淫魔聖伝2(仮称)

敗北、そして…(第4話)


 静まり返った人気のない山奥。湿った生ぬるい風にざわめく木々が魔物のように鳴き揺れる。にわかに広がり始めた灰色の雲は沈みかけの陽射しを隠し、蒼白い月の映し出す薄い闇が二つの影を覆っていった。
「はぁ…はぁ……、くぅ」
 額の汗が、頬を伝って顎からポタリと落ちる。満身創痍の身体を気力だけで奮い立たせつつ、真緒は前方に対峙する敵・風見紫樹華へ、かすみ始めた視線を鋭く向け続けていた。
「アラアラ〜、もうお終い?若いのに案外体力ないわねぇ」
 そう言って風見は、タバコをうまそうにふかしてみせる。全身傷だらけの真緒の状況からして、二人が一戦交えている最中である事は、誰の目にも明らかである。しかし、一方の風見の身奇麗さはどうだろう。いつ倒れてもおかしくない真緒とは対照的に、彼女の身形にはそれらしい乱れは全く感じられない。強いて挙げるなら、前髪のスタイリングがやや崩れてきた程度か。
「ふ〜ん…、じゃぁそろそろ終わりにしようかしらっと♪そーれ、ギャラクティカ・マグナムゥ!!」
 と、風見はタバコの火を指でもみ消し、それをあさっての方向に投げ捨てると、大きく振り被る派手なモーションから、強烈な右ストレートを撃ち放った。
「くっ、来る!!」
 反射的に身構える真緒。風見の拳圧は強力なソニックブームを巻き起こしながら、真緒めがけて一直線に襲いかかった。
「アーンド、ギャラクティカ・ファントムゥ!!君は、小宇宙(コスモ)を感じたことがあるか」
 なんとか紙一重でかわした真緒に、追撃の左ストレートが飛んでくる。ギュゥゥン!!と轟音を唸らせて向かってくる衝撃波に、真緒は直撃こそ免れたものの、吹き飛ばされるようにしてその場に倒れ込んだ。すり抜けていった二つの狂拳は後方の木々を貫通し、メキメキと音を立ててなぎ倒した。
「ほらほら、アタシを力づくで止めるんじゃなかったの〜、がんばってー大鳥さん♪」
 ヨロヨロと立ちあがる真緒に、風見は憎々しいほど余裕の笑みで発破をかける。
 無論、あからさまな挑発であり、それにあっさりのってしまうのが、真緒である。
「こ、このぉっ!!」
 かくして、指を複雑に形作る陰陽師特有の「印」を結び、真緒は新しいタバコを咥え始める風見めがけて、霊力の弾を渾身の力を込めて撃ち放った。
「このっ、コノコノコノォー!!」
 最初の弾をデコピン一つで消し飛ばされ、なおも真緒は一矢報いるべく立て続けに連続発射を試みる。しかし、弾は全て風見の白い指先で虫のように払い落とされると、青白い花火となってパチンと消滅した。そして当の風見は何事もなかったかのように、薄ら笑いを浮べたまま再び紫煙をフーと細く吐いた。
「まぁ、まだまだ元気じゃなーい。おかげでライター出す手間が省けちゃったわ♪クスクス」
 自分の霊術をライター扱いされ、真緒は歯ぎしりしながらもなす術なく、ただ眼前の大女に虚勢の視線を向け続けるほかなかった。
 強い、強すぎる。今自分の目の前にいる女は化け物なんじゃないかと、真緒は比喩ではなく本心からそう思った。ここ数ヶ月、真緒の陰明術は格段に上達している事は、自身が一番よく知っている。あの事件の頃とは比べ物にならないほど、霊力も精神力も、そして術の能力も確実に成長した。
 それが単なる自惚れであったとは、若い真緒は思いたくはなかった。いや、もし仮にそうだったとしても、この女の力はあまりに圧倒的にして驚異である。
 そもそも印を結ばず、真言も唱えずに術を放出し、まして相手の術を素手で払いのけるなど、陰陽の常識からすれば非常識にも程がある。しかも、本人は明らかに手加減し、それを楽しんでいる様子さえある。にも関わらず、それが分かっていながら手も足も出ない自分の非力さを、真緒は心底もどかしく思った。
 ふと、真緒の脳裏にこんな言葉がよぎる。
「なんで…、なんであんな化け物と戦ってるんだろう、アタシ…」


 舞台は約1時間前、ベンツの車内に戻る。
 風見の衝撃の告白に、真緒は驚きを禁じえなかった。風見紫樹華と結城、この謎の二人が大鳥学院に来た理由、それはあの事件の首謀者にして、野望半ばにして絶命した真緒の叔母・亀山火巫女にあるという。
「そんな、だって火巫女おば様はあのとき…」
 結城に音楽をかけるように指示し、風見は長い足を組替えながら話を続ける。
「そう、例の事件で娘の亀山瞳とともに死んだはず。でも、どうしても探して連れてこいって上からのご命令で、アタシ達がこうして派遣されたってわけ」
 天井のスピーカーから大音響で響く「アニソン帝王・水木一郎ベストセレクション」の勇ましいメロディラインを無視し、真緒はなおも切りかえす。
「死んだはずの人間をどうして…。それに、なんで火巫女おばさまを。それと寿々音に何の関係が…」
「あー、そーんないっぺんに質問しないでよー。こっちはあんまり頭よくないんだからー」
 風見が珍しく困った顔を見せ、真緒も思わず「あ、ごめんなさい」と乗り出した身を引っ込めた。姿勢を直し、ショートホープに火をつけながら、風見は言葉を続ける。
「えーと、何から話せばいいのかしら…。とりあえず亀山火巫女、彼女を上が捜してる理由は、彼女に『組織』から指名手配がかけられてるから。容疑は…、分かるわよねぇ。封印されていた神具の使用と、それによる第一級禁忌呪法の発動。おまけに自分の姉を生き返らせるなんて個人的な目的のために、ユーラシア・プレートまでひっくり返しちゃったんだから。上はちゃんとした裁判の後、然るべき判決を…なんて言ってるけど、はっきり言って極刑は確実でしょうねぇ」
 深刻な内容を笑いながら話せるのは、この女の特技かもしれない。さらに話しは続く。
「じゃあどうして、死んだはずの人間を捜しているかって。簡単な事よ、あの女が生きてるからよ。あの女の娘、亀山瞳と一緒にね」
「!?…なんですって」
 あまりの言葉に真緒はしばし絶句した。死んだと思っていた叔母の火巫女と、自分の双子の妹である瞳が生きている。驚愕の事実は、実に意外な人物から知らされる形となった。
「…で、でも、ちょっと待って。どうしてあなたが、そんな事知ってるの?」
 真剣な面持ちの真緒を横目でクックッと笑いつつ、風見は問いに応える。
「メラニー・クール、知ってるでしょ?亀山火巫女の計画を察知した上のお偉い方は、私より先にあの女を調査員としてよこした。まあ、アレはいらない頓智利かせたせいでポックリ逝っちゃったけど、最期の瞬間、使い魔のカラスに思念の一部をこっそり移してたみたいなの。で、事件の最後を何気に記録してたんだけど…、誰かが助け出したらしいのよねぇ、あの二人を。肝心なところで思考が途切れちゃったから、はっきりとした事は分からないけど、ただ、後で回収された使い魔の死体に残ってた残留思念の中に、崩れ落ちる瓦礫の中を女二人肩に担いで飛び去って行く人影らしき物がバッチリ映ってたってわけなのよ。それもしっかりと」
「メラニー先生…、まさか、そんな事情があったなんて」
 何もかも知らない事だらけだった。自分の見えないところで、事態は着実に動いている。急激に自分が取り残されていくような感覚に、真緒は苛まれた。
