ウオオオオォォォォ・・・・・!!!!

 

 

 

 

麻衣達の全力疾走に気が付いた淫魔達は、狂化によって闘争本能を剥き出しにし、我先にとうねりを上げて襲い掛かってきた。

その光景はもはや、大軍という言葉よりも、津波に近い。

 

 

「道が・・・!!」

 淫魔の津波は、淫魔の社が完全に見えなくなるほどに、麻衣達が抜けなければいけない直線の道を塞いでしまった。

 

 あの中に入り込めば、忽ち狂獣と貸した魑魅魍魎達によってあっという間に噛み砕かれ、挽肉になってしまう。

 

 

「止まるでない!!

大丈夫じゃ、突破する!! じゃから・・・ 走れ───っ!!!

 

しかし葛葉の声が、躊躇しかけた心に、止まりかけた足に、檄を飛ばした。

 

「は、はいっ!!」

 

「でも、どうするつもりですか!? 道は・・・」

 走りながら尋ねるは、風螺華。

 

「なあに! 無い道はこじ開けりゃあいいんだ!! 静瑠!!!

 明奈が、大声で静瑠に呼びかける。

 

「わかってます!!」

 その言葉に応え、静瑠は丹田の部分にある鎧の宝珠に手を伸ばす。

 

 

「神具・発動!!」

 

(カッ────!!!)

 

 静瑠の鎧から光が放たれ、前方に巨大な弓が現れる。

 

「はっ───!!」

 その場で飛び上がり、静瑠は弓の中へと飛び込んだ。

 

 

「穿て・・・────」

 

 

 

愛 染 天 弓 !!!

 

 

(シュゴッ──────────!!!!!)

 

 

 

 

 愛染明王の光矢と化した静瑠は、螺旋を描きながら、巨大な陽の霊力の弾丸となり、

それは接触した淫魔軍を悉く一瞬で消滅させ、津波にトンネルの如き巨大な穴を開けていった。

 

 

「(す、すごい・・・)」

「おおっ!! 道が・・・ 出来たぞなもしっ!!」

 

 静瑠の変身も、神具発動による奥技も初めて見た麻衣と木偶ノ坊の二人は、大きく驚く。

 

 

「よーしっ! あれを通るぞ!! 総員全力で・・・ 止まらず走れ!!!」

 葛葉は錫杖で、静瑠が空けた活路、一時的なトンネルを指す。

 

 

「行くぜ風螺華! 俺達が先頭だ!!」

「言われなくてもっ!!」

 

 先頭に駆け出したのは、残る武神の戦士の二人。明奈と風螺華。

 そして麻衣、木偶ノ坊、葛葉、そして仁が、それに続く形で、トンネルの中へと進んだ。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

        一方

 

      京都   新平安京

 

 

 

 

ウオオオオオオオオォォォォォ・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 麻衣達が鬼獣淫界で決死の全力疾走を繰り広げている一方。

 ここ、京都は安倍と逢魔の本拠、新平安京の中央にも、無数の淫魔、魑魅魍魎が出現しようとしていた。

 

 

「うっわー。すげえ数だなぁオイ。

 こりゃ、葛葉様の見積もりの軽く十倍ってとこじゃねえか?」

 

  淫魔の大軍を見ながら嫌そうな感想を漏らす、金髪を少しだけ伸ばした男。

 男ながらに整った色男風の顔つきは、一言で言えば美青年。

しかし、服の下に隠れた、しなやかながらも美しいバランスで鍛えられた筋肉が、軟弱さを感じさせない。

年は二十代前半だろうか。一見軽そうな軟派な男にも見えるが、男としての芯は決してふらついたものではないのは、その目つきと瞳を見れば分かる。

 

アメリカンなポップアートがついたTシャツ、活動的な黒ズボンにハンティングブーツと、ラフで個性的だが動き易さを第一に置いている事が伺える欧米風なその恰好には、唯一似合わないものがあった。

 

 日本刀。それも業物とおぼしきものが二本。

 それをガンベルトのようなものでそれぞれ一本ずつを両の腰に巻いているという姿が、妙なアンバランス感を生んでいる。

 

 

「仁隊長もいねーし、こりゃマジ死ぬかも・・・ あーあ、ラブコールの一つでもしとくんだったぜ」

 言葉の内容こそまっしぐらに絶望へ向かっているが、その顔にはまったく何の緊張もない。

 後ろ頭を面倒臭そうにポリポリと掻く仕草は、死地に立つ男のものとは到底思えないものだった。

 

