しっかしなんだな。天敢雲剣の試練を担当して長いけど、お前ほど気の会う奴も初めてだよ。

 そうだな・・・ 大国主(おおくにぬし)以来か」

 豪快に笑い、酒を飲む須佐之男。

 

「大国主・・・? あんたの息子の?」

 日本神話においては、八叉ノ大蛇ほどではないが、大国主の物語もまた有名だ。

 特にその話の時から、須佐之男は漢気ある神として描かれ、大国主に試練を与えている。

 

「あー。お前とそっくりだぜ? 酒飲まねー所とか、雰囲気から性格までな。だからお前はすっげえ親しみやすいよ」

 須佐之男は豪快に歯を見せて笑っている。

 

「じゃあ、俺の試練もムカデの部屋やミミズの部屋へ放り込むのか?」

「ハハハッ。まさかな。ありゃあ結婚の試練だぜ? それに俺たち神はもう子供を作らないって事に決めてるしな」

「・・・何故?」

 当然、疑問に思う仁。

 

「只でさえ神ってのは増えるからな。それで俺達みたいな古い神までポコポコ子供生むわけにはいかねーだろ?

 ・・・ま、それも形だけの決まりなんだけどな」

「・・・なるほど」

 確かに納得できる話ではある。

 

「ま、とにかくだ。楽しく話が出来るやつでよかったよ」

「俺も、神の親友が出来るとは思わなかった」

 

「おっ!? 親友か!! そりゃいいな!!! あっははははははは!!!」

「・・・・・・ふふっ」

 

 神と人間とは思えない、賑やかな座談・・・ いや、どちらかというと、一方的な酒盛り。

 仁は戦士の習性として酒は一杯程度しか口に入れなかったが、それでも仁はいかなる時も人の目を見て真剣に話を聞く、天然の聞き上手な性格であるが故に、打ち解けるのは早かった。

 

 

 

「・・・じゃあ、そろそろ試練といくか?」

 宵の口から、急に真顔へと戻る須佐之男。

 

「ああ。その為に来た」

 仁も、正面に須佐之男の瞳を捉える。

 

「そう来なくちゃな。 で、試練の中身だけどよ」

 仁と共に立ち上がった須佐之男は、バッと手を広げた。

 それが指している物は、そこら中に突き刺さっている、抜き身の剣の数々。

 

「・・・・・・これを?」

 

「この剣の中に、天敢雲剣(あめのむらくものつるぎ)がある。

 そいつを見つけて・・・」

 須佐之男は、空中に片手を翳した。

 

 すると

 

(シュウウウウゥ・・・・・・)

 

 刀の空間の中心、唯一刀が刺さっていなかった場所に、巨大な水晶の塊が出現する。

 美しき水晶の柱は、男二人が手をいっぱいに広げ、抱きかかえたぐらいの太さがあり、

 そしてその中心には、一輪の花が、華々しく咲いた姿のまま、封じ込められている。

 

「こいつを斬って、中の花を取り出すんだ。・・・ただし、中の花は傷付けずにな」

 ペチペチと水晶を叩きながら、矛盾した言葉を言い放つ須佐之男。

 

「なんだって・・・!?」

 さしもの仁も、現実として不可能な提示に驚いた。

 

「それと、百本の剣を全部折ったら、その時点で失格。ノコギリみたいな斬り方もダメだ。

 一振りで水晶を両断して、中の花を取り出すんだ。時間制限はねえから、・・・ま、ゆっくりやれよ」

  そう言うと、須佐之男はその場に寝転び、後頭部に両手を当て、

 

 

(グォォォォオオオオ、ガァァァアアア・・・・・・)

 

 

豪快に寝息を立てた。

 

「・・・・・・・・・」

 その無防備さと、豪放磊落さに呆れながら、

 

「ふむ・・・・・・」

 仁は、その場で考え込んだ。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

     一方

 

    鏡の試練の場

 

 

 

「・・・・・・これが、試練の・・・」

 眩いほどの光に包まれたかと思うと、次に麻衣が立っていたのは、不思議な空間だった。

 

 直径は20メートルぐらいだろうか、綺麗な円柱型の広い部屋の中には、両儀対極の図が描かれており、麻衣が立っている白の部分と、もう片方の黒の部分は完全な、半透明、半反射のガラスで仕切られて、ガラスにはうっすらと麻衣の姿が映っている。