「あー、別にアナタが凹む必要ないわよー。うちがバレないようにこっそりやってた事なんだから。だ・か・ら、隠密行動って言うのよー。もっとも、アナタのお姉さん…なんて言ったかしら?…そうそう、香さん。あの人は色々気づいてたみたいだけどねぇ♪」
「香姉さんが…」
 賢明な姉ならば、こういう得体の知れない連中の動きでさえ、敏感に察知していた事は想像に難くない。そして、その傍らに常にいたあの人も、おそらく事態を知っていて、自分にはなにも教えてくれなかったに違いない。ふいに出された姉の名に、真緒は自身がいかに何も知らずにこの数ヶ月を過ごしてきたかを痛感した。
 俯きながら、しかし力強い声色で、真緒は切り出す。
「なんで、なんで私にそんな事教えるんですか。それと寿々音の事と、何の関係があるんですか」
 妙な沈黙が訪れた。しばし後、相変わらずの微笑を湛えたまま、風見はタバコの火を指でもみ消す彼女独特の仕草をしてから口を開いた。
「ふー…。そうよねぇ、やっぱり納得できないわよねぇ。じゃあ、はっきり言います。大鳥真緒、あなたに私達の仕事を手伝ってほしいの」
 真緒は黙ったままだった。ふいに、運転中の結城がルームミラーで風見の顔をチラリと確認する仕草を示したが、すぐに視線を戻した。風見が言葉を続ける。
「亀山火巫女は捜したい。でも私達にはこの辺一帯の地理感も情報提供者もない。そこで、あなたみたいな生まれながらこの街に住んでて、しかも呪術に精通してる人に協力してもらったほうが手っ取り早いってわけ。おまけに、亀山瞳とあなたは双子の仲良し姉妹なんですってねぇ。あなたにとっても損な話しじゃないと思うんだけどなー」
「ま、まさか、そんな事のために寿々音を?」
 青ざめる真緒に反比例して、風見の顔がよりにやけた表情になる。
「ピンポ〜ン、大正解♪だってあなた、私の事嫌いみたいなんだもん。こうでもしないと二人っきりになれないじゃない?まぁ、あの子はあなたを誘い出すのエ・サ♪あーでも怒んないでねぇ。その分あの子にはしっかりサービスしてあげたから♪」
「す…寿々音に何したの!寿々音に指一本でも触れたら許さないから!!」
 いきり立ち、ものすごい剣幕でまくし立てる真緒。しかし風見は少しも臆する事なく、むしろそれを楽しんでいるかのように、真緒の怒りをより焚き付ける台詞を吐いた。
「指一本触れたら…って、もう触れちゃった後だしねぇ。それに、指一本ぐらいじゃ到底満足できなかったみたいよぉ、あの子…クスクス。もう、ホントすごかったんだから、最初はあんなにネンネだったクセに、ちょっとオッパイ弄ってあげたら「アンッアンッ」なんて可愛い声上げちゃって♪最後には自分から腰振りながら、おもらしまでしっちゃってたわ。ホーント、あなたに見せたかったわー、あの子がどんな顔してイクか♪あ、そうそう知ってる?あの子がいつも、誰の事想像しながらオナニーしてるか…」
「ゆ、許せない…」
 目の前が真っ赤になるほど、真緒は怒りに打ち震えた。未だかつて、これほどの怒りを感じた人物を彼女は知らない。後輩を陵辱され、それをさも愉快そうに語るこの女に、真緒は生まれて「殺意」という感情を抱いた。
「どんな事情があったにせよ、私の大切な人を傷つけるのは絶対に許さない。あなたが火巫女おば様を捜してるとかどうかなんて、私には関係ない。罰をつけるかどうかなんて、そんなの私がどうこう言える問題じゃないわ。でも…、たとえあなたが何者であろうとも、あなたみたいな人に火巫女おば様は渡したくない。もちろん瞳だって。もし、これ以上私の友達や、大切な人に手を出すようならば…」
「ようならば…、どうするのかしら?」
 再び一服つけはじめる風見に、真緒は語気を強めて言い放った。
「あなたを止める。たとえ力づくでも」
 鋭く睨みつける真緒の目つきに、風見はそれを小馬鹿にしたような笑みを見せる。そして、
「くす…、く…はははははははは…。はぁーあ、やっぱりそう来ると思った♪いいわ、そっちがそう来るのなら、こっちにもそれなりの考えがあります」
「か、考えって…」
 次の瞬間、風見の吸っていたタバコが濛々と煙を噴き出し、瞬く間に車内を満たしていった。とっさに身構える真緒。が、不思議と息苦しさはなかった。一種の幻覚なのだろうか。
 煙が晴れたとき、風見の姿は忽然と消えていた。驚き、周囲を見渡す真緒の死角で、結城は宙を舞っていた護符を素早く内ポケットへとしまい、何事もなかったように運転へ意識を集中させた。
「あはははは。大鳥さん、食事はキャンセルよ。私達を止めたかったらここまでいらっしゃいな。結城が案内してくれるから、しばらく快適なドライブを楽しんでおいでませー♪」
 完全に遊ばれている。天井スピーカーから聞こえてくる風見の声に、真緒は強く激高した。


 さて、舞台は忙しくも山中に戻る。
 風見のガトリングパンチの応酬は、疲れきった真緒めがけて情け容赦なく跳んでくる。なんとか紙一重でかわしつつも反撃の糸口を掴めないまま、真緒の命がけのアクロバットは続いていた。
「ほーらほら、しっかりかわさないと、可愛いお顔が台無しになっちゃうぞー♪」
 この女は化け物だ。その上に悪魔だと真緒は思った。風見のパンチは、真緒の身体をスッポリ隠してしまうほどの巨木でさえ、一撃の下になぎ倒してしまう。剥き出しの大岩も、ビスケットのように粉々に粉砕してしまった。一発当れば即死は間違いないだろう。今までなんとかかわせているのは奇跡だと、真緒は考えていた。
 だが、現実はそうではない。風見はわざと狙いを外して撃っているのだ。理由は明白である。
「楽しいから」
 ようするに風見という女は、手負いの真緒が追い込まれ、弱っていく様を見て喜んでいるだけなのである。この女が悪魔だという真緒の見解は、あながち間違っていない。
「うーん、ほーんとに可愛いお猿さん。とっ捕まえて食べちゃいたい♪」
 恍惚ともいえる表情で、風見は股下1mを越える美脚で華麗なハイキックを放つ。その波動は、真緒の真横スレスレを通り抜け、周囲の木々を鎌で切ったように一列に切断していった。
「ダメ、このままじゃアタシ、本当に殺されちゃう…」
 一方、風見の真意を知らない真緒は、向かい来る衝撃波の大群を凌ぎつつ、一打報いる機会を伺い続けていた。
 と、ふとした瞬間に木の根に足元を取られ、真緒はおもむろに体勢を崩してしまう。そこに跳んで来た強烈な一撃が、運悪く横腹に命中し、「く」の字に曲がった真緒の身体はドスッ!!という鈍い音ともに宙へと投げ出された。
「くあぁぁっ!!」
「…ア、アラ?」
 それに驚いたのは、むしろ風見の方だった。外すつもりだった一発が、偶然にも相手のわき腹にミートしてしまった。手の感触からして、肋の数本イッているのは間違いない。土袋のようにドサッと地面に叩き落され、そのままピクリとも動かなくなった真緒を見るや、風見は実にあっさりと、「あ、死んだな」と思った。
「んもう、なによぉ、もう少し長く遊べると思ったのにー。しっかし、あんな所で足踏み外しますかー普通。ちゃーんと柔軟体操しないからそうなんのよ。あーあ、早くも楽しみが一つ減っちゃったわー」
