封神山  入り口前  山中

 

 

 その老紳士は、空からやってきた。

 

「し〜〜〜〜〜 ず〜〜〜〜〜〜 る〜〜〜〜〜〜〜 さ〜〜〜〜〜〜〜 ま〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 

(ガガガガガガガガガガガガガ・・・・・・ッッ!!!!!!)

 

 静瑠の名を呼びながら、パラシュートによるゆるやかな効果と共に、瀬馬は両手に持ったマシンガンを掃射する。

 

「ギッ────!!?」   

「ギャアアッ────!!!」     

「グアッ────!!?」

 

 触手を伸ばしていた黒子達は、次々と瀬馬爺の正確な射撃により、頭部や胸部を撃ち抜かれ、蜂の巣となり、屍となっていった。

 

 

「なっ・・・ 何だ!? 何なんだあの爺(ジジイ)はっ!!!!?」

 紳士服の上にとんでもない重装備をした爺が、空から。

悪い冗談のような光景に、黒子頭はうろたえまくっていた。

 

「瀬馬お爺さん・・・」

 逢魔関連の人間の中で、瀬馬は有名な存在であり、知らない者はいない。

 それに静瑠は、仁ほどではないが、瀬馬には戦闘の師事を受けたこともあった。

 

 

 

 瀬馬爺は、空中でM11を両脇のホルスターに戻し、両肩のロケットランチャーを装備する。

 

「どっせえい!!!!!」

 

(シュッ───────!!!)

 

 戦車をも一撃で仕留めるロケット砲を、左右違う方向へとそれぞれ発射した。

 

(ドッ・・・ゥ────────────ン!!!!!!)

 

 

「ギャウウウウウウウウウウンンッッ!!!!!!??」

「ゴオオオオオオオオオォォォォッッッ!!!!!??」

 

 霊子加工が施された現代重火器の前では、牛頭、馬頭、他の獣人達も、大きな肉の塊でしかない。

逢魔製作の霊子改造ロケット砲弾は、牛頭馬頭達をいとも簡単に、四方八方にミンチ肉の欠片にしながら吹き飛ばした。

 

「よいしょ」

 ロケットランチャーは戦車をも破壊する高威力であるが故に、一発一発ごとの装填が必要となる。

 予備弾薬を持たない瀬馬は、いともあっさりと2門のランチャーをそのまま放り捨てた。

 

 ガコンガコンと、鉄の大砲は地面に落下し、めり込む。

 

 

 

「くっ・・・!!!」

 状況を完全には飲み込めないが、目の前のふざけた爺は敵。それは間違い無い。

 黒子頭は、残る多くの部下達に合図を出した。

 【一体だけは女を拘束し、残りはあの敵を殺せ】と。

 

 

「うっ・・・ぐ」

 突然の来訪者に動きを止めていた触手、そして獣人達は、黒子頭の合図によって、

乳を吸い続けていた口触手も、後ろを抉っていた牡棒も、いっせいに静瑠の体から離れだし、瀬馬の方へと向かった。

 

 ただし、膣に牡棒を埋め、犯していた一体だけが、そのまま静瑠の体を両手で掴み、立ち上がった。

 

「あっ、あああっ!!」

 両腕ごと胴を掴まれ、静瑠は身動きが取れない。

 瀬馬に向かっていく獣人達とは逆に、静瑠を犯す牛頭は、瀬馬からゆっくりと遠ざかる。

 

「離し・・・てっ!!」

 静瑠が力強く叫ぼうと、体を捻ろうと、現実として目の前の蹂躙者から逃げる手段は無い。

 瀬馬からある程度の距離を離すと、あろうことか、牛頭はまたしても、前後運動を開始した。

 

(ジュブッ!! ズプッ!! ジュップ!! ズチュッ!!)

 

「ああっ・・・!! ううっ!! ああっ!!!」

 強制的な形で立ったまま、【駅弁】に近い形で、静瑠は再び犯され始めた。

 ぐっと引き寄せられることで、静瑠の巨乳が牛頭の胸板に潰され、その勢いでまたしても静瑠の乳首はミルクを噴き出す。

 

「くっ・・・ ううっ・・・!!」

 ふざけた体にされたことによる羞恥が静瑠を襲う。

 

(ベロ、ベロッ、ビチャ、ビチャッ)

 

 それを見た牛頭は、長い舌を伸ばし、自分の胸板にかかったミルクを舐め取った。

 

「・・・・・・・・・」

 その味が気に入ったのか、牛頭は口を開き、

 

(バクンッ!!)

 

突然、静瑠の右胸を口に含んだ。

 

「ああっ────!!?」

 根元から胸を口に入れられ、静瑠は恐怖を感じた。

 牛頭は軽く根元に歯を立てると、ザラザラとした舌で、その乳房をぎゅうと押し潰した。

 

「あ、ううっ・・・!!? くふあっ・・・!!」      (プシュウウウウウウウウウウ────・・・・・・)

 

 強引な搾乳により、一気に吹き出る静瑠の母乳。

 それを満足気に喉を鳴らして飲む牛頭。

 

 牛の化け物に犯されながら、乳を絞り出され、飲まれている。

 なんと皮肉的で、異様な光景だろう。

これではまるで、自分は人ではなく、この牛頭のつがいの雌牛のようではないか。

 

「い・・・ やっ・・・!!」

 激しい嫌悪感、しかし今の自分にはどうすることも出来ない。

 牛頭に犯され、貫かれながら、ひたすら、待つしか・・・

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 パラシュートが木の先端に引っかかるのを見計らい、瀬馬はパラシュートのホックを外す。

 そしてそのまま、身に着けている物の重さと年齢からは考えられないほどの身軽な動きで、木の枝に飛び移った。

 

 数十もの獣人と黒子達が、わらわらと地上から瀬馬を囲む。

 

「さあさあ、どんどんこの瀬馬めにかかって来なさい!!」

 瀬馬は、手榴弾を巻いたベルトを肩から外した。

 そして、獣人や黒子達がギリギリまで近づいていくのを見計らい

 

「そうれっ!! 鬼は外ぉぉっ!!!!」

 木の上からポイポイと、瀬馬はピンを抜いた手榴弾の豆撒きを開始した。

 

(バァンッ────!!) 