「・・・心残りなら、帰るか? 剣(けん)」

 そんな剣という男の言葉を受けて、その隣の男が声をかけた。

 

「おいおい、竜(りゅう)。冗談に決まってるだろ? お前って本当ジョーク通じねえのな」

 その生真面目な反応に、剣は苦笑しながらそう返す。

 どうやら二人は、旧知の仲らしい。

 

「・・・そうか」

 剣の隣、竜と呼ばれた男の恰好は、剣とは実に対照的だった。

 

 さっぱりとした黒の短髪に、精悍な顔つき。

 剣のしなやかな筋肉とは対照的な、鍛錬の極致、隆々とした格闘家の筋肉。

それを、袖の無い胴衣と鉢巻、フィストグローブと包帯だけが包んでいる。

 

 

松陀 剣(まつだ けん)。そして、覇道 竜(はどう りゅう)。

彼らは共に、逢魔仁を隊長とする逢魔部隊の右隊隊長と左隊隊長である。

 

「でも、あの数はねーよなー・・・」

 少なく見積もっても1万はいるというのが、千里眼の術者の見積もり。

 

 対し、ここ新平安京における総合戦力は

 安倍陰陽。総勢104名。

 逢魔戦士団。総勢237名。

 

 その他、外部戦力含め・・・ 417人。

 

 神に仕える者として、その神秘を純粋に守り通した天津とは対照的に、安倍はその“組織”としての形態を守り通した。

 あらゆる形で衰退を防ぎ、日ノ本の国が政治、経済、その中枢に常に座し、あらゆる時代の流れにも適合してきた。

神霊とは真逆に位置する、機械や科学でさえも。

 

今や亜衣、麻衣を残すのみとなった天津の血脈と比べれば、かなりの繁栄と言えるだろう。

しかしそんな安倍でさえも、眼前に見える、万という数の魑魅魍魎の山に比べれば、大河の中の小魚でしかない。

 

 

 

「てめーもちょっとは慌てるなりしろよ。いつもより嬉しそうにしやがって」

「そうかな」

 確かに、夥しい数の淫魔達の姿を静かに睨む竜の目は、恐怖どころか嬉しそうですらある。

 

「どーせまた“これも修業だ”とか言うんだろ? この修業マニア」

「マニア・・・ か。ははは」

 剣の言葉に、竜は静かに微笑む。

 

「ただ、一つ分かるのは・・・ 俺は、これを超えなくちゃいけない。

 より上の、高みを・・・ 最強の漢を目指す為に」

 

  膨れ上がる、竜の闘気。

 それは誠に、竜の名に相応しい力強さに溢れている。

 

 

「そうですね」

 剣、竜の二人の背後から聞こえる、清水の如く澄んだ声。

 

 

「桔梗姫・・・」

「姫さん」

 振り向く二人の視線の先に在るは、安倍の頂点を統治する陰陽の姫君。

 

 

 

「私達は、必ず勝ちます。いえ・・・ 勝たなければいけません」

 桔梗姫もまた、この死闘の場において、その装いを大きく変えていた。

 

 手には大きな銀色の錫杖を持ち。

その身には、安倍を治める者しか身に付ける事を許されぬ、唯一無二と言えるほどの霊格、格調を持つ法衣を包んでいる。

 

その姿は、まるで神話上の女神の如く清らかで、美しく、そして荘厳だった。

 

 

「姫様は我らがお守り致します!!」

「命を賭けて!!」

「今こそ我らが大麟寺(だいりんじ)拳法の退魔の技、見せる時!!」

 

それを囲み護衛するは、桔梗姫特選親衛隊が、義柔。慈雛。陸の三人。

それぞれに興奮と緊張が抑えられないらしく、先程から普段よりも更に高いテンションである。

 

 

「・・・・・・・・・・・」

 今にも破られんとしている鬼門の結界を見上げる、桔梗姫。

 そして

 

「剣」

 剣の名を呼ぶ。

 

「はい」

 剣は、様々な感情が篭もった返事を返し

 

「・・・竜」

 今度は伏し目がちに、桔梗姫は竜の名を呼ぶ。

 

「・・・ はい」

 それに応える竜も、桔梗姫の目を見る事無く、返事だけを返した。

 