 随分と身勝手な台詞を並べつつ、風見はストラップがジャラジャラと付いた携帯電話を取り出す。
「…。あーハロハロー結城。アタシよア・タ・シ。お嬢ちゃん間違えて殺しちゃったー。暇になったからもう帰るわ。車回して頂戴…」
 受話器の向こうの、結城の小気味良い返事を確認し、風見は電話を切った。携帯をパタンと畳み、タバコを咥え直そうとしたその時、ユラリと立ちあがる人影に、風見は驚きもせず反応した。
「ハー?まだ生きてたの大鳥さん。あんなのもらって、良く元気でいられるわねぇ。ちょっと感心しちゃった。でもね、もう車呼んじゃったし、あなたもお疲れみたいだから、きょ・う・は、この辺でお開きということで…」
 返事は返らない。首と両腕を前屈みにダラリと垂らし、ボロボロになりながらもゾンビのように立ちあがった真緒の目には、生気というものがまるで感じられなかった。ふらり、ふらりと左右に揺れる様は、とても生きた人間のそれとは思えない。
「アタシもねぇ、色々と忙しいのよーなんやかんやで。だからね、続きはまた今度って事で…」
 やはり返事は返ってこない。やれやれと言った具合に肩で溜息をつき、タバコの火を指でもみ消そうとする風見。と、その時だった。
「うぅ…、うあぁ…、あああああああああああああああああああ!!!!!!」
 突如けたたましい雄叫びを上げるとともに、真緒は前方に臨む風見めがけて、猛ダッシュを開始した。
「えっ?えっ?なに?なになに?」
 突然の事にとまどいを隠せない風見だったが、とりあえず迎撃すべく、右ストレートを一発撃ち放つ。しかし、拳圧は真緒に直撃する寸前、なにか透明なバリアのような物に阻まれると、火花のスリットを描いて消し飛んでいった。
「アラ?アラララララ??なに、なになに!?」
「うあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 続けて撃ち放ったワンツーにも、真緒の勢いは止まらない。力強く大地を踏みしめ、真緒は大きく跳びあがる。そして、なにがなんだか分からないといった様子の風見に対し、強烈な跳び蹴りを一閃、浴びせていった。
「うわぁぁ…あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「クオォォッ?!こ、これはぁーーー!!!」
 バチバチバチバチィーッ!!と凄まじいスパークの渦が巻き起こり、二人の半径数m内に巨大なクレーターが形成されていく。
 咥えていたタバコが瞬時に灰に変わり、風見の顔が初めて真剣になった。
 強大な霊力が真緒の全身を包み込み、爆発的な推進力を与えているようだ。文字通り巨大な弾丸と化した真緒の右足は、風見を両腕のガードの上からガリガリと押していく。ズズッズズッと身体ごと押し潰されそうなる風見。と、その重圧に絶え切れなくなったヒールのかかとが、突如ポキッと折れてしまった。
「くわっ!?」
 不幸中の幸いとはこの事か。体勢を崩し、その場に転がるようにして倒れ込んだおかげで、風見は真緒の突進を受け流す事ができた。標的を反れた真緒は大きく弾かれ、周囲の到るところにぶつかり、跳ねかえりながら、その尽くを著しく破壊し、しばらく後にようやく止まった。
「くっ…なんや、なんやアレは…。あんなん、メラニーの報告になかったやんけ」
 起き上がろうする風見の口から零れたのは、いつもの飄々としたお姐言葉ではなかった。なめきっていた相手の意外な反撃は、風見の平常心を狂わせ、思いかけず素の部分を露呈させる格好となった。
「イタタイタ……あ、あれ?私、どうしてたんだろう…?」
 一方、ようやく意識を取り戻した真緒には、ここ数分の記憶がなかった。風見の拳が横腹に当り、大きく吹っ飛ばされたところまでは覚えている。そこから意識が飛んで、気がつけば体に傷みは無く、遥か前方では怨敵・風見が、膝立ちしたまま放心している。なにはともあれ、これはチャンスだ。
 気を取り直し、真緒は再び(本人は覚えていないが)風見に向かって猛ダッシュを開始する。
「うおぉー、風見紫樹華ぁー!!!」
「!?なんや?!」
 風見が気が付いた時、すでに真緒は射程圏内に入っていた。片膝立ちした風見の膝を踏み台にして、真緒は力いっぱい飛び上がる。そして、未だ状況把握しきれていない風見の顔面に膝蹴りを一閃、シャイニング・ウィザード―――この場合、シャイニング・シャーマン(閃光の巫女)になるのだろうか―――を食らわせる事に成功した。
「オリャァァ!!!」
「ンゴォッ!!」
 たまたま観た深夜のプロレス番組が、こんなところで役に立つとは思わなかった。今まで聞いた事もないような呻き声を上げ、風見は上体を大きく仰け反らせる。
「や、やった!」
 初めて相手に与えた(と本人は思っている)痛撃に、真緒の気が一瞬揺るんだ。受身を取るべく、空中で体勢を整えようとする。が、
「う、うわっ!」
 突如、伸ばし切っていた左足をガッシリと掴まれ、真緒はバランスを失い、そのまま顔から地面に叩きつけられた。
 真緒の左足を掴んだまま、風見は真緒を見下ろすようにして立ちあがる。
「ワレ、人様の顔に膝蹴りくれるなんざ、なかなかええ度胸してるやないけ。ひっさびさに脳みそ揺れて気持ちよかったわ…」
 ちょうどその時、雨の到来を知らせる稲妻が頭上で鳴り響き、瞬間、辺りにストロボを焚いたような強い光を落とした。そこに浮かび上がった風見の表情に、いつもの憎々しいまでの余裕の微笑はなかった。そこには極めて無表情ながらも、全身から怒りと殺気を漲らせた文字通り鬼の形相があった。
「ああ…、ああぁ…」
 うつ伏せ状態のまま顔だけを向けた真緒は、その風見の表情を見るなり恐怖に全身を凍りつかせた。
 未だかつて、この風見紫樹華ほど真緒の怒りを掻きたてた人物はいない。しかし今、それと同じか、それ以上の恐怖を、真緒はこの女から感じている。トパーズ色の眼から発せられる迫力、威圧感、そして人間場慣れした異様さは、まさしく悪魔のそれであり、鬼のそれであり、魔獣のそれであった。もはや、比喩の対象さえ記憶と想像を遥かに超える物である。
「自分おもろいなぁ。そしたらご希望通り、死ぬまでしっかり遊んだるわ」
 そう言うや否や、風見は真緒の左足を引きずり上げ、そのままハンマー投げのようにブンブンと振り回し、放り投げた。必然、抵抗できない真緒の身体は放物線を描いて跳び、再び地面へ叩きつけられる形となった。
「ぐあぁっ!!」
 土の上で2、3回バウンドし、ようやく止まった真緒に、風見はゆっくりと歩み寄る。ヨロヨロと立ちあがろうとする真緒の横腹を風見は無慈悲に蹴り上げると、真緒の身体は三度宙を舞って、転がりながら不時着した。
「…おぉ結城、ワシや。もうちょい遊んで行くから、どっかその辺で待っとけ。…おぉ」
 大の字になった真緒のこめかみを、折れたヒールのかかとで踏みつけながら、風見は結城に指示の電話をかける。そして、一服つけようとショートホープの箱を取り出すも空箱である事に気づき、舌打ちしながら遠くへ投げ捨てた。