(ドゥンッ────!!)                  (ドォンッ────!!)

 

次々と爆発する大地。黒子達も獣人も、一緒になって吹き飛んでいく。

 中には、飛んで来た手榴弾を口でキャッチし、壮大に首を花火にした牛頭もいた。

 

「それそれそれぇ────────いい!!! 福は内ぃっ!!!」

 黒子の中の敏捷な何体かは、空中に飛んで手榴弾の爆発を逃れていた。

 瀬馬はそれに合わせて、時間差でピンを抜いた手榴弾を着地地点に投げ、余す所無く駆逐していく。

 

 

「(静瑠様は・・・?)」

 合計24個の手榴弾をほとんど使い切い、爆炎と煙、舞い散る粉塵で敵が暗中模索の状態になったところで、瀬馬は静瑠の姿を探し、木々を跳び移る。

 

「む・・・?」

 木々の中を跳びまわった所で、静瑠のものらしき声を確認する。

 

 

「あっ、あっ、あっ、あっ・・・!!!」

 煙の向こうに見える二つの影。

 更に煙がない場所へ木々を跳び移ると、その姿ははっきりと確認できた。

 

 全裸の姿で、静瑠は今も牛頭に激しく犯されている。

 

 

「あーっ!! ああーっ!!! あ────っっ!!!

 静瑠は牛頭に突き上げられながら、わざと大きな声を出している

おそらく、自分に場所を教える為なのだろう。

 

 

「(まったく・・・ 何度こんなものを見なければならないのでしょうか・・・)」

 逢魔であるが故に、長年逢魔の戦士として戦ってきたが故に幾度と見た光景。

 それを確認した瀬馬は、腰に巻いていたスナイパーライフル、ルガーM77を脇に構え、標的に向け、スコープを覗き込んだ。

 スコープの中に映る、牛頭の頭。しかし、激しいレイプにより激しく揺れ、あげく、揺れの中でスコープの中に静瑠の姿さえ映る始末。

 

 しかし、瀬馬は慌てる事無く、静瑠と密着し大きく動いている標的を・・・

 

(パゥンッ!! パゥンッ!!)

 

 撃った。

 

「ブルッ・・・?? ・・・・・・」

 二発の霊子改造ライフル弾は、静瑠を掠りさえせず、犯していた牛頭の頭部のみを撃ち抜いた。

 オリンピック級の腕の持ち主でもこうはいかない。瀬馬の狙撃能力のずば抜けた高さを証明する2発だった。

 

「瀬馬・・・お爺さん・・・」

 静瑠は狙撃の方向に振り返る。

 しかし、煙がそろそろ晴れる事に気付いた瀬馬は、手だけを振ると戦場へ戻っていった。

 その場には、瀬馬がもう不必要と判断したスナイパーライフルだけが残っている。

 

 

 

「グ・・・ ウ・・・」

 

(ビュルッ!! ビュクビュクッ! ドビュ、ルル・・・)

 

「うあっ、あ・・・!!!?」

 脳への強い衝撃のせいか、死を感知して種族維持本能が働いたのか。

 静瑠と繋がっていた牛頭は死の間際に、交尾の相手である静瑠に最期の精を放った。

 

 しだいに牛頭の腕の力が緩むと、静瑠はすぐさま全力でそれを外す。

 何度精を放ち、いくら注ぎ込もうと硬さを失うことが無かった剛直も、命尽きていくことで、静瑠の体重により下降していった。

 

 

「くっ・・・!」

 反射的に両手で前に受け身を取り、着地する。

 ズル・・・ と、力を失った牡棒は、ようやく静瑠から抜かれた。

 

「は・・・ く・・・っ」

 長い陵辱からようやく完全に解き放たれた瞬間である。

 

「う・・・うっ・・・!!」

 

(ドプドプドプ・・・ッ ビシャ、ビシャ、ビシャッ・・・)

 

静瑠は括約筋に力を入れて、胎内に残った精液を懸命にひり出した。

 

「はっ・・・ あ・・・」

 粗方のものを出し終わると、静瑠は力無く、うつ伏せの状態から寝転がり、仰向けに倒れた。

 

(ド・・・ンッ!!)