 

「・・・・・・え!?」

 一瞬、鏡に映る自分の羽衣姿が、白ではなく黒に見えてギョッとする。

 しかし、よくよく凝視すると、それが向こうの床の黒色がそのまま光の関係で羽衣の映す部分に見えた目の錯覚だとわかった。

 

「・・・はあ、なあんだ。ビックリした」

 部屋には出口と言えるものが無く、窓や穴といった、外界へと通じるものさえ一切ない。

 

 ここが閉じられた空間であり、試練が終わるまで出ることが叶わないこと、それを麻衣が確認した

 

「(・・・でも、この空間で何をやるの? ガラスを壊さずに向こうの黒い床の方に行くとか?

 ・・・それとも、この前見た映画みたいに、毒ガスやら針やら次々と出てきて、脱出する、とか・・・?)」

  そう考えると、この部屋にいるのがすごく怖くなってきた。

 

「あ、あ、天照様〜〜!! 私、何をやればいいんですか────っ!!?」

 隠し切れない恐怖感をそのまま現わした声で、天照の名を呼ぶ麻衣。

 しかし

 

(シ────ン・・・・・・)

 

 天照からの返事は、無かった。

 麻衣以外誰もいない空間で、麻衣の声だけが虚しくエコーする。

 

「(うう・・・ 心細いなぁ・・・)」

 がっくりと肩を落とした後、なんとなく、再びガラスが目に入る麻衣。

 

「あ〜・・・。そういえば鏡見てなかったなぁ、私・・・。髪、ボサボサ・・・

 肌も荒れてきてるし・・・ うわ〜、こんなの仁さんに見せたくない・・・

帰ったらせめてシャワー浴びたいなぁ・・・」

  こんな時でも髪や肌を気にする辺り、麻衣も一人の女の子である。

 

 麻衣本人の為に言及しておけば、麻衣の自己評価は女性特有の、自身に対してかなり厳しい評価だ。

 確かに、麻衣の発見した髪の乱れや、肌荒れはある。

しかし、肌荒れは恐らく麻衣本人か、他人にしてもよほど凝視しないとわからないレベルで、髪の乱れに至っては、むしろ活動的な可愛さが見受けられるぐらい。

 

「はぁ〜〜〜・・・・・・」

 それでも、麻衣は自分の容姿を過小評価している。

 特に、仁という人に想いを寄せている今は、かなりそれが増しているようだ。

 女性らしいと言えばそうだろうが、もう少し自身を持っても罰は当たらないだろう。

 

 そうして、じっと鏡を見つめていた

 

 その時

 

「・・・っ!?」

 麻衣は驚きたじろいだ。

 ガラスに映った自分の顔が、ニヤリと笑ったのだ。

 

「うそ・・・!?」

 目の前で起こるホラー現象に、否応なく背筋が凍る。

 

 そして、両儀の白と黒の境界となっていたガラスは、霧のように消え

 しかし、それに映っていた黒い羽衣の麻衣は、麻衣とまったくの左右対称・・・ 鏡写しの姿勢で立っている。

 

 羽衣は、白の箇所は全て完全な黒色となっており、肌も、桃白の麻衣と比べ、黒人女性の如く浅黒い。

 何より、麻衣と違うのは、その表情。

 純真な麻衣の目とは正反対に、その瞳は、邪悪な殺意に満ちている。

 

「え・・・!? え・・・!!?」

 当然、麻衣には訳が分かるはずもない。

 

(チャキ・・・)

 

 黒の麻衣は、そんな麻衣の事情など知らぬとばかりに、麻衣とは反対の左利きに、黒色の薙刀を構えた。

 

 黒色の・・・  まるで・・・

 

(シュッ────!!)

 

「わっ────!!?」

 

(ギィィンッ────!!!)

