淫魔聖伝2(仮称) |
・はじめに はい、皆様ごきげんいかがですか。この物語は、毎度おなじみ流浪の狂人・ヘブンズ ドアさんが、「新世紀・淫魔聖伝」にインスパイアされて書かれました、極めて個人的な物ですの。ですから基本的には、本編を参照に作られておりますが、作者の趣味でキャラクター描写等に多少なりの脚色がなされている恐れがありますので、その辺はどうぞご了承くださいませね…クスクス。 あらあら、自己紹介がまだでしたわね。わたくしこの度、作者様より是非にとのご依頼を受けまして、当物語の語り部を務めさせて頂きます、大鳥香と申します。まあ、なにぶん死んでる身分でございますので、うまく務まりますか、心配ですわ…クスクス。 あ、そうそう。このお話しは、1章につき約20頁ある物ですので、常時接続にしていらっしゃらない方は、オフラインで読む事をお薦めいたしますわ…クスクス。それでは、まずはプロローグからご覧くださいませ…クスクス。 プロローグ(第0話) 大鳥家屋敷の敷地内、母屋の離れに建てられたその本堂は、早朝に清々しい空気の中、数々の戦乱や激動の時代を耐えぬいた、築・数百年の威風堂々たる風格を漂わせていた。 黒飴色の壁に染みこんだ朝露が、水蒸気となって空気に涼しい潤いを与えると、同時に薄く微妙な色合いを持たせた。白いパウダー状となったそれが、静寂の堂内全体を音もなく、ゆっくり満たしてゆく。 その本堂の中心、純白の袴に身を包み、ピンと生糸を張ったような緊張感を保った少女は、ひとり禅を組み、瞑想していた。シーンと水をうったように静まり返った堂内に、少女のかすかな呼吸音だけが流れ、風通しから射し込む太陽光は、水の微粒子に反射し、天然のスポットライトとなって少女を照らした。神々しく、そして神秘的な少女の姿が浮かび上がる。 まだあどけなさの残る表情に、ボーイッシュなショートカット。少女はどこか、美少年にも似た色香も漂わせていたが、長く整ったまつげと薄桃色の艶やかな唇、そしてなにより袴の下に隠された、小柄ながら成熟した肉体が、少女のそれを美しく証明していた。 数ヶ月前、大鳥真緒はあまりに多くのモノを失った。彼女の叔母であり、大鳥家の分家・亀山家の実質的当主である火巫女は、本家であるこの大鳥家の乗っ取り、そして自身の姉で真緒の母親である理香子の復活の目論み、その計画達成に必要な「武具」集めを開始した。結果、「武具」を体内に宿していた少女達、真緒の親友である瀬名、萌夏、綾乃、後輩の寿々音と古賀玲子は、それらを引き出すために犯され、殺された。 他にも数え切れないほど多くの血は流れ、最後には火巫女自身と、その計画を文字通り命がけで止める為に真緒の最愛の姉・香、そして火巫女の娘であり、真緒の双子の妹でもあった瞳が、闘いの果てに命を落とした。 全てが終わったとき、真緒は泣いた。泣くしかなかった。結局、誰ひとり救えなかった自分の無力さに、時を忘れ泣き伏せる事しかできなかった。 そして、それからどれほどか時は過ぎ、最後の残り1滴の涙まで流し尽くした時、彼女は強くなろうと、そう心に決めた。失うモノは全て失った。愛する姉も、妹も、そして親友も。その悲しみを、心に出来た空洞をすべて埋め尽くすように、真緒は強くなろうと誓った。それが唯一、自分が救えなかった人達への手向けであり供養だと、真緒は固く信じた。 以来この瞑想は、真緒にとって朝の日課となっていた。それは精神と肉体を切り離し、内なる宇宙に身をゆだね、無我の心で一切の煩悩を断ち切るためのものだと、姉によく言われていたものだった。当時の真緒には難しすぎて、何を言っているのかよく分からなかったが、今は、なんとなくだが、ほんのその少しだけ意味が分かってきたような気がし始めていた。 とそこに、スーツの上にエプロンという出で立ちの青年が、母屋からの長い渡り廊下を渡ってくると、本堂の表戸をトントンとノックしながら真緒を呼んだ。 