 

「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・っ」

 横で牛頭が倒れる音と振動を聞きながら、微かに荒い呼吸を繰り返した。

 獣人達の精液でベトベトになった全身。青く腫れた、骨の折れた右手。

 美しき肢体が、あられもない、無残な姿を晒している。

 だがそれもまた、淫艶なる美と言えるかもしれない。

 

 激しい脱力感と、眠気とはまた違う、白霞の彼方へと向かおうとする静瑠の意識。

 あれだけ激しい陵辱を受けた身では、精神的にも体力的にも限界であって然るべきであろう。

 ここで気を失っても、無理もない。むしろ自然と言える。

 

 それでも

 

「ふっ・・・」

 彼女は、立ち上がった。

 そして歩く、一つの場所を目指して。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 ロケットランチャー。手榴弾。スナイパーライフルを捨て、瀬馬の武器は2丁のサブマシンガンのみ。

 大分数は減らしたが、それでも黒子が数体残っているらしい。

 

 その内の一体が、いつの間にか、瀬馬の座っている木の枝のすぐ後ろまで来ていた。

 クナイを構え、背後から瀬馬の命を奪わんと忍び寄る。

 

 そして黒子がクナイを大きく振りかぶった時、瀬馬はあっさりと振り返った。

 

「!!?」

 驚く黒子、瀬馬は繰り出されたクナイの一撃を左脇で受け止め

 

(バキィ────────────ッッ!!!!)

 

「ギッ・・・!!?」

 カウンターの掌鄭で、顎の骨を砕き

 

「むんっ!」

 

(ベキッ!! ギュウウウッ・・・・・・ ゴキリッ────!!!)

 

 そのまま腕を折り、スリーパーホールドの形に持っていき、そこから首の骨をへし折る。

 それで黒子は絶命した。

 

 

(シャ、シャ、シャッッ──────!!!!)

 

 間髪入れず、様々な方向から飛んでくるクナイや手裏剣。

 

「おおっと」

 背中を木に預け、黒子の死体を盾にする。

 ズトッ、ズトッ!! と、無数の手裏剣、クナイを浴びる黒子の死体。

 

(ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ────────!!!!!!!!)

 

 片手で黒子の死体を持ち、もう片方の手に持ったマシンガンで応戦射撃をする。

 

「(あそこにいるリーダーさん以外では、残り2人といった所ですか・・・)」

 手裏剣の飛んでくる方向から、敵の残存数を把握する。

 

(ガガガガガガガガ・・・・   カチッ、カチッ)

 

「・・・おや?」

 そこで、瀬馬が片手に持っていた、マシンガンの弾が切れた。

 向こうも何も投げてこなくなった所を見ると、打ち止めらしい。

 

「・・・仕方ありませんな」

 こうして投げたり撃ち合っていてもしょうがない。

 瀬馬は、黒子の死体に刺さったクナイを二本引き抜き拝借すると

 

「ほっ────」

あっさり地面に降り立った。

 

 それと共に、ガサガサと音をさせて、草陰から2体の黒子が近づき、左右から飛び出し襲い掛かる。

 クナイを両手に、瀬馬はそれを迎え撃った。

 

(ギィンッ!! カンッ!! カンッ!! カンッ!! ギィン────ッ!!

カンキンカンキンカンカンキンキン───────────ッッ!!!)

 

 忍者刀で左右から怒涛の攻撃を仕掛けてくる黒子達を、瀬馬は左右それぞれの手に握ったクナイで簡単に捌く。

 そして

 

(ギィンッ!!!)

 

 左側の刀をクナイで大きく弾くと、もう右側の刀の背をクナイで滑らせ、そのまま体を回転させて

 

(ザシュッ────────!!!!)

 

 一気に、片方の黒子の喉を切り裂いた。

 

「ギッ────イ、イイイ!!!?」

 喉から噴き上がる鮮血。黒子の化け物の本性をむき出しにする悲鳴。

 

「逢魔格闘術、刃流しの極意・・・ と」

 喉から鮮血を噴き出し、ガクガクと体を震わせる黒子の背後へと回る瀬馬。

 

 黙っていないのはもう片方の黒子。実力差などお構い無しに、真っ直ぐ瀬馬に向かって行く。

 

(ドガッ────!!!)

 

 後ろを向いていた瀬馬は、見事なまでの流れる回転で、血を噴き出す黒子の持っていた忍者刀の柄を蹴り上げた。

 

(ザグッッ────!!!!)

 

 瀬馬の蹴りで打ち上げられた刀は、襲い掛かった黒子の首を、顎から髪天に至るまで、見事に串刺しに仕上げる。

 最後の一体は悲鳴すら上げず、痙攣しながら前のめりに倒れた。

 喉に刺さったままの刀は、地面に打ち付けられそのままより深く突き刺さり、死体を不自然な九の字に固定する。

 

 

「はっは。まだまだ現役でいけますな」

 たった一人で、しかも静瑠のような特殊霊装の類を一切使わず、40以上もの部隊をほぼ全滅させた老紳士は、コキコキと首を鳴らした。

 

 

「さて・・・ あとは」

 柔和な笑顔を初めて真顔に変え、迫力をもって一点を見上げる瀬馬。

 

「あなただけですな」

 視線の先にいるのは、木の枝の上にいた黒子頭。

 

「ぐ、くっ・・・!!」

 黒子の頭巾で表情は見えないが、きっと苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。

 あっという間、そう、あっという間に全滅させられてしまった。

 ふざけた恰好のふざけた爺に、それに気を取られている間に、すでに呑まれていた。

 

 

「何者だ・・・ 貴様!!」

「瀬馬棲胆。逢魔勤続60年。武道は全て合わせて200段。免許合計50以上。趣味はクレー射撃に、友人に美味しい紅茶を差し上げる事。

 ・・・他に質問はございますかな?」

  もってまわった挑発。

 

「ふざけやがって・・・!! 貴様のような奴に・・・!!!」

 タオシー様の悲願を、邪魔されてたまるものか・・・!!