 

 黒の麻衣が下段から振りかぶった薙刀の刃を、麻衣は咄嗟に己の薙刀で防いだ。

 

(ギリギリ、ギリ・・・)

 

「くっ・・・!!」

 自分とまったく同じ力に、押す事も引く事も出来ない。

 塵芥ほどまで均衡した力で、鍔迫り合いが続く。

 

「あなた、誰なの・・・っ!? どうして、私の・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 黒の麻衣は答えない、ただ、その目は確実に、麻衣を殺そうとしている。

 

 何故、何故、麻衣がその不可解な玄奘に混乱していた

 

 その時

 

 

「(そこは、貴女の精神の中に構築した、両儀の世界です)」

 

 

 どこからか、天照の心の声が、麻衣に響いた。

 

「天照様・・・!?」

 隙を生まないように気をつけながら、天照の声を聞く麻衣。

 

 

「(そして今貴女と刃を結んでいる相手は、他ならぬ貴女自身・・・ 貴女の心の闇です。

あなたが今いるその空間は、己の心の闇との対峙を可能とさせるのです)」

 

「私の・・・? 闇・・・?」

 目の前にいるのが、私の闇・・・?

 

 

「(誰の手も借りる事無く、己の力だけで、この試練を超えてみせなさい)」

 

 

「え・・・ あ・・・ はい!!」

 天照の言葉を受け、麻衣は薙刀を握り直す。

 

「この・・・っっ!!!」

 

 

(ギィンッ!  カァンッ!

   

ガキィィンッ!!   ブンッッ!!   カァァンッッ!!!)

 

 

 黒の麻衣の仕掛ける猛攻を、麻衣が鍛えられた反射神経で切り払い、紙一重で避わす。

 そして、麻衣が仕掛ける攻撃も、黒の麻衣は同じ様に切り払い、避わした。

 

「たあああ────────────っっ!!!!!」

 

 光と闇、陽と陰の両者は、寸分の互いも無いその腕で、

 切り結ぶたび、刀戟を響かせ、火花を散らした。

 

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

   固定空間  月の世界

 

 

 

 

「む・・・ む、む・・・・・・」

 木偶ノ坊は、悩んでいた。

 

 ツクヨミによる、クイズの最終問。

 それを、どう答えを出せばいいのか、いや、そもそもこんな問題に答えなどあるのか、

 ツクヨミ様の意図は、何なのか?

 

「・・・・・・・・・・・」

 チラと、空に浮いたまま自分を見ているツクヨミを見た。

 退屈そうに、プラプラと足を動かしているその姿は、一見しては、何も考えていないようにすら見える。

 それが、木偶ノ坊を更に不安にさせた。

 

 ・・・ひょっとすると、自分はツクヨミ様にからかわれているのではないだろうか?

 答えの出しようも無い意地の悪い問題を出し、某が悩む姿を見ながらニヤニヤと笑い。

 極め付けに「ドッキリでしたー♪ ごめんね。アハハ☆」などと言うのではないかと、そんな失礼な空想さえ沸いてしまう。

 

 表情だ。表情さえ伺えば・・・

 

 と、木偶ノ坊がツクヨミの目を見てみると

 

「・・・・・・・・(にへら〜〜)」

 

「(・・・に、ニヤニヤ笑っていらっしゃるぞなもし・・・!!)」

 結局、より悪い方向へ思考の罠へ陥ってしまった。

 

 考えなくては、考えて・・・

 

「あと2分」

 10分近く黙っていたツクヨミは、遂に口を開いた。

 

「なっ・・・!?」

 に、2分・・・!!?

 

「何驚いてるの? 最初に制限時間はオマケして15分って言ったでしょ? もう13分たったよ」

 いつの間にしていたのか、左手の袖からGショックの腕時計を取り出し、見せるツクヨミ。

 

「・・・・・・!!」

 なんと・・・ もう、そんなに経っているとは・・・!!

 

「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ・・・・・・・・・」

 ツクヨミは、時計の秒針の口真似をしだした。

 

「・・・・・・・・・〜〜〜〜〜〜〜」

 真剣に悩んでいる時にこれは、かなり集中力を削がれる。

 

 だがしかし、考えるのだ。木偶ノ坊よ。

 ツクヨミ様は、【質問は一切無し、クイズの文面だけから考えること】と言われた。

 

 どちらか片方しか助けられない。亜衣様。麻衣様・・・ どちらを助けるか?

 そんな事は、これまで考えたこともない。

 

 

「あと1分」

 

 もしそんな状況になったとして、いや・・・

 

 自分は、一度それを行ったのではなかったか。

 側にいた麻衣様しか助けられず、亜衣様はお助けできずに・・・

 

 それでも。それでも・・・!!

 二人が同時にあの場所にいたなら?