「お嬢、修行もいいんですが、そろそろ学校に行く支度を始めないと、間に合いませんよ」 長身で、さわやかな笑顔のナイスガイである。 「あ、ありがとう顕さん。すぐ行くわ」 クリッと大きな両目を開き、真緒が顕と呼ばれた青年に答えた。組んでいた足を解き、ヨッと立ちあがろうとする。 が、「ワ,ワワワ?!」足がしびれて、感覚がなくなっている事に気づかず、膝がカクッとなり、そのままドシンと尻餅をついてしまった。本堂の壁がビビッと揺れ、その震動で屋根に止まっていた雀が一斉に飛んでいった。 「イッターーーーイ!!」 お尻をモロに強打した真緒は、たまらず大声で叫ぶ。 長年この家の従者として仕え、生まれた時から真緒を見てきた夜叉神顕は、そんな彼女の姿に「やれやれ、こういうところはまだまだ子供ですねぇ」と思わず苦笑いを浮かべた。昔から彼女は、なにかとそそっかしく、思えばその事でよく姉に叱られていた。あの事件以来、確かに彼女は強くなろうし、そして強くなってきている。しかし、こういうところは昔と全然変わってないなと、夜叉神はそんな真緒が内心微笑ましかった。 「ちょっと顕さん、今笑ってたでしょ?!」 と、プーと膨れっ面の真緒が、まだ痛むお尻を摩りながら夜叉神を睨んできた。 「いえいえ、笑ってませんよ」 夜叉神はとっさに返したが、言いながら(やっぱり、全然変わってませんねぇ)なんて事を考えていたせいか、その表情が明らかに笑っていた。 それに怒った真緒は「もう、顕さんサイッテー!!」とさらに膨れた顔で、「ふんっ!」とドカドカ足音を立てながら渡り廊下を歩いていった。 「あ、お嬢、待ってくださいよお嬢!」 あわてて追いかける夜叉神。 「そうそう、きょう夕方から雨だって。洗濯物の取りこみ忘れないでね」 制服に着替え、玄関を出ようとしている真緒は、後ろに立つ夜叉神に促した。さっきの膨れっ面は、すっかり直っているようである。 「干すのは、さっきやっといたから」と、靴を履きながら付け加える。 「分かってますよ、お嬢。ハイ」 夜叉神が弁当箱を手渡す。タコさんウインナーも入ってますよ、と言うと、真緒はそれをニッとした顔で受け取り、カバンにしまい込んだ。 姉がいなくなってから、この屋敷の家事を当番制にしようと言い出したのは真緒だった。当初、夜叉神は一人で全部をこなすつもりでいたが、頼りっきりにはしたくないと自分から申し出、結局半ば折れる形で夜叉神が承諾した。昔は姉に言われてイヤイヤやっていたモノを、真緒自ら進んでやるようになるとは、そんな彼女の心の成長が、夜叉神には嬉しかった。 「顕さんも急いでね。女子生徒人気ナンバーワンの夜叉神先生が、遅刻なんてしたら大事件よ」 靴を履き終えた真緒が、まだエプロン姿の夜叉神に言葉をかける。 「大丈夫ですよ。僕はお嬢より足が早いですから」 夜叉神が返す。真緒はニコッと笑うと元気よく家を出た。 「じゃ、行ってきま〜す」 いってらっしゃ〜いと同じく笑顔で手を振ると、夜叉神はウーンと背伸びをしてから、自分も学校に行く準備を始める事にした。 と、さっき出ていったはずの真緒が、ものすごい勢いで帰ってきた。かと思うと靴を投げるように脱ぎ捨て、屋敷の奥へと走って行った。 「どうしました、お嬢」 夜叉神が思わず声を掛ける。「ちょっと忘れ物ぉ」と真緒は、ある部屋の前をダダダダッと通りすぎ、トットットッとそこに戻ってきて止まった。 ガランとしているが塵ひとつ落ちてない、青畳の敷かれた部屋。真緒はその部屋の隅に置かれたある物に、やさしく声をかけた。それは真緒の姉、香が生前愛用していたメガネで、この部屋は彼女が使っていた部屋だった。部屋の中には、まだかすかに姉の薫りが残っている…。 「行ってきます。香姉さん」 これは瞑想と同じく、真緒にとって朝の日課となっていた。 姉への挨拶を済ませると、真緒はまた元気よく玄関を飛び出した。 ・予感(第1話) 日の昇り切らない、朝のひんやりとした空気が、ブラウスの薄い生地を通して、真緒の身体に心地よい清涼感を与えた。歩道の真ん中に出来たいくつかの水たまりを、エイッと飛び越える。そのうちの一つを跳びそこなうと、水はパシャッと四方に広がり、映っていた青空が波紋で隠され、見えなくなった。 一人っきりの登校。あの事件以降、そうなる事を真緒は覚悟していた。いつも歩きながら、他愛もない話しをしたり、ふざけあったりした友達は、もうこの世にはいない。誰にも受け入れ難く、決して認めたくないその哀しい現実を、真緒はあえて真正面から受けとめる事にした。心の傷が癒えたわけでは、ない。しかし沈んでいたら、去って行ったあの娘たちに申し訳ない。あの娘たちのためにも、せめて自分は明るく生きようと、真緒はそう思う事にしたのだ。強くなろうと、そう心に誓ったあの日から。 …しかし、そんな真緒の誓いを嘲うように、現実は残酷に彼女の心を弄ぶ。そしてこのとき、既に運命の対螺旋は無軌道に絡まり合い、音を軋ませて狂いだしていた事を、彼女は知る由もない…。 と、「おっはよ〜!!」 ドサッ!元気のいい声と一緒に、突然頭にカバンが降ってきたものだから、真緒は一瞬、つぶれたカエル顔になった。 「なに朝からボーッとしてんのよ、真緒」 不意を突かれ、驚き振り向く真緒。そこにはニヒヒヒヒと悪戯っぽく、しかし邪気のない顔で笑う、自分より少し小柄なツインテールの少女が立っていた。 「もう萌夏ちゃんったら、女の子がそんな乱暴しちゃダメ!大丈夫ぅ?真緒ちゃん」 傍らの上品な薄茶色したロングヘアの少女が、萌夏と呼ばれた女の子をたしなめた。 「ごめ〜ん、綾乃ォ」 テヘッと舌を出す萌夏。 「あ…、お、おはよー」 数テンポ遅れて、その二人の間から三つ編みのメガネっ娘が、挨拶するタイミングを掴み切れなかった様子で真緒に話しかける。 ……それは、幻と見間違う光景だった。あの事件で犠牲になったはずの少女達。2度と会えるはずのない親友――萌夏、綾乃、そして瀬名。その3人が今、こうして目の前にいる。しかしこれは、幻覚でも錯覚でもない。カバンを落とされた頭の痛みが、目にはっきりと映る彼女たちの姿が、そしてその声や息遣いが、これが揺るぎ無い現実である事を、完璧に立証していた。 「あ、おはよー瀬名。ていうかひっどいなぁ萌夏。親友に対してそんな朝の挨拶ってありー!?」 手荒い挨拶で負傷(?)した頭を押さえつつ、真緒はその親友・萌夏に問うた。 「だから反省してるじゃん、いい子いい子」と言いつつ、萌夏は真緒の頭をケラケラ笑いながら撫でまわす。 「ダー!!全然反省してな〜い!!それに髪型が崩れるゥ!!」 そう言うと真緒は、逃げる萌夏を両手をブンブン振り回しながら追いかけた。 「いいじゃん、どうせ真緒はどんな髪型してもモンチッチだしー」 「なんだとー!!」 文字通り子供のケンカのようにじゃれ合う二人を、クスクス笑いながら見ている瀬名の隣で、やれやれ困った子達だわといった表情の綾乃が二人に叫んだ。 「二人ともー、学校始まっちゃうよー!」 ハーイと大きく返事をして、萌夏は綾乃達のいる方向へ走り出す。「あーん、待ってよー」と真緒もそれに続いた。 歩きながら、未だにクスクスと笑い続けている瀬名に「ねぇ瀬名、なにがそんなにおかしいの?」と、萌夏が不思議そうに尋ねた。 「だって…」 おっとりした口調で瀬名が言う。 「萌夏も真緒も、いっつも元気そうなんですもの。ちょっと羨ましいなぁって」 「そうそう、二人とも落ちこむ事なんて無いんじゃないかって。時々思う事あるわ」育ちの良さを感じさせる柔らかい口調で綾乃が続いた。 それに「あら、アタシだって凹む事ぐらいあるわよ−」と真緒が反論すると「え、そ、そうなの?」と瀬名が意外なほど驚いた。 