 

「別にふざけてはおりませぬよ。私も教え子を苛められた方にはそれなりのお返しを、と思っておりますので」

「・・・・・・!」

 そうだ。あの女は!?

 

「・・・・・・っ?」

 いない・・・!

 牛頭はとっくに死体になって、女の姿は無かった。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

 静瑠は、草むらの中にいた。

 自分が今全裸なのも、体に様々な体液がこびりついたままなのも二の次に、探した。

 

「あった・・・!」

 草を掻き分けた中に、黒子頭に投げ捨てられた武神剛杵を見つけた。

 

「・・・・・・ 痛っ・・・!」

 右手を伸ばそうとするが、骨の折れた手は動かすだけで激痛を伴った。

 ・・・左手を使うべきか。

 

「・・・・・・」(ゴシ、ゴシ)

 精液まみれの手で、武神剛杵を触ることなんて出来ないと思ったのだろう。

 ベトベトの状態だった左手をそこら辺の草で拭き、武神剛杵を手に取り、立ち上がる。

 

「・・・浄化」

 剛杵を一回転させ、そう一言。

 

(キィィィィィンン────ッッ)

 

 武神剛杵は、忽ち巨大な光のリングとなり、水平な状態となって静瑠の頭上に輝いたと思ったら、そのままゆっくりと下降していく。

 目を閉じる静瑠の体を、リングが通り過ぎていく。

それと共に、静瑠の体に纏わり付いていた精液、体液、様々な穢れは、光のリングの霊子膜に触れると同時に消滅していった。

 

 武神剛杵の様々な機能の一つに、この“浄化”がある。

 武神剛杵は、最初の天津羽衣の様に、処女を失うと資格を失うということは無い。そうであったら、処女ではない静瑠は最初から変身など許されない。

 しかし、不浄の者である淫魔に、体の内外を穢された状態が、全く支障がないわけでもまたないのだ。

変身自体は可能でも、受けた陵辱、その穢れによっては、変身後も不浄の反発によって思うように力を発揮できなくなる。

 

 この浄化は、光の力で不浄を消滅させることで、そういった事態を解消する能力。

 これを製造した逢魔が、

 

 肩、胸、下腹部と通り過ぎると、胎内、腸内に残った精や体液も浄化されていくのが分かる。

 やがて光のリングが足元まで降りきると、静瑠の全身からは、全ての穢れが取り払われた。

 

 その全裸姿に、もう陵辱の痕跡は欠片も無い。

 ただ、腹部などの打ち身と、右手首の骨折だけは残っている。浄化では消える事無い傷である。

 

「ふう・・・」

 一息をついた静瑠は、瀬馬爺の方へと目を向けた。

 黒子頭と相対している瀬馬爺。

 自分も・・・ そう思った所で、足元がぐらりとゆらついた。

 

 ・・・陵辱は、静瑠から大きく体力を奪っていた。

 戦闘などとんでもない、気を抜けば今にも気絶しそうな状態だというのに。

 

「瀬馬お爺さん・・・」

 あとは、瀬馬お爺さんに頼むしか、ないだろう。

 静瑠はフラフラと立ち上がり、身を隠した。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「どうしました? 来ませんか? こんな老いぼれの爺が怖いですかな?」

 木の枝の上から動かない黒子頭に、瀬馬は挑発の言葉を向ける。

 

「・・・・・・・・・っ!!」

 畏怖と、怒り。

 前へと向かう気持ちと、竦む気持ちが重なる心。

 挟み撃ちをする筈だった部隊は全滅。あの洞窟に入ることが出来たとしても、もはや自分一人では意味が無い。

・・・なんという不始末。なんという体たらく。

せめて一糸報いぬことには、タオシー様に申し訳が立たない。

 

(タッ・・・)

 

 黒子頭は瀬馬爺と同じ大地に降り立ち、忍者刀を構える。

 

 逆に瀬馬は

 

ポイ、と。

瀬馬は両手に持っていたクナイと、マシンガンを捨てた。

 

「・・・・・・!?」

 当然、黒子頭は驚く。

 

 

「来なさい」

 ちょいちょいと、挑発的な手招きをする瀬馬。

 つまり、貴方は素手で充分だ。ということ・・・。

 

「くそっ・・・!!!!」

 人間離れした瞬発力と素早さで、瀬馬に斬りかかる。

 しかし瀬馬は、振り回される刀をひょいひょいと簡単に避けて見せた。

 

(バッ、バッ、バッ、バッ、バッ────)

 

「っっ!!!?」

 瀬馬は黒子頭の前で、手の型を自在に素早く幾通りにも変化させる。

 目の前で壁のように動き回る特殊な手の動きは、黒子頭を翻弄し、攻め込もうにもそれが出来ない。

 

「くっ・・・!!」

 苦し紛れに刀を振るっても、振るう腕の時点から、その手の動きに阻まれる。

 計算しつくされたその型は、瀬馬爺最強の合気殺法による攻守に優れた結界なのだ。

 

「それが貴方のベストですかな?」

 唐突に問う瀬馬。

 

「・・・なに?」

「それなら・・・ 倒すしかありませんな」

 

(バキィッ────!!)

 

「ぶぐっ────!!?」

 攻撃の合間を縫って、瀬馬の裏拳が黒子頭の鼻の位置にヒットする。

 

(ドガァッ────!!!)

「がはっっ────!!!!」

 その攻撃の隙を逃さず、瀬馬のキックが鳩尾を捉える。

 

(ベシィィッ────!!!)

