固定精神空間   両儀の間

 

 

 

 

「くっ────!!」

 

(ギィィンンッ────!!!)

 

 激しく打ち合う刀戟の音。

 麻衣と、黒の麻衣は、一進一退の攻防を繰り広げ続けていた。

 

 頭を狙った突きは、ギリギリで避けた所で髪の数本を斬り、

 横に凪いだ斬撃は、持ち手の回転で、紙一重で胴を裂くのを防ぐ。

 

 天津麻衣の薙刀の実力は、やはり目を見張るものがある。

 数々の激闘を繰り広げたその動きは洗練されており、完全に戦士のそれへとなっている。

 

 

(カアアァァンッ────!!!  ギィィンッッ!!  ガッ────!!!)

 

上段を下段で、中段を横薙ぎで、下段を上段で防いで

 

 どちらもまったくの互角であるが故に、完全な決定打には踏み込めず、なんとか致命傷や大傷を防ぐだけの防御を死ながら攻撃をする。

 その繰り返し。

 

「・・・ハァ。ハァ・・・ ハァ・・・」

 麻衣が息切れを起こすと、黒の麻衣も無言で大きく呼吸をする。

 スタミナ。判断力。攻撃。防御の癖。機転。

 

 何もかもが、自分と同じ。

 ただし、それが鏡写しの自分の影・・・ 闇の心、存在だという以外は。

 

 

 これじゃあ、本当に鏡遊びに過ぎない。

 これが試練である限り、何かの突破口があるはずなのに・・・ それが、わからない。

 

 どうすれば・・・ 

 

麻衣がそう考えた時

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・♪」

 

 

 

 

「(歌・・・?)」

 どこからか聞こえてくる、女性の美声・・・ 歌。

 これは・・・

 

 

「(天照様が、歌ってるの・・・?)」

 そう、確かにこの澄み渡る声は、天照様のもの。

 でも、何故・・・?

 

「(もしかして・・・ この歌が、ヒント・・・?)」

 

(ギャンッッ────!!!)

 

 黒の麻衣の攻撃を切り払いながら、麻衣は、その歌を聞く事にした。

 

 

 

「別れし愛しき我が半身よ 憎しみ合うのは何故であろうか

 

我等はただ 互いに無知であっただけ

 

共に生きよう 愛し合う為

 

その為ならば 私は貴方を

 

愛で包み 溶かしてしまえるというのに」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・???」

 なんだかとても悲しい歌。

 しかし、この歌に、この試練の攻略の答えなんて────

 

(ヒュッ────!!!)

 

「はっ────!!?」

 考える暇もなく、黒の麻衣の薙刀の刃が、麻衣を襲ってくる。

 

(カァァンッ────!!!)

 

考えないと

考えないと、この戦いは終わらない。

 

【別れし愛しき我が半身】・・・ これは、今の自分と、目の前の黒・・・ 闇の自分。

【憎しみ合うのは何故】・・・ だって、戦わないと、死んじゃうから────

 

(ガッ────!!!)

 

【我等は互いに無知であっただけ】・・・ もしかして、目の前の黒い自分と・・・?

確かに、私は戦っている相手・・・ 自分の心の闇と対話した事なんかない。

 

【共に生きよう】・・・?  戦っているのに?

それとも・・・ 戦うこと自体が、間違い・・・?

 

 【愛で包み 溶かして】・・・ 愛で、包む・・・? 愛で・・・

 

 

「(やるしかない・・・ かな)」

 だって、こんなことしか思いつかないんだから。

 

 ・・・やるだけ、やってみよう。

 

 

「やっ────!!!!」

 

(ガギィィンッ───────!!!!)

 

 襲ってきた上段の攻撃を受け止め、そのまま交差させると、引っ掛けたまま地面に自分の薙刀ごと突き刺した。

 

 そして

 

 両手を大きく広げ、黒の麻衣を

 

(ガバッ────!!!)

 

 抱き締めた。

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

(ギュゥッ────────────!!!)

 

 

 偶然的にも、それは黒の麻衣の両腕を封じる形になり、麻衣は強く黒の麻衣を抱き締める。

 その途端

 

「・・・・・・っっ!!!???」

 麻衣の中に流れこんでくる、黒いもの。

 淫魔との戦いにおいて、欲望に屈しそうになった弱さと、淫の心。

 天津の巫女の宿命に対する、心の底の反発心。

 

「あっ、ああっ────!!?」

 そういった様々な、麻衣の【闇】が、次々と流れ込んでいく。

 

 憎悪、怠惰、強欲、色欲・・・

 その全てが、脳裏を駆け巡る。人として普通に一生を生きるなら、決して起こる事の無い闇との対峙。

 

 それは、激しい嫌悪と、羞恥、心の痛みを伴った。

 忘れてしまいたいと思うだろう。拒絶したいと思うだろう。

 それが人間なのだ。

 人は、己の悪いところから皆目を背けて生きている。そうでなければ、生きていけないから。

 

 しかし

 

 

(ギュウッ───────・・・・・・!!!!)

 

 

 麻衣は、離さなかった。

やっとわかった。この弱さは、闇は────  自分が享受して、生きなければいけないんだ。

 

決して、孤独にしちゃいけないんだ────

 

「私はっ──── あなたを拒絶しないっ!! だから────  戻って!!!」

 そう、麻衣が語りかけたことで、黒の麻衣は、薙刀を力なく落とした。

 

 そして、黒の麻衣も、無言のまま、麻衣を抱きしめた。

 すると

 

 

(パァッ・・・・・・────!!!)