「義柔。 慈雛。 陸」

「「「はっ!」」」

 親衛隊の三人は、揃った動きでその場に膝を付く。

 

「そして、今この場に集ってくれた、戦士の皆さん」

 すべての戦士達の姿を、その目に焼き付けるように、周囲を見渡し、一人一人の顔を、目を見る姫。

 

「貴方達に、一つだけ命を下します」

 沈黙し、姫の口が次の言葉を告げることを待つ、戦士達。

 

 ほぼ全ての戦士達は、姫の優しき心と、大いなる器に、純粋に忠誠の心を持っている。

 この国の、国の民一人一人の為に死ねと言われれば、喜んでと頷く覚悟さえ決めていた。

 

 

 しかし・・・

 

 

「これから・・・ ただの一人も、死す事を許しません。

 私達がこれまで犠牲にしてきたものの為にも、生きる為に死力を尽くして下さい。

 ・・・生きて下さい。だから今は、敢えて何も言いません。

 この戦いが終わった後、改めて私に・・・ この日この場所に集い、共に戦ってくれた貴方達に、お礼を・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 支配する静寂。

 

 そして

 

 

 

 

オオ──────────ッ!!!!!

 

 

 

 

 剣を、槍を、錫杖を。

 全ての戦士達が己の武器を掲げ、勇ましき猛りを喉の奥から叫ぶ。

 

 数では遥かに引けをとる戦士達。しかしその一つとなった雄叫びは、万の魑魅魍魎の唸りの声に勝っていた。

 

 

  そう、死んではいけない。

 絶対に・・・ 皆で戦い、皆で生き残る。

 それこそが、新たな安倍の贖罪であり、希望を掴む為の戦いなのだ。

 

 

(バリ、バリバリ────

 

バリバリバリ──────!!!)

 

 

 

 遂に破れる、安倍が新平安京を守る結界。

 それと共に、黒く染まった空より、この世の終末を思わせる光景として降り注ぐ、淫魔、魑魅魍魎の雪崩。

 

しかし、臆する戦士達は誰も居ない。

 竜と剣を切り込み隊長とし、人と魔の戦(いくさ)は狼煙を上げたのであった───

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

      一方

 

     鬼獣淫界   荒々たる大地

 

 

 

 永遠に続くかと思うほどの、先の見えない、おぞましいが、同時に麻衣達にとって希望の具現でもあるトンネル。

 その中を戦士達は、全力で駆けていた。

 

「はっ、はっ、は────」

 

 

 どうやら、愛染天弓によって開けられた穴に残留している魔払いの陽の力が、魔の侵入に対する枷となっているらしい。

狂いし淫魔達は、その身を焼かれながらもその道を通る麻衣達に襲い掛かろうとするが、陰と陽の力の拮抗がそれを許さなかった。

 

 だからこそ、その効力が完全に切れる前に、なんとか走り抜けなければならない。

 

 しかし、それももって十数秒だろう。

 神具の力によるバリケードも、無数の淫魔達の前では所詮ベニヤ板が幾つも重なっている程度でしかないのだから。

 

 

 ひたすらに走り続けていると、早くもその綻びが見え始める。

 比較的、強い妖力を持っていそうな淫魔が、次々にその体を焼かれながらも凶暴な咆哮をあげ、襲いかかってきた。

 

「おわっ・・・!? もう対窮値が限界しかかっとるんか!?」

 

「問題ありません! あの数なら・・・」

 風螺華が、背に負う二門のガトリングを両腕に装備する。

 

 そして

 

「掃射(ファイア)っっ────!!!」

 

 

(ガガガガガガガガッ────!!!!)

 

 

 早くも狭まろうとするトンネルを広げるは、風螺華の霊子ガトリング砲二門による銃弾の嵐。

 それにより無数の淫魔達は、次々と蜂の巣になり、バラバラに飛び散っていく。

 

 広目天の武神剛杵による変身の恩恵もあるだろうとはいえ

柱サイズのガトリング砲を二つ抱えながら、先頭を走るその出鱈目さは実に凄まじく、頼もしい。

 

 

 そして

 

 

「うおらぁぁぁああああっっ!!!!」

 

(ドカァッ!!)  

(バキィッ!!!)  

(グシャアアッ!!!!)