 

「がほっっ・・・・・・!!!」

 止めとなったのは、横首筋への、刃と見違える程に見事なまでの鋭さを持った手刀だった。

 ビキビキと、首の骨がひび割れる鈍い音が響く。

 

 遂に黒子頭は、刀を落とし、前のめりに倒れた。

 すかさず瀬馬は、落ちた刀を遠くに蹴り飛ばす。

 

「ウ・・・ ウ・・・ ぐ・・・」

 黒子頭は決して弱くは無い。戦闘力にしても、人間よりずっと素早く運動能力が高い黒子の中でもその倍の強さを持っていた。

それが、素手の人間の爺に、ものの見事に歯が立たない。

 

「よっ・・・」

 うつ伏せに倒れ伏した黒子頭の背中に乗る瀬馬。

 

「さて・・・ むんっ!!」

 まるで日曜大工をするかのようなニュアンスで、右手で黒子頭の額を掴むと、思いきり力を入れて引っ張った。

 

「がっ・・・!!? ぐっ・・・!!」

 老体には信じられないほどの力で引き絞られ、エビ反りになっていく。

 手の力と体重のテコで、ギリギリ、ミシミシ、と鈍い音をさせる黒子頭の体。

 プロレス技で言う所の、【キャメル・クラッチ】である。

 

「これは最期の譲歩です。貴方の知っていらっしゃる有益な情報をこちらに提示して下さるなら、逢魔の特製牢で許しましょう」

 従わないのなら、このまま力を入れる。という、最終勧告。

 脊椎が折れれば、いくら合成淫魔でも・・・死ぬ。

 

 しかし

 

「クク・・・ タオシー様が・・・ 深く憎悪する、貴様らに・・・ 唾吐きこそすれ・・・ タオシー様を、貴様らに・・・ 売れるか・・・っ!!!」

 黒子頭は、それをあっさりと蹴った。

 

「よいのですか? あと少し私が力を入れれば・・・」

「・・・さっさと・・・ やれ」

 黒子頭は、死を覚悟している。

 

「・・・そうですか。ご立派な忠誠心ですな」

 そして瀬馬は、手の力を・・・

 

(パッ・・・)

 

 抜いた。

 

「・・・・・・?」

「無闇に殺すことだけが逢魔ではございませんので」

 そう言うと、瀬馬は懐から取り出した手錠で、黒子頭の両手を、後ろ手に拘束した。

 

「私もですな、世界の平和のためとはいえ、あまり生殺与奪というのは好きではないのですよ。

まあ、貴方のした事は許されることではありませんが、それでも薫様と和解がもしできた時には、貴方も・・・」

 瀬馬が、黒子頭の背の上で、感慨深く喋っている、その時

 

「ぐ・・・・・・・・・」

「・・・?」

 小さく呻く黒子頭。

 何事かと覗く瀬馬の目に、黒子頭の地面に落ちる大量の血。

 

「・・・!! しまった・・・!! 私としたことが・・・」

 奥歯に即死性の毒薬か何かを、仕込んでいたということか・・・

 

(パタリ・・・・・・)

 

 驚く瀬馬の前で、黒子頭は・・・ 絶命した。

 

「・・・・・・・・・」

 脈を確認する瀬馬。

 死んだ振りでもなければ、仮死でもないらしい。

 

 

「・・・何も、自害することは無いでしょうに・・・」

 至極残念、という顔で立ち上がると、瀬馬はその場を後にした。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

 

「静瑠様〜〜〜〜〜!!!」

 瀬馬は小走りで、静瑠を探す。

 

「お・・・」

 1分とかからず、静瑠は見つかった。

 静瑠自身が持って来た大きなリュックから衣服を取り出し、着替えている最中だった。

 下半身はタイトなジーンズを既に付けており、今はブラジャーのホックを締めている。

 

「・・・すんません。着替え中やさかい」

「おっとと・・・」

 慌てて瀬馬は後ろを向いた。

 そして器用に、ムーンウォークのまま静瑠に近づく。

 

「おおきに。おかげで助かりました」

 衣擦れの音と共に聞こえてくる、静瑠の感謝の言葉。

 

「いや・・・ すみません。もう少し着くのが早ければ・・・」

 瀬馬は、逆に到着が遅れた自分を恥じ、謝る。

 

「かまいませんよ。慣れてますさかい。

 それと・・・ 謝らんといて下さい。これはあくまで、負けてしもた自分の責任どすから」

  対し静瑠は、被害者である自身に厳しかった。

 

「・・・静瑠様」

「何どすか?」

 

「今の逢魔は神藤家に戦いを強制はしません。・・・どうでしょう? 今からでも、普通のお暮らしに生きられては」

 瀬馬は、近年の逢魔の、強制出兵の制度を改革した面々の中での功労者でもある。

そんな瀬馬が、静瑠に女性としての幸せを薦めるのは当然だろう。

 

「・・・瀬馬お爺さんは相変わらず、優しいお人やね。でも・・・ それは聞くわけには・・・いきません」

 しかし静瑠は、静かながら強くそれを否定した。

 

「今の淫魔と人間の戦力を無視するつもりはウチにはありません。

それに・・・ 償いの為に戦(たたこ)うてるんは、仁君だけやありません。ウチかて・・・ 

これはウチなりの償いなんどす。・・・あの時、ウチは【神藤】であることを選択した。・・・誓った。

せやから、ウチはどうなっても、戦いをやめるわけにはいきません」

 