「ん?なんやワレ。その目つきは」
 と、足元から睨みつける真緒の視線に、風見の踏み足が強くなる。痛みと屈辱に耐え、必死に呻き声を押し殺そうとするその表情が、風見のサド心の琴線に触れた。
「ほぉ…、ワレええ顔しよるやないか。こんまま殺すんももったいないしなぁ。どうせ殺してまうんやし、ちぃとばかし楽しんでも罰は当らんやろ」
 そう言うなり、風見は何かの合図とばかりに指をパチンと鳴らす。と突如、地面のあちらこちらから土留色の液体がいくつも湧き出し、かと思う間に無数のミミズのような生物に、その身を変態させていった。
「…うそ、そんな…」
 慄然としつつも、抵抗する事のできない真緒の全身へ、その物体・触手は情け容赦なく絡みついていく。克服したはずの最悪の記憶に、真緒は一瞬にして戦意を喪失してしまった。
「い、いやぁ、く、く…くあ…はあぁ」
 異形の化け物に犯された事実は、真緒にとって忘れ難いトラウマである。身体中を這いずり回る触手の感触は、真緒の神経を執拗に逆撫で、その身を硬直させるには充分過ぎる効力を発揮した。十字架に架けられたように吊るされた真緒の、すっかり固くなってしまった乳房を力いっぱい揉みしだきながら、風見は口を開く。
「そういや自分、触手あかんのやったなー。メラニーのアホが言うとったわ。お?なんやお前、もう乳カチカチやんけ。こりゃ揉み甲斐ありそうやのう。オノレの後輩がどんな顔しながらイッたか、今からたっぷり教えたるわ。…よかったわねぇ、大鳥さん♪」
 無理やり目と目を合わせつつ、風見は元のお姐言葉に戻っていく。その悪意と邪気に満ちた笑顔を睨みつけながら、真緒は思った。
 この女、やっぱり悪魔だ。


 ―――その頃、保険室の方角から強烈な妖気を感じ取り、夜叉神はその実態を確認すべく現場に急行した。が、既にそこには妖しい影はなく、替わりに彼が見た物は、明らかに陵辱された痕跡の残る真緒の後輩、高須寿々音の姿であった。
「どうやら、遅かったようですね…」
 寿々音に毛布をかけながら、夜叉神はぽつりとひとりごつ。
『胸騒ぎがする。すごくいやな予感。また、前みたいな事が起こる前兆じゃないかって…』
 今朝、真緒が打ち明けた胸の内、実はそれは、夜叉神自身も前々から気づき始めている事だった。ここ数日、学院一帯の霊気が著しく高まっている。そしてそれは、ちょうどあの新しい学院長・風見紫樹華が現れた頃と重なっていた。
 しかし、出来る事ならお嬢を巻き込みたくない。もうあんな想いをさせたくはないと、夜叉神はそう密かに決意していた。
 
 夜叉神顕は「人」ではない。何百年もの古来より、大鳥家とその一族に仕えてきた守護獣である。
 その昔、とある屋敷に一匹の手負いの山狐が紛れ込み、捕えられて皮を剥がされようとしているところを、家主の幼嫁が涙ながらに止めるよう願い、助けたという。後、手厚い看病の末に一命を取り止め、それから百年の永きを生き抜いて妖術を身に付けた山狐は、かつて自分の命を救ってくれた恩人の末裔に仕え、守護する事で恩義を果たそうと、人に姿を変えて山を降りた―――。
 この街に古くから言い伝えられている伝説が、逸話であったと知る人物は既にいない。血で血を洗う動乱の世も、文明開化が花開いた時代も、玉音放送の終戦宣伝に涙したあの日も、夜叉神は姿形を変えつつも、変わらぬ忠誠を大鳥家に誓い続けてきた。
 その歴代の主君の中でも、彼の真緒に対する想い入れは特別であった。真緒の無邪気な天真爛漫さと、一途なまでの純粋さは、自分の命を救ってくれた少女の生き写しのようであり、また真緒本人も、自分を主従を越えた存在として兄のように、父親のように慕ってくれている。夜叉神にとって真緒は、いかなる犠牲の下にも守り抜かねばならない、かけがえのない存在であった。
 しかし、だからこそ彼女を巻き込みたくない。夜叉神のそんな想いは、思いがけない言葉となって口から吐き出された。
『大丈夫ですよ。たとえなにがあったとしても、お嬢は僕がお守りします』
 その真意は本物である。が、そこに若干の後ろめたさがあった事も否定し難い。いくら主をためとはいえ、真実を包み隠すのに少なからぬ背徳感がある事は否めない。だがそれは、愛する主を守る最良の手立てであると、夜叉神は自分に言い聞かせた。そうでなければ、大鳥家に長年仕えてきた今までの自分の人生が無駄になってしまう。漠然と、夜叉神はそう思った。
「このまま、何事もなければいいんですが…」
 それが儚い願いであったと彼が覚るのは、そうつぶやいた数秒後である。


 パシーン、パシーンと、威勢の良い音が静寂の山中に響き渡る。触手で後手に縛られ、腰を高く突き上げる屈辱的な体勢を強いられる真緒の丸尻を、風見は渾身の力を込めて平手で打ち続けた。
 剥き出しにされた真緒の尻は、何度も撃たれたために風見の手形がくっきりと残され、その箇所が真っ赤に腫れあがっている。それでも風見の手が休まる事はない。
「あ!い、痛!痛い!もう…もう止めて…あん!!」
「んーダメダメェ。お猿さんには真っ赤なお尻がお似合いよーん♪それにこれはお仕置きなのよ、お・し・お・き。こーんなに可愛くていやらしいお尻してるなんて、なんて悪い子なのかしら。プニプニ軟らかいのに肌触りはすべすべ、とっても美味しそう。このままもぎ取って食べちゃいたい♪思わずグッ!て掴んじゃったらどうするの」
 と言いつつ、風見は真緒の片尻を、わざと爪を立てながらグッと掴み上げてみせる。
「ひぁっ!!あ、ダ、ダメ、!そんな…、お尻…壊れちゃう」
「あらそう、壊れちゃうの。じゃあ…、壊しちゃおっと♪」
「えっ?あ、いや…止めてぇ」
 泣き出しそうな真緒の表情は、風見をさらに興奮させるだけだった。赤く腫れ上がった真緒の尻を、風見は両手でむんずと揉みしだく。そしてそれを、そのまま左右に無理やり押し広げたり、持ち上げてみたり、デタラメな方向へ引っ張り回したり、ペチペチ叩いたりと、およそ思いつく限りの方法で弄び、辱めていった。
「いぃ!!痛い、痛い!!あ、あぁ、お願い…もう…あ…そんな事…・恥ずかしい」
「そんな事―って、まだまだこんな事で満足してちゃぁダメよぉ大鳥さん。これからもっともっと、楽しい事が待ってるんだから♪例えばね…こーんな具合に」
 風見が再び、指をパチンと鳴らす。と、真緒の全身に纏まりついていた触手が一斉に蠢きはじめ、真緒の肢体を高らかに持ち上げていった。
「い、いやぁ!!なにこれ、ちょっと、止めてぇ、いやぁ!!」
 恐怖と羞恥に絶叫する真緒の願いは、当然の如く否決された。絡みつく触手が、亀甲模様に真緒の肢体を縛り付ける。後手を縛られ、逆さに吊るされた真緒の両脚を、土留色の触手が股を裂く勢いで大きく開かせた。既に袴を脱がされ、覆い隠す物を無くした真緒の局部は、こうして淡い月光の下に晒される格好となった。
「あらまぁ、なんとかわいいオ○○コだ事。こいつら(触手)に犯された以外ぜーんぜん使ってないみたいで、すっごいキレイ。クリちゃんなんてピンクで赤ちゃんみたい。お尻の穴ヒクヒクしちゃって、とってもキュートよ♪」