 

「30秒」

 

 無茶をしてでも、二人を一緒に助ける為に、命を賭しただろう。

 例え、一人しか助けられないとしても、それでも・・・

 

 そうして、木偶ノ坊が視線を落とした時、

 たまたま目に付いた自分の右手小指。

 

 それに

 

 

【二度と、俺より先にどこか行ったり、死んだり・・・ しないでくれって】

 

 

 木偶ノ坊は、青年の鬼麿との約束の言葉を思い出した。

 

 

「(・・・そう、でしたな。鬼麿様・・・)」

 ギュッと、自分の指を握り締めた。

 

 

「5・・・ 4・・・ 3・・・」

 そして、最後の5カウントを数えるツクヨミに

 

「・・・決まりました、ぞな」

 覚悟を決めた静かな声で、木偶ノ坊は手を上げた。

 

「・・・ウン。答えは?」

 ツクヨミは、真剣に木偶ノ坊に向かい合う。

 

「某は・・・」

「ウン」

 

 

「某は、やはり二人ともお助け申す」

 

 

「それ・・・ 本気で言ってるの?」

 つぶらな、大きな目をパチクリとさせて、木偶ノ坊に問うツクヨミ。

 

 

「はい」

 木偶ノ坊の答えに、迷いは無い。

 

「・・・ひょっとして、自分が死んででも二人を助ける。なんて言うつもり?」

 ツクヨミの声には、少しだけ怒気が内包しているように感じ取れた。

 

「いいえ」

 木偶ノ坊は横に首を振る。

 

「某は、大事な主君に約束いたし申しました。【決して死にませぬ。どこにも行きませぬ】と。

 15分。無い脳を全て絞って考えましたが、やはり・・・ 某には、仮といえどもこれ以外の答えは浮かびませぬ。

 亜衣様も麻衣様もお救いし、そして某も生きて勝ち残る・・・ いかに絶望的な状況であろうと、可能性が欠片でもございますれば、某は・・・ その方法へと尽力いたし申す所存にてございまする」

 

 木偶ノ坊は、ツクヨミの目を正面に見、少しも目を逸らさない。

 

「ホンットにそんな答えでいいんだね? 神器は欲しくないの?」

 不機嫌そうに眉を寄せ、木偶ノ坊に再度問いかけるツクヨミ。

 

「・・・はい」

 言い訳はすまい。自身が決めた答えだ。

 

「・・・・・・じゃ、しょうがないなぁ・・・」

 木偶ノ坊に冷たく背中を向け、ふよふよと月の椅子に乗ったまま、木偶ノ坊から離れていく。

 

 そして

 

 

 

「合っっ格!!!!!☆」

 

 

 

 振り向きざま、ツクヨミはそう叫びながら、木偶ノ坊に三日月のステッキを向けた。

それと共に、どこからか十近いスポットライトが木偶ノ坊を照らし、鳩が跳び、国旗やロールが舞い、大音量のファンファーレが響く。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 木偶ノ坊は、いつの間にか手に花束を持った状態で、呆気に取られた。

 まあむしろ、これで状況を把握しろという方が無理であろう。

 

「いや───。感動したよ。それでこそボクがずっと見てきただけはあるね。さすがさすが」

 まるで奥歯に十年挟まっていたものが取れたかのような満面の笑みで、パチパチと拍手するツクヨミ。

 

「・・・・・・・・あの、どういう・・・?」

 木偶ノ坊は、萎縮しながら尋ねた。

 

「アレ? ボーったらまだ把握してないの? だ〜か〜ら。合格だよ。ゴ・ウ・カ・ク。

 木偶ノ坊は試練に正真正銘全部合格したの。八尺瓊勾玉はボーのものだよ」

  ツクヨミの言葉に嘘はない。本当に心の底から、木偶ノ坊を祝福していた。

 

「・・・ほ、本当でございますか? 誠に・・・ まことに・・・」

「えいっ☆」

 

 

(ブスゥッ────!!!)