「静瑠様・・・」

 貴女は、あの時の事を・・・

 そう言い掛ける自分に気が付いて、瀬馬は片手で自分の口を塞いだ。

 

 ・・・この方も、己なりの覚悟を持った戦士。

 ならば、何かを言った所で、この方にとっては余計でしかあるまい。

 

 

「・・・もう、ええですよ」

「はっ」

 瀬馬はゆっくりと振り向く。

 静瑠の恰好は、先程のタイトジーンズと、【FREEDOM】という皮肉な文字柄が入ったTシャツになっていた。

 

「・・・どこか、変な所ありません?」

「・・・いえ、よく似合っております」

 恰好を気にする所は、やはり一人の【女性】である。

 瀬馬の知る中で、逢魔の女性戦士は、どうしても長い戦いの内、或いは最初から

【女性】であることを捨ててしまい、貞節も恥じらいも失なってしまう者が多かった。

 しかし静瑠は、通常の戦士よりも過酷な目に逢っていて、先程もあれだけの陵辱を受けて、今なお静瑠は、瀬馬の前で【女性】を欠片も失わずここにいる。

 

 ・・・強い。あまりにも強い。

 この強さこそが、愛染明王の武神剛杵に選ばれた所以。 今では強く、そう確信できる。

 

 

 

「ああ・・・ よかった・・・ これで、麻衣はんたちに、余計な、心配は・・・」

 そう言うと、静瑠は目を閉じ、ぐらりと崩れ落ちる。

 

「お、おおっと・・・っ」

 慌てて瀬馬爺が抱きかかえ、受け止めると、静瑠の体は完全にくたりと倒れ、瀬馬に体重がかかった。

 

(すぅ・・・ すー・・・)

 

 瀬馬の肩に顎を乗せ、静瑠は上品で、静かな寝息を立てている。

 

「お疲れ様です。お勤め・・・ ご苦労様でした」

 瀬馬は静瑠の頭を撫で、それを労った。

 

「・・・とはいえ、こんな爺がいつまでも抱き枕・・・いや、抱かれ枕になっていてもいけませんな・・・ おお、そうだ」

 閃いた瀬馬は、静瑠をそっと草むらの上に置くと、走り、シャカシャカと、パラシュートが引っかかった木を登った。

 器用な動きであっという間に先端近くまで行き、腕でパラシュートの生地を巻き巻きすると、スタリと地面に降りる。

 

 

 そして、数分とせずに、パラシュート生地による即席布団が出来上がった。

 その上で、静瑠は眠り続けている。

 安らかなその寝顔は美しく、先程までの陵辱劇が嘘かのようであった。

 

 瀬馬は今は、リュックに付いていた救急用のキットから取り出した包帯と固定具で、眠っている静瑠の右手の応急治療をしている。

 

「ふむ・・・ 思ったよりいい感じですな。若き日の降下作戦の思い出が役に立ちました。

 ・・・そういえば、あの時の少佐は今どこでどうしているのやら・・・」

 今となっては遠き思い出に、ついノスタルジーに浸る瀬馬爺。

 

 ・・・しかし、あと何度、ああいった光景を見なければならないのか・・・

 

「慣れませんなあ。教え子が悲惨な目に遭うという現実は・・・」

 静かな森に、そんな瀬馬爺の呟きだけが染み渡った。

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

    一方

 

   天岩戸内  中央の道  広場

 

 

 

「侵し、掠めること・・・」

 何度その体を斬られても、スライム体を幾十幾百もの触手の槍に変化させ、襲い掛かってくる水虎に対し

 仁は、風林火山の最後の一つを

 

「火の如し!!!!」

 仁の持つ霊刀が、紅蓮の炎を宿し、翼の如く燃え上がった。

 己の霊力を、邪淫滅却の聖なる炎へと変え、それを己の霊刀に宿らせることで、刀では切り裂く事の出来ない敵をも消滅させる、炎の大翼へと変じさせる。

 

 

「!!!!?」

 タオシーはそれを見て、驚愕した。

 いけない・・・ 水の属性である水虎じゃ、あれは相性が悪すぎる───

 

 

「斬ッッ!!!!」

 

(ザュザシュザシュザシュザシュ────────────ッッ!!!!!)

 

 炎の大翼は、仁の斬撃でサイコロとなった水虎を、紅蓮の炎で包み込んだ。

 

(ウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ───────ンン・・・・・・・・・)

 

 口も持たぬスライム、水虎の放った音は、断末魔の悲鳴だろうか。

 水虎もまた、他の2体の式神と同じ様に、翡翠色の光の粒子となり、タオシーの召喚符へと戻っていった。

 

「・・・・・・・・」

 仁の顔に、敵を屠った満足感や安心感など、欠片も無い。

 散っていく薫の式神を、ただ悲しみの目で見送っている。

 

 

「あ・・・ あ・・・ そん、な・・・ 嘘・・・ だ・・・?」

 まるで寒い部屋に閉じ込められた子兎のように、タオシーは両肩を押さえ、弱々しく震えている。

 

「・・・もう、よせ。 カオル。今なら・・・」

 薫の方へと歩み寄る仁。

 

 

「動くなぁっっ────!!!」

「!!?」 

だがタオシーは、大声でそれを止めた。

 

「こんな手は・・・ 使いたくなかったけど・・・」

 

((ブゥン・・・))

 

 タオシーはその場で、それぞれの手に印を結び、空中に二つの映像を映し出した。

 