 Y字に開かれた真緒の秘裂のまじまじと観察しながら、風見はわざと声に出して感想を並べる。その部位を指先でなぞられ、いじられると、真緒の思考は恥ずかしさで破裂しそうになった。
「やだ、変な事言わないで。そこ、さわっちゃ…いやぁ」
「いやーな訳ないじゃない、こんなにヌルヌルにしといて。見られて興奮するなんて、あなたもあの子と同じ、変態M子さんなのかしらー♪」
「す、寿々音…。あなた、寿々音にもこんないやらしい事を…ンハァッ!!」
 膣内に二本の長い指を挿入され、真緒は快楽に怒りと言葉を中和させられた。内側をクチュックチュッと卑猥な音を鳴らして掻き回される度、逆さ吊りにされた真緒の肢体を脚先から頭の上へ電気ショックが振り落とされ、絶え切れず悶え始めた白い腰元には、早くも甘美な蜜が滴り始めていた。
「えぇ、してあげたわよー。寿々音ちゃんったらスッゴイ喜んじゃって、ヒィヒィ言いながら失神するまでイキまくってたわー♪ホーント、とーっても可愛かったんだから」
「ゆ、許せない、寿々音にそんな…あぁ!!」
 充分に馴らされた幼い割れ目に風見の口が触れ、真緒は再び言葉を奪われた。内襞を舐め回され、小淫突起を舌先で愛撫され、溢れ出る愛液を吸い上げられ、また内側へ勢いよく戻される。さらにすっかり軟らかくなった菊座に指を入れられ、掻き回されると、真緒は思いがけず愛らしい喘ぎ声を上げ、身体ごと乗っ取られそうな快感に全身を戦慄かせた。肌蹴た胴衣から零れ落ちた大きな乳房が、その都度プルンプルンと忙しなく震える。
「あ…いや、だめ、もう、あたし…い…いく…」
 涙と唾液を垂れ流しながら、真緒は止まる事のない風見の愛撫に脳内麻薬を大量分泌させる。拒絶しようとする本人の意思を無視して、真緒の身体は絶頂へと一気に上り詰めようとしていた。
「あ!あ!あ!だめ!!や、イッちゃう、イッちゃ…」
 真緒の全身が甘美な快楽に包まれようとする。が、瞬間、風見の指がなぜかピタリと止まった。
「……えっ?」
 昇天の寸前、止められた猛攻を訝しむ真緒。と、それもつかの間、再び風見の長い指が昆虫のように動き始めた。
「や、あ、ちょっと、なによそれ、あ、イヤ、止めてぇ、やぁ!!」
 不意打ちを食らい、真緒は再び悶絶し始める。そしてすぐまた絶頂に達しようとした次の瞬間、やはり風見の指はピタリと動かなくなった。
「あぁ…、やめて…、おかしく…なっちゃう…ひあっ!?」
 また風見の指が動き出し、真緒は悦楽に我を忘れそうになる。真緒が昇天を迎えようとすると、寸前に愛撫は止められ、そして間を置かずに指が動かされる。気が狂いそうなこの生殺しは、真緒の記憶が飛ぶまで延々と繰り返された。
「どう大鳥さん、気持ちいいでしょ?気持ちよ過ぎて、頭が変になりそうでしょ?いいのよー変になっちゃって。お姉さんがずっとこうして、イジメてあげるから♪」
「そ、そんな…、は、はゥア!!」
 ニンマリした風見の指の動きが止まり、またしても昇天に到れなかった真緒は痙攣したような震えた吐息を漏らした。長時間入れられたままの風見の指は、真緒の秘部から溢れる秘蜜ですっかりふやけている。身体中から玉汗が噴き出し、力なく宙吊りにされた真緒の肢体は艶かしい光沢に輝いていた。
「お…お願い…、も、もう…これ以上…、……ないで」
「アハハ♪なーに大鳥さん、な・に・を、しないでって言ってるのかしらー」
 実に楽しそうにそう話す間も、風見の指は真緒の絶頂の寸前に止まり、また動き始める。もはや身体中から涌き出る液体と欲情を抑えきれず、必死に身悶える真緒に風見の痛烈な言葉が飛ぶ。
「まさか『イカせてくださーい』なんて、言うんじゃないでしょうねぇ。あなたの可愛い可愛い後輩をいじめた相手にぃ?おまけに自分さえ殺そうとした相手にぃ?ま・さ・か・『イカせてくださーい』なんて、言わないわよねぇ♪」
「!!うぐっ…。ふあぁ…」
 正直、今の真緒には答えられなかった。自分は本当はどっちなんだろう。風見は憎い。どうにかして倒したいし、そんな奴に自分の大事な所を触られるなんて汚らわしくてたまらない。でも、その風見の指が止まる度に蓄積されていく、何か得体の知れないドロドロとした膿のようなものを取り除かなければ、頭の中がどこかへ吹き飛んでしまいそうだ。自分はどうすればいいんだろう。真緒の思考は、不自由な選択と悦楽とで混沌の極致の只中にあった。
 と、現実と幻想が交錯する中、風見の真っ赤な唇が、にゅぅと眼前へと近づいてきた。
「ウフフフ、いい顔♪ほっぺた真っ赤っかにて、頭に血が上ったのかしら?それとも、エッチな事されて感じちゃってるのかしら?大人しそうな顔して、真緒ちゃんも意外と変態さんだったりして♪」
 恥辱の言葉にさえ、今の真緒には怒る気力も、言い返す思考的余裕も残されてはいない。
「うーん、あんまり可愛いから、お姉ちゃんから真緒ちゃんにとっておきのご褒美でーす♪」
(えっ?)
 そう言うなり、風見は真緒の唾液まみれで半開きになったままの口に自分の唇を重ねる。そして、そのまま歯を無理やりにこじ開け、強引に舌と舌とを絡ませてた。
「んんんんー?!んんー!!」
 突然の出来事に、真緒の情報処理能力は一時的なパニック状態に陥る。数秒後、ようやく事態を把握した真緒は、無我夢中で首を振り回し、必死の抵抗を試みる。そんな事はおかまいなしに、風見は真緒の口内すみずみまで舐め回し、時に舌を唇で捕え、さらには強引に唾液を飲ませたりと、実にねちっこい方法で延々と辱め続けた。
「ん……、ぷはぁぁ…ケホッケホッ、こ、こんなの…イヤ」
 長い密着時間の後、およそ考えつく限り最も最悪な相手に奪われたファーストキスの味に、真緒は取り乱したように激しく咳き込み、口内に残されたタバコの味を吐き出そうとする。その直後、背けた顔を強引に引き戻され、もう一度ディープキス。この上なく濃厚な攻撃で、真緒の純情は好き放題弄ばれた。

 ようやく唇を離され、窒息したようにグッタリとした表情を晒している真緒の、全身を縛っていた触手が一旦全て解かれる。長時間に渡る風見の愛撫に、立つ力も残されていない真緒は、そのまま何の抵抗もする事なく、再び絡み付いてくる触手の群れを、すんなりと受け入れてしまった。
 まるで蜘蛛の巣にかかった獲物のように拘束され、M字開脚に縛られた真緒の虚ろな目の前で、風見は勝ち誇った表情で言葉を発する。
「あらあら、偉そうな事言ってた割に、意外と大した事なかったわねぇ。いきなり必殺キーックなんてやってくるから、まさかとは思ったけど、単なる思い過ごしみたい。がーっかり。でも…、アタシあなたの事が気に入っちゃった♪だ・か・ら、あなたには特別に、アタシの秘密兵器見せてあげる。いい?ビックリしちゃダメよ♪」
 と突如、風見はおもむろに自分の履いていた濃い紫色のショーツを脱ぎ捨てたかと思うと、かろう事か真緒の目の前で自分の小淫突起を弄び始めた。
(……いっ!?なに、なにしてるのこの人)
 風見の奇行に、真緒の目は一瞬で冴えた。気でも違えたのか、もっとも、最初から正常な人間には見えなかったが、しかしいきなり公開オナニーを見せつけられるとは予想だにしなかった。