 

 その残り、風螺華の銃撃を抜け、或いはその後ろから沸いて出てくるほとんどの淫魔達の相手は、明奈。

不動明王の憤怒の象徴である、浄化の炎を纏う明奈の拳と蹴りが、中級の強さはあろう淫魔達を、ほぼ一瞬で粉砕する。

 

「やぁっ!!」

 

「ぬおおっ!!」

 

                       「そりゃそりゃそりゃあっ!!」

 

 

 

 そしてその残りの淫魔達を、麻衣、木偶ノ坊、葛葉がそれぞれの獲物で片付ける。

 急ごしらえながらも、よく出来たバランスのいい布陣は、確実に希望という出口へと突き進んでいた。

 

 

 背後では、おそらくもうトンネルの入り口は閉じてしまっているだろう。

 しかし、振り向いている暇はない。

 真っ直ぐ前を向いて走らなくては、この道を抜けることは、敵わないのだから。

 

 

「・・・・・・ !?」

 だからこそ、これは偶然。

 邪鬼の一体を切り裂いた麻衣の薙刀、そこに反射して映った、後ろの光景。

 

 そこには・・・

 

 

 

「ふっ───!!! はぁっ!!」

 

       (ザシュッ!!!)

 

                (グシャァッ!!!)

 

 

 殿(しんがり)を自ら買って出ていた、仁の姿。

 健在である仁の姿を見ることが出来、安心したのも束の間

 

 麻衣は薙刀に反射して映った、ほぼ一瞬の光景に驚かされた。

 

 

 自分達のすぐ真後ろ。仁の背後の道は、とうに塞がっていた。

 既に人間より素早いタイプの無数の邪鬼、淫魔の群れが、背後から迫ったいたのである。

 

 もし誰もいなければ、今頃自分達は気付きもしない内に背後から肉という肉を齧られ、肉片と化していたろう。

 

 それを食い止めていたのは、誰も見ること叶わない背後での、仁の奮闘だったのだ。

 

 

「はああっ───!!!!」

 破邪の力を愛刀、火輪(かりん)を、達人が如き力強い剣速で振るい、次々と切り裂き

 それでも突撃してくる淫魔を、脚で蹴り飛ばすことにより、走っている麻衣達に続いている。

 

 人間離れしているとさえ言える、その無茶苦茶ながらも理に適った戦いぶり。

それは、仁がこれまでどんな戦い方を、どれだけ繰り広げてきたのかを暗に語っていた。

 

 ・・・そう。仁は、こういう戦い方をしてきたのだ。

 何も言わずに、常に最も危うく、命を落とし易い場所に立ち、誰にも気付かれぬ所で、守る為に奮闘する。

 誰も死なせない為に、自分が一番の矢面に立つ、そんなどこまでも崇高で、純粋で、愚直な戦いを。

 

 

「(仁さん・・・)」

 大きい。

 あまりにも、この人の背中は大きすぎる。

 

 あまりにも大きく、重いものを背負っていながら、自分達をその背中で守り、それで傷ついても平気な顔を向ける。

 それが、逢魔仁という男。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 雑念を振り払い、前を向く。

 今は、別の誰かを想っている時ではない。

 

 後ろではなく、前へ───

 

 

「はあああ────っ!!!!」

 目の前におどりかかった淫魔の数体を、麻衣は一閃で切り裂いた。

 

 

 戦士達は、走る。

 

 走る。走る。走る

 

 

 そして────

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ────」

 

 何時間も走り続けたかのような錯覚。

 

 しかし、実際にはその100分の一も経っていないのだろうか。

 まだ出口は見えないのか。

 そんな軟弱な問いが、頭の中で何度も繰り返され、その瞬間に消す。

 

 

「っ! いけないっ・・・!」

 その時、一番の先頭にいた風螺華が、そんな声を上げた。

 

 その声に、目を凝らし前方を見る一行は、同じように驚く。

 

 

「そんな・・・っ」

 道の終着は、外へと通じる希望の道ではなく

 その代わりに・・・ 夥しい数の淫魔。魑魅魍魎達に埋め尽くされていた。

 

 

 この無謀な計画がもし成功であったならば

静瑠の愛染天弓は、淫魔の大軍を貫き穴を開け、自分達の全力疾走で通り抜けきる僅かな時間、そのギリギリまで開いていた筈。

 

なのに、それが塞がっている。

 