「それは・・・?」

「見てもらえば、分かると思いますよ・・・」

 

 言われた通りに、その映像を覗く仁。

 そこに映っているのは・・・

 

「木偶ノ坊殿に・・・ 麻衣・・・?」

 それぞれの映像の中で、麻衣は仰向けに、木偶ノ坊はうつ伏せに倒れている。

 よく見ると呼吸で小さく胸が上下しており、二人が無事であることが確認できた。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 幻夢の中で服を溶かされていた麻衣も、その新天神羽衣は無事で、傷一つ無い。

 しかし・・・

 

「・・・これは、僕の意思をリンクさせた、形代からの視点を映像にしたものなんですよ。

 形代の僕から見えている今のお二人です。・・・強力な幻夢で、深く眠っていますが」

  タオシーのその言葉と共に、映像の中の形代のタオシーの手に、短刀が握られた。

 

「・・・・・・!!」

「さすが、言わずとも事態が分かったようですね。

 そう・・・ 形代の僕は、本物の僕から霊力を振り分けられた存在、式神や術は満足に扱えない。

 でも、お二人の喉を刃物で引っ掻くぐらいは・・・」

 

 ・・・しまった。二人を人質に取られてしまっては・・・

 

「さあ、霊刀を捨てて、こっちに投げてもらいましょうか」

 映像の中の形代達が、眠っている二人の前に座り、刃物を当てる。

 

 

「・・・・・・くっ・・・」

 今ここで本物を気絶できたとしても、形代の意識は残っている可能性が高い。

 ・・・いや、その場で形代が人形に残ったとしても、刃物が二人の上に落ちでもしたら・・・

 

 今はカオルも必死だ。出方によってはどうなってしまうか分からない。

 

「・・・・・・・・・」

カオルの言葉が本当なら、命令どおりにすれば、少なくとも二人の命に危険はない。

隙は、必ず出来ると信じよう・・・ 

 

「(・・・逢魔の隊長、失格だな・・・)」

 静瑠と同じ様に、仁もまた、冷徹な戦士には徹し切れなかった。

 麻衣のあの、純真な寝顔・・・ カオルと同じぐらいの、懸命に生きている少女の命を閉じさせる選択なんて・・・ 仁には、出来る筈がない。

 

霊刀を、鞘に収めると

 

「受け取れ」

 

(カラッ─── カラカラカラッ────・・・・・・)

 

 カオルの目の前に、投げてよこした

 

「ふふ・・・」

 タオシーは刀を拾うと

 

「獲猿(かくえん)!!」

 もう片方の手の袖から、もう一つの式神符を出した。

 

「っっ!!!?」

 翡翠色の光の中から、新しい式神が出現する。

 

「ギャアアアァァァァウウウウゥゥゥッッ!!!!」

 大きく吼えながら現れた。3メートル大の黄金の体毛の大猿。

 

「・・・・・・ぐっっ!!」

 それは凄まじい素早さで、ドラム缶すら軽く握りつぶす握力で、大きな手で仁の胴を両手ごと掴み、一気に、壁に───

 

(ズシ・・・・・・ンッッ!!!)

 

「こ・・・ふっ・・・ あ・・・!!!」

 岩壁にまともに背中から叩きつけられたことで、仁を中心としてその壁はひび割れ、陥没する。

 骨が軋み、内臓が痛めつけられ、仁は口から血を吐いた。

 

「ぐっ・・・ ゲ、ホッ・・・」

 なおも獲猿に強い力で掴まれ、苦しげに息と血を吐く仁に

 

「・・・ふふ。策士は、常に奥の手は残しておかなくてはね・・・」

 タオシーはゆっくりと、仁に近づく。

 

「痛いですか・・・? 苦しいですか・・・? 仁・・・」

 仁の頬を優しく撫でる薫。

 

「・・・っ ・・・ああ、痛いな・・・ でも、お前は・・・ もっと・・・」

 仁は、頬を撫でる手の柔らかさに懐かしさを覚えながら、自分を痛めつけている相手には決して向けない、悲しみを瞳に宿している。

 

「・・・優しいですね。仁は・・・ 本当に、変わらない・・・ でも・・・

 僕は、復讐の為だけに生きてきた。僕を追放した、安倍の人間・・・ そして、あなたも。

 その為だけに・・・!」

  薫の目に、激しい怒りと憎しみの炎が燃え上がる。

 

「・・・麻衣さんと木偶ノ坊さんは、ご命令どおり無傷のまま連れて帰ります。

 しかし・・・ あなたは違う。ここで・・・ 最初の僕の復讐の相手として、殺す・・・」

  激しい憎悪の炎は、仁を殺すという意志に揺らぎを見せない。

 8年間、本当にそれこそが、目の前の・・・ 本当は弱く泣き虫だった女の子のたった一つの支えだったのだろう。

 

「怖いですか?」

「ああ、怖いな・・・ 正直、戦うときはいつも怖いよ。

 今もそうだ。死ぬのは怖くないなんて言ったら、嘘になる」

  そう、恐怖がないわけじゃあない。

 いつも、常に、人外の化け物たちと死闘を繰り広げて、怖くないわけがない。

 その恐怖を忘れないからこそ、仁は今も生きてここにいるのだ。

 

「じゃあ、命乞いをしたらどうです?」

 言うとおりの恐怖を見せない

 