 真っ赤な唇で喘ぎ、自分の胸を揉みしだきながらよがる風見。それを唖然として見守る真緒。
 と、徐々に風見の身体に変化が訪れた。指で擦っていた小陰突起が見る見る肥大化し始め、棒状にムクムク伸びる。かと思うと、それは瞬く間に男性器を彷彿とさせる形状へと、姿を変えていった。
「う、うそ…」
 あまりの事に、真緒は絶句する。突如として現れた『それ』を誇示するかのように見せつけながら、風見は誇らしげに口を開いた。
「どうこれ、すごいでしょ?『女人棒』って言ってね、どっかのくノ一集団…名前は忘れたけど、まあ、とにかくそこの奥義なんですって。昔そいつら潰しに行った時、ついでにパクって来た巻物に書いてたからマスターしちゃった♪ほらほら、そこいらの男なんかより、ずっとすごいんだから」
 すごいのは、見た目からして明らかである。というより、男性経験のない真緒からして見ても、風見の『それ』は異常としか言いようがない代物であった。
 まずなにより、デカい。デカ過ぎる。全長30センチは優に越えている。さらにその太さと言ったら、ペットボトルの直径とほぼ同数と見ていい。周囲の禍禍しい触手の群れが可愛く見えてしまう猛々しさである。その絶倫性を強調するかのように、浮き出た血管のピクピクと不気味に脈打つ様は、もはやそこだけ別の生物と言っても過言ではない。
 と、風見は自慢の長物を、目を背けようとする真緒の顔に擦りつけ、傍若無人なセリフを口走る。
「ほーらほら、これがもうすぐあなたの可愛いオ○○コちゃんに入っちゃうのよー。しっかり舐めて濡らしておかないと裂けちゃうかもよー♪」
 濡れていようがいまいが、そんな物入れられたら裂けるに決まっている。そんな事を真緒が思ったかどうかは定かではないが、風見はいやがる真緒の顔を力づくで前へ向かせ、その口元へグリグリと雄雄しくそびえる『それ』を押しこんでいった。
「んぐ……、ん、いや、いや、そんなもの…」
「だーいじょうぶよー。慣れたらすぐに気持ちよくなるんだからー。むしろこれ無しじゃ生きていけない体になっちゃうかもよー♪痛くしないから、ほら、アーンして」
  鼻を摘まれ、クイッと持ち上げられると、真緒の口は本人とは無関係に若干の隙間が生じてしまった。風見はそこに、直径が明らかに口の円周を上回るその物体を、無理やりにねじ込んでいった。
「うぷ…、んうううー!!んーーーー!!!!」
「はーい、歯ぁ立てちゃダメよー。ベロの先っちょで先端から裏すじまで、丁寧に且つしっかり舐め舐めするの。ほーら、楽しいでしょ♪」
 歯を立てようにも、こんな物が口の中に入っている状態で顎の開閉などできるはずはない。突然口内にトンでもない物を突っ込まれ、空気を吸う自由さえも奪われた真緒は極度の呼吸困難に陥ってしまった。それでも真緒の愛らしいショートカットを掻き毟るようにして掴み、風見はジュポッジュポッと卑猥な音を鳴らしながら、遠慮なく腰を前後させる。その都度、真緒の喉の奥に異物がゴリゴリと当り、動きが早くなるに連れて嘔吐感も次第に増していった。
「ほらほら、もっとしっかりご奉仕しないと、お姉さんの鉄拳制裁が飛んじゃうぞー♪あなたも彼氏が出来たらこうしてあげるといいわ。男なんてみんなアホだから、こんな事でもキャンキャン言って喜んじゃうのよー。まあ、で・き・た・ら・の話しだけどねぇ。でもねぇ、男なんてつまんない生き物よー。どいつもこいつも、毛も生え揃ってないようなションベン臭いガキから、枯れ木みたいなヨボヨボのジジィまで揃いも揃って、自分が大したモンでもないクセに、いい女とセックスできればそれだけで手前のステータスが上がるなんて妄想、本気で信じてるバカばっかりなんだから。そんなの自慢にはなっても、自分の付加価値にはぜーんぜん結びつかないって、どうしてワカンナイのかしらねぇ。だからアタシ、男って大っ嫌い。でも、同じバカでも女のバカは可愛いから好きよ。あの子犬みたいにウルウルした瞳を見てると心底いじめたくなっちゃう。そう、あなたみたいに♪」
「んー、んーんんー!!!んんんんー!!」
 女人棒をより喉奥へと深く突っ込まれ、真緒は胃液が逆流してくる感覚を覚えた。しかし、口を塞ぐ巨大な物体に吐き出すのを阻まれると、喉元から出掛かった吐瀉物を再び飲み込まざるを得ない。呼吸不全に嘔吐、真緒の涙と鼻水でグシャグシャになった顔に、風見の胸はキュンとときめく。
「いい、いいわその表情。思わずグッと来ちゃう。もっともっと、いっぱいいじめたくなっちゃうわ―。あ、あなたの吐きそうになった物が私のモノに纏まりついて、すっごい気持ちいい♪そろそろ出してもいいかしら、いいわよね、ほら、出すわよ、全部お口で受け止めてね、行くわよー」
「んぶ!!んんーんー!!!……んぁぱっ!!はぁ…」
 いやがる真緒の頭の抑えつけ、風見は真緒の口内へ白獺した粘液を大量発射し、その身をプルプルと満足そうに痙攣させた。口から抜き出された後、余韻の残液が手動で発射され、涙やよだれでドロドロになっていた真緒の顔をよりドロドロに、白く汚した。
「……ん、ケホ、ケホ、ケホ……、くぁはぁ、はぁ…、はぁ…、うっ、かはぁ…」
 口いっぱいに広がる苦さと不味さに、真緒は不快感をあらわにする。鼻腺と気管支にまで入った汁が猛烈な咳とともに吐き出され、汗ばんだ胸の丸い谷間へと滑り落ちていった。そんな真緒の耳元で、風見は極めて冷淡な笑みで囁きかける。
「あらあら、全部飲みなさいって言ったのにほとんど吐いちゃった。先生の言う事が聞けないなんて大鳥さん、あなたやっぱり悪い子ちゃんねぇ。これはまた、おしおきが必要かしら?」
「あぁ…、んはぁぁ!!」
 右の乳首を引き千切らんばかりに抓られ、真緒の口から悲鳴とも喘ぎとも取れぬ声が零れた。と、風見の指を鳴らす合図ともに、真緒の両足が左右に力強く引っ張られ、M字に縛られていた足が角度の広いV字になる。
「い、痛い、痛…はぁ…」
 ピンとつま先まで真っ直ぐに足を引かれ、真緒は苦痛に顔を歪ませる。その息も絶え絶えの様子にますます心躍らせる風見は、溢れるほどの愛蜜を滴らせる真緒の秘裂の外襞に己の欲棒を勿体つけるように擦りつけ、真緒の恐怖心と羞恥心を徹底的に煽った。
「いや、いやいや、やめて、そんなもの入らない…、入れたら…裂けちゃう、裂けちゃうよ…」
「んー?んふふふ♪そーんなに怖がらなくても大丈夫よー。これだけビショビショだったら問題ないってー。最初はちょーーっと痛いかもしれないけど、すぐに慣れるわよ、多分」
「そんな訳、ない…」
「だーいじょうぶだってばー。すぐ終わるわよー。ほんのちょっとなんだから、ね♪」
「いや…、絶対いや…、そんなの入れられたら…死んじゃうよぉ」
「もう、大げさねぇ。すぐに『死ぬほどイイ!!』って言うようになるわよ、きっと」
「いやだ、いやいやいや…」
 押し込んでこようとする風見に対し、真緒は不自由な体勢のまま必死の抵抗を試みる。しかし、完全に自由を奪われているその身体は、これから降りかかるであろう災難に歯をカチカチ鳴らし、怯えていた。それを知ってか知らずか、おそらくは知っていてわざと、風見はそれを嬉々として楽しんだ。