 

 

 黒の麻衣は、その場で翡翠色の光の粒子に変化し、麻衣の中に、消えていった。

 

 そして

 

 

「いいでしょう。合格です」

 

 

(カッ────────!!!!)

 

 

 天照の声と共に、両儀の間は光に包まれた・・・・・・

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    一方

 

   固定空間  両儀の間

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 仁は、中心で正座したまま、己の霊刀を抜き、横に構えたまま目を閉じ、瞑想していた。

 

 未だ、百本の剣の一本も試してはおらず、ただ霊刀を構えているだけ。

 何故、試そうとしないのか? それは、無駄であると判断したからだ。

 

 須佐之男は、【百本の剣全てが折れれば失格】と言った。

 だが、三種の神器。その中でも無双の剣と謳われる天敢雲が、どんな頑丈な、そして恐らく神通力による防御障壁が成されているとしても、水晶を斬ろうとしただけで折れるはずが無い。

 

 つまり──── ここにある剣は、全てが天敢雲では、ない。

 もしくは、ここに在る全ての剣が、天敢雲たりえるということ。

 だからこそ、須佐之男は【この剣の中に天敢雲がある】と公言した筈だ。

 

 天敢雲の伝説を思い出してみれば、答えは自ずと分かる。

 須佐之男は、八叉ノ大蛇を退治して、天敢雲剣を手に入れた。

 

 ここからは推測だが、この試練も、この水晶を斬って初めて、天敢雲が手に入るのだろう。

 この水晶を、防御障壁ごと断ち切り、そして尚、中の花を斬らない。

 そんな能力が天敢雲には存在し、そしてそれは、この空間で何かをすれば、一時的にどの剣でもそれを引き出せる。

 

 それが何なのか、そこまでは分からない。

 ただ、何となく感覚的なものではないかと考えた。

 

 だから、己から故意的に、瞑想から五感を一時的に断つ極意を以って、第六感へと至れば何かが分かるかもしれないと考えた。

 まあ、要するには・・・ 苦し紛れの当てずっぽうだ。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 体中の霊力の流れ、気道から、特定の場所を一時的に遮断し、まずは視覚から閉じる。

 目を開いても、まったくの暗黒で、何も見えない。

 

 次は、嗅覚と、味覚。

 腕の斬り傷を顔に近づけてみたが、血の匂いが・・・ もう、感じられない。

 血がべっとりと付いている筈の布の切れ端を口に含んでみたが、【口に布を含んでいる】事実しか伝わらなかった。

 

 聴覚。

 須佐之男の、あれほどやかましかった寝息が消えた。

 

 ・・・あとは、触感だけ。

 しかし、この五感封印の極意は、これまでに何度か経験しているとはいえ、最後の感覚を閉じるのはさすがに恐怖を感じる。

 何せ、五感全ての封印。自分が動いているのか、動いていないのか、何かに当たっているのか、そうでないのか

自分が生きているかさえ、分からなくなってくるのだ。

 

 おまけに、前にこれを行った時は、万一の時の為の監督役が一応付いていたのだが、今はまだ寝ているであろう須佐之男がいるのみ。

 もしこれに失敗すると、生きた屍に近い状態になってしまう。

 たまらなく不安ではあるが・・・ やってみるしかない。

 

「フッ・・・・・・!!」

 そして遂に、仁は、最後の感覚、触覚を絶った。

 

 その瞬間から、何もかもがわからない状態になる。

 暗い闇の中、自分という存在そのものを失ったかのような、孤独感。

 思考だけが許された虚空空間で、仁は、恐怖に陥る事無く、ただその先にあるものを探した。

 

 自分は、確かに己が愛刀、“火輪”(かりん)を握り続けている筈だ。

 

 第六感・・・ 残る霊感だけで、探すんだ。

 

 

 

 

通じ合え

 

他のどの剣でもない

 

これまでの17年を共に生き、戦ってきた最高の相棒を────

 

 

 

 

 そうして、ひたすらに霊力を巡らせ、何分過ぎたか、それとも何時間か。

 

 無限に広がる宇宙の中、無限の星のように、周囲に淡い光が見える。いや・・・ そう感じるようになってきた。

 そしてその中、目の前には、一際大きい。炎と同じ色をした光が輝いている。

 

 

「(これだ────)」

 間違いない。これが火輪だ。

 17年の相棒を、こんな風に感じられるというのは、何か感慨深いものがある。

 

 しかし、そう浸ってはいられない。

 ここからが肝心だ────

 

「(教えてくれ、火輪・・・ この水晶の、斬り方を────)」

 

 

(シュオ────・・・・・・・)

 

 

 火輪に霊力を通し、繋がることで、五感を閉じた仁に、新たな世界が構築されていく。

 【視る】でも、【触る】でも、【聴く】でもない。

 ただ、脳の裏から構築される、新しいイメージ。

 

 それには、目の前の水晶も、突き立つ百本の剣も、眠っている須佐之男も。完全に感じ取れる。

 

 

仁は、この瞬間完全に、新たな【七番目の感覚】を獲得した。

 

 

 己の五感を経ち、物質と意識を繋ぐことで、人とは違う、物質のチャンネルへと、仁は進むことが出来た。

 本来は、まったく交わる事が無い、隣り合っていながらも遥かなる遠くの世界。

 それは・・・ 五感とはまったく違う。【存在】を視、感じるもの。

 