つまり・・・

一番強く浄いの力の残滓が残っている筈の場所、そこにはこの無数の魑魅魍魎達の中でも、最も獰猛で頑丈な者達が群がった。

目の前に突然現れた、大きく光り輝く獲物目掛け。

 

その淫魔達は、いくつかその身を消滅させ、体が焼け爛れながらも突進し、ついには霊力のバリケードを破り、そして・・・

 

 

「静瑠さん・・・」

 麻衣は絶望的な気持ちの中、消え入る声でその名を呟いた。

 その考えが正しいなら、肉片一つ残っていないかもしれないというのに。

 

 絶望は、麻衣の、そして他の皆の足にさえ絡みつき、重くする。

 

 

 しかし

 

 

「止まるんじゃねえ!!!」

 それを怒鳴り飛ばしたのは、明奈だった。

 

「静瑠はこんな下らねぇとこで死にゃしねえ!! 俺が保障してやる!!!」

 

「明奈どの・・・」

 吼える様に叫ぶ明奈の背中を、木偶ノ坊は見つめる。

 

「あいつは・・・ あいつは強い女だ!! てめぇだって傷だらけなのに、とっくの昔に死んだ奴の分まで背負っちまって・・・

 それでも平気な顔して、針の山の上を歩くぐらいにな!!! 今だって・・・ あの向こうで頑張ってやがるに違いねえんだ!!

 だから・・・ 俺達も、それに応えなきゃ、おかしいだろ!!!

 

  魂を爆発させるような、明奈の咆哮。

 それが明奈の霊力である浄化の炎を、一層に燃え上がらせる。

 

 

 いつの間にか、風螺華を越し先頭となっていた明奈は、全力で駆けながら、大きく拳を振り上げ・・・

 

 

「爆!!」

 

 

       「熱!!」

 

 

 

 独特の拳法を思わせる、流れるような構えと共に

 明奈の右手が、まるでミサイルの噴出口を思わせるほどの灼熱の劫火を拳に宿す。

 

 

「螺ぁ旋、撃っ────!!!!!」

 

 

 

(カッ────────!!!)

 

 

 

 炎の竜巻が、道を塞ぐ淫魔達のど真ん中に突き刺さり、爆発した。

 それにより数十もの淫魔達は一瞬で塵と化し、花火の如く吹き飛ばされる。

 

 爆熱螺旋撃(ばくねつらせんげき)。

 武神不動の神通力と、日々の鍛錬により養われた、神具発動の次に高い威力を誇る、明奈の究極技の一つだ。

 

 

「(どうだ・・・!?)」

 爆炎と煙に包まれた、その向こう。

 明奈の信じる通りなら────

 

 

「静瑠───────っ!!!」

 明奈は、叫んだ。

 

 背後では、もはや浄霊の力の残滓が消えつつある、その状況の中。

 その正面の、魑魅魍魎の壁に向かって。

 

 

 すると

 

 

(ザシュッ・・・!!)

 

 

「ギギッ・・・!!」

 魑魅魍魎の肉の壁。その向こうから、白銀に輝く薙刀の刃が、邪鬼達を切り裂きながら出現した。

 

 

「・・・・・浄滅!!」

 

 

(カッ────!!)

 

 

 浄滅の声と共に、薙刀から放たれる浄化の光が一瞬で、最後の壁を消滅させる。

 そして、現れたのは・・・

 

 

「みんな、早く!!!」

 紛れもなく、静瑠本人だった。

 

 額から血を流し、肩当ての一部が壊れていながらも、それ以外は大きな負傷も見られず、どうやらなんとか無事らしい。

 

 

「この・・・」

 このヤロウ。心配させやがって。

 喉まで出かかった言葉を今は呑み、再び走りだす。

 

 外の光に向かい、ラストのダッシュ。

 崩壊を始めたトンネルを、一気に駆け・・・

 

「よし、これで・・・」

 そして、最後の一歩を────

 

 

 

「「「「「「抜けた─────────っっ!!!!!」」」」」」

 

 転がり出るようにして、全員がトンネルの脱出に成功した。

 

「よし! いくぞー風螺華!!」

「はい!!」

 それと同時に、葛葉と風螺華が呪符を取り出し

 

 

「「神隠結界!」」

 

(シュオオ・・・!!!)

 

 二人掛かりで、一瞬で気配を完全に遮断する結界空間、神隠結界(しんいんけっかい)を張り

 

(ドドドドドッ!!!)