 

 

「ぐあああああっっ!!!?」

 ツクヨミのいきなりのチョキによる目潰し攻撃により、悶絶しゴロゴロと転げまわる木偶ノ坊。

 

 

「ね? 夢じゃないでしょ?」

 タオルで指を拭きながら、満面の笑みで語りかけるツクヨミ。

 

「・・・そのようで」

 うつ伏せに蹲った姿勢で目を押さえながらの、木偶ノ坊の返事。

 怒ればいいものを、木偶ノ坊は子供に怒れない宿星も持っているようだ。

 

 

「説明するとね。このクイズは明確な答えなんか無いんだ。要するにボクが気に入るか気に入らないか。

 神器が欲しいからってあっさり片方を選んじゃう奴は勿論ダメ。ま、結局何の答えも出せないヤツもボクは嫌いだけどね。

 きっちりしっかりちゃんと悩んで、その上で自分なりの答えをちゃんと見つけて、ボクの目を見て語ってくれる奴が好き」

 

「は・・・・・・ そうだったの、ですか・・・」

 つまりは、自分は目の前の少年神に言いように踊らされたということ。

 ・・・しかし、不思議と悪い感情は沸かない。

 

「特にボーの場合は、また【自分が死んででも】なんて馬鹿なことを言い出したら、即失格にするつもりだった」

「・・・・・・!!」

 ツクヨミの言葉に、そして急な真顔に、木偶ノ坊は驚かされる。

 

「ボーの悪い所はね、他の人と比べて、自分の命を軽視している所。

 その結果木偶ノ坊は一度死んで、更にボクが大サービスで助けたにも拘らず、淫魔大王になった鬼麿相手に【共に死にましょうぞ】とか言ってたよね?

 

 ボク、あれにはすごくムカついた。

 せっかく父上の大目玉を覚悟して助けてあげたのに、何で生き返ったばかりなのにそんな事を言うのかって」

 

  ツクヨミは、木偶ノ坊に対して、まるで父親が子供に怒る時のような目をしている。

 

 

「確かに命を賭してでも、守るべき人を守るのは大事な事だよ? でもね、命の価値に違いなんか無い。

 誰か一人を助けられても、自分が死んだらそこにあるのは変わらない【一人の命を失った事実】なんだ。

それが人々に英雄と崇められる素晴らしい人間であっても、誰にも愛されない愚かな人間であっても一緒なんだよ。

 

【生きているのがこの人だったなら、後々これだけの人が救えたかもしれない】。そんなもしもの話にも実は意味はない。

 

 人の命を守りたいというのなら、それは自分を含めての話。

 他人だけじゃなくて、自分の命も愛するんだ。例え、他の誰にも愛されなくてもね。

 そうすれば、自然と自分を愛してくれる人間も現れる。・・・ボクも、ボーが大好きだから怒った。

 

 ボクは、不器用なボーを愛してるよ? ボーが死んじゃったら悲しいし、すごくイヤだ。

 それに、もう既に、ボーを愛してくれる人達は、たくさんいるじゃない」

 

  そう、天津亜衣も、天津麻衣も、鬼麿も、

 今現在のこの時は、仁という男すらも、木偶ノ坊が死す時が在るなら悲しむだろう。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・勿体無いお言葉に、ございます」

 木偶ノ坊は、ツクヨミの心からの言葉に感涙していた。

 

 

「まあ、自分からああいう答えを出してくれて嬉しかったよ。

・・・そういう意味では、魔獣が壊されて、天神の子が助けに来たのはかえって良かったかもね。

これでボクが心配することはもう何もない。あとは“ガンバレ”って言うだけ

 

・・・それと、ハイ」

 

 

  ツクヨミは、何気ない感じで、右手を握り拳にして木偶ノ坊の前に差し出した。

 

「・・・・・・・・???」

 木偶ノ坊は、よくわからぬままそれを覗きこむ。

 

 そして、ツクヨミが手を開くと

 

 

(パアァァッ────────────!!!!)

 

 

 手の中からは、サファイヤブルーの光が輝き、月の世界を蒼に照らす。

 とんでもない光量なのに、まったく眩しさを感じないその光の中には、一つの勾玉があった。

 子供の手のひらの中に、納まる納まらないという程度の大きさのその勾玉は、宝石よりも美しく、そして神々しく輝き続ける。

 霊力の無い木偶ノ坊にも、それから発せられる神聖なる力の波動の凄まじさは震えるほどに良く分かった。

 

 

「こ、これが────」

「そう。ボクが担当する三種の神器。八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)。

 清浄なる者の力を引き出し、邪なるものを鎮める。そして、この勾玉に認められた者は、【真の月の加護】を得られる」

 

「真の月の、加護・・・・・・?」

 