「(なるほど・・・ そういうことか)」

 この状態なら、斬れる。

 純粋に、存在だけを。

 

 防御障壁の【存在】。水晶の【存在】。そして・・・ 小さな、とても小さな花の【存在】。

 全ての有象無象には【存在】があり、この【七番目】は、それを全て斬る事ができる世界なのだ。

 

 逆に言うならば、【存在】さえ斬らず、逸れれば────

 

 

(ユラッ────・・・・・・)

 

 

 仁は、五感全てを無くしている状態で、立ち上がった。

 そして、数歩だけ歩き、ちょうど水晶の真前。剣の間合いに立ち止まる。

 

 

「おっ・・・!?」

 それまで半分狸寝入り、半分本気で寝ていた須佐之男は、仁の変化に気付き、楽しそうに立ち上がった。

 

 

 仁は、一回深呼吸をすると、火輪を真横に構える。

 

 そして

 

 

 

 

(斬(ザン)ッッ────────────!!!!!!)

 

 

 

 

 横薙ぎに、一閃。

 刀は驚くほど何の抵抗も受けず、まるで風が通るように、水晶を通り抜けた。

 

「ぐっ────・・・・・・!!?」

 それと同時に、仁は激しい疲労に襲われ、片膝を落とす。

 五感を全て閉じた上で、開いたばかりの【第七感覚】を強引に使ってしまったのだから、無理もない。

 

「(早く・・・ 五感を戻さないと・・・)」

 時間を掛けすぎた。

 このままじゃ、全盲になってしまう。

 

「(一つずつ・・・ ゆっくり・・・ 焦るな・・・っ!!)」

体の閉じた気道を、霊力回路を、急ぎ、霊力を通して片端から慎重に繋げていく。

 

 

 

 

 

触覚

 

 

 

 

「はぁっ・・・────!!!」

 全ての感覚が回復すると共に、仁は元の世界へと、無事に戻ってこれた。

 

「ハァ────・・・ ハァ────・・・ ハァ────・・・・・・!!!」

 思ったよりも、ずっと疲労が激しい。

 頭がズキズキと痛む。心臓の動悸も痛いほどに激しく動き、体から滝のような汗が吹き出し止らなかった。

 

 まるで、100キロマラソンを全力疾走させられたかのような、疲労困憊。

 

 

「おーおー、すっげえなこりゃ」

 その時、須佐之男が暢気に歩いて近づいてきた。

 

 

「ハッ───  ゼッ───  ハッ───・・・」

 一方、仁はまだ返事をする余裕が持てない。

 

「びっくりしたぜ、お前。こんな短時間で【剣の世界】に触れるなんてな」

 須佐之男はしゃがみこんで、仁と同じ高さで話しかける。

 

「剣の・・・ 世界・・・?」

 絶え絶えの息で、反芻する仁。

 

「ああ。しっかし、よくもまー・・・ あんな少ねーカギで、しかも最短の道を選ぶなんてなぁ。

 すげぇよお前。普通はみんなとりあえず片っ端から剣を試して、全部折っちまうか、最後の一本でどうすりゃいいのかオレに聞いてくるってのに・・・ 何も聞かねーわ、自分で勝手に五感は断つわ・・・」

 

 須佐之男の言葉は、関心と呆れの両方が伺える。

 

「本来はそれを含めてオレがやるんだぜ? 五感を一時的に断たせて、ギリギリの状態で【剣の世界】を探させるんだ。

 それも無理させすぎないように何回にも分けるから、どんなヤツでも軽く三日はかかって当然の試練なんだがなぁ・・・

 いやー、すっげーよお前。本気で俺の養子にして鍛えてみてーぐらいだね。アッハハハハ!!!」

 

  白い歯を見せ、少年の様に豪快に笑う須佐之男。

 

「フー・・・ フー・・・」

 一方の仁は、ようやく呼吸が落ち着くようになり、五感が正常に働いていることも確認できた。

 そして、ようやく顔を上げ、目の前の水晶の状況を見る。

 

「・・・・・・っ!?」

 仁は、その光景が信じられなかった。

 

「馬鹿な・・・っ!?」

 水晶は、ヒビの一つも入っていなかった。

 最初に見た時と、まったく同じ姿でそこにある。

 

「・・・・・・・・・・・・クソッ!!! 失敗か・・・っ!!!」

 仁は、拳で地面を叩き、それを悔しがる。

 確かに、確かに手応えはあったはずなのに・・・!!

 

「あ? オイオイ。何言ってんだ。こりゃあコレでいいんだよ」

 須佐之男はすっくと立ち上がると、水晶の横に立ち

 

「よっ・・・」

 須佐之男が左手で水晶を無造作に掴むと、防御障壁が成されていた筈の水晶柱は、まるで飴細工のように須佐之男の指でバリバリと割れ、

 ボウリングの穴のように、ピッタリと須佐之男専用の指穴を作った。

 

 そして、須佐之男はそのまま、とんでもない重さであろう水晶柱は

 

「っっとぉ!!」

 ひょいと、簡単に持ち上がった。

 それも────

 

「・・・・・・・・・・・・!!!」

 綺麗に、上下に二等分された状態で。

 そう、水晶は斬れていたのだ。

 

それも、完全に水晶の切断面を傷付けることなく斬ったことで、視覚からは斬れていないように映った。

 それは、どのような鋭い刀剣でも、どのような剣術の匠でも、不可能な芸当である。

 

 

「な? 斬れてるだろ? それも・・・」

 須佐之男は、視線である方向を指す。

 

 その先に在るのは────

 

 

「・・・・・・これは、驚いた・・・」

 思わず、そう口にしてしまった。

 

 完全に切断された水晶の直線状にありながら、小さな花は、水晶から解放され、美しい雪色の花弁を覗かせていた。

 

「やった、のか・・・?」

 未だに、その光景が信じられない。

 

「ああ、大したもんだよ」

 ポイッ、と。

 須佐之男が軽く水晶を後ろに放り投げると、それはテニスボールのように回転し飛んでゆき、海へと落ちていった。

 

 

(ドッパァァァァン!!!!!)