 

 全員で、その中へ飛び込んだ。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「ふ────・・・・・・」

 神隠結界の中で、大きく溜息を吐く葛葉。

 他の面々も、結界の中で一息つき、或いは武器、装備の整備を行っている。

 

「ったく、無茶しやがって・・・」

 明奈は何の躊躇もなく、自分の鉢巻きを外して静瑠の額から顔の右側、顎にかけて流れている血を拭っていた。

 

「無茶はお互い、い・っ・しょ」

 とは言いつつも、静瑠もそんな明奈の行為を無防備に受け入れ、身を任せていた。

 まるで肉親か、それ並の絆を持った相手

 

 

「・・・・・・・・・・」

 そんな一方で、麻衣、そして木偶ノ坊の二人は、決壊の外が気になってならない。

 すぐ外では今も数えきれない数の淫魔達が、猛り狂いながらも、先程までいた筈の獲物を探している。

 

 中には、結界のすぐ側を通り抜ける奴も存在し、その度にヒヤヒヤものだ。

 

「どーじゃ、すごいじゃろ?

これが、清明が開発した神隠結界。神隠しという名が付くだけの事はあり、結界の外からはわしらの姿も見えんし気配もゼロ。

・・・まー、隠れてる間はこっちから攻撃も、ここから離れるのもできんというのはあるが」

 

  得意げに話す葛葉の表情は、息子の百点の答案を自慢する母親そのものである。

 

 

「しかし何ぶん急造ですので、そう長くはもちません。

 ・・・せいぜい、あと1分」

 

  結界の綻びを見ながら、冷静に分析をする風螺華に

 

「1分か・・・ まるでボクシングだな。

へへっ。すぐに第2ラウンド開始ってわけだ」

 

 右拳を左の掌で受け止め、不敵な笑みを浮かべる明奈。

 

 

「あの・・・ これから、どうするんですか?」

 麻衣の質問は、作戦を忘れたからのものではない。

 むしろ、作戦をしっかりと覚えているからこその問いだった。

 

 当初の作戦では、ここからは二手に分かれ、自分と木偶ノ坊さんと葛葉さん、仁さんは、奥へ進み

 明奈さん、風螺華さんの二人は、淫魔の足止めの為にその場に残る。

 

 淫魔の群れが数千という時点でも、明奈さん達にとっては生きて帰れる可能性が低いのは、自分でも分かる。

 なのに、数万なんて数になったら・・・

 

 

「当初の作戦通り、淫魔達は我々が相手をします」

 しかし、麻衣の心配を理解した上で、風螺華はそれを口にした。

 

「・・・ そんな、だって・・・! 相手は万近くいるんですよ!?」

 もちろん麻衣は反論をしようとするが

 

「私達が雑魚の足止めをしている間に、貴方達(ナイト)が大将格(キング)を叩き、クイーンを奪取する。

 それが今の私達に出来る最良の作戦だという事は話した筈です」

 

  風螺華はハーフリムの眼鏡を中指でクイと持ち上げ、冷静にそれを却下した。

 

「それにこっちも二人やのうて、三人いますさかい」

 まだ激痛があるのであろう右手を、切り裂いた布で強引に薙刀に巻きつけながら、静瑠が言う。

 

 

「明奈殿。その・・・ 某は・・・」

 一方木偶ノ坊は、明奈に対し多少顔を赤くしながら、何かを言おうとしているらしい。

 

「? んーだよ」

 そんな木偶ノ坊のオロオロぶりを、明奈は微笑ましく見ている。

 

 

「・・・某は、ずっと・・・ 山林の修業や鬼麻呂様の守護という使命の為に生き・・・

 それ故、色恋や女性の方とは、一生縁の無いものと思い込んでおりました」

 

「あ、ああ・・・」

 木偶ノ坊らしい不器用な、しかしストレートな言葉に、今度は明奈の顔が赤くなる。

 

「明奈殿のお言葉にはとても仰天し・・・

 同時に、とても・・・ 嬉しく、感激の至極でございました」

 

「あっ、な・・・!? ちょっ・・・!!? おい。こ、こんなとこで・・・」

 木偶ノ坊による、当時の勢いのままの暴露に、明奈はいっぺんに顔を真っ赤に染め上げ

 すごい勢いでキョロキョロ周りの皆の顔を見る。

 