「通常の月の加護よりも、段違いに受けられる強い神通力の加護だよ。

ま、要するに月の神の力で超パワーア────ップ!! って感じかな。

ただの月の加護はたくさんの人が受けられるけど、【真の加護】は、その神の神器に認められた一人だけ、すごいでしょ?」

 

「・・・・・・なんとも」

 三貴神から、ただ一人だけの加護を受ける。

 事が大きすぎて、脳がすぐにはついていけない。

 

 

「よっ」

 ツクヨミが、自分の首飾りの一つを外し、勾玉と共に空中へ投げると、

 それは忽ち空中で光り輝きながら一つの首飾りへと変化し、木偶ノ坊の首に掛かった。

 

「おお・・・」

 感嘆する木偶ノ坊。

 首に掛かった八尺瓊勾玉は、今もなお淡い蒼に輝いている。

 

 

「ご苦労様。・・・でも、大変なのはこれからだよ。

・・・わざわざ当時の新興の神が存在ごと消そうとしたぐらい、インド神の一人、カーマスートラの力は強かった。

そしてその力は急速に元に戻ろうとして、増大を続けてる。

カーマを倒すなら、僕ら三貴神の【真の加護】は不可欠だろうね。

 

つまり、これからボー達に必要なのは、なんとしてでも亜衣を元に戻して、この勾玉を亜衣に渡すこと。

【真の太陽の加護】【真の剣の加護】も合わされば、カーマなんかメじゃないよ」

  

  グッと、親指を突き出して、極上の笑顔を向けるツクヨミ。

 

 

「ありがとうございまする。・・・このご恩、某は一生忘れませぬ」

 木偶ノ坊は、深々とお辞儀をした。

 

「ん。苦しゅうない♪」

 アハハと笑いながら、おちゃらけるツクヨミ。

 

 

「・・・・・・とはいえ、ボーにあげるものが何も無いのはちょっと忍びないかなぁ・・・ え〜〜と・・・」

 ツクヨミは、再び目を閉じ、メトロノームのように首を振り出した。

 

「いや、某は別に・・・」

 木偶ノ坊は手を横に振り、

 

「あ、そうだ。これも持って行きなよ」

 そう言って、ツクヨミがパッと、手品のように何かを右手に出した。

 

「・・・? それは・・・」

 ツクヨミが手に持っているものは、青色の長柄の武器だった。

 槍・・・? いや、三日月状の刃の形状は、どちらかというと中国の長柄武器、月牙に似ている。

 

「・・・言っとくけど、月牙じゃないよ。

 僕が生まれてからすぐに父様に作ってもらった白月天槍(はくげつてんそう)っていうオモチャなんだ。

 今じゃボクの神性が宿っちゃって、神具の一つになっちゃってるんだけど、霊力はそんな使わないから、ボーが使う分にはちょうどいいかな。

 小さい頃からのお気に入りだけど、ボーにあげるよ」

 

「はっ・・・ なんと!? 某などに、そのような大切なものを・・・?」

 今も小さいじゃないか、というツッコミも忘れ、木偶ノ坊は感激した。

 

 

「うん。あげる」

 ツクヨミは、実にあっけらかんである。

 

「そんな・・・ 頂けませぬ!!」

 慌て首を横に振る木偶ノ坊に

 

「あのさあ、お歳暮じゃないんだから。

 それにこういうときは素直に受け取る方が礼儀だよ。はい、コレ取扱説明書」

  ツクヨミは木偶ノ坊の手を取ると、自主制作らしい取扱説明書を手渡した。

 

 チラとそれを見てみると、ポップな現代的文字と、ツクヨミの顔のカラープリントで

 【ツクヨミ監修。サルでもわかる白月天槍の取扱説明書】・・・ と、書いてある。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 木偶ノ坊も、この時ばかりは目の前のツクヨミを【本当に神様か?】と疑ってしまった。

 

 

「他の神様はさ、二言目には不可侵、不可侵って頭固いんだけど、ボクは基本的にいい人間は大好きなんだ。

 特に、ボーみたいに優しくて一本気なのはね。だから応援したいし、麻衣と仁・・・だっけ、ボーの信頼する仲間とも、出来たらいつか、一度お話をしてみたいな〜・・・ と思ってるんだ。

 

 ・・・最近、特に何十年も暇だったしさ、ボクを祭る神社の神主さんは唯一ボクが見えるんだけど、ヨボヨボのお爺さんだし・・・

 