 

 

 まるで魚雷でも爆発したかのような衝撃音と、波飛沫が飛び、剣の島を雨の様に濡らした。

 

 

「・・・あんた、どれだけの馬力を持ってるんだ?」

 ようやく立ち上がれるまでに至った仁は、感心するやら呆れるやら、というニュアンスで言う。

 

「馬力? ハハッ。馬なんかで図るなよ。

象だろうが鯨だろうがデイダラボッチだろうが、どれだけ束になっても俺一人には及ばねーって」

  ハッハッハと、豪快に笑い飛ばす須佐之男。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「これで、試練は終わりか?」

 問う仁。

 

「ま、そうなるな」

「じゃあ、天敢雲は・・・」

 

「お前のもんだ。さ、持っていきな」

 と、言う割には、須佐之男は何も出そうとしない。

 

「・・・・・・どこにあるんだ?」

「目の前にあるじゃねーか。ほら」

 須佐之男が指差すのは、水晶から顔を出している小さな白花。

 

「・・・・・・冗談の類に付き合っている時間は無いんだが」

「そういう台詞は、花をちゃんと愛でてやってから言うんだな」

 

「・・・・・・・・・・・」

 納得できないものを多々感じつつも、仁はその花に近づき、手に取って見た。

 

 すると

 

 

(パァッ────・・・!!)

 

 

 小さな花は、白色の光の粒子に変化し、仁の愛刀へと流れ、吸い込まれるように消えていく。

 

「これは・・・?」

 その美しく幻想的な光景に、仁は軽く驚く。

 

「言ってみりゃあ、その白く小さな花こそが、天敢雲なのさ。

 元々、八叉ノ大蛇の中に天敢雲が入ってた訳じゃない。剣の精霊なのか他の何かかは知らねーが、折れた俺の剣を元通りに直して、更に新しい剣にしちまった。存在を断つだけじゃない。存在を“殺す”事が出来る剣にな」

 

「存在を・・・ 殺す・・・?」

 

「【剣の世界】の極意。【真の剣の加護】とも言う。その開眼は、あくまで【断つモノと断たぬモノを選ぶ】事しか出来ねぇんだ。

 水晶を斬って中の花を斬らない事も、逆に、花だけ斬って水晶を斬らない、なんて芸当も出来る。

 けど、存在を死なせる事は出来ねえ。

刀が通じねえ悪霊や液体の体を持った敵なんかは、【剣の世界】の力だけじゃ止めは刺せねえだろ?」

 

「それが・・・ 天敢雲なら、出来る・・・?」

 

「ああ。天敢雲の世界に意識を繋げることが出来りゃあ、どんな奴も殺せる。

 実際俺は、炎に囲まれた時に、炎を“殺して”窮地を凌いだ」

 

「・・・? 草を斬ったんじゃなかったのか?」

 

「そんなもんで炎の勢いが変わったら苦労はしねーよ。・・・ま、とにかく、だ。

それが台風だろうと、実体を持たねぇ敵だろうと、天敢雲の前じゃあ敵じゃねえさ。どんな剣にも勝る、最強の剣だ」

 

「それは・・・ すごいな」

 いや、すごいどころじゃない。

 そんな能力は、こと剣において・・・ いや、どんな戦いにおいても反則だ。

 

「ああ。すげえ剣さ。だからこそ反動もキツイ。使う際は覚悟しとけよ。脳が焼け切れても知らねーぜ?

 ・・・じゃあ後は、お前を帰すだけだな。準備はいいか?」

 

  須佐之男が手を翳す。しかし

 

                                                   

 

「・・・その前に、聞いていいか?」

 と、仁。

 

「あ? 何だ?

 別に何でも聞いてくれて構わねーぜ?」

  須佐之男は軽く目を見開いて聞き返す。

 

「俺は、三貴神は長兄が月読、その次が天照。そして次男・・・ 最後に生まれた弟が須佐之男と学んだ。

 しかし、実際に話を聞いてみればあんたが長男で、月読が弟。天照も妹と、まるで違う」

  そう、それが引っかかった。

 

「ん? 人間の間で伝わってる神話なんてそんなもんだろ? 結構間違いだらけだぜ?

仏舎利(ぶっしゃり)だって、世界全部の寺のを合わせたら象が出来上がっちまう量になるってツクヨミは言ってたしな」

 

  と、須佐之男は笑いながら言う。

 

「人が記した神話では、須佐之男は母に会いたい一心で天照に会いに行ったとされてる。

だが、俺が見る限り、あんたはそういう男じゃない。

例え自分がどんなに会いたいと思っても、他の兄妹の迷惑になる行為は絶対にしない筈だ」

 

「・・・それで?」

それまで笑っていた須佐之男の目は、真剣なものに変わってきた。

 

「そして、須佐之男から聞かせてもらった月読と天照の性格から考えて・・・

本当に伊邪那美に会いたかったのは、月読じゃあないのか?