 

「え、えええええええっっ!!!?」

 突然判明した事実に、麻衣は大きく驚き

 

「ほほ〜〜〜〜・・・・・・」

 葛葉は、スクープを見つけたゴシップ記者のように目を光らせ

 

「明奈・・・ 私の知らない所でそんな事を・・・?」

 風螺華は眼鏡の奥で目を丸くし

 

「・・・・・・・・・・・・」

 一番反応が薄かったのは仁だが、           

それでも彼のきょとんとした顔は、麻衣ならずとも、皆が初めて見る仁の表情だった。

 

 

「(あ〜あ、バレてしもたねぇ・・・)」

 唯一その事実を知っていた静瑠は静かに、狼狽している明奈を温かく見守っている。

 

 

「この戦より帰って来たその時は・・・ 某の答えを、お話申す。

 よって・・・ くれぐれも、武運を」

 

「・・・ おう。お前もな」

 

 

(ガシッ!!)

 

 

互いに右腕を絡ませ、戦士ならではの誓いの挨拶を済ます。

 

「じゃ、行って来い!」

 

(バシッ!)

 

「ぬおっ、とっ、とっ・・・」

 明奈に勢い良く背中を叩かれ、少しよろけながら仁と麻衣、葛葉の所へ寄る形となった。

 

「・・・よし、ではいくとするかの」

 葛葉の言葉に、無言で頷く3人。

 そして戦士達は、歩き始める。

 

 

「よーい、ドン! でまた走るぞ。

 では、音頭よろしくの。仁」

 

「はい」

 頷いた仁は、麻衣と木偶ノ坊の方へ向き直る。

 

 

「・・・行こう、麻衣。木偶ノ坊。

この戦いを・・・ 終わらせるんだ!!」

 

 短くはあるものの、その分、厚き魂が篭もった言葉。

 

「おおっ!!」  「はい!!!」

 

 麻衣と木偶ノ坊二人もまた、それに強い魂の力、信念の力を返事に込めた。

 

 

「行くぞ!!」

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 そして、麻衣達は後ろを振り返る事無く、走り続けた。

 一つか二つ、ちょっとした渓谷の間を走り抜けただろうか。

 

 

(ヒュッ・・・───)

 

 

「っ!!」

 その時、麻衣の耳に僅かな、風を切って飛んでくる、ある聞き慣れたものの音が聞こえた。

 

「はっ!」

 それが純粋に自分を狙ったものと把握するや否や、麻衣は空中に跳び、それを避わす。

 麻衣を狙った矢は地面に突き刺さり、 ビィィン・・・ と大きく揺れた。

 

 

「・・・・・・・・」

 それを確認しながら柔らかに着地する麻衣の表情には、驚きはない。

 ただ真剣な、使命を帯びた戦う者の目で、その矢が飛んできた方向を・・・ 見る。

 

 

「来たのね。麻衣」

「・・・お姉ちゃん」

 

 3メートル程度の渓谷の上に立していたのは、この戦いにおけるキングとクイーン。

 カーマ・・・ 邪淫の神カーマスートラと、実の姉・・・ 淫魔の姫君、悪衣。

 

 

カーマは、その手を当然のように悪衣の肩に置いていた。

 そして悪衣も、当然それを受け入れている。

 

 

「・・・・・・・・」

 その事実に麻衣は顔をしかめる。

 悪夢のような光景。自分の中で黒い感情が、どんどん沸いてくるのが分かる。

 

 

「あら・・・ 木偶ノ坊さんや、刀の男の人はいないのね」

 麻衣の周りを見て悪衣は、素直にそう述べた。

 

 そう、麻衣の隣には葛葉がいるだけで、木偶ノ坊の姿も、仁の姿も無い。

 

 

「・・・木偶ノ坊さんは向こうで戦ってる。仁さんは・・・ 薫ちゃんの所に」

「ちゅうわけで予定とは違うが、おぬしらの相手はわしらで戦る」

 

 二人は悪衣の問いに対し、あっさりとそう答える。

 

「ほう・・・」

「それなら、私の相手は麻衣ね」

 それだけ言うと、悪衣はその場から跳び降り、麻衣からたった数歩という距離に、軽やかに着地した。

 

 

「馬鹿な子ね、麻衣。

でも・・・ ここまで来たからには、返さないわよ」

 