するとそこに、アゴを突き出し、眉間にしわを寄せた表情の萌夏が「元気があれば何でも出来る!!」と言い出したので、3人は思わず吹き出してしまった。 特に瀬名にはウケがよかったらしく、涙目になり、呼吸困難に陥るまで笑いが止まらなかった。 萌夏は「ちょっとぉ、大丈夫ゥ?」と瀬名の背中を摩りながらも、内心「ヨシッ!!」と小さくガッツポーズをとっていた。 楽しい通学の風景。真緒はほんの一瞬だけ、現実を忘れる事ができた。 「やっぱり、秋山蓮が一番よね〜。チョーかっこいいもん!」 「あら、私は浅倉威みたいな、ちょっと影のある人がよかったなぁ」 「えー、あの蛇オトコォー!?せめて吾郎ちゃんでしょう」 「あ、あたしその人好きかも…」 休み時間のガヤガヤ騒がしい教室、窓際の真緒の机を囲んで、萌夏達はテレビ番組の話でキャッキャと盛り上がっていた。 「ねぇ、真緒ちゃんはあの中で誰がタイプなの?教えてよぉ」 上の空だった真緒は、綾乃にふられてビクッとなる。 「え、わ、わたし!?」 「あーダメダメ、この娘ぜーーーったい観てないから」 からかうように萌夏が言う。 「そうなの?」 「ア、アハハハハ。正直、全然わかんない…」 照れ笑いをする真緒に「えー、もったいない」といったニュアンスの言葉を、綾乃と瀬名がそれぞれかけた。 姉の影響なのか、もともと真緒はそれほどテレビを観ない子であり、そのためそっち方面にはものすごく疎い。見かねた萌夏に何度か叩き込まれ、多少は理解できるようになったものの、それでも新出の歌手やグループ等は皆同じに見えるし、モー娘。メンバーの多くは未だに名前と顔が一致していない。 現時点で彼女は、今時キンキキッズは双子かなにかだと思っており、後にその事で萌夏達を呆れさせてしまう。 「あーアタシ、蓮みたいな人とお付き合いできたら死んでもいい!」 萌夏は、一昔前の少女マンガに出てくる「流れ星に願い事をする美少女のポーズ」と「キラキラの瞳」で、そんな事をのたまいだした。 「あらあら、じゃあ夜叉神先生の事はどうするのかしらー」 「…ぷ」 珍しく綾乃がそんな事を言い出すので、瀬名はまた吹きだしそうになったが、必死にそれをこらえた。 「うっ。や、夜叉神先生と蓮は別よぉ」 痛いところを突かれた萌夏のよく分からない答えに、瀬名はますます苦しくなり、ついには顔を真っ赤にしてしまった。 「…死んでもいい,か…」 萌夏の何気ない一言に、一瞬真緒の表情が曇る。その変化に、綾乃が偶然に気づいた。「…どうしたの、真緒ちゃん」 綾乃の言葉に萌夏と瀬名も反応する。 「真緒?」 「具合でも悪いの?」 心配そうに自分の顔をのぞきこむ3人に、真緒は無理に笑顔を作ってごまかした。 「う、ううん、何でもないよ。なんでも。あはははは、はは」 「?」という表情の3人。 そして「わ、わたしちょっと席外すね」と思いだしたようにそう言い残すと、真緒は無理やりの笑顔を3人に向けたまま、足早に教室を出ていった。 「あ、ちょっと真緒ォ」 突然の行動に驚く萌夏の声は、扉の向こうにいる真緒には届かなかった。 「確かに、彼女達の体内に宿っていた武具の力を開放するには、あの子たちの生命エネルギーみたいなモノを、極限まで引き出す必要がありました。そう、彼女達の命と引き換えに。ですが…」 夜叉神は一度紫煙を吸いこむと、それをフーッとゆっくり吐き、言葉を続けた。 「ですが、武具がもう一度彼女達の体内に収まったとて、それで彼女達が生き返るというのは、随分都合が良すぎますね。なにか、人為的な力というか、我々の知らない存在による行為だとしか思えないんです」 快晴にもかかわらず人気のない校舎の屋上で、鉄柵にもたれるようにして紫煙をふかす夜叉神の話を、真緒は鉄柵に両腕とアゴを乗せながら聞いていた。グラウンドで、男子生徒達がサッカーともハンドボールともつかない球技をしながら騒いでいる。 