心も体も、永遠の少年である神なのなら、母を恋しがるのは自然だ。

 

口に出して母を恋しがったのか。それとも、決して口には出さなかったのか。

どちらにしても、兄であるあんたにはすぐにわかるだろう。

 ・・・須佐之男。あんたは、月読の為に母神伊邪那美に会う方法を探したんだ。・・・違うか?」

 

「・・・・・・さあねえ、どうだろうな」

 須佐之男は目を閉じ、頭をポリポリ掻いている。

 

「ただ、一つだけ言っておいてやる。

 俺たち3人は、みんな母上に会いたかった。会って話がしたかった。

・・・例え、体が腐ってようと、蛆が沸いていようとな。そんなの、俺たちには関係なかった」

 

「・・・ああ、その気持ちは・・・ わかる」

 仁にも、母親は当然いる。いや・・・いた。

 優しく、慈愛に満ちた・・・ しかし、病持ちであった母。

 

 仁が8年前、薫を追いかけることが出来なかったのも、そこにあった。

 その時、仁の母は更に体調を重くし、誰かが側についていなければいけなかった。

 父がまったく家庭を、そして母を顧みない人間であっただけに、仁は母を離れる訳に行かなかった。

 

 しかし、仁の必死の看病虚しく、母はその1年後に帰らぬ人となった。

 

 母の死に、喪に服すこと数日。

 その後、仁は逢魔の少年戦士を続けながらも、薫を探した。

 北海道から沖縄まで、痕跡を探しつくした。

 

 そうして現在に至るまで7年。

 仁は薫を見つけること叶わず、今回の悲しい再会を果たした。

 

 もし、仁が同じ様に母に会える機会があるとするなら、

 例え体に蛆が沸いていようと、腐り果てていようと、それでも合おうと思う。

 それだけ、母親というものは、子にとって、仁にとっては大きい存在なのだ。

 

 

「会えたのか?」

「あん?」

 

「母に、伊邪那美に、あんたたち兄弟は、会うことが出来たのか?」

 最後に気になるのは、そこだ。

 この兄弟が母に会うことが出来たのか、再会は叶ったのか。それが、気になった。

 

「・・・さーねぇ。【神のみぞ知る】ってヤツじゃねえか?」

 髪を掻きながら、涼しい顔で言う須佐之男。

 

「・・・・・・神はあんたじゃないか」

 苦笑しながらツッコむ仁。

 

「だから。それを知ってるのは俺達兄弟だけだ。

 めでたしめでたしか、そうでないか、そりゃあ仁。てめーが好きに想像すりゃあいい。

 その物語は、恥ずかしすぎてさすがにお前にも話せねーからな」

 

「・・・・・・ああ。わかった」

 そう、それで充分。

 何故なら、その物語の結末は、須佐之男の・・・ はにかんだ笑顔が、既に語っていたから。

 

 

「質問は終わりか?」

「ああ、もういい」

 

「じゃあ、せいぜい頑張りな」

 須佐之男は、そう言うが早いか、空間転送の術式を編んだ。

 

「世話になった」

 仁も、天敢雲となった愛刀を握り、正面に須佐之男を見据え、頭を下げた。

 男同士ならではの、短き挨拶。そして、親指を突き立て合う両者。

 しかし、二人には既に、神と人を超えた絆が生まれていた。

 

 

(カッ────)

 

 

 そうして、仁は剣の世界を後にした。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

    一方

 

   固定空間  太陽の世界

 

 

 

「あれ・・・?」

 麻衣が目を開けると、そこは元の太陽の世界だった。

 

「八咒鏡の試練。よくぞ超えてきましたね。天津麻衣」

 後ろから聞こえる、天照の声。

 

「ハ、ハイッ!」

 慌てて振り向く麻衣。

 そこには、柔らかな笑顔の天照が立っていた。

 

「え・・・ 私・・・ 合格、なんですか・・・?」

 きょとんとしてしまう、麻衣。

 

「はい。【鏡の試練】・・・ 

それは、本来の自分と、闇の自分と向き合い、そしてそれを受け入れることで、本当の強さを得る試練です。

人の心には誰しも、善の心と悪の心、【陽】と【陰】が存在するのです。

【陰】に堕ちるのは、人の心を失うこと。しかし、【陰】をただ排斥しようというのも、本当の強さではありません。

 

【陽】と【陰】。その両方を、自分の強さと弱さを認め、その上で生きる力こそが、人を強くする・・・

しかし、それが出来る人間は、決して多くはありません。

中には、この試練・・・ 己の闇を受け入れきれず、命を落としそうになったものもいました」

 

「え゛・・・・・・ そうなんですか?」

 麻衣は、今更ながら試練が命懸けであったことに震えた。

 

 

「良く頑張りましたね。では・・・ 八咒鏡をお授けしましょう」

「あ、はい。ありがとうございますっ!」

 と、元気良く頭を下げた所で

 

「でも・・・」

 チラ、と。例の大鏡を見る麻衣。

 直径・・・2メートル? やっぱり、とんでもない大きさ。

 

 あの大きさは、ちょっと・・・ いや、だいぶ困る。

 

「ご心配なく」

 と、天照が言い、大鏡に手を翳すと

 

 

(カタッ・・・ カタ、カタッ・・・)

 

 