  どこからともなく現れる黒い靄。

それが悪衣の両の手に絡みつくと、黒色の刃の短刀へと変じ、悪衣の手に握られる。

 

麻衣の薙刀に負けた2回目。

それに対する、悪衣の短刀の二刀流は、紛れも無い、本気の表れ。

この戦いが、命を奪い合う気概で挑まなければいけないものであるということの証明なのだ。

 

 

「一人で帰るつもりなんか無いよ。

 私も決めたから。私は・・・ お姉ちゃんを連れて、一緒に帰るんだから!」

 

  麻衣もまた、気概で負けてはいない。

 薙刀を手に、真っ直ぐ姉に対峙する。

 

 

「フフ・・・ では、俺は・・・」

 悪衣の姿を見るのもそこそこに、自分の相手となりそうな安倍の始祖に、再び目を・・・

 

「・・・・・・!?」

 だが、そこには既に、葛葉はいなかった。

 どこに・・・!? そうカーマが心で呟いた、その時

 

 

「余所見は感心せんな」

 

 

 

「っ───!!」

 声がするよりも前に感じた至近距離からの殺気に、すぐさま三鈷杵を構えるカーマ。

 

 

(ギィィィンッ!!!!)

 

 

 葛葉の錫杖刀とカーマの三鈷杵がぶつかり、大きな金属音と火花を散らす。

 

「っ・・・」

 もう一瞬反応が遅ければ、深く斬られていただろう。

 

「やれやれ、これで決まったら楽だったんじゃがなっ・・・」

「・・・・・・ この狐婆が・・・」

 

 繰り広げられる鍔迫り合い、そして

 

「ハッ!!」

「でえぇやぁっ!!!」

 

 

(ドガァッ────!!)

 

(ザシュッ────!!!)

 

(ギャンッ────!!!!)

 

 

 繰り広げられる、音速の殺陣。

 カーマの鞭が地を抉り、葛葉の錫杖刀が空を斬る。

 

 互いの攻撃、そして動きは人間のレベルを遥かに超え、

既にそれは、常人の目には見えないものとなっていた。

 

 

「(体力が続く限界まで、こやつを遠ざける・・・!!

しくじるでないぞ!! 麻衣よ!!!)」

 

 

 既にカーマをある程度 悪衣、麻衣から引き離した場所に誘導しつつ、葛葉は心の中で麻衣を鼓舞していた。

 この作戦に、失敗は許されない。

 

 だから葛葉は、この戦いの中で最も危険な役を選び、最も死を覚悟していた。

 

 

「でぇやああああ────────────っ!!!!」

 かつて戦士達が成す術もなく叩かれた鞭の強烈な攻撃を、葛葉は片端から錫杖で叩き返す。

 

「チッ・・・ 邪魔な」

 初めて自分の鞭を捌いた相手に、常に余裕の笑みを見せていたカーマも、眉を寄せ始めていた。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

      一方

 

 

 

 

「たあ────っっ!!!」

「はあぁあっ!!!!」

 

 

(ギィンッ!!!      ガァンッ!!!     ギィンッ!!!)

 

 

 舞い散る火花。何度も交わり激突し、煌く直線と曲線。

 短刀と薙刀、異なる二つの武器の間合いの中間で、姉妹は死闘を繰り広げる。

 

薙刀には近いが故に、決定的な攻撃が繰り出せず

短刀には遠いが故に、薙刀の防御で踏み込め切れない。

 

 激闘でありながらも、互いにほぼ互角であり、姉妹だからこそか

互いに互いの次の手を的確に読み取り、読まれ、その応酬であるが故の絶妙なバランス。

 

次の瞬間にはどちらの命が消えてもおかしくない、しかし、どこか安定さえ見せる、美しい命懸けの演舞。

 

 もう一人の姉は、安住の場を手に入れるため

 妹は、姉と共に自分達の居場所に帰るため

 

 姉妹の死闘は、続いた・・・

 

 

 

 

  ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

 さて、遂に始まりました。最終決戦、悪衣vs麻衣。葛葉vsカーマ。

 死闘の果てに待つもの、明らかになるもの。得るもの、失われるもの。

 

 待つのは悲劇か、それとも・・・

 

 消えた仁と木偶ノ坊の行方、薫の居場所、新平安京の安否。葛葉の過去。

 それらすべてを持ち越し、次へ!

 



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