「うーん、そんなにイヤ、私にバージン奪われるのが?」
 かろうじて動かせる首で、真緒はしきりに「うんうん」と頷く。
「やっぱり、こんなの入らない?」
 もう一度首を「うんうん」と振る真緒。
「あらそう、そうよねぇ。お嬢ちゃんの小さくて可愛い下のお口じゃ、私のモノを受け止めないわよねぇ。それにまだ若いんだし、この歳でガバガバになっちゃったら可哀想かも…。やっぱり止めようかしら…」
 頬に掌を添えて、風見は珍しく優しい一面の覗かせる言葉を吐いた。意外な人物の意外な言動に、真緒はほっと胸を撫で下ろす。しかし、真緒は肝心な事を忘れている。自分の目の前にいる女が悪魔そのものだと言う事を。果たして。
「じゃあ…、こっちに入れちゃおっと♪」
「え…?ひ、ひいぃぃぃぃっ?!」
 真緒が気を許した瞬間、風見の女人棒はスルリと標的をずらし、下降部にあるもう一つの穴へ、その巨大な矛先を押しこんでいった。事に気づいた時はもう時既に遅し、女人棒の先端部をアヌスの内側へ深々と入れられ、真緒は激痛のあまりに悲鳴を上げる事さえできず、うめき声のような音を喉の奥から鳴らした。
「んぎぃぃ…か…はぁぁぁぁ…!!!ぁぁぁ…」
 メリメリと音を立て、女人棒は括約筋を押し広げてより内側へと入って来る。今まで体感した事のない奇妙な感触に、真緒は背骨を大きく仰け反らせて痛みに耐えた。力を入れるとアヌスが締まって裂けそうになり、かといって力と抜くと女人棒の進行を容易にしてしまう。もうどうすればいいか分からずに、気が付けば苦しさを紛らわせるべく、周囲にあった物を手当たり次第に掴んでいた。
「はーい、そんなに力が入ってるとお尻の穴が裂けちゃうわよー。もっと力を抜いて、お姉さんのモノをしっかりと受け入れなさーい。すぐに気持ちよくしてあげるから♪」
「いっ!あ、あはぁぁ…、は…はぁぁぁ…」
 尻をパチンと叩かれても、真緒は悲鳴を上げることもできない。代わりに開きっぱなしになった口と眼と鼻から、とめどなく涎と涙と鼻水が大量にしたたり落ちた。真緒の両足を掴み、風見は腰をグリグリと強引に押しつけていく。そしてついに、
「ほーら、全部入っちゃった♪」
「ぁぁぁ…はぁぁぁ…」
 もはやまともな言葉を発する余裕も消え、真緒の口から洩れるのは唾液と母音の吐息だけになっていた。半分意識を失いかけている真緒の柔胸を揉みしだきながら、風見はゆっくりと、ピストン運動を開始する。
「うん♪うん♪どう大鳥さん、気持ちいい?感じちゃう?私はすっごく楽しいわ♪もうあなたのお尻って最高。キツキツに締めつけてくるのに中はとっても熱いの。またすぐに出しちゃいそう♪それにこの握りしめたら壊れちゃいそうな柔らかいオッパイ。ピンク色の乳首こんなに尖がらせちゃって、なんて可愛いのかしら♪もういっぱいイジメたくなっちゃう。ピチピチのキレイなお肌も、スベスベの脚も、プニプニのほっぺたも、もっと汚して、もーっと犯して、もっともーっとイジメたい♪だ・か・ら、今日は徹底的にイジメてあげる。あなたがイってイッてイキまくって、死ぬまでエッチな事しか考えられなくなるまで、徹底的にイジメてあげる♪」
「ぁぁ…、ぁぁ…、ぁぁ…んん!あぁー!!」
「あら、もうイッちゃうの?処女のクセに?お尻を犯されながら?いいわよ、ほらイッちゃいなさい。イきたかったんでしょ?ほら、ほらほら、殺したいほど憎い相手のモノで、自分の大切な人を犯した相手のモノで、あなたはイッちゃうのよ、アハハハー、アハハハハハハハー♪」
「ぃ…ぁ…ぁぁ…、あ…あ、ぁぁぁーーーーー!!!!あ……ぁぁ」
 罵られ、蔑まされながら、真緒は絶頂に達した。失神寸前のその身体は、思考とは逆に待ちわびた快感を従順に受け入れ、満たされた歓喜を痙攣という形で示した。と、まだ悦楽に打ち震える肢体を緊縛していた触手がモゴモゴとうごめき、今度は体操で言うところのV字バランスの体勢を形作る。風見はそれを後ろから、乳房をまさぐりつつ激しく攻め立てた。
 脱水症の犬のように舌をダラリと垂らしながら、真緒は回らない口で懇願する。
「はあ…、お…おね…は……はい、もう…や…ややめ…やめ…へ……、あた…ひ…、こわれ…」
 真緒のそんな姿が、風見にはこの上なく楽しく、面白い物に見えた。痛々しい真緒をより惨めで哀れな姿にすべく、風見の動きはさらに激しさを増していった。
「んー?なーに言ってんだか、よく聞こえないわー♪やっぱり色んなのを試して、自分に一番フィットした体位を選ばないとねぇ♪次はどんなのがいいかリクエスト御覧なさい。松葉崩し?帆かけ船?それともマングリ返し?お姉さんがなんでもしてあげるわよー♪」
 前方の木に手を付かされ、続いてバックで貫かれる真緒。ほとんど意識のないまま犯され続けるのは、完全且つ純粋な拷問であった。それでも気を失いそうになると、
「…う、うぐっ…あぁ…」
「はーい、おねんねにはまだ早いわよー♪もっとたっぷり、いじめてあげるんだからー」
 身体中を縛りつける触手が、絶妙のタイミングで急激にきつく締めつけてくる。玉の肌に食い込むほどにめり込んだ触手の、強引なショック療法で、真緒は強制的に意識を現実に引き戻される格好となる。その瞬間がよほど気持ちいいのか、風見の動きもその都度激しくなった。
 犯され、昇天し、意識を失い、また起こされ、犯され、昇天し、また起こされる。イケない地獄からイキ続ける循環地獄に、真緒の精神状態は確実に壊れていった。
 それはまるで、奉仕するためだけに生まれて来た、惨めな肉奴隷のようであった。

 ―――いつしか日は落ち、小雨がパラパラと降り始めた。あれからどれぐらい時が経ったのか、時間の感覚が消失して久しい。幾度となくアヌスを貫かれ、幾度となく絶頂を向え、そして幾度となく大量のスペルマを浴びせかけられた真緒は人形のように横たわり、汚された身体を蹲らせていた。
「はぁー、久々にいい汗かいたー♪こんなに運動したのは何年ぶりかしらー」
 まるでテニスの試合でも終えたかのように、風見は大きく伸びをしつつ、清々しい笑顔をみせる。
「とーっても素敵だったわよー大鳥さん♪ホント大人になったら、あなたすごい名器になるかも」
 もはや虫の息、金魚のように口を力なくパクパク動かす真緒の顎を、風見はクイッと持ち上げ、ニッコリ笑ってみせる。
「もっとも、あなたはここで死んじゃうんだから、大人にはなれないんだけどねぇ♪クスクス」
 残酷な事を実に楽しそうに話す風見に、生気の失せた真緒の大きな瞳から、ひとすじの涙が流れる。
 悔しい。死ぬほど悔しい。正体も定かでないこんな奴に後輩を陵辱され、あまつさえ自らも辱められた無念さ。それに手も足も出せない自分に対する憤り。そして今まさに不本意な死を遂げようとしていながら何もできない苛立ちが、涙腺を伝って零れ落ちた。
 右腕を大きく振りかぶり、風見はとどめの一撃を放とうと身構える。
「じゃあ、短い間だったけど楽しかったわ。じゃあね大鳥さん♪」
 ヴゥオン!!と轟音を轟かせ、拳が振り下ろされた。