 大鏡は途端に小刻みに震えだし、淡い光を放ったかと思うと、見る見る内に大鏡は縮小を始めた。

 

「わぁ・・・」

 まるでファンタジーを思わせる光景に、思わず、感嘆の声を洩らす麻衣。

 そして大鏡は、なんと手鏡大の大きさにまでなると、ふわりと宙に浮き

 

「え・・・?」

 麻衣の手の上に舞い降りた。

 

「これが・・・ 八咒鏡・・・」

 小さく姿を変えたその鏡は、ほんのちょっと凝った装飾の手鏡・・・ と言うにはあまりにも、美しかった。

 太陽の輝きをそのまま凝縮したかのような、嵌め板の黄金。そして、それよりも神々しく輝く、鏡の本体。

 それら全てが、舞衣がこれまで感じた事の無い、凄まじい神通力を秘め、手にしている自分から漏れ出してしまいそう。

 

「八咒鏡は、この世にある全てのものの、真実の姿を映し出す・・・ 真実の鏡です。

 姿を変えてしまった大切な人も、この八咒鏡を以って、正しい姿に戻るように望めば・・・

いかなる呪いの類であろうと、【最も正しい姿】に戻すことが可能です」

 

「最も・・・正しい、姿・・・?」

 

「鏡は、【真実】と【真理】を司るもの。

 どの姿を正しいと思うか、それは八咒鏡そのものが判断をします。

 つまり・・・ あなたが望む姿であるかどうかは、わからない。それでも・・・」

 

「私達は、この鏡に頼るしか、無い・・・」

 言い様の無い不安が、一瞬麻衣を支配する。

 

「・・・・・・・・・」

 天照は、悲しげな目で麻衣を見るのみ。

 

「天照様の言いたい事は、なんとなくわかりました。

 試練の中に出てきた・・・ 黒い私みたいに、淫魔になったお姉ちゃんも、お姉ちゃんの一部なんですよね?」

 

「・・・・・・・・・」

天照は、敢えて無言で、しかし、真っ直ぐに麻衣を見つめた。

 

「私、お姉ちゃんを信じてます。

 お姉ちゃんなら、絶対・・・ だって、お姉ちゃんは、私よりずっと強いですから! きっと、きっと・・・!!」

  グッと拳を握り、元気な顔で宣言をする麻衣。

 

「・・・それが貴女の答えなのなら、私は精一杯の力添えを約束しましょう。

 まずは・・・ 貴女に、【真の太陽の加護】を」

  そう言うと、天照は麻衣の持つ手鏡大の八咒鏡に手を翳す。

 

 すると、鏡はまたも湖面の如く波紋を生じ、中からは、琥珀を紐で通した、首飾りが出現し

 

「・・・・・・っ!?」

 麻衣の首に、優しくシュルリと巻き付いた。

 

「これは・・・?」

 首飾りの中心には、麻衣がこれまでに見た事の無い、不思議な宝石があった。

 太陽そのものを思わせる陽光色に、自ら光輝く、美しい球体。

 それはまるで、太陽そのもの・・・

 

「陽水晶(ようすいしょう)・・・ 地上には存在しない、太陽の中から生まれた水晶です。

 【真の太陽の加護】に認められた者である証。唯一無二の首飾りです。

 貴女が再び天神の加護を得た羽衣に身を包み戦う時。こう叫びなさい。“天照”(てんしょう)と。

 

 そうすれば、貴女は新たな力を得ることができるでしょう」

 

「新たな、力・・・ 天神羽衣の力に、天照様の太陽神の力が・・・?」

「はい。私の太陽の力と、道真公の天の力なら、反発することも無いでしょう」

「すごい・・・」

 何だか、もう敵がいないような心強さが沸いてくる。

 

「ありがとうございますっ!! 私、頑張ります!!」

「では、方法についてですが・・・」

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「・・・と、ここまでが必要な説明の全てです」

 天照本人による、首飾りの使い方のレクチャーは少々の時間の経過と共に終わりを告げた。

 天照の話は簡潔で、人間の女性にありがちな話の脱線はおろか、余分な単語の一切さえなく、それでいてわかりやすい。

 この人が教師だったら、すごくいいだろうなと、麻衣は一瞬天照が三貴神だということも忘れ、呟くように思った。

 

「・・・・・・・・」

 そして、その思考が読まれなくてよかったとまた思ったりと、思考の一人相撲をしていた。

 

「これで、全部終わりですよね?」

 と、聞く麻衣に

 

「・・・・・・・・・・・」

 天照は、無言。

 

「・・・・・・どうしたんですか?」

「貴女を送る前に、一つ・・・ 聞いておかねばならないことがありました。

 これまで試練を受けた、女性の退魔戦士には必ず聞いていたことです」

 

「・・・それは、なんですか?」

 麻衣の言葉に、天照は少しだけ沈黙したあと

 

「無礼を承知で、単刀直入に言います。

 貴女は、数日前の戦いで・・・ “穢れ”を受けましたね?」

  真剣な目で、麻衣に問う天照。

 

「え・・・・・・!!?」

 それは、つまり・・・

 あの時の・・・ 木馬・・・

 

 麻衣にとって思い出したくもないあの記憶。

 人でも、生き物でもないモノに処女幕を貫かれ、激痛に身を捩じらせ泣き喚き。

 肛門まで貫かれ、長い間蹂躙され尽くした・・・

 

「・・・・・・・・・っっ」

 思わず自ら両肩を抱き、息を乱れさせ、ガタガタと小さく震える麻衣。

 

 ほんの、ほんの数日前の事なのだ。

 年端も行かない少女の身に置いては、これだけの反応。そしてトラウマは当然といえる。

 

「・・・すいません。触れられたくない心の傷だとは思いましたが・・・」

 そんな麻衣を気遣い、自分から麻衣の肩に触れる天照。

 

「あ、あの・・・ 私、やっぱり・・・ 資格がないんですか?