「・・・いや、しないよ。・・・あの二人ほどの価値がある命でも無い。

 俺はたくさんの人を死なせた。そしてお前も傷付けた。・・・それを断罪するのがお前なら、それもいい。俺には出来すぎた死に方だ。

 約束を守れなかった代わりに、カオルが・・・ 俺の命が欲しいのなら・・・ 好きにすればいいさ」

  その時だけは、仁は、カオルの為にこうやって死ぬのも、悪くないと

 そう考えていた。

 

「・・・ええ。でも・・・ その前に」

 薫は背伸びをし、仁の肩に手を置き・・・

 

「っ・・・!?」

 仁の唇に、自分の唇を深く重ね・・・ キスをした。

 深く、深く唇を当てるが、そこから先、舌の侵入はない。

 それは、仁という存在を覚えようとするかのように、長いソフトキスだった。

 

 そして、二人の唇は、離れる。

 

「カオル・・・?」

「今生のお別れに、僕のファーストキス・・・

 カーマ様にも、誰にも・・・ 16年間ずっと守ってきたんですけど・・・ 貴方にあげます。

 ・・・他の男の人なんて、吐き気がしますからね」

  驚いた顔で、カオルを見つめる仁。

 

「カオル・・・ お前は・・・」

「さあ・・・ そろそろ、 ・・・死んでもらいますよ」

 仁から奪い取った刀を抜き、構える。

 仁の首を、己の手で刎ね、斬首の刑に処す為に・・・

 

 その時

 

「・・・・・・っ!!!?」

 タオシーの顔に、驚愕が浮かんだ。

 

「そんな・・・ 形代の片方が・・・ 消えた・・・?」

 

 

 

 

  ◇    ◇

 

 

 

     一方

 

    天岩戸内  右の道  広場

 

 

 麻衣に短刀を向けていたタオシーの形代は、その刃物ごと、強力な霊力波で消滅していた。

 

「人がホレてる女に、何してやがる・・・っ!」

 霊力派を放った主は、荒い語気で吐き捨てると

 

「よっ・・・」

倒れている麻衣を、上半身だけ抱き上げた。

 

「おい、麻衣。ホラ。起きろっ」

 ゆさゆさと、あくまで優しく揺さぶる謎の青年。

 

「ん・・・ う、ん・・・」

 麻衣はようやく、目を開けた。

 

「え・・・ あれ・・・? 私、どうして・・・?」

 その様子は、まるでいつもの様に、朝、部屋で起きるみたいな軽い印象。

 夢の内容など、ほとんど覚えていないだろう。

 

「・・・? あなた・・・ 誰?」

 麻衣の目の前には、見知らぬ、しかし、どこかで見たような青少年が、心配そうに顔を覗き込んでいた。

 年は18辺りだろうか、緑がかった色の髪は野性的にツンツンと伸びており、前髪だけが金髪。腰まで伸びる長い後ろ髪は括ってあった。

顔は・・・ 麻衣の光源氏のイメージにピッタリ合う、美形。だがそれと同時に、その顔はなんだか見覚えがあった。

 

服装は、燃える様な赤色の・・・ 平安時代の高官しか身に付けないような・・・ ええと・・・ 確か、ソクタイ・・・?

 似た服を着ていた時平をイメージしないのは、目の前の青年の雰囲気の違いだろう。

青年は、ずっと自分を心配そうに見ている。

 

 なにより特徴的だったのは、ツンツンの前髪の間から覗く、まるで神話の一角獣の如く立派な・・・ 角。

 そして、目の前の青年が実体じゃないことを証明する形で、彼を包んでいる光。

 

 ・・・え? じゃあ、この人。もしかして・・・

 

「立てるか? 麻衣」

 しゃがんだ状態でいた青年は、中腰にまで立ち上がり、右手を差し出す。

 

「え、うん・・・」

 反射的にその手を握る麻衣。

 

「よっ・・・と」

 男ならではの力強さで、麻衣はぐんと引き上げられた。

 

「・・・・・・」

 立ち上がって、改めてみると、青年の身長はそこそこあった。

 大体、172センチぐらい。ソクタイでよくわからないが、体格もスラッとしていると思う。

 

「あの・・・ あなたは・・・」

 青年に話しかける麻衣。

 

「マロは・・・ あ、いやその・・・ オレは・・・ 

悪(ワリ)ぃ。木偶ノ坊の方も急いで起こさなきゃなんねーんだ。

 ・・・試練、頑張ってくれよ。それと・・・ ごめんな、麻衣」

  そう言うと、青年の姿は・・・

 

(スゥッ・・・)

 

消えた。

                               

 後に残されるは、麻衣一人。

 

 

「・・・ええと・・・ あの人、やっぱり・・・ オニ・・・ でも・・・ う〜ん・・・」

 麻衣はその場で、首を捻り、悩んでいた。

 

「・・・でも、ステキだった〜〜」

 美形の顔に野性的な性格とボイス。

 麻衣はほんの少し、ときめかざるをえなかった。

 

「・・・あっ! そうだ・・・ こうしてる場合じゃなかった。三種の神器・・・!!」

 麻衣は、落ちていた懐中電灯と薙刀を拾うと、早足で洞窟内を急いだ。

 

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

 ああ、やっと麻衣(と謎の青年)再び。

 長かったなー、なんで三種の神器篇はこんなに長くなっているのやら(答え:新人に愛を与えすぎ)

 

 次回は謎の青年と木偶ノ坊の○○○(ウソです、ごめんなさい

 

 悪衣とカーマも次でおそらく。

 



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