 というわけで、話し相手になってくれてすごく嬉しかった・

 これはそのお礼。試練成功の証とは別に、【友達の証】として受け取ってくれたら・・・ その、嬉しいなって」

 

  照れ笑いをしながら視線を微妙に逸らす仕草は、人間の子供と何ら変わらない。

 木偶ノ坊は、そんなツクヨミの中に、必然的に鬼麿の面影を見た。

 

「・・・ツクヨミ様。この木偶ノ坊なぞでよろしければ、いつでも話し相手でも、遊びの相手でも引き受けましょうぞ!!!」

 相手が三貴神の一人という事も忘れ。  ・・・いや

 ツクヨミという永遠の少年には、礼節ばかりを通した態度こそが、向こう見ずの無礼な態度だと、そう思えた。

 

「・・・うん。許可が出たら、みんなの所に遊びに行くよ。

 そう出来る様に、しっかり勝つんだよ?」

 

「御意!!」

 と、強い返事をしたところで

 

 

「・・・・・・帰る前に、一つ、質問をしてよろしいですか?」

 と、珍しく木偶ノ坊から質問が入った。

 

「え? 何? 何?」

 木偶ノ坊からの質問が嬉しいのか、ツクヨミは身を乗り出してきた。

 

「その・・・ 某が知っている神話では、ツクヨミ様は大気津比売神(オオゲツヒメノカミ)を殺したと・・・」

 今、目の前にいるツクヨミ像と、その神話とが、まったく合わないもので、つい聞きたくなった。

 

「ああ、アレ? あー・・・ アレはね、ちょっと違うんだよね。

 地上に落とされた須佐之男ニーチャンが心配になってさ、内緒で地上に降りた時に大気津に会ってね。

 会ってみたら面白いんだよね〜。一目で【食べ物の神】ってわかるほどのデブでさ。

 

 それで一緒に飢えてた須佐之男ニーチャンを見つけて、一緒に大気津の料理をご馳走になって・・・

 すごく美味しかったんだけど、厨房覗いてビックリ。口や鼻から出してるんだよ? バ────って」

  舌を出して、手を使ったゼスチャーでその時の衝撃的光景を説明するツクヨミ。

 しかし、出した舌は小さく可愛く、手のジェスチャーも子供のお遊戯のようで和やかな気分にしかならない。

 

「『コラ────ッッ!!!』って怒ったらさ、喉に食べ物詰まらせて死んじゃったんだ。

 まあ、その後は書記通りに生き返ってやれやれだったんだけどね」

 

  アハハハハ。と、とんでもない話をさらりと笑い話にしているツクヨミ。

 

「・・・よいのですか? 笑い話にして」

「え? ああ、うん。大気津も今じゃ笑い話にしてるし、ずいぶん昔の話だしね」

 

「はあ・・・」

 確かに、数千年も経てば、本人達にとってはどんな体験も笑い話になるかもしれない。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「じゃあ、入り口までボーを送るよ。そこに立って」

「はっ」

 首に勾玉、片手に白月天槍を持った状態で、木偶ノ坊は数歩離れた場所に立つ。

 

 

「それと、ボーを帰す前に、もう一つだけ言い忘れたことがあるんだ」

 これまでに見せなかった真剣な目を見せるツクヨミ。

 

「何でございますか?」

 

「さっきのクイズはね、何も荒唐無稽な話じゃない。

 戦い続ける限り、いつか必ずそんな選択を迫られる日は来る。

 ・・・例えば、ボーの仲間、仁って言ったかな。あのオニーチャンは、そういう選択を何度も何度もしてるみたい」

 

「・・・・・・仁殿が・・・!?」

 いや、確かに、幼少から戦い続け、一つの退魔組織の隊長などをしていれば、そんな状況になることもあって当然かもしれない。

 

「一つだけ確実にわかるのは、今回のカーマ達との戦いで、ボーは【選択】をしなくちゃいけないこと」

「選択・・・?」

 

「そう。【亜衣】と【悪衣】。どっちを助けて、どっちを助けないか。

 一つの魂(うつわ)に、二つの精神(いれもの)はいつまでも入れられない。

いつかは一つになるか、器が壊れるか。・・・二つに一つしかない選択。

 

 ボーは誤解してるみたいだけどね、亜衣も悪衣も、同じ【天津亜衣】なんだ。

 でも、亜衣の心の強さと弱さが、一つを二つにしちゃった。ややこしいことにね。

 ・・・で。どうする? どっちも同じ亜衣。どっちを助けても、ボー達は【亜衣を半分殺す】ことになる。

 

 【人の戦士】として、淫魔の魂を持つ悪衣だけを殺す?