 体を穢された今の私じゃ・・・」

  泣きそうな状態をグッと堪え、おずおずと質問する麻衣。

 

 そうだ。こんな穢れた体で、新天神羽衣を着れると言う事こそが奇跡なのだ。

 三種の神器、そして天照大御神の加護など、受けていい筈なんか・・・

 

「そんなことはありません。あるものですか。

 あなたが望んだ穢れでもないのに・・・ 私が言いたいのは、そんな事ではありません。

 あなたの穢れを、取り払いたいのです」

 

「え・・・・・・?」

 天照の言葉に、麻衣は驚いた。

 

「私の力と権限ならば、失われた命は無理でも、肉体の時を戻す事は出来ます。

 もし、貴女(あなた)が望むのでしたら・・・ 肉体の時を、淫魔に穢れを受ける前、数日前の状態に戻す事も可能です」

 

「それって・・・」

 処女に戻れる、ということ・・・?

 

「退魔に身を置く者であれば、愛する人に操(みさお)を捧げる事が至難であることも、また悲しき事実。

 私が見てきた戦士たちも、そんな悲しき宿命に生きていきました。

 しかし、それは決して望んだ穢れではありません。女人であれば誰しもが、愛する人と結ばれたいと願うでしょう。

 そして今、貴女は・・・ 想いを寄せる人がいますね?」

 

「・・・・・・はい(コクン)」

 麻衣は、少しだけ顔を赤らめ、頷いた。

 

「絶対に、愛する人と結ばれる保障があるわけではありません。また、淫魔の穢れを受けるやも知れない。

 しかしそれでも、想いを寄せる人に操を捧げる機会を、もう一度と・・・ そう望むのなら。私は・・・」

  天照は、その是非を麻衣に目で問う。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 確かに、望んで失った処女じゃない。

 木馬で両穴を貫かれ、犯され続ける事で【初めて】を奪われたなんて、今思い出しても・・・ 胸が、痛くて、堪らない。

 

 今まで考えたこともなかったけど。もし、仁さんと、そういう関係になれたとして

 自分の穢れた体を、仁さんは・・・ 仁さんの性格なら、【気にしない】と言ってくれるであろうとしても・・・ 

 自分は、ずっとそれを後悔し続ける。

 

 しかし・・・ しかし、時を戻したとて、体だけ元に戻ったとて、何になるのだろう?

 穢されたという事実は、変わらない。戻らない。

 

 

 

 

「・・・・・・私は、戦いの中で、カーマに・・・ 大切なおばあちゃんを殺されました」

 麻衣は、俯いたまま口を開いた。

 

「・・・はい」

 天照は、その事実を知っているようだ。

 

「それで私は我を忘れて怒り狂って、憎しみに囚われて・・・

 結果、木偶ノ坊さんが死んだのも、私とお姉ちゃんが穢されてしまったのも、お姉ちゃんが淫魔になったのも・・・

 全部、私の責任です。おばあちゃんが、子守集の皆が死んだのも、私がしっかりしていれば、もっと強かったら・・・

 なんとか、出来た筈だったんです。 しなければいけなかったんです」

 

  羽衣のスカートの部分を、強く握りしめる麻衣。

 

「心の中で・・・ 何度も後悔しました。何度も自分を責めました。

でも、いくら後悔しても、やり直しは出来ない。時間は戻ってくれない・・・

・・・天照様の力で、時間は戻りますか?」

 麻衣の口調は、神の力でもそれは不可能だろうと定義付けているようだ。

 

「・・・いいえ、時を戻す事、時を遡る事は、三貴神である我々にも、許されていません」

 時の操作は、既に歴史となってしまったものを改竄する行為。

 それは、神の間でも最大の禁忌であるとされている。

 

 やり直しが通じないからこそ、あらゆる生命はその時を必死に生きる。

 逆にそれが出来てしまったら、過去を全て修正できるという事になぞなれば、人は進歩しない。

 神が人を創ったのは、【不完全】である代わり、どこまでも進歩出来、同時にどこまでも衰退出来る。

 

そんな素晴らしい可能性を秘めた【智】の生命として、人を創った。

だからこそ、【全知全能】【永遠の存在】【完全者】たる神は、【条約】によって、人に直接の干渉をしない事に決めた。

許されるのは、特定の条件を含んだこういった試練や、加護といった二次的な干渉である。

 

しかし多く在る神の中には、ツクヨミなどといった、【条約】を守らず、コソコソと直接干渉をしようという神もいる。

そういったものが、太古から現代に至るまで、【奇跡】として語り継がれるのだ。

 

 

「だからこそ私は、せめて・・・」

 せめて、己に出来る範囲で、出来ることは提示しておきたい。

天照の心に嘘はない。しかし・・・

 

「・・・・・やめて、ください」

 俯いたまま、麻衣は呟くように、しかし強くそう言った。

 

「何故ですか」

 それは疑問ではなく、問い。

 

「私だけ戻るなんて・・・ 逃げるなんて、出来ません。

 私は、天津麻衣です。祖母を殺された憎しみから、愚かな行動をした・・・ そして淫魔に堕落させられた大馬鹿者です」

 