時折吹く涼風が、メンソールの匂いと細い煙をかすかに運び、真緒の鼻先をすぅっと通りすぎて行く。真緒はそれを、何気なく手のひらで防ぐような仕草をした。 そんな真緒に「あ、すみませんお嬢。気づきませんでした」と夜叉神はあわててポケットから携帯灰皿を取りだす。 気にしなくていいよ、と手を振る真緒に、夜叉神がニコッと微笑みを返した。 そう、確かに全てが都合良過ぎた。萌夏、瀬名、綾乃、そして寿々音に古賀玲子。5人は、その身体に武具を宿していた事で、火巫女の計画の犠牲となった。いや、はずだった。 結局、火巫女の計画は失敗したが、その際に校庭に出来た巨大な穴はいつのまにか塞がれ、姉の香と瞳の死は「海外へ留学」という形で公表されていた。 他の犠牲者たちも、全員なんらかの形でもみ消されており、その手回しの良さと異常さは、真緒と夜叉神を心底驚かせた。しかし、真緒がなにより驚いたのは、死んだはずの萌夏達が、数日後何事もなかったように学校に現れた事だった。 彼女達の姿を目の当たりにしたその時、真緒は思わず抱きつき泣きじゃくった。が、当の本人達は、インフルエンザに似た珍しいタイプの流行病で、長期休学中だったと話し、いくらなんでもそんなに泣く事はないじゃないと大笑いされてしまった。 「つまり彼女達は、事件の記憶が消えてしまっている、ということですね」 そう言いながら、夜叉神は天を仰いだ。雲一つない空を、校旗がパタパタと風に揺れる。 「萌夏達だけじゃ、ないわ」 真緒が続ける。 記憶が消えているのは萌夏たちだけではない。同じく生きかえった古賀玲子や、後輩の寿々音を含め、この大鳥学園内および周囲の関係者全ての人々から、あの事件の記憶は完全に消えていた。いや、むしろ 「消された、という事でしょうか」 まるで8ミリフィルムのように、誰かが忌まわしい記憶や事実をカット・編集し、何事もなかったかのように見せている、二人にはそう思えてならなかった。しかし、 「誰が、なんのために」 それがわからない。明らかに人為的でありながら、その目的が一切不明。それが二人には、たまらなく歯がゆかった。 だが、この事は二人にとって、そしてなにより学園にとっても決して悪い事ではない。まして、あんな悲惨な出来事など、忘れてしまったほうがいい。そう楽観してしまう事も出来た。 「それにね…」 真緒の言葉に、夜叉神は視線を向ける。 「わたし、感謝してる気持ちもあるの。誰がどんな目的でこんな事したかは分からない。けど、そのおかげでこうやって萌夏たちが帰ってきてくれたんだもの」 だけど…、伏せ目がちに真緒が続ける。 「だけど、胸騒ぎがする。すごくいやな予感。また、前みたいな事が起こる前兆じゃないかって…」 そういって真緒は、自分の見た目より豊満な胸に手を当てた。 「お嬢…」 真緒の表情に、夜叉神は一瞬言葉を捜したが、結局 「大丈夫ですよ。たとえなにがあったとしても、お嬢は僕がお守りします」という、いつも通りのセリフを投げるにとどまった。それが良かったのか、真緒の顔に少し笑みが戻る。ちょうどその時、次の授業の開始を知らせるチャイムが鳴ったので、二人はもう一度微笑み合うと、それぞれの教室に戻って行った。 「そうよね、心配ない。心配ないわ」 真緒は先程の夜叉神の言葉に励まされたのか、そう心に唱えながら教室へと急いだ。その表情は、いつもの明るい笑顔だった。 しかし、古来より女の勘は当たるモノなのである。特に、悪い予感のほうは…。 はい、皆様楽しんでいただけましたでしょうか。またまた波乱の予感ですわねぇ…クスクス。それにしても、あの子ったらまた厄介な事に巻き込まれそうですわねぇ。ケガでもしなければいいんですけど。もっとも、ケガや火傷で済んだら、物語として成立ちませんわよね…クスクス。 さて次回は、いよいよ新たなる敵と、意外な人物が登場いたしますの。まぁ、誰なんでしょうねぇ。それでは皆様、次回までご機嫌よう…クスクス。 |