 あ、私ここで死ぬんだ。スローモーションで近づいてくる風見の豪腕に、真緒は諦めとも覚悟とも取れぬ想いを抱いだ。そして、全てが終わる瞬間を待つかのように、真緒は静かに目を閉じ、そのまま深い眠りへと沈んでいった。
 しかし。
「…、…、…。…なーんちゃって。実はさいっしょから、殺す気なんてなかったんでーす♪どぉ?ビックリした?ドキドキしちゃった?スリル満点だったわよねぇ♪…って、アラ?」
 風見が寸前で拳を止めた時には、すでに真緒の意識はなかった。一人でキャッキャと騒いでいた風見は、急激なつまらなさを感じると、掴んでいた真緒の顎を、無造作に滑り落とした。
「なんやコイツ、気ぃ失っとるやないか。おっもんないなー、もうちょい遊ばしてくれてええ思うねんけどなー。あー楽しくないナー!!っとー…。まあよろしいわ、ちょうどお迎えも来たみたいやし…」
 そう言って立ちあがったところに、どこからともなく、若い男性の声が届いた。
「お嬢!!」
 文字通り空間を切り裂き、風見の前に現れたのは、はたして夜叉神顕その人だった。
「お嬢…。すみません、僕がもっと気をつけていれば、こんな事には…」
 真緒の傷ついた身体に背広の上着をかけ、夜叉神はそっと幼い主を抱きかかえる。
 真緒のピンチの時、夜叉神はそれを瞬時に感じ取り、瞬く間に駆けつける。主を守護する事、それは彼にとって、果たさねばならない責務であると同時に、彼が自身に架した使命でもあった。
 しかし、今回の事は寝耳に水の事態であった。確かに警戒こそしていたが、まさか直接、真緒が狙われるとは。いや、それは言い訳だ。全ては、お嬢に関わりを持たせるのを恐れるあまり、逆にノーマークにしてしまっていた自分の責任だと、夜叉神は強く恥じ、悔いた。
「そーんなに凹まなくてもOKよーん。そのお嬢ちゃん、私に可愛がってもらって、気持ち良過ぎて気ィ失ってるだけだからー」
 風見の人を食った言葉に、夜叉神は鋭い視線を向ける。
「おーこわ。わざわざ遠いところご苦労さんねぇ。さっすが天下の大鳥家御庭番、『忠犬』夜叉神君♪あら?犬じゃなくて狼だったかしら?狐?狸?あれあれ?」
 わざととぼけてみせる風見に、夜叉神の怒りが爆発する。
「風見っ!!キッサマーー!!!」
 夜叉神がここまで怒りをあらわにするのは非常に珍しい。大きく見開いた両目が紫色に変わり、そこから細いレーザーのような線を放射させた。と、それが交叉した点に小さな紫色の火が灯り、見る間にサッカーボール大の火の玉になった。世に言う「狐火」の術である。
 ボシュゥゥンッ!!とうなりながら、燃え盛る炎の玉は風見めがけ、放物線を描いて飛んだ。
 この技は、彼にとっていわゆる「奥の手」である。この狐火は、狙った相手に命中するまで決して消える事はない。そして、狐火に触れて「祟られた」者は、その身が灰になり、完全に消滅するまで永遠に燃え続ける。強力な分、消費する霊力も非常に高いが、それをなんら躊躇する事なく使用したところに、彼の怒りの凄まじさが現れていると言えよう。
「へぇ、面白いじゃない♪」
 それを受け止める気なのか、風見は実に楽しそうに片手を突き出し、防御の体勢を取ろうとする。が、
「風見様、危ない!!」
 叫び声とともに、突如どこからともなく一枚の護符が飛び込んで来た。と、それは無数に分裂し、かと思う間に人型を形作っていった。
「な、なに!?」
 思わず叫ぶ夜叉神。そこから現れたのは、なんと風見と寸分違わぬ姿をした、紙人形であった。紙人形は本物の風見を守るかのように、狐火の前で両手を広げて立ち塞がる。狐火は紙人形に直撃し、人形は瞬時にして赤々と、正確には紫色に燃えあがり、灰に変わった。
「結城か、余計な真似を…」
 風見が舌打ちとともに振り向いたところに、黒塗りのベンツが土煙を揚げて滑り込んできた。
 後部座席に颯爽と乗り込む風見に、夜叉神の怒声が飛ぶ。
「待て、風見紫樹華!!」
 カバンから取り出した新しいタバコに火をつけながら、風見は余裕の笑みでそれに応えた。
「まあまあ勇ましい事♪で・も・ね、今日のところは挨拶まで。次はもっと楽しいイベントを用意するからお楽しみにーって、伝えといてね。あなたの、可愛い主に♪」
 風見の指示を受け、結城はゆるやかに車を発進させる。
「風見!!お嬢をこんな目に会わせた貴様を、僕は許さない!!」
 夜叉神の叫びを遮るようにして、後部座席の窓が音もなく閉ざされた。遠のくベンツから聞こえる高らかな笑い声に、傷心の真緒を抱く夜叉神の両腕は打ち震えた。
「この報いは、必ず…」
 思いかけずひとりごちた言葉が、冷たい雨が降りしきる宙へ空しく舞った。


「…しかし、よろしかったのですか?あの娘、大鳥真緒を生かせておいて…」
 赤信号にポンピングブレーキを踏みながら、結城は後ろでくつろぐ風見に問いかける。タバコの煙で輪を作りつつ、風見は応える。
「んー?いいのよー。だって前にも言ったでしょ。ケンカは買うより売る方が楽しいって。そ・れ・に、あんな小娘になにができるって言うのさ」
 どこで負傷したのか、結城の左手の小指が裂け、出血している。ハンカチで止血したその部位を若干気にしながら、結城は問い返す。
「はぁ…、しかしあの大鳥真緒という娘、少々やっかいですよ。術の力は、メラニー・クールの報告にあった数値を遥かに凌駕していますし、それに…」
「…結城、お前いつから、私に意見できるようになったの?」
 話しの腰を折る風見に、結城は「…申し訳ございません」と短く詫び、車を発進させた。
 ちょうどその時、風見の携帯電話から32和音の「ルパンV世のテーマ」が流れた。タバコの火を指でもみ消し、長いワインレッドの髪をかきあげてから、風見は電話を取った。
「はーいもしもし。ああ、一文字さん、どうもしばらく…。…、ええ順調ですよ。なんの心配もいりませんわ。……、はあ、そう言われましても、こっちも生きてるか死んでるかも分からないような人間を捜している訳ですから…」
 


 はい、皆様いかがでしたか?作者さんの趣味全開の内容でしたけど、引かないでくださいましね…クスクス。
 あらあら、真緒ったらいきなり倒されちゃって、前途多難ですわねぇ…クスクス。それにしても、途中で真緒が見せたあの力、一体なんなのでしょう。気になりますわぁ。
 さて次回は、いよいよみなさんお待ちかねの、あの二人が再登場する予定ですの。まあ、気まぐれ屋さんの作者さんの事ですし、あくまで「予定」ですから、変更もありえなくもないですけど…クスクス。
 そういえば作者さんってば、今回はいきなり出張で千葉に連れて行かれたり、せっかく大阪まで行ったのに優勝記念ダイブができなかったり、ついでに金もないのに5年ローンで60万円の買い物したりでいろいろ大変でしたわねぇ…クスクス。なんでしたら、今後の展望について一言どうぞ…クスクス。
「ん?とりあえず、今年中にこの続きを完成させる、とか。あと『攻殻』の同人誌を描かねば…」
 まあ、中途半端に前向きです事…クスクス。
 それでは皆様、本日はこの辺で。お相手は大鳥香でした…クスクス。


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