 それとも、さっきみたいに、【どちらでもない答え】を探して、試してみる?

 下手をしたら、どちらも救えないけど、それをも覚悟して、【奇跡】を起こしてみるのも、いいかもね」

 

  その時のツクヨミの目は、間違いなく三貴神の一人、月読命のものだった。

 

「・・・・・・・・・」

 木偶ノ坊は、息を呑んだ。

 自分達がこれからしなくてはいけないことは、とんでもなく難解な選択が用意されていたのだ。

 

「某は・・・ 我らは・・・ どうすればよいのですか?」

 堪らず、木偶ノ坊はツクヨミに尋ねる。

 ツクヨミは、初めてその表情に悲しみと哀愁を見せ、首を横に振った。

 

「ボクは、ボーに【力】と、【選択肢】を与えた。問題用紙と鉛筆をね。

 それにどんな答えを書き込むのか、どんな式を求めて、どれを正解と思うのか。

 ・・・それは、ボー達がやらなくちゃいけないことだよ。ボクが答えるものじゃない」

  その顔に、それまでのおちゃらけた雰囲気はどこにもない。

 子供でありながら、目の前の存在は、数千年もの時を生きた、賢者たる神なのだ。

 

「・・・・・・某は・・・ 某は・・・」

 木偶ノ坊には、答えが出せない。

 何が答えなのかも、どんな式が必要なのかも、わからない。

 

「だから、ボクが最後に送る言葉はたった一つ。

 ・・・“がんばれ”」

  そうして、ツクヨミは、木偶ノ坊の手をギュッと強く握ると、

 再び離れ、転送の術式を紡ぎだした。

 

 

「・・・じゃ、またね♪」

 元気にワキワキと手を振り、笑顔で木偶ノ坊を見守り、指の動きだけで転送の術式を編む。

 呪文を一切使わず、片手の動きだけで簡単に作り上げるその力は、さすがは三貴神の故である。

 

「ツクヨミ様・・・ 某は・・・!!」

 

 

(カッ────)

 

 

 木偶ノ坊の立っていた場所が一瞬で光に包まれ、目の前の景色は全て消え去っていく。

 

「大丈夫。ボー達なら見つけられるさ。奇跡みたいな方法を。

 例え、どんなに現実に押しつぶされそうになっても・・・」

 

「ツク────  ────────・・・・・・・・・」

 木偶ノ坊の言葉も、転送の弾壁に遮断され、意識は、次元の断層の中に消えていった。

 

 

 

(バシュ────────────・・・・・・・・・)

 

 

 

 あとに残るのは、ツクヨミ一人の姿のみ。

 月の世界は、再びツクヨミだけの世界へと戻った。

 

「・・・大丈夫。ボー達なら、大丈夫さ・・・」

 消えた木偶ノ坊を見送りながら、目を閉じ、ただツクヨミは、戦士達の武運を祈った。

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    

 

 

 

 

 木偶ノ坊しか終わってないよ。あれー?

 うぬー、試練偏に入っていいアイディアが全然浮かばない。やはり試練はさらっと飛ばせばよかったかな?

 

 早く終わらせたいんですけどねー。

 

 

 

 

 ■神話用語解説

 

【誓約】(うけい)=神同士の、神の子を作り出す、人間とはまったく違う儀式。

須佐之男の剣と、天照の首に掛けていた玉を交換し、須佐之男が玉を噛み砕いて吹き出し、それにより生まれたの

が、後の神武天皇に続く五神であるとされている。

 

【大気津比売神】(おおげつひめのかみ)=日本神話上謎の多い神の一人。高天原より前に生まれたとも、後ともされている。

                   彼に食事を受け、殺したのも須佐之男説と月読説両方がある。彼が一度死んだ後、体から米や

                   大豆といった食べ物が生まれ、地上に広まり、【食物連鎖】の法則が生まれたとか。

 

【大国主命】(おおくにぬしのみこと)=須佐之男の息子とも、6世の孫ともされている。兄弟との対決や、因幡の兎の話などが有名。

 



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