  麻衣の自分を蔑む姿は、見ていて痛々しいものがある。

 

「・・・死んでいった仲間達に申し訳が無いから、戻れないと?」

 天照の敢えての問いに、麻衣はフルフルと、首を横に振った。

 

「それも・・・ あると思います。でも・・・ それは、死んだ皆にとっては迷惑な理由だって事も、わかってます。

 ・・・ここに来るまで、ゆっくり考えました。色々な事・・・

 それまでは、暗い事しか考えてなかったんです・・・ 頭の中でグルグル回ってるだけで、全然前に進めてなんか無くて・・・

 

 でも、ジ・・・ あの、ある人が、ギュッと抱きしめてくれて・・・

 そうしたら、悪いグルグルが、嘘みたいにどこかへ行っちゃったんです。

 あとは・・・ これまで考えもしなかった自分自身について考えていました」

 

「・・・・・・・・・・・」

 天照は、沈黙を守り、麻衣の言葉を聞いていた。

 

「それに、黒い私と戦っていた時・・・ あれも私なんだって、そう思って・・・

 

 今なら、はっきり言えます。

 

 私は・・・弱い、です。お姉ちゃんがいないと何も出来なくて、一人じゃ何も出来なくて・・・

 意志も弱いし、自分から何かをしたこともないし、ずっと・・・ ずっとお姉ちゃんの後ろばっかり。

その癖、お姉ちゃんには“双子なんだからあんまりお姉ちゃんぶらないでよ”って・・・

 

もっと強くなれた筈なのに、その努力も・・・

でも今は、やっと【強くならなくちゃ】って、思えるようになりました。

お姉ちゃんを助ける為に、死んだ皆に報いるために。

 

それが私です。そういった過去が、私を叩きのめしたから、今の私なんです。

 私はこの現実から・・・ 逃げません。 逃げたくありません!! 自分を否定したくないんですっ!!!

                                                                                                

 

私は・・・っ・・・! 天神羽衣の巫女、天津麻衣です!!!!」

 

 

 

 

 感極まったのか、涙を流しながら、麻衣は自分に言い聞かせるように、叫んだ。

 太陽の世界の中、麻衣の決意の声が渓谷を反響し、響き渡る。

 

 

「・・・・・・そう、ですね・・・」

 驚きを隠せなかった天照は、静かに目を閉じ、頷いた。

 

「あっ・・・ す、すいません・・・ 私・・・」

 ハッと我に返り、神に怒鳴ってしまった自分に気付いた麻衣は、慌てて頭を下げた。

 

 

「・・・いえ、私が無神経でした。せめて何かをと思っていたのですが・・・

私の愚かな言葉と配慮が、貴女の誇りを傷つけてしまったようです。申し訳ありません」

  天照は、あろうことか、人間である麻衣に対し、深々と頭を下げた。

 

「えっ・・・!? そ、そんな・・・ 止めてください!! 私、そんな・・・」

 今すぐ止めて欲しいが、自分が触って引き上げるなんて真似をするわけにもいかず、麻衣は困惑する。

 

 

 深々と頭を下げていた天照は、少々の時を置いて、ゆっくりと元の姿勢に戻った。

 

 

「私はこれまで、様々な英雄たる宿星を持つ者達に、神器を授けてきました。

 そしてその中には、今日の様に、話を持ちかけた場合も多くあります。

 しかし・・・ 気付かされました。 それは、やはり時自身への干渉と同じく、過去の否定でもあるのだということを。

 

 ・・・あなたは、お強いですね。とても強い、そして優しい心・・・ 

私も、天岩戸の時、貴女ほどの心の強さがあれば、或いは・・・」

 

  一時、伏せ目がちになっていた天照は、改めて髪の神々しさを携えた目で、麻衣に向かい合った。

 

「私から貴女にお教えすること、そして授けるものは、もう何もありません。

 あとは、貴方達の御武運を天上より祈るのみ・・・ 

気高き戦士の心を持つ天津の巫女よ、貴女の行く道に、光明あらんことを・・・」

 

  それは、神と人という垣根を捨てた、純粋な想いの気持ち。

 

「・・・はい。ありがとうございます」

 礼を失した自分に対し、優しい言葉を掛けてくれる天照神に、麻衣は心の底から尊敬の念を覚えた。

 

「では、貴女を元の世界へお送りしましょう。

 ・・・準備は、いいですか?」

 

「・・・はい」

 戦う者の目で、コクリと頷く麻衣。

 

「また、お会いしましょう。 ・・・・・・光りあれ!」

 

 

(カッ────!!)

 

 

 天照が右手を高く上げると、目の前に太陽が現れたかのような眩しさがその場を包み。

 最後の一人。麻衣は、仲間が待つ元の世界へと戻って行った。

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇   

 

 

 

 

 ラーの鏡? いえ、八咒鏡です(ぉ

 いやだって、神器の鏡だとこういう能力が一番、というかこれしかないかなって。

 まあ、ラーも天照も同じ太陽神つながりですから、いいかな〜と。

 

 天照を通じて麻衣に処女に戻る道を提示したんですが、麻衣に見事に断られました。

 僕自身は元々、最初は戻すつもりだったんですが、脳内の麻衣と相談してたらこうなりました。いや〜これだから小説は面白い。

 

 さあ、神器修行偏ほとんど終わり、サッサと進めねば。うん。

 



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